12.
「川魚ってのはどうしてああ汚らしいんだ?」魚の投売りを後にして歩きながらヴィルケットが言い出した。「コイとかカマツカとかナマズとか。どいつも汚らしいったらねえよ。海の魚はもっときれいだぜ」
「サケはきれいじゃねえか」オレンが言い返す。
「あれは海で育つから海の魚だ」
「ばぁか。川で生まれるんだから、川の魚だ」
「んな、わけあるかよ。ありゃ、どうみても海の魚だ。生まれついての気品がある」
「だから、その生まれが川なんだって」
「おい、〈教授〉」と、おれ。「このままじゃ下らねえ水掛け論をきかされるだけだから、この論争に終止符を打ってくれ」
〈教授〉はファックするときギャアギャアわめくのが欠点だが、一応、大学で勉強したインテリだ。専門は理工応用学だが、とにかく、国語算数理科社会の論争が巻き起こると、おれたちはこの出来損ないのインテリの意見を拝聴することになっていた。
「サケはな」〈教授〉は目をつむり、わざともったいぶって間を空けた。「湖の魚だ」
それでヴィルケット対オレンの論争はケリがついた。海の魚でも川の魚でもないのなら、なるほどそりゃあ湖の魚ということになる。なんで、こんな簡単なことに気づかなかったのか。
ああ、何ておれたちは馬鹿なんだろう。そして、そんなおれたちの罠に引っかかって、のこのこ顔を出す銃職人はなんて哀れな生き物なんだろう! たぶん、ドードー鳥もこんなふうに絶滅したんだろう。まあ、今となっちゃ、地球全体が絶滅状態だから、その意味でドードー鳥は時代の先を行っていたことになる。
おれたちはドルをチラつかせ、順調に銃職人を洗いだしていった。正午を過ぎてだいぶ経ったころ、奇妙なやつを見つけた。おれたちがドルをチラつかせると、サッと眼を伏せたのだ。
連邦ドルを嫌うとは怪しいやつめ、ということになり、おれたちはそいつが逃げてった路地へ入った。日乾し煉瓦で作った建物にペンキで緑に塗ったドアがいくつもあった。おれたちはドル嫌いの曲者を探して、ドアを片っぱしから蹴破った。そうやって、地元の住民を震え上がらせた後、ついにおれたちはドル嫌いを見つけた。
「おい、お前! 連邦ドルを見て、逃げたな!」
「違います、旦那」そいつはすっかり顔を蒼くしていた。「そんなことありません」
「旦那だとぉ?」分隊付きコミュニストの同志ヤロスレフが嫌悪感で語尾をひねり上げるように言った。「おれはお前の地主じゃねえぞ、こら。どうしてドルを見て逃げた?」
「違うんです、たまたま眼にゴミが入って――」
そこはドル嫌いの家らしかった。粗末な寝台と乏しい光が差し込むハメ殺しの窓が二つ、恐ろしく分厚い旧式テレビと密造酒とおぼしき液体が入ったプラスチックのボトルが一つ。それに赤と青と黄色の綴れ織が壁にかかっている。おかしい。ヤミ市の家に売り物がないなどありえるか?
ドル嫌いの男は悲しいくらいウソが下手だった。おれたちが来てから、両手を上げつつもチラチラと壁にかかった綴れ織を眼にしていた。おれがそれを剥ぐと、案の定、小さなドアがあった。
蹴破って、階段を降りていくと、そこには信じられないものがあった。床から天井まであるガラスの円柱水槽がいくつもあって、そのなかに殻付きの牡蠣がびっしりついていたのだ。そんな円柱水槽がざっと三十はある。ここは牡蠣の養殖工場だった。しかも、どこの部隊の保護も得ていない。
トール軍曹が即座に話をまとめた。
「毎日おれたち一人に生牡蠣を二つ持ってこい。それでお前の商売を守ってやる。嫌なら工場は閉鎖だ」
ドル嫌いの男改め牡蠣工場のオヤジは、おれたちに銃を突きつけられ、泣きじゃくる寸前の顔で頷いた。
「すげえぞ!」
「こいつぁ、すげえ!」
おれたちはこの戦争が始まって、初めて甘い汁を吸った。毎日、生牡蠣が二つ食えるなんて、他のどの分隊だってできることじゃねえ。まったくパトロールさまさまだ。
そんなお気楽気分でヤミ市の大通りに戻ったときだった。轟音が響いて、地面がぐらぐらするのを感じたのは。市場の人間が音のするほうを見た。南のほうで巨大なクラゲのような黒煙が真っ赤な炎を内側へ巻き込みながら、空へ上っていくのが見えた。
〈ラクシュミ・バーイー〉市場で自動車爆弾が爆発したのだ。