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ロストナンバーズ ~どっこいおれたちゃ生きている~  作者: 実茂 譲
0+3ヶ月.ナウク
14/23

14.

 テロリスト・フィーバーは蝶番の先物取引で市場を読み誤ったビジネスマン二人が拳銃自殺したことを除けば、平穏に終わった。ヤミ市はまたモノとヒトとケモノ、それにリクシャーでごった返した。そして、高級将校たちの複雑に絡んだ利権が数次元に及ぶ蜘蛛の糸を張り巡らし、おれたちは毎日新鮮な生牡蠣を殻つきで二つ受け取り続けた。

 変わったことといえば、あの現代版ラクシュミ・バーイーである少女テロリストがここナウクで偶像崇拝の対象になり出したことだ。壁にかなり巧緻極まった少女テロリストの絵がスプレーで描かれたり、3Dプリンターで製作した少女テロリストのプラスチック人形を祭壇に祀って香を焚いたり、少女テロリストを主人公にした漫画やアニメがアンダーグラウンドで出回ったりしていた。

 まあ、あの少女テロリストは資本主義反対を唱えていたから資本主義的に見て負け犬であるナウクの住民やおれたちみたいな下っ端兵士のあいだでそういう熱狂が起こるなら分かる。

 ――が、妙なことに彼女を処刑した高級将校たちのあいだでも少女テロリストが崇拝されていたのだ。将軍たちはヤミ市の利権を取り合うくらいの激しさでナウク版ラクシュミ・バーイー――ナウクシュミ・バーイーのグッズを集めていた。

 もちろん、その手の馬鹿げたことに狩り出されるのはおれたちなわけで、おれたちは装甲車部隊の中佐の命令でナウクシュミ・バーイーの地下アニメを手に入れるために〈ラクシュミ・バーイー〉市場の電気器具商たちの集まる区画を歩きまわった。

 中佐の話ではそのアニメはナウクシュミ・バーイーを三頭身にかわいらしくデフォルメしたもので、ブツ自体は非常に危険であるという。と、いうのも偶像崇拝に付き物の狂信がファンをいくつもの派閥に分け、それぞれの教団をつくっていたからだ。貧乳派、巨乳派、おケツ典礼派、ソフトタッチ・レズ派、ハードタッチ・レズ派、培養肉を無理やり食べさせる陵辱派、資本主義を根絶すればナウクシュミ・バーイーはこの世界に甦るという復活派。なかにはナウクシュミ・バーイーを八頭身未満で表現することを絶対に許さないスーパーモデル神秘主義教団もいたので、もし、そんなやつら相手に三頭身のナウクシュミ・バーイーが出るアニメを売ってくれと言おうものなら、ちょっとした戦争になるのだそうな。まあ、戦争は大袈裟だが、最近、殺人事件の件数が増えているのは事実だ。しょうがない。宗教にとって、殉教はガソリンのようなものだ。

 ナウクシュミ・バーイー自身はかなり真面目にこの世界の不条理と不合理と不公平を嘆き、義憤したわけだが、彼女が救おうとしたナウクの住民ときたら、この有り様だ。ナウクシュミ・バーイーはこんな民衆を率いて、ナウクを他の全ての州から本気で切り離そうとしていたのだから、危険なパラノイアだったのかもしれねえ。

「アホくせえ」オレンが言った。「てめえらで処刑しといて、それを今さら夢中になるとか、ほんとアホくせえ」

「ヴール人的にはどうなんだ?」と〈教授〉。

「何が?」

「偶像崇拝だよ」

「ヴールじゃ、アニメは禁止されている」アザレムが言った。「見ると、ポコチンがダメになるんだと」

「それ、ホントか?」ヤロスレフがたずねた。「おれのダチでアニメにハマってるやつがいるが、そいつ、とんでもねえ絶倫で、あっちこっちで孕ませてるけど」

「ヴール人の言うことはあてにするな」アザレムが嘲笑を浮かべて言った。「ヴール人であるおれが言うんだから間違いない」

「つまり、そりゃヴール人の言うことはあてにならないってことだな。だけど、それを言ったアザレムはヴール人だから、ヴール人の言うことはあてになるって意味だけど、でも、待てよ、ヴール人であるアザレムが言うんだから間違いないって言葉もアザレムが言ったわけだから、そうすると、ヴール人の言うことはやっぱりあてにならないってことで――」

