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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第八章 ドッペルゲンガーと蜃気楼
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イタコの口寄せ

 ほんのちょっとだけ、昔の話をしよう。

 その店は、わりと色んな所に現れる。

 夜な夜な町に響き渡るチャルメラの音。赤提灯と暖簾が何とも言えぬ風情を感じさせる、今はすっかり少なくなった移動ラーメン屋台。

 以前故郷の田舎に来たそれを追ってみたら、音源がラジカセだったことにショックを受けた記憶がある。

 そんなノスタルジックな感慨に浸らせてくれる音を、上京したての時に聞いた時、一緒にいた僕とメリーの意見は一致した。


「探してみよう!」


 絶滅危惧な屋台を探す。

 オカルトとは少しズレているかもしれないが、ちょっとした冒険気分が始まりだった。

 後に、見つけた屋台の店主が明らかに怪奇……というか、所謂妖怪の類いで、結局僕らが見つけるのってこんなのが鉄板なのかもね。と、メリーと笑いあったのは、今もいい思い出だ。


 妖怪狸の親父さんと、たまにお手伝いで現れる娘の豆狸ちゃんが営むそこの名は。『拉麺(らぁめん)隠神(いぬがみ)刑部(ぎょうぶ)

 狸って、うどんじゃないの? と突っ込めば、もれなくビロンビロンに伸びた麺が出されるラーメン屋である。

 以前都会は魔郷と例えたが、それは本当に大袈裟ではない。深雪さんの暗夜空洞をはじめとした、普通の人には知られぬ怪談めいた名店は案外都内にたくさんある。僕とメリーが開拓した魔都散策。これについて話せば、多分夜が明けてしまうので、ここでは割愛しよう。いずれ語る日が来るだろう。


 今僕が気にかけるはべきは偽メリー。

 その為に、僕は『隠神刑部(ここ)』を訪れていた。

 駅の近くでチャルメラの音に引かれて、リヤカーなど入りようもない路地に来てしまったなら、次は美味しそうな匂いを追え。そうすれば、道をぼんやりと照らす石灯籠の群れが列をなす。

 畏れずそこを潜り抜ければ、そこには異界の店が現れる。


 僕がアタリをつけた場所。前もって店主さんには、「明日。遅くても日付変更にはお客さんいっぱいつれてくるんで、場所指定してはダメか」そんな無理を言った結果、病院から一番近い駅に構えてくれたのだ。

 夜に部屋を飛び出したなら?

 女の子なら、あまり暗い方へは行かないだろう。駅の近くだとか、絶妙な人の出入りがある場所に向かうと踏んだ。

 そこで、あのメロディーを耳にしたら?



 見えた赤提灯と移動屋台。適当に並べられた木の丸椅子に……。

 先客がいた。


「いつぞや君が激怒した時、仲直りはここだったね」

『…………どう、して』

「君が怒ったり、不利益を被った時って、結構な確率で美味しいものを要求するからね。なんとなーく。ここじゃないかなって」


 いつかにぼったくり同然な値段のハニーカフェオレやシフォンケーキを献上したのを思い出す。美味しいものを食べてる時の彼女は、とても幸せそう。でも、今そこにいた偽メリーは、無表情のままうつむいていた。


『…………全部、予想してたの? 何処から貴方の想定内?』

「九割最初から……ではないけど、怪奇と対峙するときは、三割くらい真実からズレても、案外屁理屈やこじつけで何とかなる。外れたらまぁ、エセダウジングで探すつもりだった」

『……私が病院に行くかもしれないわ』

「行けないよ。だってもう、気づいただろう? 何をやっても、君が願いを成就するのはもう無理だって」


 僕の言葉に、メリーは唇を噛み締めた。

 それを見た僕は、背負っていたコウトを近くの木箱に立て掛けた。彼は、こんこんと眠り続けている。


「隣、いいかな? 注文はもうしたかい?」

『………………お金。私持ってない』

「OK、じゃあ、僕が奢ろう。親父さん」

『オススメは焦がし醤油ラーメンだ』

「豚骨醤油」

『味噌ラーメン』

『…………』


 僕ら安定のオススメスルーに、狸の親父さんは引きつった笑みを浮かべながら、『あいよ』と、答える。背を向け、準備に取り掛かろうとする妖怪狸。だが、僕は慌てて親父さんを呼び止める。


