21.
〈ハッピー・エンチラーダ〉戦闘工兵大隊が掘ったトンネルというのは、掘った人間にはハッピーでも、くぐるやつにはアンハッピーな代物だ。トンネルは古代遺跡の邸宅街の下をくぐって、王城の中庭へ出る。言うまでもないことだが、〈ハッピー・エンチラーダ〉はハッピーじゃないと仕事が出来ないから、トンネルを掘ったとき、間違いなくハッパをやっていたに違いない。敵はやつらの陽気な歌声でこっちがトンネルを掘って、王城に侵入しようとしていることに気がついただろう。
おれたちロストナンバー大隊はそのトンネルで先頭を切ることになった。邸宅街に戦車とハーフトラックの連中が派手に暴れて、陽動するというが、それでもマシンガン一丁ぐらいは出口に向けて構えているに違いない。
「こいつぁ、いよいよおれたちも番がまわってきたか」
「正直な話、どっちのほうが確率的にやべえかな。トンネルか表のハーフトラックか」
「やつらが、どれだけバズーカと自爆ドローンを持ってるかによるんじゃねえの?」
おれたちの分隊の前に小隊が一つ、こっちにケツを向けて、トンネルを中腰にもぞもぞ動いている。トンネルの壁に打ちつけた板には〈ハッピー・エンチラーダ〉のやつらの落書きがごまんと残されていた。それはたいてい生殖器に関する卑猥な代物で、戯画的だったり、寓話的だったり、非常に写実的だったりした。もし、敵がおれたちの頭の上で地雷を爆発させて、おれたちを生き埋めにしたら、おれたちはクソバカな工兵どもが描いたヴァギナにキスして大いなる子宮へと帰るイメージを抱きながら死ぬことになる。
先頭の小隊が突然しゃべるのをやめた。
出口が近いのだ。
銃弾と砲弾の激しいやりあいは震動と落ちてくる土くれで嫌というほど思い知った。トンネルのやばいところは生き埋めの危険が常にあることだ。すると、なかにいる人間はたとえ敵の集中砲火を喰らうと分かっていても、はやく外に出たくなる。
そのとき、突然、前を歩いていた小隊が消えた。
天井と壁が彫刻された石に変わり、おれたちはあっという間に棕櫚の茂った庭に出た。
バリバリバリ!
マシンガンの音が耳をつんざく。先頭を歩いていた小隊は半分がやられ、もう半分は地べたにへばりつきながら、機銃座のすぐ下の砂嚢までにじりよっていた。おれたちの分隊はトンネルの出口から転がり出て、石の欄干がある池のそばに身を伏せた。
別の茂みからも銃火。おれたちは四方八方から撃たれまくった。こうなると、致死量のコカインを吸い込んだみたいにアドレナリン全開になる。そして、誰もが自分のことをスーパーヒーローだと勘違いし、とんでもない馬鹿を仕出かす。おれたちは立ち上がり、腰だめにライフルを構えて、撃ちまくりながら、走る。溶岩石の猿の像が削られて、倒れる。手榴弾が破裂する音が一度に鳴って、砂袋みたいな人間か人間みたいな砂袋かよくわからん代物が宙を舞う。誰かの腹からこぼれたらしい内臓が白い石の道の真ん中でビニールみたいな色をさらしている。色だ。行き交う曳光弾の赤や緑。花の香りが嘘のように素晴らしく、それが硝煙臭さに汚される。蓮の池の向こうに楼門がある。何千発という弾丸の整形手術でブサイクに生まれ変わった瓦礫のてっぺんで敵と味方が取っ組み合っていた。どちらも旗を腰に巻いていて、楼門を占領したら掲げる予定なのだろう。おれは目に入った足を蹴った。足は一回転して池に落ちた。他の足を蹴った。それは伏せているアザレムの足でまだ本人にきちんとくっついていた。
「なんだ?」
「あれ、撃てるか?」
おれは楼門で取っ組み合っている二人を指差した。餌を取り合うアリンコみたいで左に右に動いて、体の位置が入れ替わったり、片方がもう片方を欄干に押しつけたりしていた。
「無理だな」
「七十メートルも離れてねえぞ」
「でも、無理だ」
「撃ってみろよ」
「なんで?」
「おれがお前をスナイパーにプロデュースしてやろうとしてるんだよ」まわりは銃声だらけなのに暢気にくだらねえことを言っているってのは生きてる証なのだ。「孤独な少数民族の若者に必須の条件だろうが。スナイパーってのは」
「じいさん、ついに痴呆か?」
「やかましい。で、撃つのか?」
アザレムは身を起こした。膝立ちの姿勢でライフルを構え、スコープを覗いた。
「味方に当たるかもしれねえな」
「味方殺しなんて気にしてちゃ、ろくな人生送れねえぞ」
「それで軍法会議に送られるのはおれだ」
「だから? だいたい憲兵の連中が死んだ兵隊の死体から弾をほじくりだして、こいつは味方の弾だなんて言って、旋条痕検査をすると思うか? それに軍法会議もおつなもんだ。お前を不名誉除隊にしてくれるかもしれねえしな」
バン!
