4.
第三分隊は大隊に合流しなければいけなかったが、肝心のロストナンバー大隊は三十キロほどの距離の戦線でちりぢりになってしまったので、まず仲間を見つけて、半個小隊になる必要があった。単細胞生物が単細胞生物同士でくっついて、ボルボックスになるのと同じだ。で、半個小隊になったら、また同じもんを見つけて、一個小隊に格上げする。
軍曹は黙って手振りだけで、通信兵の〈教授〉を呼び寄せて、あちこちに大隊司令部の居場所をきいたが、さっぱり要領を得る回答が得られず、いよいよ第三分隊は戦場の迷子、あわれなみなしごになろうとしていた。
だが、みなしご分隊はいろんな連隊から出ていて、それこそ迷子の兵隊が吹き溜まりのようにあちこちから集まる地点がある。敵にちっとでも考える脳みそがあれば、そういう地点を探して、爆弾をくれてやることだろう。
はぐれた兵隊が吹き溜まる場所には特徴がある。まず、左右が高い崖になっている。これなら砂が四方から飛んでこず、二方向からのみ気をつければいい。崖の袋小路なら一方向からの砂に気をつければいいが、万が一にも敵襲があったら、逃げられない。だから、左右が高い崖の谷を選ぶ。
おれたちが見つけたのも、そういった場所だった。崖に挟まれた細い道で、血管にこびりつく悪玉コレステロールのように兵隊たちがうじゃうじゃいた。ざっと五百人くらいだ。原隊を探して復帰しようという気迫に欠けたナマケモノの集まり。こいつらはいつ動くのか? コンバットレーションが尽きたくらいではこの無気力な悪玉コレステロールどもは動かない。動くのは手持ちのジンと煙草が尽きたとき。
それにもう一つ――「マンハント」のときだけだ。
マンハントというのは、おれたち下っ端兵士たちが共有しているエリートへの憎悪が関係している。要するに戦闘ロボットのパイロットは専門の教育を受けたエリートであり、その手のエリートというのは敵だろうが味方だろうが、虫の好かねえやつらであるということだ。ちょいとかっこいい乗り物を操れるくらいで世界の命運を握ったと勘違いするクソどもを敵味方関係なく狩るのが、おれたちマンハンターの義務なのだ。これは分隊付きコミュニストの同志ヤロスレフが大好きな階級闘争の一種だ。
マンハントの義務は兵役そのものよりも崇高な義務であり、一度コンバットレーションを食った人間は必ずその義務に従わなければいけない、というより、嬉々として従う。エリートを狩るなんて楽しいことは娑婆でも、そうそうあるものではない。こんなイカれた砂漠の戦場くらいでしかやれないだろう。脅えきったロボットのパイロットを追いつめるなんて、とてもステキだ。
それにマンハントは儀式であり、儀礼がある。
まず敵のでも味方のでも、なんでもいいから墜落する戦闘用ロボットを見つけたら、その者は大声で「マンハント」の開始を告げなければならない。
そして、マンハントの開始を知った兵士はパンツをかぶる。これはマンハントのための予備のトランクスで一度もはいたことのない糊がパリッとしたものをかぶる。マンハンターの正装だ。これ一つとってもマンハントが文化的に洗練されたものであることが分かる。
狩りの武器としては基本的にアサルトライフルやマシンガンは使わない。人間の頭をスイカみたいに吹き飛ばせる大口径リヴォルヴァーもなしだ。手斧や棍棒、手製の鉈で狩る。一番いいのは柄の短いスコップだ。縁を念入りに砥いであるので斧の代わりになる。
おれたちはイカれた野蛮人のごとく叫びながら、エリート・パイロットを狩り立て、包囲し、その包囲の輪をじりじりと狭めて、ついに捕まえる。マンハンターは生け捕りを最上とする。捕まえたあとは獲物を縛り上げ、端整な顔に恐怖を貼りつけたエリート・パイロットくんを情報部なり空軍なりが取りにくるのを待つ。大切なのは狩り立てる過程で、獲物そのものは別にどうでもいい。
さて、その吹き溜まりに泊まった夜――といっても、薄暗いだけで真っ暗にならないのが戦場の夜だが、眠ろうとするおれたちの耳にがらがらの大声が飛び込んできた。
「敵機墜落! 武器を取れ! パンツをかぶれ! マンハントの始まりだあ!」
おれたちは眠気も吹っ飛び、テントから飛び出す。叫び声が次なる叫び声を生み、崖に挟まれた兵士たちに喝を入れる。
「起きろ、馬鹿ども! パンツをかぶれ! マンハントがおっ始まったあい!」
「パンツをかぶれ! 総員パン着せよ! 繰り返す、総員パン着せよ! これは訓練ではない!」
このときはトール軍曹ですら、パンツをかぶる。全ての兵士たちが真白なパンツをかぶり、目を血走らせ、トゲトゲした棍棒や切れ味優れる塹壕スコップを手に走り回る。
「こっちだ! こっちに墜落したぞ!」
「まわりこめ! 逃がすんじゃねえ!」
「キャヤヤヤヤヤヤ!」
「ウギャギャギャギャギャ!」
肌が粟立つ戦士の雄叫びが砂漠の谷に響き渡る。その心理的効果は絶大で、敵を恐怖に陥れ、味方の士気を高揚させる。おれたちはまるでウォッカを一瓶食らったような心地になり叫びまわる。
フラッシュライトが戦闘用ロボットの姿をとらえた。敵のか味方のか分からないが、とにかくロボットだ。片膝が砂にめり込み、もう片方の膝は鉄のケーブルが人間の筋みたいに飛び出してグロテスクだ。少し離れた位置に巨大なロボット用のライフルが落っこちている。胸の装甲が開いていて、空っぽになったコックピットが見える。
