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ロストナンバーズ ~どっこいおれたちゃ生きている~  作者: 実茂 譲
0+3ヶ月+1年2ヶ月.王城
19/23

19.

 ヴィルケットは正しかった。おれたちもとっとと飛び降りるべきだった。

 ドラグナ・シティに着いた最初の日、おれたちは砲弾の雨を食らいながら、そう思った。こんなに激しい砲撃を受けたことはなかった。カルカイヤじいさんがコマみたいにくるくるまわりながら、三十メートルの高さに飛んでいったのは、その最初の日だった。そのとき、じいさんの頭にくっついていたのは肋骨の一部と手首から先がなくなった右腕だけだった。これでおれが分隊でただ一人のじいさんになった。ドラグナ・シティの爆発の嵐におれたちは縮こまり、もう一度、自分のケツでクソをひり出せることに気づくまで、結構な時間がかかった。

 次にオレンがいかれ始めた。もともといかれていたが、やつは一騎打ちパラノイアにかかって、誰でもいいから敵とナイフ一本で戦いたくてしょうがなくなった。空っぽのビルから王城のほうの陣地に移されたとき、オレンは何を考えたのか敵と味方の陣地のあいだの無人地帯にナイフ一本で侵入した。上半身は裸だった。オレンは特殊部隊入りしただけのことはあって、中隊一のムキムキマッチョだった。たぶん、昔食ったステロイドが今になって脳みそに作用したのだろう、敵の陣営にも自分と同じように一騎打ちがしたくてしょうがない元特殊部隊がいるはずだとやつは信じた。

「こいつは神かけて――マンハント神にかけて、ほんとの話だ。今日、おれはやるぜ。おれがナイフのプロだってこと、これではっきりさせてやらあ」

 やつはそういって敵と味方の戦線に横たわる道路の上に立った。でかいナイフ一本を握り締めて。

すると、敵のほうからも上半身裸のマッチョが現れた。おれたちは目を疑ったよ。敵にも同じことを考えているやつがほんとにいたなんて。これまでパラノイアのたわ言で実現したものは皆無だが、今回ばかりは本物だ。

 おれたちは男と男、ナイフ一本での命のやり取りを見守るつもりで塹壕の特等席にかぶりついた。

 二人は二十メートルのあいだを開けて、向かい合った。

 次の瞬間、オレンが走り出した。尻尾に火をつけられた犬みたいに甲高い狂った叫び声を上げながら、相手をズタズタにしてやろうと駆けていった。敵は落ち着いたもので、ナイフを低めに構えている。

 さあ、始まるぞ。

 そのとき、敵のナイフ男はズボンの後ろに差していたリヴォルヴァーを抜き、マグナム弾をオレンの胴体にぶち込んだ。

 オレンが体をよじりながら、道の上に倒れたときには敵は逃げた後で掩蔽壕から高笑いがきこえていた。

 トール軍曹が〈教授〉にこの近くで装甲兵器がないか調べさせた。すると、ナパームを吐き出す火炎放射装甲車がいることが分かった。おれたちは装甲車を呼び出し、燃えさかるベトベトを敵の陣地に浴びせかけた。燃えるベトベトは掩蔽壕の煙突からなかへ流れ込み、笑っていた馬鹿どもを焼き殺した。オレンは馬鹿だが、だからといって、やつをダシにして笑うことは許されるわきゃねえんだ。

 分隊専属コミュニストのヤロスレフが軍法会議にかけられ銃殺されたのはストーリー・マンがうちの分隊に来る二日前のことだった。ヤロスレフはスパイに引っかかった。そのスパイはミロ=ハロフ州の鉱山で働いていたと言っていた。ホントにそう見えた。おそろしく老けて見える顔、粉塵が手の皺に入って、シミになり抜けなくなった手のひら。まさにミロ=ハロフの鉱山男だった。

 ヤロスレフは決して騙されやすい男ではないし、どちらかというと、疑心暗鬼に悩むほうだった。だが、やつは久しぶりに見た鉱山の男にころりと騙された。スパイはおれたち相手に革命の駄法螺を吹いた。曰く、首都では休戦を望む声があるとか、前線に反戦組織がつくられているとか。おれたちはすぐにスパイの正体を見抜いた。そうやって、甘いこと言って、こいつにうっかり同調したやつらを密告して、お偉方に突き出すのだ。おれたちはヤロスレフに何度も警告した。だが、やつは聞く耳を持たなかった。

