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ロストナンバーズ ~どっこいおれたちゃ生きている~  作者: 実茂 譲
0+3ヶ月+1年2ヶ月.王城
17/23

17.

 ブランデーの配給開始とともにナウクを追い立てられ、ドラグナ・シティに放り込まれて、十三ヶ月経った。ろくでもない十三ヶ月だ。オレンがおっんで、カルカイヤじいさんがおっんで、ヤロスレフがおっんだ。補充としてストーリー・マンがやってきて、おれたちは大麻ガンジャ文化に触れ合った。アザレムはどこかでボルトアクション式のスナイパー・ライフルを見つけ、アサルトライフルを捨てた。おれは分隊付き狙撃手になると言っていたが、本音は手入れの面倒なアサルトライフルに愛想が尽きたのだろう。砂漠での戦争で何が嫌かといえば、ライフルが噛んだ砂を取り除くことだ。おまけにそれに気づくことができればいいが、敵に向けて引き金を引いた瞬間、ジャムったことに気づいたら、『くそ』がその哀れな野郎が心に浮かべた、最期の思念となる。それに比べると、ボルトアクションのライフルは機構が単純だから、手入れも簡単だし、弾が出ないなんてこともない。

 分隊はトール軍曹、フィゴット、〈教授〉、アザレム、ストーリー・マン、おれの六人になった。しばらく様子を見たが、師団司令部はそれ以上の兵隊をくれる様子はなく、おれたちは六人で何とかやっていくことになった。

 そのころ、ロストナンバー大隊は消耗して中隊規模にまで減っていた。馬鹿でトンマな将軍たちによる一大虐殺ショーが北部戦線にもやってきたおかげで戦死者は飛躍的に伸びて、カウントストップがかかりかけていた。

 おれたちがぶち殺さなければいけない敵たちは偽りの歴史に籠城していた。というのも、ドラグナ・シティは石造りのエキゾチックな王城を作っていた。それは城壁で囲まれていて、門には高い楼閣が立ち、庭園や宮殿がある。油が浮かぶ七色のどぶ水をたたえた外堀のまわりには赤い屋根瓦を葺いた邸宅街がある。さも、古代王朝でござい、と言った顔をしているこの王城だが、この星に歴史など存在しないから、古代もクソもない。王がいたことも民がいたこともない。ドラグナ・シティの都市計画部長はこの偽の遺跡を観光の目玉にしようとしていたのだろう。

 おれたちはこの王城を占領するために十七回攻撃を仕掛けて、十七回とも撃退されていた。ドラグナ・シティのあちこちで似たようなことが高層ビルの残骸やハイウェイに障害物を並べた陣地で起きている。だが、連中は少なくとも価値のある建物のために死ねることができる。誰の用もないなんちゃってクソ遺跡のために死ぬなんて、こんなことできるのは神だけだ。人間、愛する家族のためとか故郷のために死ぬことは割りと簡単にできるが、くだらねえ見栄の遺物のために死ぬことはそうそうできねえ。そんなことができるのは神さまだけだ。

 おれたちは道路を穿って作った最前線塹壕の強化地点でもぞもぞ蠢き、申し訳程度に前線を見張りながら、ケツで煙草を吸って大腸ガンで死んだ男の話をしていた。そいつは口とケツの両方で煙草を吸うことによってリスクを分散させたつもりらしかったが、どうもバランスがうまくいかず、ケツのほうが音をあげてしまったのだ。おれたちの意見はそいつは煙草を火をつけずに飲み込んで、胃袋からニコチンを摂取すべきだったという方向で意見をまとめていた。もし、誰かがケツで煙草を吸おうとしたら、おれたちはいっぱしの専門家風を吹かせてやることができる。

 通信が入って、おれたちはケツを上げて移動した。第九一大隊の連中が一個中隊規模の敵をうまい具合に閉じ込めたというのだ。できるだけ大勢の兵隊で囲んで、一匹残らずやっちまえ、というのが司令部の考えらしかった。こいつはでかい狩りになる。

 見張りを交代した。安全な位置まで下がってから、塹壕を出た。空は真っ暗だ。いつもどこかで何かが派手に燃えているからだ。もう燃やすものはないってくらい燃やし尽くしたはずなのに、必ずどこかで街は燃えていた。おれたちがてくてく歩いているのは小さな一戸建てが並ぶ道だった。葉や花や実を強化プラスチックで作ったパチモノ並木があって、家や店のほとんどはあらゆる種類の銃弾砲弾に苛められて壁が削れ、ブサイクなガキのツラみたいになっている。家の一つには装甲偵察車が突っ込んでいて、敵のか味方のか分からない黒焦げの死体が三つ転がっていた。

