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ロストナンバー大隊といえば、カッコもつくが、要は壊滅した様々な部隊の寄せ集めに過ぎない。歩兵大隊。予備歩兵大隊。戦車中隊。工兵隊。特殊コマンド部隊。実力ではなく、ただ運がいいだけで生き残ったオメデタイ頭をしたおれたち。おれたちは年齢も出身地もバラバラだった。
おれたちの分隊を指揮するトール軍曹は二十七歳で、戦車中隊の対戦車猟兵をしていた。今は馬鹿でかい対物ライフルを背負っているが、泣き言一つ言わない、筋金入りの戦士だった。
歩兵大隊の生き残りで、髪を肩にかかるまで伸ばし、常にめかしこんでいた伍長のヴィルケットは、戦争前バーテンダーをしていた。
同じく歩兵大隊の生き残りのフィゴットは三十路を迎えた大男で手首の太さはお徳用の安ワイン壜くらいはあった。ゴツゴツした顔つきにしょぼついた目をしていて、絶えず不平を唱えていたが、それは全部隊の大男が宿命として文字通り背負わされる分隊支援火器が原因だった。マシンガン本体の重さが普通の兵士のアサルトライフルよりも重い六キロあり、七十発入りのドラム弾倉が一キロ。その予備が二つあり、それにレーションやら毛布やら、食器や写真などのその他生活雑貨を加えてリュックサックに積み込むと、小さな山が動いているように見える。こすっからい戦場ではちょっとでも目を離すと小物は盗まれるので、どれだけ重くとも、移動するときは全ての荷物を持ち歩かないといけない。やつはそれを不公平と言っていた。
他にも元特殊部隊のオレンや元理工大学の学生だった〈教授〉、少数民族をかき集めた混成旅団の生き残りのアザレムがいる。年齢ではアザレムが最年少の十九歳でヴール人自治領の出身。いかにも少数民族でございって浅黒い顔をしている。少女小説に出てくる砂漠の王子みたいな顔をしているが、こいつの顔が嘲笑以外のことで笑ったのは見たことがない。一方の最年長は予備役歩兵隊の生き残りのカルカイヤじいさんで四十五か六くらい。戦争でくたびれ果てて、八十歳のおいぼれのようだった。次はおれ。隊でじいさん、じじい、と言えば、四十より上のおれかカルカイヤじいさんのことを指す。その次に歳を食ってるのがヤロスレフだが、鉱夫暮らしで既にくたびれていたのか、こいつもジジイっぽくなっていた。鉱山でなんて働くもんじゃねえ。
おれたちのいたどの部隊も嵐のような砲弾と爆撃を食らうか、砂漠をとぼとぼ歩いているうちに部隊のほとんどがいなくなったという口だった。おれたちが生き残ったのはおれたちが優秀な兵士だったからではなく、ただ運が他のやつらよりほんの少し良かったというだけだ。
食事が終わり、食べたものが胃袋のなかになじんでくると、お決まりのぼやきが始まった。いつもそうだった。食事の後のまどろみに誰かがぼやく。たいていそれは「あーあ、おれってやつはほんとについてねえ」で始まり、「兵隊稼業なんざ、そんなもんってわけよ」で終わる。
このとき、ぼやいたのはオレンだった。やつは志願して兵役についた、とびきりの馬鹿だ。
「あーあ、おれはほんとについてねえ」元特殊部隊の隊員は言った。「おれはこんなことするために特殊部隊に志願したんじゃねえぞ。おれたちのしてることは戦争なんかじゃねえ。陣地に行っちゃあ、コンクリートの銃眼にケツ突っ込んで、クセー屁をこくばかり。こんなの戦争じゃねえ。敵の目の色が分かるくらいまで近づいて、銃なしでナイフ一本で戦うのが、本物の戦いってもんよ。それなのにおれたちは捕虜と死体以外で敵を見たことがないときてる」
