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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第八章 ドッペルゲンガーと蜃気楼
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裏エピローグ:魔法をかけて

 ドッペルゲンガーの映像に震え上がった僕らは、そのまま朝食兼昼食を終え、寝間着がわりに着ていた借り物ジャージとネグリジェからそれぞれ普段着に切り替えて、後はソファーにてのんびり寄り添っていた。

 仰向けに寝そべる僕の上にてメリーはそのまま寛いでいる。マットレスがわりにされてはいるが、柔らかくて心地よい、幸せな重みだった。


「なんというか、行きたいとこが多くて迷うわね」

「ゆっくり考えようよ。どうせ急ぎの用事なんて今はないんだしさ」


 手にしたタブレットのディスプレイを、メリーの白い指が滑らかになぞる。いつもならば背筋の凍るような情報が飛び出してくるのだが、今日はメリーが心なしかウキウキしているので、安心して僕も検索先を覗きこむ。

 普通に温泉旅行。京都、九州、四国辺りに焦点を当てた観光。はたまた冬だしスキーかスノーボード。スケートや雪祭りはどうか? 等、色々候補を引っ張り出しては、あーだこーだと議論を交わす。

 今回は特に怪奇については考えない。来るときは来るだろうし、直面したら相棒と一緒に迎え撃てばいい。そんな流れもまた、慣れ親しんだ僕達のスタイルだろう。

 だから僕は、そういった心踊る計画から少しだけ離れて。実はさっきから然り気無く困っている事に意識を向けていた。

 勿論メリーには悟られないように……。


「で。何ソワソワしてるの?」


 ……お見通しらしかった。

 敵わないな。と僕が苦笑いをすれば、メリーはタブレットを脇に退けて、そのまま僕の方に身体を反転させる。

 覆い被さるような体制で、頭一つ低い位置から僕の顔を見上げながら、メリーは「ん~?」と、僕をおちょくるように見る。

 せっかくだから、「当ててみて」と、ちょっと意地悪すれば、彼女は暫く僕の胸板に顔を埋めて思案する。


「何かしら、困ってる感じがしたわ。けど、切り出すに切り出せないような感じ」

「へぇ。凄いね。そこまでは正解だ。では僕は何に困っていたと思う?」

「……行きたいとこが本当はある。いえ、違うわね。それなら貴方、言ってくれるし。実はウトウト……してたら素直に寝るし…………むぅ」


 今度はメリーが困り顔。それを見た時、僕はますます破顔しながら、本当に君って奴は……。と、肩を竦める。

 僕の異変には目ざとく気づく癖に、自分の事に関しては、彼女は意外と無頓着だ。

 僕はゆっくりと身体を反転させ、上に乗っていたメリーをスライドさせる形でソファーに横たえる。ちょっとだけ乱れた髪を軽く直してあげてから、僕は今更緊張しつつも「目、閉じて」とだけ囁いた。

 それを聞いたメリーはポカンとしたまま目をパチパチさせる。だが、果たして何を想像したのか。ボフン! と音がなるくらいに一瞬で顔を赤らめて、もじもじとうつむいてしまう。


「さ、さっきとか。昨日の夜とか……いっぱいしたのに。てか、そんな改まって来られると……」


 照れちゃうわ。そう言って、メリーは恨めしげに僕を見上げる。潤んだ目とプルプルした唇に、今朝や昨夜の熱を思い出し、思わずゴクリと唾を飲みそうになる。いかん、耐えろ。そうじゃない。そうしたいけどそうじゃない。

 然り気無く押し倒したような形になり、意図せず僕もその場で身体が強張りそうになる。それを無理やり動かして僕は優しくメリーの頬を撫でる。


「嫌……かな?」


 目を閉じるの。

 我ながら意地が悪いと思いつつそう問えば、メリーはふるふると首を横に振り、気持ち顎をあげるようにして、可愛い瞼を閉じてくれた。

 悪戯はこの辺にしておこう。然り気無く病院へメリーを迎えに行った時から下げていたショルダーバックに手を伸ばす。昨夜からリビングの片隅に放置されていたものに、ようやく出番がやって来た。

