13.
テロリスト探しが始まると、ドアは手で開けるものから蹴破るものへと変化した。蹴破れない鋼鉄のドアにはチャージを仕掛けて、兵隊相手に鍵をかけるなんてことを思いついた馬鹿ごと吹き飛ばした。毎日のように住人が連行され、情報部がかつての市庁舎につくった対テロ対策センターで取調べを受けた。間もなくナウク分離主義者からなるテロ組織が犯行声明を出した。この恐るべきテロリストたちはナウクが連邦から分離して一つの国家になることを望んでいた。
冗談もほどほどにしなきゃいけねえ。ナウクなんて連邦政府がドルを注入してるから何とか生きてるようなもんで、ドルの点滴を外したら最後、ナウクは即心肺停止状態だ。
ともあれ、連邦政府に対し、いい感情を持たないやつらがいるということであぶり出しが始まったが、これがまた偉い騒ぎになった。ナウクの住民はちょっとした恨みつらみをこの機会に晴らすことにした。自分の求婚を断った女の一家やら、商売敵の鍋ヤカン売りやらが匿名でタレこまれ、対テロ対策センターの牢屋が〈ナウク分離主義者〉でいっぱいになった。テロリストがそれを嘲笑うかのように(実はおれたちもかなり嘲笑っていたのだが)、対テロ対策センターへ情け容赦ないサイバー攻撃を加えると、情報部職員の錯乱の度合はよりひどくなった。
そのうちマンハントにおあつらえ向きのカネのかかった装備をした大統領直属の暗殺部隊みたいなのが送り込まれ、テロリストのリーダーを探し始め、おれたちはますます多くのドアを蹴破った。あんまりたくさん蹴破るもんだから蝶番の値段が暴騰したくらいだ。
そのうち、ドアの蹴破り方に茶道のような流派が出来上がった。蹴るときの微妙な重心の移り変わりによって分かれる十二の流派はより美しく、よりエレガントにドアを蹴破るために切磋琢磨した。しかし、あの野放図で下品なシマウマ派が現れると、おれたち歩兵のあいだで一悶着起きた。
シマウマ派というのはドアに対して、背を向けて、シマウマのように後ろ蹴りにして、ドアを破るというドア破りの何たるかを心得ない野蛮な一派だ。ドアを破るというのはドアと向かい合い、ドアと対話してこそ初めて蹴破ることができるのに、シマウマ派は後ろを向いて、ドアと対話しようとしない。
それはとってもイケてない。
おれたちはテロリストのことは情報部と暗殺部隊に投げて、シマウマ派の弾圧を開始した。やつらが淫売とファックしている現場に踏み込み、素っ裸のまま路上に引きずり出したり、やつらの銃やレーションをかっぱらって、そのへんを歩いているガキにくれてやったりした。もし、古代ローマのコロシアムがあれば、やつらをライオンかなんかに食わせて、見物料をとったところだ。
一番面白かったのは異端審問ごっこだ。裁判官が着るようなローブを調達し、それに安物のピカピカ光る装飾具をつけて、アパートの一階にあるビリヤード・ルームでビリヤード台をテーブル代わりにして、シマウマ派をねちねち尋問した。
「お前はシマウマ派だ」
「お前はドアと対話することなくドアを蹴破った」
「お前は汚らわしい」
「お前のケツは汚らわしい」
「お前の汚らわしいケツの穴に、このチョコレート・バーの形にしたプラスチック爆弾を差し込んで、信管をオンにしてやろうと思うが、お前はどう思う?」
こうやって、おれたちは大勢のシマウマ派を正しい道へと戻してやった。改心したかつてのシマウマ派はよき手駒として異端審問所のために働き、かつての仲間をタレこんだ。テロリストのあぶり出しと違って、こっちはいつだって精度の高い情報を得ることができた。
ついに〈神の御門〉市場と涸れ川一つ挟んだ空き家でシマウマ派の白黒魔術集会が行われるという情報をつかんだおれたちは武装して、その空き家を取り囲み、スタン・グレネードを放り込んで、やつらの儀式の現場をおさえた。おれたち十字軍は、やつらが裸になって後ろ向きに蹴飛ばした汚らわしいドア板と信者の名前が連なった秘密のリスト、やつらの司祭服、羊皮紙で書かれたやつらの聖典、やつらの聖像、そして、やつらの信仰の象徴である作り物のシマウマの頭をとりつけた高さ二メートルの杖を押収した。おれたちはシマウマ派の邪教神殿をぶち壊して、それに押収したドア板を加えて大きな焚火をやり、シマウマの頭のついた長い杖を火に放り込んだ。それからおれたち異端審問所は長期に渡る矯正行為の結果、ナウクの町からシマウマ派を根絶することに成功した。
おれたちが宗教戦争に勝利をおさめていたあいだ、情報部と暗殺部隊はまだテロリストのリーダーを捕まえられないでいた。あれだけカネがかかる装備や大統領府のバックアップがあるにも関わらず、ナウク分離主義者の一匹や二匹捕まえられないとは恐ろしくアホだな、と思いながら、おれたちは生牡蠣を食べた。
二週間後、情報部はやっと間違いない情報をつかみ、貧民街の小さな家を重包囲した。その家はボール紙やプラスチック・シートをつなぎ合わせた代物でドアを蹴破ったら、家全体が崩れそうな代物だったが、情報部の連中は対地ミサイルを搭載した攻撃ヘリや戦闘用ロボット、特殊部隊が二個小隊、ドローン小隊という物々しい編成で突入した。そして、しょっぴいたのは浅黒い顔をした十六歳の少女だった。おれたちはアホの情報部がまたひっかかったと笑ったが、なんと本物だったらしく、実際、その少女は自分がリーダーだと認めてすらみせた。そして、処刑ありきの形だけの裁判で、少女テロリストはきりっとしていて、政府を批判し、資本主義を批判し、少数民族に対する併合主義を批判し、培養肉を批判した。少女はピアノ線で絞首刑にされ、死体は焼却処分となったが、目先の利くクズ屋がその灰を買い取り、たくさんの袋に小分けして、今の世に生まれたラクシュミ・バーイーの生まれ変わりだとか何とか言って、少女テロリストを殉教者に仕立て上げ、持ってるだけで金運が上がるとか、ヘルニアが治るとかホラ吹いて、まんまと儲けた。
おれたちは、どうしておれたちが灰を売りつけるアイディアを思いつかなかったのか悔しがった。宗教戦争の勝利に酔って慢心していたことは否定できない。だが、南のヤミ市につけられた名前がその昔、異国の支配に対して抵抗し戦死した女英雄の名前だなんて知る由もなかったのだから、おれたちが灰を手に入れても篩にかけて金歯を探すか、肥料に混ぜて売るのが関の山だったろう。
テロリストが処刑され、テロリスト・フィーバーが沈静化に向かうと、おれたちはドアを蹴破るのを止めて、手で開けるようになった。
蝶番の値段も落ち着いて、元の水準に戻った。