「お前が馬鹿だってことはわかったさ」ヤロスレフが嘲笑った。「なんせ戦争に志願しちまったんだもんな」
「こんなかったるいと分かってたら、誰が特殊部隊に志願するもんかよ。ガキだったんだ。四年前、おれはそこのアザレムくらいのガキだったんだよ。でも、お前ら、おれをさんざん馬鹿にするがな、いざ敵と白兵戦になったら、万が一にもそんなことになったら、お前ら全員すっかりパニクって、てめえの拳骨で敵のヘルメット殴って指の骨を折るに決まってら。でも、おれは違うぜ。ナイフでさくっと殺る。そのための特別格闘訓練ってのを、アホみたいに繰り返したんだからな。おれにはよ、動きが染みついてんだ。殺しの動きがな」
「そいつぁ、ご立派だ。殺人マシンさんよ」アザレムが言った。「おれは白兵戦に出くわしたら、敵と味方がわちゃわちゃしてるところに手榴弾投げて、おしまいにするつもりだ。白兵戦なんざクソくらえだね」
「そうさ。おれは殺ってやる」オレンはアザレムの言葉を無視し、太腿のベルトに縛りつけたナイフを叩いた。「ホモのくそバレエダンサーみてえにな」
「おい、ホモを馬鹿にすんな」ヴィルケットが言った。「やつらにもいいところはある」
「おいおい、ヴィルケット。あんた、ホモの肩持つのかよ? てっきりタラシだと思ってたぜ」
「おれは女たらしだぜ。お前ら、ホモを装うことが女をおとすとき、どれだけ効果があるか知らねえのか? 救いようがねえな、お前ら。女に興味がないフリして、すげなくすると、かえって女はムキになる。そこまでくれば、もう半分は釣り針にかかったようなもんだ。ああ、それと、女の前じゃホモとかカマ野郎のことを、ホモとかカマ野郎と言っちゃいけない。上品にゲイっていうんだ。あと同性愛者。で、てめえのチンポコと心の性との矛盾に苦しむ哀れなゲイを演じるんだよ。お前ら、矛盾ってわかるか? 矛盾は、矛盾よ。で、あとはもうベルトコンベアーに乗ったようなもんよ。女はゲイを落としたってことで自分の魅力に対する自尊心を満たし、おれもいい思いをする。こいつはいいことだぜ。この方法で五千人はやったかな」
「うそこけ、ヴィルケット。いくら、お前でも二百人がせいぜいだ」
「オレンの愚痴をきいてやろうぜ」アザレムが言った。「見ろよ。自分の不幸を見せびらかしたくて、うずうずしてるじゃねえか」
「おれはもういい。疫病神の巣窟。兵隊稼業はそんなもんだ」
「馬鹿といやあ、アザレムだ」フィゴットはグリースにつけた布巾を手にマシンガンをごしごしこすっていた。「お前、少数民族じゃねえか。連邦政府は文化的価値が何とかかんとかで、少数民族の徴兵に待ったをかけてるんだぞ。知らねえのか?」
「知ってらあ」浅黒い顔に鋭い目つきをしたアザレムがこたえた。「でも、おれはもうあのくそったれ自治領に一秒でもいたくなかったんだよ。戒律にうるせえ祭司どもと水パイプをふかすしか能のねえ年寄りどもの土地を出て行くには、兵役に志願するしかねえんだ。そうでなきゃ、誰がヴール人のガキにマシな仕事を用意するってんだ? おれはやだぜ。金持ちの車磨いて、紙コップに小銭恵んでもらうなんてな」
「ヴールも砂漠だらけだろ?」
「ヴールの砂漠にはオアシスもあるし、椰子の木もある。女もいる。でも、戒律が厳しすぎて、まったく手が出せねえ。とくにきれいなのは完全に神さまのものだ。ブスはいくらでもいるけど」
「蛇の生殺しだな」
「そんなのここだって大差はねえ」
「移動するのは間違いねえだろうけど、ほんとに〈百万長者〉に行かされるのかな?」
