11.
第三分隊の面々がライフルを抱えてアパートの前に集合。時間は午前八時だが、みな夜通しのピストン運動で疲れ果てていた。トール軍曹には疲れの色が見られない。ピストン運動くらいではへこたれない体なのか、それともおれたちみたいに娼婦を相手に給料のほとんどを費やすようなマネをしないのか。どっちにしろ、この若い軍曹には規格外のところがある。
「今日は市場かい?」おれは軍曹にたずねた。
「まあな」
「おお、こわ」〈教授〉が言った。「市場っつったって、ヤミ市だろ? おれたち、あそこが将軍どもの保護に入る前にさんざん悪さしでかしたからな。行けば、背中からズドンだぜ」
「まさか。んなことあるわけねえ」ヴィルケットが言った。「おれたちも今じゃカネを払ってる。それも連邦ドルできちんと払ってる。今のおれたちはお客さまだよ」
「今日のパトロールは――」軍曹が続けた。「隠れて銃を売ってるやつらを見つけて、リストをつくる」
みなが、くそ、畜生とぶつくさ文句を言う。
「そして、将軍どもは金持ちになるってわけか」
そうなのだ。最近、将軍どもはナウクで行われている武器売買について興味を持ち始めていた。昔はマフィアが牛耳っていたが、今じゃナウクはマフィアにすら見捨てられて、武器商売の行方は糸の切れたゲリラ・カイトみたいにめちゃくちゃな軌跡を描いていた。何人かの野心的なブローカーがゴッドファーザー気取りで縄張りをつくろうとしたが、ぶち殺された。武器の密造から密売まで完全な野放しであり、ドラム式弾倉にたっぷり溜まった甘い汁は蚊トンボみたいな将軍たちに吸われるのを待っている。
アザレムが肩をすくめて言った。
「まあ、おこぼれがもらえるなら、なんだっていいさ」
その通り。おれたちみたいなぺーぺーがお気に入りの娼婦を囲い込みにして毎晩、アァ!とか、フォウ!とかわめきながらピストン運動できるのは将軍とか大佐と呼ばれるウジ虫どものために働いて、そのおこぼれを頂戴することで叶っているのだ。おれたちはそのウジ虫に寄生するバクテリアだかプランクトンだかみたいなもんで、まあ、娑婆に戻ったら、ろくな人間にならないというおれの予測は見事当たりをつけたわけだ。
おれたちはさっそくパトロール用に顔をいかつくして、威張り散らして町を歩く。ナウクの風景は実にそっけない。大通りには動かない車や埃をかぶったガラクタを売る商店がポツポツ並んでいて、ときどき枯れた葦に囲まれた涸れ川を渡る。乾き切った葦はおれたちの背を越えるほど伸びていて、古タイヤだのボール紙の小屋だのがちらちらと見える。火のついたタバコを一本投げ捨てれば、十キロの長さで燃え広がるだろう。見かけるガキはみな栄養失調気味で腹を左手で抱えて、右手で開いた口を指差しながら、何か食うものをくれと訴えかける。コンバットレーションにおまけでついてくるチョコレート・バーをくれてやれば、この手のガキどもを一日奴隷として使うことができる。おれたちは口のまわりのチョコレートをなめる奴隷に重たい銃や弾薬を押しつけてだいぶ楽をした。
〈神の御門〉市場へ向かう。南の〈ラクシュミ・バーイー〉市場と対を成す大きなヤミ市だ。人と屋台がごった返していて、やかましく、焼き肉の切れ端が四つ刺さっただけの串一本買うために、インフレを起こした州政府発行のドルの札束をどんどん積んでいかなければいけない。インフレは絶賛進行中で昨日は札束三つで買えたコンデンスミルクが今日の朝には札束四つに値上がりし、夕方には札束を十ほど積んでも買えないときている。
連邦ドルを持っているおかげで、おれたち兵士はこれまでの狼藉もさっぱり水に流して、それこそ古代の王族のようにうやうやしく迎えられる。現在のレートは一連邦ドルに対して、州政府ドルが一万三千。これでもだいぶマシになったのだ。連邦政府がなけなしの財政出動で州政府ドルを買い支えたおかげだ。もし、州政府ドルが使えなくなると、ナウクの住民五十万人が難民となって、あちこちに飛散し、悪化した経済が飛び火し、他の州を道連れにしてしまう。連邦は戦争の右フックで左へよろめいたところで顎を狙った経済恐慌の左ストレートを食らい、もうじきTKOだ。もちろん敵のほうも似たような状況だから、この戦争は先に破産したほうの負けだろう。正直な話、敵の軍隊より自国の経済恐慌のほうが政府にとっては強敵だった。
おれたちはさっそく、銃の密造をやっている職人を洗いだすことにした。かっこいいシルバーメタリックの四五口径オートマティックが欲しいが、どこに行けば買えるかとたずねて、連邦ドルをちらつかせれば、銃屋のほうからノコノコやってくる。職人の工房は狙撃兵だってここまで巧妙にカモフラージュできないだろうと思えるくらい見つけにくい地下への入口の奥にある。銃の製造には精密機械が欠かせないから、職人は屋台のようにひょいひょい逃げるわけにいかない。