取っ組み合いが凍りついた。敵がぐらりとよろめき、そのまま楼門から石畳の道へ真っ逆さまに落ちた。
「やったぜ!」アザレムがわめいた。「すげえ殺しだ。まさに殺しだよな?」
「銃に刻み目を入れてやれよ。国に帰ったら、かあちゃんに自慢してやれ」
ロストナンバー大隊はそのころには庭園じゅうに展開して、敵との距離二十メートルほどで交戦していた。おれたちの分隊は宮殿に東から近づける位置にいた。死体の目みたいに真っ黒な窓からときどき銃弾が飛んでくるたびにフィゴットが派手にマシンガンを撃ちまくった。きれいに彫刻された神さまや陶器の壁が派手な粉を撒き散らしながらバリバリと崩れ、銃撃が止む。その隙におれたちが走る。
宮殿の厨房らしい石の部屋へ手榴弾を放り込む。
バン。
地面に積もった陶器の粉がぶるっと震える。
ライフルを突き出して厨房に突入する。
〈教授〉が指を通路へ差す。
おれは人差指と親指で丸をつくって、手榴弾を通路に転がす。
バン。
おれたちは通路に雪崩れ込む。〈教授〉が通信機で厨房から宮殿に入ったことを連絡した。
他の分隊も宮殿に突入し、敵を蹴散らしていた。敵は裏門から逃走中で戦闘ヘリとロボットが追撃をかけているらしい。
おれたちはそれからは部屋に入る前に合言葉をかけた。そのうち、第二中隊の連中と鉢合わせした。
「この宮殿は宮殿なんかじゃねえや」第二中隊の機関銃手をしているホバートという痘痕面の男が文句を垂れた。「宝物はみんなメッキのまがいものでよ。価値のあるものなんてありゃしねえ」
「でも、王座はなかなかだったじゃねえか」相棒らしい眼鏡の兵隊が言った。
「そうだな。王座はデキがよかった。でもよ、本物の王さまが一回も座ったことがねえんじゃ、いくら細工がよくても、ありがたみがねえよ」
おれたちは王座を見にいった。オレンジの天井に柱廊のある青い壁、そして、王座は細長い謁見の間の奥の一段高いところにおいてあった。黒い石に赤い石板をはめ込んだもので、流れ弾が当たったのか、肘おきの縁がかけていた。その王座に交代で座ったが、あまり座り心地はよくなかった。まあ、石でできているんだから、しょうがない。
おれたちは重い装備を謁見の間に置き、ぬるいブランデーを飲んだ。実戦のときに配られる例のあれだ。
「今日はもう仕舞いじゃねえかな?」
「敵さんも営業時間がある。残業なんてしたくもねえだろうさ」
「おい、静かにしろ!」
〈教授〉が叫んだ。
「やばい」〈教授〉はそうつぶやいて、ブランデーをあおった。「こりゃやばい」