 ヤロスレフ。あわれなやつ。口下手なコミュニストなんて全宇宙探してもこいつくらいだろう。中学校を中退して鉱山で働いていたから、この手の言葉のマジックに手もなくやられる。おれも何度かやってみたことはあるが、実に面白い。

 おれたちはカウンターがあるだけのちっぽけな店で売人の一人と出会った。ターバン頭の鬚もじゃ親爺で、まるでいっぱしの麻薬王みたいに秘密めかして、おれのことはミスターXと呼べと言ってきた。このひねりのない偽名のバカタレに連邦ドルで三百も払おうというのだから、あの中佐はほんまもんのトンマだ。だが、相手の遊びにのっかってやるのも、よき兵士のつとめだ。

「まずはブツを確認したい」

 映画ならここでドラッグの袋をジャックナイフで刺し、白い粉をペロッとやるところだ。ブツという言葉がミスターXの自尊心を満たし、それがこぼれて床をデロデロに汚すのを見届けながら、おれたちはミスターXがカウンターの端にある箱みたいなテレビに一つ三セントで売られているメモリースティックを差し込むのを黙って眺めていた。そのブラウン管に映し出されたのはロリコン趣味の三頭身ナウクシュミ・バーイーが巨大化したプランクトンを魔法のステッキか何かで倒すアニメーションが流れた。魔法少女に変身すると六頭身くらいのナウクシュミ・バーイーになるのだが、変身シーンがちょっと裸っぽく見える。だけど、これとファックする気はおきないな。ドーナッツとファックしてたほうがマシだ。

 とにかくおれたちは三百、連邦ドルで支払い、メモリースティックを受け取った。中佐はおれたち一人につき、百ドル支払うから、合計で一二〇〇ドル払うことになる。

 おれに言わせりゃ、貧乏は最悪だが、カネがあるのに使い方を知らねえのはもっと最悪だ。

「一二〇〇ドルもありゃ、この星の半分を買えるぜ」

「知るか。やつのカネだ。好きに使わせてやりゃあいいのさ」

「でも、こんなスティック一本に一二〇〇ドルだなんて、アホすぎる」

「じゃあ、お前の分の百ドル辞退してやれよ」

「冗談じゃねえや。もらえるもんはもらわねえと」

「守銭奴はいつだってみじめなもんさ」資本主義の悪辣について一家言持つヤロスレフが語りだした。「おれの働いてた鉱山主はとんでもないケチでな。銀行に連邦ドルで五百万ドル預けて、貸金庫に金塊を三百万ドル分預けてた。そんなにカネがあるくせにトロッコの軌道に使うボルト一本だって錆びたものと交換したがらないドケチでな。ご苦労なことに御大自ら、そのトロッコ線路の錆びたボルトを見て、そいつを金持ちらしく杖でコツコツやりながら、これはまだ使える、だなんていいやがるんだよ。ボルト一本一ドルもしねえのに交換するのが嫌だといいやがるんだ。次の日、トロッコが脱線して三人死んだが、あのケチなジジイは弔問金すら出さず、遺された家族を社員住居から着の身着のまま追い出した。おれたちはあのクソジジイろくな死に方しねえと言い合ったもんだが、果たしてその通りになった。あのジジイはくたばったが、どうして死んだと思う? 三十ドルを入れた財布を落としてなくしちまって、それを悔やんで死んだんだよ。ジジイはまるで自分が大損して全財産をスッちまったギャンブラーみたいにおいおい泣き始めて、三日三晩泣いて泣いて泣きまくって死んだ。言っておくが、その時点で銀行には現ナマ五百万、金塊三百万があったんだぜ? それが三十ドル落としたのを悔やんで死んじまったんだ。バカらしいだろ? それに比べりゃ、アニメ一本に一二〇〇ドル出すアホ中佐なんてかわいいもんよ」

「まあ、いいさ。せいぜい稼がせてもらおうぜ」

「それにしても、将校どもは本当に腰抜けぞろいだよなあ。やつら、よほどヤミ市が怖えと見える」

「また、テロが起きると思ってんじゃねえの?」

「そうしたら、第二のナウクシュミ・バーイーがアニメ化されるわけだ」

「その前にドアを蹴破らねえといけねえ」

「シマウマ派も片づけないといけねえ」

 おれたちはナウクシュミ・バーイー・ブームも一過性のものだと思っていた。テロリスト・フィーバーやゲリラ・ノイローゼと同じで、手榴弾を投げたりしているうちにブームが終わると思っていた。

 だが、そうはならなかった。

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