「リーヴィヒを悪く言うなよ。あいつは本物だ。本当の革命家だ。コミュニストだ。議会の議席に魂を売ったような連中とは違う。あいつがおれたちを救い出してくれる」

「なにトンマなこと言ってるんだ? しっかりしろよ、ヤロスレフ。お前の脳みそ、どうなっちゃったの? あいつは鉱山で働いてない。そう見せかけてるだけだ」

「でも、ブライヤーM5削岩機の使い方を知ってる」

「やつは取り扱い説明書を読んだに決まってら。悪いことはいわねえから、やつとは距離を置け。やつと戦争のことを話すのはやめろ。でねえと、お前、気づいたときには杭に縛りつけられて、病気の畜生みたいにズドンだぜ」

「おれはやつを信じる。後方のある少佐が本格的なサボタージュを計画してる。それには献身的なコミュニストが必要らしい。おれはそれに志願するつもりだ」

「その少佐の正体を当ててやろうか?」

「いい。どうせ、売女のガキ呼ばわりするつもりだろ?」

 ヤロスレフはスパイ野郎と一緒に、その少佐に会いに行くといって、部隊を脱け出して、そして戻ってこなかった。マンハント神はもう二度とヤロスレフが生きて戻ることはないと告げた。兵隊独自の情報網がそれを裏づけた。師団司令部付きのコックの話が前線に運ばれ、ヤロスレフがまんまと罠にハマってパクられたこと、速攻で軍法会議にかけられたことを知らせた。

 まったくあのスパイ野郎は小賢しいまでに頭のいいやつだ。おれたちはそう言いあっていたが、やつがまたおれたちのもとに姿を見せると、こりゃただのトンマだと評価を修正した。このスパイ野郎はヤロスレフみたいのを一人差し出すごとにご褒美をもらっていたに違いない。やつのおれたちを見る目は収穫物を見るそれだった。つまり、やつはおれたち全員を密告したくてしょうがないのだ。やつはヤロスレフが捕らえられたのはデマで、彼の死は巧妙に偽装されたもので、いま地下組織との連絡役になっているとホラを吹いた。

 おれたちはお得意の卑屈な物腰で相手の言うことを真に受けたふりをした。そして、おれたち全員、それに中隊の他のやつも誘って、その地下組織に参加したいと伝えたとき、スパイ野郎の喜びようと言ったら! やつは報酬を何で受け取っていたのだろう? 連邦ドル? ドラッグ? 秘密のチクリ組織での出世? ナウクシュミ・バーイーの限定アングラエロアニメ? それとも兵役期間の短縮だろうか? このスパイ野郎にも家族がいて、家には女房子どもとプードルなんかが待っているのかもしれない。家族にはやく会いたくて、人をチクるなんて真似をしているのかもしれない。

 だが、やつは戦争にクソいまいましいスパイ・ゲームを持ち込んだ。ゲームをやるなら、ペナルティを受ける覚悟が必要だ。

 スパイ野郎がテントのなかで鼾をかき始めたころ、おれ、フィゴット、〈教授〉、トール軍曹、アザレムの五人が集まって、頭を寄せ合った。アザレムが狙撃銃のボルトを五回引いて、弾を全部抜いた。そして、薬室を開けっ放しにすると、弾丸の一つを手に取った。アザレムは柄にヴール風の彫刻を施した小さなナイフを取り出すと、それで人差指の先を突いて、赤い血を弾の頭に塗りつけ、コミュニスト好みの赤にデコレートした。

 アザレムはそれをフィゴットに手渡した。

 フィゴットはそれを強く握ると、〈教授〉に手渡した。

〈教授〉はそれを強く握ると、トール軍曹に手渡した。

 トール軍曹はそれを強く握ると、おれに手渡した。

 おれは銃弾を握り締めた。そして、アザレムに渡した。

 アザレムはまるでルビーの弾丸をはめたようなその銃弾を握り締めると、銃の薬室に込めて、ボルトを戻した。

 ヤロスレフは宇宙で唯一の口下手なコミュニストで、おれたちはよく言葉遊びにハメて笑いものにした。とくにアザレムはよくヤロスレフをヴール人流のレトリックでからかった。

 アザレムがライフル片手にスパイ野郎のテントへ入り、一発撃った。うめき声がしたが、「やかましい」と言って、アザレムは銃床をスパイ野郎の顔面に叩き込んだ。

 次の日、ヤロスレフは銃殺された。

 今、おれたちは朝、目が覚めるたびに、昨日一日を何とか生き残れたことを喜び、今日一日を生き残らなければいけないことを呪う。仲間たちの死は無惨だが、やつらが今のおれたちよりもみじめな地位にいるとは思えない。死と生の価値が逆転しそうになる。その際どいところを、おれたちは安物のジンでこらえている。ブランデーを出したのは最初の三日だけだった。

 ジンは苦く、怒りの味がする。だが、喉に残るのは諦めだけだ。

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