「あ、待って。まだ注文済んでないよ。……魔子、何がいい?」

『シン・タキザワ。キミ最高。あたし、チャーシュー麺』

「だそうです。あと……」


 注文すべきはもう一人。後ろを振り返れば、実は偽メリーとの論戦中も、ずっと後ろに隠れていた人が、此方に歩みよってくる。

 現れたのは、女の子。

 茶色いチェック柄のウールポンチョを着こんだ、黒いショートボブ。背が低く、童顔な事も手伝って中学生に見えるが、れっきとした十九歳だ。


「お久しぶりです。と、言いたいですが、辰君の話だと、初対面になるん……ですよね?」


 あ、塩ラーメンで。と言いながら困ったようにはにかむ彼女の名は、工藤(くどう)未来(ミク)ちゃん。

 今年の夏休み。気紛れで行った恐山で、僕とメリーが知り合った〝イタコさん〟だ。


『どうして、ここに……?』

「僕が呼んだんだ。今回起きた騒動の幕を下ろす助っ人として」

『助っ……人?』


 訳が分からないと首を傾げる偽メリー。一方魔子は僕の肩から降りて、椅子に狛犬もかくやに鎮座し、うずうずとラーメンを待っている。ミクちゃんは静かにこちらまで歩み寄り、少し迷ってから、僕の隣に椅子を持ってきた。


「ねぇ、君はこれからどうする?」

『……どうって……そんなの』


 もう、わからないわ。そう呟いた。


『何も出来ない。帰る場所もない。元の世界に渡り戻るには、その為にここの私を殺さねばならない。仮に戻ったら最後。あそこにはもう私がいないから、世界を渡れなくなる』

「だが、仮に別の場所に渡ったとしても……」

『ええ。私の願いは……きっと叶わない』


 彼女はついに、その事実を受け止めた。涙も枯れたのか。縮こまり、拳を固く握る姿は随分と小さく見えた。


『私は元の世界に戻るべき。貴方はそう言うのね』

「…………ああ。そうだね。けど、世界を渡る条件がメリーを殺すことなら……」

『断固拒否。そして……きっとその為の悪魔、か』


 僕ら二人の視線が魔子に向けられる。使わないにこしたことはなかったのだが、こうなればもう、やむを得ない。偽メリーの願いが悪魔の支援を受けたものならば、同様の事象を起こすために、どうしても魔子の力は必要だった。


「幽霊や怪奇も無意味なものじゃない。その場に留まるも、消えるも。何らかの影響を及ぼすものだ。異なる世界のメリー。君がここで消えることで、メリーによくない災厄が降りかかる可能性は否定できない」


 だから、送り返す。

 それが最善策だ。偽メリーはその言葉を噛み締めるように小さく頷いた。判決を下された咎人のように息を吐き。


『…………って、待って。助っ人? ミクちゃんを? 彼女が関わる理由がわからないんだけど?』


 すぐに、不思議そうな顔になる偽メリー。

 そう。その反応が普通だ。彼女は単なるイタコさん。僕らのいわば痴情のもつれ的な騒動には何ら関係がない。けれど、その性質上。関係ある人を引っ張り出してくる事が出来る。

 僕が説明しようとした瞬間。背後で呻き声が聞こえる。

 振り返れば、平行世界の……いや、ややこしいので牛人のコウトと呼んでしまおう。彼がゆっくりと起き上がる所だった。

 牛の頭が、並んで座る僕と偽メリーを捉える。そのまま魔子へ。更にミクちゃんに視線を向け、彼は心底ホッとしたように脱力した。


『成し遂げたんだね』

「君ほど苦労してないさ。……正直、君に課せられるだろう代償の方が僕は気になるんだけど」


 少なくとも世界を渡るために一回。

 僕らの為に時間を稼ぐのに一回。

 彼は悪魔の力を使っている。果たして大丈夫なのだろうか?


『……一応、魔子なりにかなりサービスしてくれたんだ。悠の恩だってね。自分の本当の事は話してはいけないだとか、色々と制約がかかっちゃったりもして、更にタダではなかったんだけど』

「そっちでも、悪魔の事件が?」

『君達のとは時期がズレたりしていたけどね。恐山行った帰りに起きたんだ』


 懐かしむような声色で語りながら、コウトはゆっくりと立ち上がる。『焦がし醤油ラーメンで』そう口にすると、狸の親父は神様でも拝むような顔でコウトを仰ぎ見た。


『例によって、僕もお金ないけど』

「お金以上に価値があるもの。僕は貰ったつもりだよ。それに……。起き抜けで悪いけど、もう一仕事だけお願いしたいんだ」


 ラーメン一杯で、随分と沢山貰いすぎな気もするけど。僕がそう言えば、コウトは『いいんだよ』と、首を横に振る。


『君と志は一緒だよ。メリーを助ける。その為に僕はここに来たんだ』


 当然両方の……ね。そうコウトが付け足した時。僕のすぐ傍で、すん。と、鼻を啜る音がした。

 雪解けの春を感じさせるような暖かな気持ちになりながら、僕はミクちゃんの方を見れば、彼女も微笑みながら小さく頷いた。


 舞台は整った。


 ※


 イタコ。

 恐山にいる、霊能者……あるいは巫女さんの一種である。

 人間は勿論、動物などありとあらゆる霊をその身に降ろし、生者と死者の橋渡しとする――口寄せが行える人達の事だ。

 実際には恐山には時期だけ出張で来ていて、イタコの多くはその宗教的な職業の他、各自地元で職を持ち、働いているのが普通である。霊能者というだけでご飯を食べてる人なんて、探せばいるのかもしれないが、今の現代ではほんの一握りだろう。

 かくいうミクちゃんも、地元の旅館で看板娘になってるらしい。

 閑話休題.