だから、こうやって、ちまちま職人たちをおびき寄せて、工房の居所を地図に書いていき、リストをつくり、そして、将軍たちは電撃作戦で銃職人を一網打尽にし、見かじめ料を搾り取るのだ。銃屋の地下室はだいたい電気が引いてあり、削った鉄の匂いがする。すり切れた絨毯にグラインダーや削り出し用の機械が置いてあった。作品は壁に並べてあって、ショットガンだったり、マグナムだったり、アサルトライフルだったりが弾倉を付けっ放しにされていた。見たところ、金庫がないが、たぶん床の下に隠してあるのだろう。顔に五〇口径の機関砲を突きつければ、カネのありかを白状するに違いない。
まあ、おれたちは尋問はやらない。ただリストをつくるだけだ。かわいそうな銃職人どもはおれたちに必死になって銃を売りつけようとしてくる。そのたびにおれたちは奴隷に持たせた銃を見せながら、もう銃はあるからいらないよ、と伝える。立ち去るおれたちの背に三〇〇連邦ドルでシルバーメタリックのオートマティック一丁。握りは本物のクルミ材だよ!と悲痛な声が飛んでくる。
こんな純粋無垢な銃職人たちを食い物にしようというのだから、戦争というのはまったく非情な出来事の集合体だなと思っていると肉屋の前に出た。正方形の培養肉がラップに包まれて煉瓦のように積み上げられている。その横では細かく刻んだ培養肉を鉄の串に刺して、固形燃料の散らばる鉄の皿の上で炙っていた。「連邦ドルで三十ドル! 連邦ドルで三十ドル!」竹製の鳥籠のなかで紫色のインコ型ロボットが自分の値段を連呼する。こいつは本物そっくりで餌も食べるし、カートリッジを取り換えてやればクソもする。色とりどりの靴下がぶらさがって通り抜けられない店やビニールマットに広げられた古着。かっぱらいのガキが走って逃げて、揚げ物の鍋がひっくり返り、誰かの足にもろに引っかかり、悲鳴が上がる。ブーメランみたいな形のトウガラシを手押し車にいっぱい積んだ老婆が通る。老婆はサングラス型端末でやっているメロドラマを見ている。ヒロインの淫売パシャヤーが別の淫売と引っ搔きあいをして金持ちのドラ息子を取り合うシーンから目が離せないせいでろくに前を見ていない。傾いた小さな祠の前ではなんと本物のハヤブサが売られていた。持ち主はかなり高度に設定された自動操縦モードのドローンを飛ばし、それをハヤブサに捕獲させて、観衆を沸かせた。
土でつくられた建物のあいだには人と屋台と手押し車と三輪タクシーがそれぞれの販売や前進のためのスペースを確保しようと怒鳴りあっている。クラクションはやかましく、駄獣の鳴き声は悲しげで、人の鳴き声は悪意に満ちている。おれたちは午前中いっぱい銃の工房をリストアップして路肩に座り、すぐそこでちっちゃなワニのマークがついたポロシャツの男から一本一ドルで買った〈地球救済ビール〉をぐびぐびあおった。
「まずいなあ」
「ぬるいしよお」
「パイナップル・ビールよりまずい――くそっ」
「ひでえ代物だぜ」スタウトに命をかける〈教授〉は蔑みを隠さずに言った。「地球より先にてめえんとこの醸造所を救済したほうがいいんじゃねえの?」
「なんで地球を救うなんてアホなことをブランドに使ったんだ?」
「知らねえよ。アホの考えることなんざ」
「じいさん、リストはどのくらいになった?」
「十七だ」おれはこたえた。
「思ったより少ねえな」
「向こうも必死だ。そうそう簡単に姿を見せねえだろうよ」
「なあ、軍曹。〈ラクシュミ・バーイー〉にも行くのか?」
「いや。別の分隊が行くことになっている」
「そうそう町じゅう這いずりまわされてたまるか」
「どうせやることもねえんだし。ここにじっとしていようぜ」
ところが、そうは問屋が卸さなかった。魚売りがやってきたのだ。
トラックのドアに描かれたマークからして第四十三戦闘ヘリ連隊の保護を受けていると知れる四トン・トラックが荷台に魚を満載してやってきた。そして奴隷を雇って確保していた空きスペースに後ろ向きにつけると、トラックの荷台をぐいと上げて、空きスペースに生魚をドバドバドバと落としてきたのだ。
すぐに生魚を買おうとするやつらでいっぱいになり、きついわ、魚臭いわ、殺気立つわ、ろくなことにならず、おまけに、おれたちに現場の混雑を整理をしろだなんて言ってくる将校が現れないとも限らないので、おれたちは重い腰を上げた。
仕方ない。
ここらへんではかろうじて流れている川の魚が唯一やつらが口にできる天然タンパク質なのだ。