「ここ、ひょっとして〈凄惨なる手榴弾キャンペーン〉の現場じゃねえの?」フィゴットがたずねた。

「どうだろ」〈教授〉が言った。「おれにはロボットどもの機銃掃射にやられたように見えるな」

「〈凄惨なる手榴弾キャンペーン〉はもう一本向こうの通りだ」と、おれ。「ここはどこかの空挺部隊がやったはずだ」

「ほんとかよ、じいさん」

「おめっら、九十一ンやつら、ほんとーに一個中隊追いつめたと思っか?」ストーリー・マンがたずねた。

「ンなわけねえだろ」アザレムが首をふる。「せいぜい分隊一個だ」

「てことはだいたい六人か七人か」

「わかんねえよ。その六人かそこらのなかに敵の国の大物の息子とかがいるかもしれねえ。そうしたら、人質にできるぜ」

「そんなのが前線に出るわけがねえ。お前、おれたちの国のお偉いさんが息子を前線に出すと思うか?」

「そりゃありえねえだわいな」

「そういうことだ。たぶん、九一の連中は敵のなかでもおれたちとさほど変わらない、めぐり合わせの悪いトンマどもを包囲してるんだ」

「そいつらが特殊部隊だったりする可能性も否定できねえぞ」

「そんときゃ、お気の毒。やられるのは九一大隊の連中だ。なにせ、あそこはトンマを極めてるからなあ。おれたちロストナンバーや一三三歩兵大隊、〈ログ・バグ〉戦闘ヘリ中隊や〈ハッピー・エンチラーダ〉戦闘工兵大隊といった海千山千のトンマどもを押しのけ、頂点の座に輝いたトンマのなかのトンマだ」

「そもそも追いつめたのが人なのかも怪しいな」

「犬っころってコトもあっな」

「なにせ九一の連中だからな」

 そのうち、問題の戦闘区域についた。みな小さな遮蔽物の後ろに縮みこむように隠れていて、空気がウスターソースの底にこずんだスパイスみたいにピリピリしていた。戦車はなかったが、対空砲を積んだハーフトラックがあり、五〇口径曳光弾が一五〇メートル先の裁判所にぶつかって火花があっちこっちにデタラメに散っていた。

「準備砲撃の代わりだ!」九一大隊の軍曹がおれたちに大声で知らせた。「射撃が止んだら裁判所に突っ込む! 弾が装填されているか確認しておけ!」

 裁判所は中央に丸屋根があり、左右に翼を伸ばすようにして建物が伸びていた。五〇口径弾のせいで窓という窓が吹き飛び、壁は千切れ飛び、天秤を手にして目隠しをした女神像もズタズタに切り裂かれ跡形もなくなっていた。おれたちの中隊には将校がいなかった。だから、おれたちを目にした少尉以上のやつなら誰でもおれたちを使うことができた。おれたちは九十一大隊の第二中隊と一緒に裁判所の裏手に回りこみ、部屋を一つ一つつぶしていけということだった。〈凄惨なる手榴弾キャンペーン〉以来の大量の手榴弾が配られた。誰か一人でもうっかりピンを抜いて、それに気づかずにいれば、半径一キロ圏内の全てのものが誘爆で吹き飛ぶほどの手榴弾をもらった。手榴弾のなかには安全ピンがささっておらず、安全レバーを七色のビニールテープでぐるぐる巻きにしているものがあった。これを投げるときは十メートル近い長さのビニールテープを光のスペクトルに従って、引っぺがしていくわけだ。

 石造りの裁判所を見て、感慨にふける。おれたちはみな何らかの形で裁判のご厄介になったことがあった。スピード違反とか、でかい音でノイズ・ミュージックをかけたとか、別れた女房への養育費の支払いが滞ったとか、ろくでもない理由でだ。そして、社会奉仕を命じられる。ときどき裁判官のことを腐ったペニス呼ばわりして、禁固刑を食らったやつもいた。だから、裁判所を襲撃するのならば、ぜひとも法廷の裁判官席に手榴弾を投げてみたいものだとしみじみ思いながらポケットを手榴弾でパンパンにした。この戦いは敵を倒すというよりも、いち早く法廷を見つけることが重要になりそうだった。処女雪に一番最初に足跡をつけるのは誰かってわけだ。

 市街戦の、それも室内戦ともなると、とにかく手榴弾が必要になる。特殊部隊のみなさんは網膜ナノレイヤーで熱源なり電磁波なりで壁を透過して、敵の有無を確認できるだろうが、普通の兵隊にはンなもんはねえ。だから、これから踏み込む部屋に敵がいるのかどうか分からない。そういうときは手榴弾を投げる。それに限る。あっちにもポイ。こっちにもポイ。ついでにここにもポイ。そんな感じだ。そうやって一部屋ずつ確保していくのが市街戦というやつで実に細分化された陣取りゲームをしているわけだ。

 フィゴットが二階の窓へ弾をばら撒いて敵を牽制しているあいだにおれたちは体じゅうの手榴弾をガチガチ鳴らしながら走りこみ、裏口守衛室に最初の手榴弾を投げた。その後は廊下、トイレ、デスクの並んだ部屋などにポイポイ投げた。手榴弾というのは室内で使うとファックする〈教授〉みたいにやかましく耳がおかしくなる。しゃべるときは自然と大声だ。トール軍曹がおれに怒鳴った。

「じいさん、手榴弾を投げるな!」

「なんだって!」

「手榴弾を投げるな!」

「何いってるか、さっぱりきこえねえ! なんだってんだ!」

「手榴弾を投げるなって言ったんだ! 敵はもう降伏した!」

「オーケー、ベイビー!」

 おれは親指をぐっと立てて、手榴弾を二個投げた。

 万事が万事、こんな調子だ。

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