22.
「何があった?」
「敵が一個師団で反撃に出た。ヘリとロボットもかなりやられたらしい」
「本部中隊は?」第二中隊の指揮をしているランザ大尉がたずねた。「いま、どこにいる?」
「ここから西に五〇〇メートルの市街地を総崩れで逃げてます」
王座で遊んでいるあいだに、おれたちは袋のネズミにされていた。おれたちは宮殿の北にある空中庭園から空を見た。ヘリとロボットが対空射撃にきりきり舞いにされていた。砲弾、対空ミサイル、自爆ドローン、砂上戦艦から引っ張り出してきた四連対空砲。見たこともないくらいの量の火の玉が空に向かって飛んでいた。
そして、その火の玉の下の街路から灰色の敵が湧いてきた。まるまる一個連隊の突撃に味方の機関銃座はたった一つだった。それでも、その機関銃座のやつは頑張った。少なくとも五十人は撃って、中隊一つをたたき返したのだ。だが、手榴弾が放り込まれた。機銃手の補助をしていた兵隊がすぐに投げ返した。手榴弾が三つ放り込まれた。そいつは必死に動き、三つの手榴弾を投げ返した。十個の手榴弾が投げ込まれた。機銃手と二人で七つを投げ返し、残り三つがそいつらをバラバラに吹き飛ばした。
北の楼門を通過した敵におれたちはセミオート射撃でパンパン狙い撃った。ピンク色の煙幕が城壁の裂け目から流れ出した。おれたちは盲撃ちにした。そのあいだに〈ハッピー・エンチラーダ〉の連中が王城の出入り口に対人地雷を仕掛けていた。
おれたちはロストナンバー大隊から第二中隊と第一中隊の切れ端、〈ハッピー・エンチラーダ〉の工兵が十名、九一大隊から一個小隊がいるだけで、それに対して、敵は五倍の兵力に匹敵する一個師団をぶち込んだ。
一体、何なんだ? この嘘つき戦争の象徴ともいうべき、歴史なき王城にどんな価値がある?
ピンクの雲がおれたちの足元へと這ってくる。対人地雷が爆発し、悲鳴が聞こえた。そして、そのとき戦闘用ロボットが庭園の上に低空飛行した。その旋風がピンクの煙幕を剥ぎ取り、敵は遮蔽物のない石の庭にマヌケな顔をして立ち尽くしていた。ロボットの武器ポッドから小さなボールが一つ、庭へ落ち、次の瞬間には燃えるゼリーに包まれた敵が断末魔の悲鳴を上げていた。ロボットが飛び去ると、おれたちは燃えているやつ、燃えていないやつの区別なく撃ちまくった。ゼリーを浴びたやつは倒れ、胎児のように体を丸めながら黒焦げになっていった。
「じいさん! 戻れ!」
トール軍曹が叫んだ。謁見の間から手榴弾が二つ破裂する音がきこえた。
自分をスーパーヒーローだと勘違いした敵が銃を乱射しながら謁見の間に飛び込んだ。おれは柱の陰に隠れて、汗ばんだ手に手榴弾を握るとピンを外して、安全レバーを外した。そして、二秒数えてから投げた。
一秒数えて、爆発した。
おれは弾倉を替えて、ボルトを引き、薬室に新しい弾を送り込むと、地べたに倒れたヒーロー気取りに一連射浴びせた。
おれたちの分隊は大隊メンバーが置いていったリュックサックを積み上げて遮蔽物を謁見の間の真ん中につくった。それ以外の兵隊は左右の柱の陰に隠れていた。おれ、〈教授〉、フィゴット、トール軍曹、アザレム、ストーリー・マンの六人が中央で敵の攻撃を引き受け、残りのやつらが側面を突くのだ。
手榴弾が三つ投げつけられ、一つはリュックサックの防壁にぶつかった。
爆発で耳がイカれたが、なんとかリュックサックのあいだに作った銃眼まで這い登った。敵が飛び込み、おれたちのリュックサック要塞を見て、自分のしでかしたミスの取り返しのつかなさに絶望した。おれたちはそいつらを吹き飛ばした。謁見の間の入口は広いので、うまく投げれば手榴弾を角に入れることもできる。
「こんなかでピッチャーやってたやつはいるか?」
「何の話だ、そりゃ?」
「くそ、弾の残りが弾倉一つだけだ」
「おい、このなかでピッチャーはいるか?」
「だから、何の話だよ、じいさん」
「カーブを利かせたのを投げれば、あそこの壁に隠れてるやつらに――」
次の瞬間、おれたちは吹き飛ばされた。梱包爆薬かバズーカ砲を喰らったのだろう。最初のうち、頭のなかは静寂でただキーンという音だけがしていた。ライフルはどこかにいってしまった。瓦礫がふってきて、タールヘロインみたいな茶褐色の粉が謁見の間に充満した。そのなかを敵が銃剣を光らせながら突撃してきたのを見ていた。どういうわけだか、おれは目の前の光景がおれには何の関係もないのだという気がしていた。
敵の一人が立ち止まった。
おれのほうを見た。
そいつはまるでおれに女房を寝取られたような顔をした。
だが、おれはそいつの女房を寝取った覚えはねえし、そもそもそいつと会うのも初めてだった。
そいつは剣つき鉄砲を腰の高さに構えて突進してきた。
おれは四四口径のマグナムを持ち上げて、そいつの胸を撃った。
突進してきた男は目を剥いて、真後ろに吹っ飛ぶように倒れた。
おれはいつこんな銃をひろったのかな?