これがおれたちを逆上させる。光った画面が空中にいくつも浮かぶ凝ったつくりのホログラフ端末だの、パイロットスーツの神経計測機能と連動するバイオ・スタビライザーだのと見たこともないような最先端機器がロボットのコックピットにこれでもかとぎっしり詰まっているからだ。
このコックピット一つにかかった金で、おれたち一万人のちんけなジンを本物のブランデーに格上げすることができると思うと、おれたちが怒りに任せてコックピットをズタズタにしてしまうことも納得がいくだろう。これをやると、情報部と空軍は最新機器を壊すなといちゃもんをつけるが、それならおれたちにブランデーを配給しろ。話はそれからだ。
コックピットを八つ裂きにしてマンハント神に捧げると、いよいよ儀式も本番。パイロットを狩る。おれたちは本物の戦闘よりもずっとうまく、敵を捕捉し、誘導し、追いつめ、包囲し、殲滅する。
おれたちはついにパイロットを見つけた。顔をすっぽり覆うヘルメットをかぶり、パイロットスーツをまとった人影を見つけると、誰かがマグナム弾を空にぶっ放した。パイロット野郎の後ろは急斜面が下っていて、逃げ道がない。おれたちは猿みたいにわめきながら、パイロットに突進した。
オレンはよく捕まえて縛り上げたパイロットの前で例のナイフを抜いて、べろりと舐める真似をする。オレンは自分で兵役志願するような馬鹿だから、刃物キチガイの真似も堂に入っている。オレンのやつ、おれたちと知り合って間もないころはよくこれをやった。おれたちを脅かすつもりだったらしく、まるでナイフに染み込んだ人間の血の味が好きなのだと言わんばかりだったが、実際は培養肉と固形燃料しか切ったことがないことが既に知れていたから、おれたちは軽く無視した。そのうち、うっかり自分で自分の舌を切って、えらい目に遭うと、刃物キチガイの真似はマンハントの後だけになった。
そんなわけで、おれたちはパイロットが武器を捨てて、両手を上げて、降伏するものだと思っていた。おれたちはパイロットからヘルメットを剥ぎ取り、刃物キチガイを演じるオレンにおびえるエリートの顔を肴にジンをちびっとやるつもりだったのだ。
ところが、そのパイロット野郎はトンマなやつで、後ろが崖だと気づいてなかった。おれたちに恐れをなしたパイロットはそのまま後ろに下がっていき、そのうち視界から消えた。
崖からすべり落ちたのは明白だった。
「下に落ちたぞ!」
「行け行け! 逃がすな!」
おれたちは崖を下った。先に行ったやつらが棒みたいに突っ立っていた。何ちんたらしてやがる? とっととパイロットを縛りつけろ!
ライトに照らされたパイロットの姿を見て、ヘルメットが外れたその顔を見て、おれたちもその場に凍りついた。
それは女だった。
いや、少女だった。
十六を超えているかも怪しい。それが死んでいた。首が不自然な方向に――生きている人間ならありえない方向に曲がっていた。目は半分白目を剥きかけていて、開いた口から舌がべろんと垂れていて、顔じゅうの涙がフラッシュライトに照らされてきらきらしていた。
「あちゃあ……」
「これじゃガールハントだぜ」
「ちっとも笑えねえぞ」
そのうち、カルカイヤじいさんがハッとして怒鳴った。
「パンツとれ! お前ら、いつまでパンツかぶってんだ! パンツとれ!」
「総員脱パン! 総員脱パンせよ! こいつは遊びじゃねえ!」
おれたちはパンツをとって、くしゃくしゃにして左胸にあてて死者に敬意を払った。こんなつもりじゃなかった。パイロットはだいたい生意気な若僧と相場は決まっていた。こんな女の子を戦場に出すなんてのはルール違反だ。マンハントは少女を苛め殺すための変態ゲームとは違う。おれたち歩兵の正当な怒りを表す儀式なのだ。
「こんなつもりじゃなかったんだがなあ」カルカイヤじいさんが首をふりふり言った。「おれたちは調子づいたクソガキを狩るつもりでいたんだがなあ。もし、墜落したのが、女の子だって分かってたら、マンハントなんてしなかった。そうだろう、みんな?」
そうだ、そうだ、とおれたちは気まずそうにもぐもぐつぶやく。
「あーあ、どうしてこんなことになっちまったのか。認識票は?」
「パイロットが認識票をつけていた試しはねえよ」
「おい、見ろ。これ、連邦のマークだ」
「じゃあ、味方か。おれたちはこんな女の子を戦場に引っ張り出すほど、切羽つまってんのか?」
「ひでえ。まったくひでえ」
「お前がマグナムなんて空にぶっ放すからだ」
「お前だってぎゃあぎゃあわめいて脅かしてたじゃねえか」
「女の子だって分かってりゃあなあ」色男を代表してヴィルケットが言った。「おれたちはいつだって女の子には紳士だ。そうだろ? おれたちの不幸をメシのタネにするジャーナリストのメス豚は別だが、おれたちと同じように戦ってる女の子とくれば、そりゃあおれたちはどこまでも紳士になれるのになあ」
ヴィルケットはそれが少女に分かってもらえないのが辛いとこぼす。
「とにかく埋めてやろうや。おい、スコップのやつら、集まれ」
あっという間に穴が掘られた。おれたちは少女の骸を穴の底に横たえると、死に顔をまるで眠っているようにするために舌を口のなかに詰めようとしたが、できなかった。そこで、顔は目を閉じさせるのでよしとして、それから一人ずつ砂をかけて、少女を埋めてやった。
手先が器用なやつが缶詰を切って銀色のスミレをつくった。
おれたちはそれを墓標の代わりにした。