 用意したものを取り出し、僕はそっとメリーの手の上に乗せる。彼女は驚いたように身体を強ばらせ、「もう開けていいよ」という一言と一緒に、目を丸くする。


「これ……」


 ラッピングされた小包。それをまじまじ見つめるメリーに、僕はゆっくりと。気持ちを込めて言葉を送る。


「誕生日、おめでとう。メリー。……本当はもっと早く渡したくて、言いたかったんだけどね」


 何というか、タイミングが全くなかったのだ。

 僕がそう言えば、メリーは静かに目を閉じて。無言で僕の唇を指で捻り上げた。痛い痛い痛い! と、もがく僕をメリーは嬉しさや羞恥が入り交じった涙目で睨んでくる。パチン。と、唇が解放され、続けて眉間すれすれにメリーの拳が来る。人差し指を曲げ、親指に添えるだけ。

 所謂デコピンの発射体制を整えたまま。


「まずはありがとう。でも……乙女の純情を弄んだ事に対する弁明は?」

「よ、予想外の反応が楽しくて」


 なんかゴメン。と、僕がしまらないままに笑えば、メリーは静かに銃口――もとい手を下げて、大事そうに両手で小包を持ち直した。


「……正直、ビックリしてるわ。誕生日より嬉しいイベントが、前夜に来て、翌日に知り合いやらお世話になってる人からおめでとうが届いても、何かフワフワしてて」

「そこで、あれ? 僕からは祝われてない。とか思わない辺りが君だよね」

「だって……。今年のプレゼントは辰。そんな認識になっちゃってたから」

「待って止めて……何かリボン巻かれた自分を想像してしまった。誰得だよ」

「私得よ」


 死という運命や色んなのを乗り越えて今日を迎えられた。そういう意味では、もう私はあり得ないくらい祝福されてるのよ。

 彼女はそう言って、僕からのプレゼントをそっと撫でた。

「開けてもいい?」そう上目遣いで問われ、僕はどうぞ。と、手で促す。

 メリーが丁寧にラッピングを剥がし、現れた小さな箱の蓋を開ける。そこには……。


「あ……」


 彼女の口から、小さく感嘆の声が上がる。そこにあったのは、二羽のワタリガラスが刻まれた、銀色のコインペンダント。

 勿論ただのペンダントではない。いつかにメリーが僕に送ってくれたものと同様に、深雪さんの協力の元。僕の干渉も駆使して製作した、メリーを守る為だけにある護符(アミュレット)である。

 因みに結構な気合いを入れたお陰か、相当凄まじいものが出来たらしく。製作後、深雪さんが震えながら「辰ちゃん、私と一山当てない? 絶対儲かるわこれ!」なんて勧誘を受けたが、丁重にお断りした……という事もあったのだが、それはまた別のお話だ。


「…………っ」


 メリーは言葉もなく。ただアミュレットを見つめて……。気がつけば、僕は胸ぐらを捕まれ、そのまま乱暴に引き寄せられた。

 あまりに突然すぎる出来事に、僕があたふたすると、メリーはプレゼントをしっかり手にもったまま、器用に僕にくっついていた。


「メ、リ……」

「黙って。今自分の中で大変なことになってるの」

「えっと、デザイン気に入らなかったなら……」

「違うわよ! ダメ、少し待って……。卑怯だわ貴方」


 上げて一瞬落としてまた上げて……! そんな声が聞こえたので、僕は一先ず彼女を改めて腕の中に囲い込み、その頭の上に顎を乗せた。


「君は僕を危なっかしいって言うけど、お互い様だからさ。ずっと一緒にいられるように。……カラスみたいにね」

「…………っ!?」


 その一言でメリーは猛烈に身動ぎし、僕の胸から顔を離す。口をパクパクさせながら僕を見上げる彼女の顔は、トマトみたいに完全な真っ赤だった。


「気づい……て?」

「いや、作ってた時は、普通に僕らのサークル名にちなんでたんだよ。でも……もしかしてって思って、確信を得たのは、君と恋人になれてから……つまり昨日だよ」


 分からずじまいのまま放置していたサークル名の由来。作る最中に調べたら、実はいくつか候補が産まれた。どれもそれっぽいような違うような。カラスの象徴はそれほどに多い。

 魂を運ぶ。だとか、神話上で密偵や斥候の役割を担う等が一例か。

 だから、その中でも北欧神話でのオーディンの使い魔が由来かな。なんて勝手に自己解釈していたのだ。丁度世界を飛び回り、色んな情報を集める二羽のワタリガラス。ぴったりだと思えなくもない。


