5.
おれたちは第一中隊を見つけたが、中隊を指揮している大尉は途方に暮れていた。
「お前らは本部中隊と一緒だと思っていたんだが」
「我々だけです、大尉殿」とトール軍曹。
「大隊長はどこにいるか、分かるか?」
「いえ」
迷子の数が八倍に増えた。こういうときは目についた将校に全てをおっかぶせるに限る。やつらはそのために高い給料をもらってるんだ。おれたちはマンハントの失敗もあって、しょぼくれていたので、積極的な行動を取る気になれなかった。
大尉に与えられた選択肢は四つある。東西南北のどれに行くかだ。
東に行けば、いずれは敵にぶつかる。これはおれたちとしても遠慮したいところだ。大尉だって一個中隊に毛が生えた程度の兵力で敵を鉢合わせするのは嫌だろう。だから、東はない。
かといって西へ行けば、敵にはぶつからないが、味方にぶつかる。とんまな砲兵どもがおれたちを敵と勘違いして大砲をぶっ放す危険があった。だから、西もない。
結局、おれたちは北か南のどちらかに行くしかないのだが、果たしてどっちのほうがよりよき未来につながるかはマンハント神のみが知る。そして、マンハント神は善良な兵士には導きの光を与えるが、将校にはすかしっ屁をこく。将校はマンハント神の言葉をきくことができない。所詮、こいつらも程度の差はあれ、エリートなのだから。
おれたちは北に進むことになった。北には兵站拠点があって、ジンを配給しているという噂だったからだ。おれたちは敵と戦うためではなく、メシと酒と煙草を手に入れるために移動していた。最高司令官とは配給用のリキュールに他ならず、そのリキュールさまがおれたちの運命を決める。安物のジンなら普段どおり。ブランデーが出たら、敵の戦線への自殺突撃が予定されている。将軍はリキュールなしにはケツの青い新兵だって動かすことはできず、リキュールが配給されている限り、おれたちはご機嫌で上官殺しはしない。
酒の酔いと喉を焼く心地良さだけが、おれたちの正体をアルコールにまぶしてごまかしてくれる。
おれたちは臆病でがさつでしょうもない虫けら。娑婆では肉体労働者かチンピラ事務員。住んでいたのは都市計画庁にすら見捨てられたスラム街。酸性雨でドロドロになったボール紙の屋根、鼻毛を落書きされたファッション・モデルの看板、悪徳警官の巣であるパトロール・センター。体内の糖とタンパク質は化学物質の奇跡にして素寒貧の友フレイムリザード・ワインと培養肉のパテを挟んだハンバーガーに由来している。
こんなおれたちに銃を持たせて戦場に送り出すのだから、政治家どもの精神錯乱の度合はひどくなる一方だ。
おれたちが話題にするのは、ほとんどは下らない噂話やヨタだ。
酒のこと。移動のこと。娑婆にいたころの話はいろいろある。
例えば危険なアバンチュールの話――つまり、夜中、デパートに不法侵入してショー・ウィンドウのマネキンをレイプした話。
巨大資本に対し階級闘争を仕掛け労働者の大義に殉じた話――つまり、製品をちょろまかしたのがばれて工場を即日解雇の目にあった話。
人類の再生産に貢献した話――つまり、退屈だったからコンビニのコンドームに針で穴を開けてきれいに封をしなおして陳列棚に戻したという話。
おれたちは底抜けに馬鹿であり、明るくもあり、卑屈でもある。このまま娑婆に戻れば、社会のお荷物になること間違いなしだ。そして、おれたちは紙コップを手にして言い訳がましく言う――昔はこんなんじゃなかった。戦争がおれを駄目にしたんだ。旦那、おれは退役軍人です。国のために戦いました。哀れと思うなら、小銭をめぐんでくだせえ。
卑屈さの演技なら任せてくれ。ここは下手な演劇学校よりもたくさんの卑屈さにまつわるメゾットが学べる。たとえば、カルカイヤじいさんはみじめなおいぼれだが、色男のヴィルケットはやろうと思えば、カルカイヤじいさんよりも哀れなやつになることができる。アザレムは生意気なクソガキだが二秒あれば、弾圧されるはかない少数民族野郎になることができる。どいつもこいつも自分を哀れに見せるための逸話を五十パターン用意してあるから、いつどんなときでも自分を情けなく見せることができる。戦争は人間の卑屈さを剥き出しにし、その利用法を教えてくれる。卑屈さは戦場の教養だぜ、同志。
おれたちはみな敵を殺したことがあるかもしれないが、ないかもしれない。最前線の塹壕から二百メートル以上先でちょろちょろ動く黒い粒々を狙ってパンパン撃って、その粒々が動かなくなった。それを殺人だというなら、なるほどおれたちは人殺しだ。だが、人を殺した実感もないし、国のためになることをした実感もない。世界が引き金引く前よりもいいものになったと感じたこともない。
おれたちのセックスライフは反乱が起こらないギリギリの最低ラインで維持されている。慰安所の淫売どもはすげえブスばかり。だけど、ひょっとすると明日には死んじまうかもしれないし、女と会えるのはこれが最後かもしれねえ。我慢してファックしておくか。手のなかでチケットを玩びながら、おれたちはとぼとぼ慰安所の門をくぐる。それはファックのベルトコンベアーで一人の持ち時間はたった十三分。味気ないセックスで満足できるのは早漏野郎だけ。
戦争が最高にかっこいいと思ってるのは戦闘用ロボットのエリート・パイロットくらいのものだ。だから、マンハントしてやる。確かに昨日は下手打ったが、だからってマンハントをやめたりしねえ。
そのうち大尉が立ち止まり、おれたちも立ち止まった。道が二つに分かれていて、どっちに行ったらいいか悩んでいるらしい。
大尉が言った。
「棒を拾って来い」
おれたちはそのあたりをうろうろして棒を探した。
「棒なんてねえよ」
「砂しかねえよ」
「大尉のアホめ。棒が倒れたほうに進むつもりだ」
「棒じゃなきゃ駄目なのか? 誰かぶん殴って倒れたほうに行きゃいいじゃねえか」
「じゃあ、お前がぶん殴られればいいじゃねえか」
第二分隊の誰かがやっとのことで鉄パイプを見つけてきた。全員戻ってみると、二人が戻ってこず、トンズラしたことが分かった。
大尉は鉄パイプを地面に立てて手を離した。
パタンと右寄りに倒れた。
おれたちは右の道を進んだ。