これはトール軍曹の銃だ。
横を見た。トール軍曹の首が吹き飛んでいた。その切断面からはワインの樽を切りつけたように血がドバドバ流れていた。
おれはとんちんかんでもう死んでるから必要なはずがねえのに、銃を軍曹に返そうと軍曹のホルスターをまさぐった。
誰かがおれの襟をつかんだ。
「パイナップルに頭突きしたよりもひでえ!」
フィゴットだ。
フィゴットは飛んできた瓦礫で額を切り、顔を血だらけにしながら、片手でおれを引っぱり、右手でマシンガンを撃ちまくっていた。
バン。
銃声がはっきりきこえた。おれの襟をつかむ力が抜けていき、マシンガンが大きな音を立てて、床に落ちた。フィゴットの巨体が引っくり返るように倒れた。敵の将校が見えた。小さなオートマティック・ピストルを持っている。おれは短い弾帯がぶらさがったマシンガンに飛びつくと、引っくり返って、フィゴットの体から離れ、残り七発の弾丸を将校にぶちこんだ。
おれはフィゴットの顔を見た。右目に小口径の弾がめり込んでいて、そこからどろっとした血が一筋流れ出していた。
おれはマシンガンを捨てた。こんな重いもんに用はねえ。金属バットか分厚い肉切り包丁を見つけないといけねえ。マンハント用の武器が必要だ。
目の前に顔が現れる。子どもだ。頭にかぶっているのは敵の国のヘルメットだ。
おれは顔に銃を突きつけて引き金を引いた。
脳みそが飛び散って目に入った。何度も撃った。
こんなことは間違ってる。戦争ってのは気だるくて嫌になる毎日だ。こんなひでえクソみたいな状況は特殊部隊とかが堕ちるべきであって、おれみたいなじいさんは関係がねえ。
撃鉄が空の薬室を叩いている。おれは袖で目に入った脳みそをぬぐった。細かい骨片が目を傷つけていたらどうしよう? こんな取っ組み合いの殺し合いをしているのに、おれは角膜を傷つけるかもしれない小さな頭蓋骨の欠片のことを心配していた。
おれ以外の全員が敵とどっぷりつかみ合って、首を絞めたり、石で殴ったりしていた。
おれは丸太みたいに転がった死体に蹴躓いた。ランザ大尉の死体だ。傷は一つも見えないが、間違いなく死んでいた。今は詳しく死因を調べる気分じゃなかったが、その手に持っていたベースボールバットだけは見過ごせない。これはマンハントに使うバットだ。明るい黄色の木材に釘が何十本と打たれている。よきマンハント信者の武器をランザ大尉は勝手に持ち出したに違いない。その罰が当たって、ランザ大尉の心臓は肉をえぐられたり、頭を叩き割られることもなく死んでしまったのだろう。
おれは良きマンハント信者として、釘バットを受け継いだ。そして、殴るべき頭を探した。
敵が一人、ストーリー・マンに馬乗りになって、大きな石を叩きつけようとしていた。おれはそいつの背中に釘バットを叩き込んだ。そいつの手から石が滑り落ちて、そいつの頭の鉢を割ったが、まだ生きていた。おれの釘バットは背中に刺さったままだった。おれはそいつを足で踏み押さえて、釘バットをねじりながら縦にひねった。背骨がベキと音を立て、その敵はぶるぶる震えながら、漆喰粉が分厚く積もった床に倒れた。
ストーリー・マンがかためた拳でおれを軽く突いた。
おれもやり返し、殴る価値のある脳天を探して、謁見の間を走った。
軍服を着て戦うことを考え出したやつは天才だ。そのおかげで誰の脳天を殴りつけ、足で踏み、バットを引いて切り裂けばいいのか一目瞭然だからだ。