「おれたちは予備隊にまわされるんじゃねえの?」
「どうも最近見ないやつらがあちこちにタコツボを掘ってる。あいつらはたぶん前線の守備隊の増援じゃないか?」
「〈百万長者〉と〈小市民〉は二つ合わせれば、連隊一つくらい入るな」
「コンクリートと鋼鉄のキューポラがあるんだ。おまけに五キロ後方には重砲陣地があるし、制空権も完全に失ったわけじゃねえ。二個師団が突っ込んでもあそこはもつわな」
「本物の葡萄でつくった混じり気なしのブランデーが出たら、要注意だぜ。そんときゃいよいよ前線に追い出される」
「生アルコールで水増ししてねえブランデーが飲めるなら、もう前線行きでもいいや」
おれたちはとにかく行き先を知りたかった。たとえ敵の主攻撃にさらされるであろう二つの陣地〈百万長者〉と〈小市民〉でも行き先が決まっていれば、そのほうが安心できた。贅沢を言えば、後方に移動して、予備の連隊と勤務を交換したかったが、別の戦線が大規模な攻勢を計画していたから、こちらには予備の連隊も戦車も戦闘機も人間が搭乗する最新型の戦闘用ロボットもまわってこないのではないかとみな口々に言っていた。
だが、重砲陣地が二つ完成したことを知ると、ひょっとすると、こっちでも牽制攻撃を行うのではないかという噂が立った。たいていこの手の噂は化学調味料の吸いすぎで頭がイカれた師団司令部付きのコックの脳みそから生まれ、おれたちしがない歩兵の舌の先でつまらない死を迎える。
将校たちは情報部から敵のゲリラが戦線に浸透しているという話を吹き込まれ、神経過敏になったりするが、ところがおれたちはゲリラなんてものはオギャーと生まれてこのかた見たこともない。だが、ゲリラの噂には使い道があった。おれたちを苦しめる背中の敵――予備の銃弾を撃てるだけ撃って背嚢を軽くすることができる。おれたちは指揮官たちのゲリラ・ノイローゼが始まると、その機会を逃がさず、手榴弾を破裂させて敵襲を装い、半分くらいの弾を撃ちつくすのだ。
戦線は静かといっても、常にどこか遠くで砲弾が破裂するし、敵と味方の彼岸を敵機が飛び越えて、対空砲に散々やられて、逃げもどることもあったし、装甲車くらいならよく鉄条網を踏み潰しに現われることがあった。
「実際、敵も味方も砲兵はよく働いてるぜ。あいつらが弾のやり取りをしねえと自分が戦争してることを忘れちまう」カルカイヤじいさんが言った。
「へえ。そいつはすげえ」フィゴットがにやりと笑った。「その砲弾がてめえの足元で爆発して、内臓も背骨もきれいさっぱり持っていったら、じいさん、あんた、こういうんだろうな。『やつら、立派な仕事したぜ。見ろ。見事に吹き飛んでやがる』」
「年長者を敬え、デカブツ」
「やなこった、クソジジイ」
「おい、見ろ」ヤロスレフが砂丘の上を指差した。「迫撃砲部隊だ」
見ると、ちびの兵士が二人、迫撃砲の砲身と砲座をそれぞれ背負って、ひいこらひいこら歩いていた。いじけた駄獣そっくりの二人組の後ろを弾薬箱を持った大男がいて、これも相当重いものらしく、大男は今にもぶっ倒れそうな喘ぎをもらしていた。
「迫撃砲部隊には入るもんじゃねえなあ」誰かがしみじみと言った。「あれでも人間かよ? まるで家畜じゃねえか。何がつらくて大砲を持ち歩くんだか」
「口径が七七ミリだからなあ。一二〇ミリなら豆タンクで曳いてもらえるんだが、七七ミリじゃあ、しょうがねえ。まあ、おれたちが背負ってるわけじゃねえことが唯一の救いよ」
第三分隊の面々は砂の上げる靄のなかへと消えていく迫撃砲の鈍い光を目で追いながら、救いについてぶつぶつ唱えた。