 ……いや、ぐちぐち言い訳を述べるのはよくない。こうだったらいいな。と、オーディンの使い魔説以外に自分で思ってしまったものが、一つだけある。


 曰く、カラスは夫婦仲が凄くよくて、常に一緒に行動する……と。


「…………正否は?」

「…………わかるでしょう? ばか」


 そう言いながら、メリーは僕にそっと手を伸ばす。「つけて。貴方の手で」そう目が語っていた。

 ペンダントを受け取り、そっとメリーの首にかける。フックの止め金がパチン。という音を立てた時。メリーはそのまま、嬉しそうにペンダントトップを指に持ち、可愛らしく微笑んだ。


「ありがとう。…………ね、もう一つ。おねだりしてもいいかしら?」

「なんなりと」


 僕がそう言えば、メリーは潤み、熱を帯びた眼差しで僕を見つめながら、そっと囁いた。


「カラスの夫婦ってね。隙あらばイチャイチャしてるんですって。……いつかに貴方は、私からペンダントをプレゼントした時。言ってたわよね? 魔法にかけられたみたいだって」


 甘くて暖かい回想に浸る。

 あの時彼女は蠱惑的に笑い、僕の視線を釘付けにする。それでいて、離れられない魔法をかけた。

 今度は僕の番。そう言いたいのだろう。


「……どんなのがいい?」

「……なんでもいいの?」


 至近距離で見つめ合いながら、僕らは互いに含み笑いする。

 わかってるくせに。と、メリーは僕の唇を指でなぞる。

 わかっているだろう。君の口から言わせたいのだ。そんな意味を込めて、僕はメリーの首裏を手で優しく撫でる。

 互いに銃口を向け合うような対峙の後、今日折れたのはメリーの方だった。

 乱暴ね。意地悪ね。と、わざとらしく口角を曲げながら、彼女は回されていた僕の手へ白い指を這わせ……。


「私をもっとメロメロにしちゃう魔法、くださいな」



 ※



 ほんの少し、後の事を語り。一先ずは怪奇譚の締めとしよう。

 渡リ烏倶楽部。その関係性は恋人というカテゴリーが追加された後も、基本的に変わらなかった。

 結局の所、僕らはこれからもオカルトを追う。それがもう、ライフスタイルになっているのかもしれない。

 勿論二人で非日常に手を伸ばすのが快感だ。というのもある。

 が、どうにも僕らは度重なる探索の末、それらを引き寄せる体質が、前以上に強くなっているように思えた。

 つまり、放っておいても、怪奇の方からやってくるようになってしまったのだ。

 さながら誘蛾灯の如く。だから、尽きぬ好奇心はそのままに。まだ見ぬ謎を求めて僕らは寄り添い、渡り歩く。

 自由気ままに、神出鬼没。時に解決し。時に何も得られない。背筋を凍らせたり。心をほんの少し暖めたり。

 そんな具合に僕らの摩訶不思議な怪奇譚紀行は、これからも続いていく。

 機会があれば、また語る日が来るだろう。


「次は何処に行く?」

「何処へだって行けるわよ。だって……」


 いつものように手を繋ぎ。

 メリーは幸せそうに微笑んだ。


「貴方と一緒だもの」






~to be continued~

ここまで読んでくださりまして、本当にありがとうございました。

古くから暖めていた作品でしたので、こうして一先ずの完結までたどり着けたことをとても嬉しく思います。

自分の中では珍しく、短編や小連載になどに見られる衝動的なものをほとんど排して、一から最後まで道筋を練り、製作した二個目の長編作品となります(それでも多少キャラクター達が勝手に動き、予定が変わった箇所もありましたが)

もし宜しければご感想・評価など等頂ければ、幸いです。大喜びと共に今後の参考やモチベーションの糧にさせて頂きます。


少しでも安らぎや楽しい一時を本作で得られたのならば、作者としてありがたいです。


また、次話にキャラクター紹介や裏話。他色々を詰め込ませて頂きました。

読了後のデザートがわりにどうぞ。


あと、続く。になっているのは、一先ずの完結という形故にです。書きたい怪奇ネタはまだまだ沢山あり(深雪さんとのなれそめ、ミクちゃん騒動、示唆していた事故物件やら他多数)また、そもそも私が書きたいのはこの後。

ほどよい長さの怖い話集だったりします。


ので、二人の因縁云々にまずは終止符を打ち完結。

その後は暫くお休みを頂いて、不定期連載の短編~中編怪奇集の形で本作を続けるか、完全に新作投稿の怪奇集としてスタートするか。そのどちらかにしたいかと思います。

のんびりお待ちいただければ幸いです。


最後に。

拙作を手に取り、応援してくださりました全ての皆様に最大の感謝を。

ありがとうございました。

ではまた……。



2017,2.22 黒椋鳥

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