敵の一人でやはりマンハント神を信仰しているのか、釘バットを持ったやつがいた。そいつも、おれと同じくじいさんで鬚だらけの面にしょぼくれた目をしていた。まるで鏡かクローン人間を見ているようだった。おれはこいつと全てを分け合っている気がした。こいつが普段食ってる飯、ひり出したクソ、マンハント神への敬意。ひょっとすると、女房もこいつと分け合っていたかも。おれとこいつの持ち物で違うのは着ている軍服だ。そして、ここではそれが人をバットで、しかもより酷え釘バットで叩き殺す大義名分になる。
おれとそいつはまるで映画のサムライみたいににらみ合った。おれが上から振り下ろし、そいつが下から振り上げ、釘が絡み合い、おれたちはお互いのほうへ引っ張り合った。離せ、このクソジジイ! おれたちはお互いの尻尾に噛み付こうとする犬みたいにぐるぐるまわった。先に目がまわったほうが負けだ。そう思い、おれは必死になって目をまわさないようにしたかったが、それにはどうすればいいのか分からなかった。クソをもらしたくないときはケツの穴をきゅっと絞めればいいし、うるせえ女の小言を締め出すときは耳を塞げばいい。でも、目をまわさないようにするにはどうすればいい? 誰か教えてくんねえか?
先にまいったのはおれのほうだった。おれはバットを手放し、ゲロを吐いてしまった。もう一人のおれ、敵のおれもしりもちをついていたが、それでもバットをしっかり手に握っていた。
それでおれの頭を殴るのだろう。釘が頭にめりこみ、その状態で頭を蹴れば、釘が頭をズタズタに切り裂く。もちろん釘の何本かはすっぽぬけて、頭蓋骨に永住の地を見出すが、それを見越して、何十本と釘を打っている。釘バットというのはそういうものだ。
そいつが釘バットを振り下ろす。おれは手の届くところにあったリュックサックを咄嗟に体の前に捧げ持った。釘バットがリュックを切り裂き、チョコ・バーやエロ本がバサバサと落ちた。おれはリュックサックを棍棒みたいにふるった。すると釘バットがリュックサックの裂けた穴にがっちりはまり込んだ。釘が引っかかって抜けなくなると、そのじいさんは力いっぱい引いた。おれは手を離した。じいさんは仰向けに倒れ、床に転がる大きな石に頭を打った。じいさんは目をうつろに開けたまま動かなくなった。鼻から血が流れ出し、尋常じゃない量が流れ出し、白茶けた鬚が血でぐちゃぐちゃになった。
おれは床に落ちていた釘バットを拾った。
左右の柱廊の開いた先にある空中庭園に目がいった。そこから空が見えた。ロボット同士がレーザーブレードで斬りつけあっていた。斬りつけては、距離を大袈裟に開けるその大袈裟ぶりにおれは笑った。まるでカミソリで切り合うオカマの喧嘩みたいじゃねえか。こりゃ、間違ってる。大間違いだ。あんなやつらが自分たちが戦争の主役だと思い、おれたち歩兵が舞台装置だなんて。しかも、おれたちにあてられた役の名はその他大勢その一か二か三か。だが、ロボット野郎がやつらの戦争をしているあいだに、おれはおれの分身を殺したんだぞ! たったいまおれはおれの分身と戦ったんだ! で、ぶっ殺したんだ! どーだ、まいったか、このホモ野郎!
おれは馬鹿らしくなってしまった。
おれは王座目指して、てくてく歩いた。誰もおれのことを気にしなかった。それぞれがそれぞれの相手のことで精いっぱいで殺しの余力をおれにあてられるやつがいなかったのだ。
おれはまるで王さまのように厳かに歩き、釘バットをかたわらに捨てて、王座に座った。
そして、全ての殺し合いと左右のテラスの庭園を一望に収めた。
そのとき、王座のある段の端に〈教授〉が座っているのを見つけた。〈教授〉は大きな無線機によりかかっていた。微笑んでいた。こいつもきっとこの世界の秘密を知ったに違いない。おれは微笑み返した。
〈教授〉は死んでいた。