15.
見慣れない男たちが現れた。
兵隊でもなければ、ナウクの住民でもない。
二着で三百ドルの吊るしのスーツを着たサラリーマンのようなやつらだ。そいつらはアタッシュケースを片手にヤミ市や半地下のトンネルをうろつきまわるようになった。
しばらくしてから、やつらの正体は、ナウクシュミ・バーイー関連のアニメや漫画を買い付けに来たバイヤーだと知れた。前線から二百キロの市で生まれたアングラ・カルチャーがどうやって首都のほうまで伝わったのか分からないし、どうしてそんなに人気を博したのかも分からなかったが、確かなことはバイヤーのアタッシュケースには連邦ドルがぎっしり詰まっていたということだ。
ナウクシュミ・バーイーはこれまで連邦政府が何度もチャレンジして挫折したことをいとも簡単に成し遂げた――ナウクの経済復興だ。毎週、毎日、いや毎時間、毎分、ドルをたんまり詰めたアタッシュケースがナウクの市に流れ込み、アングラ・ビジネスをドル箱に変えてしまった。ヤミ市にドルがあふれ出し、どんな貧乏人でも連邦ドルで買い物をするようになった。そのうち、ナウク市は独自にドルを刷り始めた。それがナウク・ドルで、肖像はもちろんナウクシュミ・バーイーだ。最初はナウク・ドル一に対し、連邦ドルが〇・五というレートだったが、そのうちレートは逆転して一対七にまで上がった。ナウク・ドルは連邦一安全なドルへと変貌を遂げ、みじめな州政府ドルは忘れ去られた。
そこからナウクは加速度的に資本主義的発展を遂げた。
肉屋の店先から培養肉が消え、本物の羊が皮を剥がれて吊るされるようになった。両替商はナウク・ドルの札束の上にあぐらをかき、これまで見たこともなかったプロテイン食品や様々なサプリメントがブームになった。砂によごれて、ボコボコにへこんだ三輪タクシーが消えていき、大きなボンネットをしたリバイバル・デザインの黒タクシーが人間を運ぶようになった。家畜の群れを市内の道に歩かせることを禁じる法律が可決された。今やナウクのような都市にそれはそぐわないというのが理由だった。
ナウクの住民が金持ちになっていくのを、おれたちは指をくわえて眺めていた。何もすることがなかった。いまや、おれたちの連邦ドルは見向きもされず、また相対的な貧困がおれたちの持つものの価値を下落させた。
例えば、一日に二つずつもらえる生牡蠣の価値が低くなった。大手食料製造会社が牡蠣の陸上養殖プラントをあっという間に作り出し、それを移動式のオイスター・スタンドで売り出した。連邦ドル一ドルで二つの値段でだ。しかも、おれたちの牡蠣は塩を一つまみかけるだけだが、オイスター・スタンドではレモン汁やウスターソースをかける。売れ残った牡蠣は殻と一緒に捨てられた。
生牡蠣が毎日二つ手に入ることが特権でもなんでもなくなったあたりから、雲行きが怪しくなってきた。つまり、現在のナウクのような洗練された都市にがさつな兵隊がいることが我慢できないと言い始めるやつらが現れだしたのだ。おれたちは市場で暴れてみたりしたが、いくらぶちこわしても巨大資本がバックについたナウク市民を負かすことはできず、次第におれたちの居場所がなくなっていった。
おれたちはいつも割り当てのアパートに閉じこもり、決まった女とのセックスだけは何とか守り通した。いまや、兵隊の権力は地に落ちていた。おれたちは大暴落の最中にあった。幸い、チンポコはまだキチンとたってくれるからいいが、そのうちこれも駄目になってしまうのではないかとおれたちは恐れた。おれたちはナウクのあらゆるビジネスから突っぱねられ、なぜ、ナウクにいるのか、よく分からなくなり始めた。そのうち二つの生牡蠣も届かなくなった。
伍長のヴィルケットが飛び降り自殺したのは、その三日後のことだった。吹き抜けの一番上の階に住んでいたヴィルケットが突然欄干を飛び越えて、一階のリノリウムの床目がけて、顔から落ちていったのだ。
ヴィルケットの部屋でおれたちは娼婦を訊問した。娼婦は脅えながら、ヴィルケットが持ち帰ったばかりの軍の配給用フラスクを少し煽った途端、顔がみるみるうちに蒼くなり、鏡の前で髪をきちんと撫で分けると、そのままドアから飛び出して、欄干を飛び越えたということだった。
おれたちはナイトテーブルの上に乗っかっているフラスクを見た。普段から配給ジンを入れているフラスクを。おれは手にとってフラスクの匂いを嗅ぎ、まさかと思って、少し飲んだ。
おれは吐きそうになった。
それは本物の葡萄からつくったブランデーだった。