 ともかく。現代において後継者も少なくなり、イタコの能力も弱体化の一途をたどり、多くが虚構のイタコを語る中で、驚異的なまでの才能を持つ――本物。それが彼女なんだとか。

 因みに、霊媒能力はあれど霊感は小指の先ほどしかない。つまり彼女は知ってはいるけど、ほぼ視れない人。に分類される。もっとも、この場にいるのは皆、そうそうたる力を持ち、実体を得た怪奇。問題なく彼女も視えていたのではあるけど。


 さて。やることはシンプルだ。ミクちゃんが降霊するのだが、その際にコウトと。偽メリーに介入してもらう。悪魔の支援があるとはいえ、限定的ながら平行世界を渡れる程の強力な霊的干渉能力をもつ二人。それが二人がかりなら、きっと偽メリーの相棒だった僕を呼び出せる筈。

 呼び出した彼と、束の間の再会。それが、少しでも偽メリーへの救いになればいい。自己満足かもしれないが、今僕が提案出来るのはそれくらいだった。

 きっとこれからの彼女の運命は過酷なものだ。

 それだけの事をした。だからこれは、救いでもあるが、罰にもなるのかもしれない。


 随分と、ごてごて考えてるな。と、自分でもおかしくなり、少しだけリラックスするように眉間を指で揉む。終結まではもう少し。道筋を想定し、今のところ多少の外しはあれど、問題なく事は動いている。

 そして……。これは自分でもわかっていた筈の展開だった。そうなのだけれど……。


「んおうぅうっ! んあっ! オェェエエ!」


 ラーメンを食べ終わり。暫しの休憩を挟んだ後のこと。

目の前では、ミクちゃんが盛大に白目を剥き、のたうち回っていた。

 自分が依頼したこととはいえ、ちょっと切なくなった。見た目が可愛らしい容姿だから、尚更インパクトがもの凄いが、先に申しておけば、食後の運動などでは勿論ない。これは……ミクちゃん特有の降霊術なのである。


「あ"あ"あ"あ"っ……! ひっぎぃ……! あんっ! あひっ……んっ……ゲェエエェ!」


 トランス状態というのがある。いわば幽霊を憑依させるため、自己催眠にかかった状態を指すのだが、ミクちゃんのは人一倍物凄い。というか、特殊なのである。

 これが本場のイタコなら、本物。偽物に限らず決まった口上があるらしいけど、彼女はそれを用いない。

 本来イタコは霊を降ろしても、その人には似ず、ただ言葉を伝えるのみ。マイケル・ジャクソンを憑依させても、口から出てくるのは下北弁だ。だが、彼女は違う。完璧に、その人そのものになる。

 亡くした人ともう一度。残した人と、少しだけ。

 その願いを叶えるべく。彼女は今日も喘ぎ、啼く。

 古今東西どこを探しても、アへ顔ダブルピースしながら降霊する霊媒体質者なんて、ミクちゃんだけだろう。初めて見た時は……僕とメリーも固まったものだ。


「あひぃ! ああっ! ダメ! らめぇ! 辰君……そんなぁ! おっき……やぁああ! 壊れちゃうぅう!」


 呼んでるのが僕だからか。名指しで言われてしまう。いたたまれなくて顔をそらせば、魔子と狸の親父さんが大爆笑していた。

 コウトは居心地悪そうに縮こまっている。原因はまぁ……わからなくもない。彼と偽メリーは、干渉の為、ミクちゃんの肩に触れているのだ。


「ダメぇ! 入るぅ! 辰くぅん! 辰君がズンズン入ってくりゅうぅ! 身体が……辰君れェ……んひぃいい! 辰君で一杯になるうぅううぅ!」


 あっちにこっちにと身体が反り、流石に難儀そうだ。というか、ミクちゃん。少しだけ言葉を選んでほしい。知らない人が聞いたらあらぬ誤解を招きそうだ。いや、いっぱいいっぱいなのはわかるけども。

 なお、偽メリーは目のハイライトを消しながら『これは降霊。これは降霊……』と、念仏のように唱えていた。今にも噛み締めた唇から血が出そうなのは、見なかった事にした。


「あばばばば……ピェ、ピョ……キエェエエェイ! あぁん! もう……もうダメ。もうダメェ! らめぇ! れ、霊媒にィ……霊媒に、されっ、ひゃうぅ……! んあっ!」


 さんざんエキセントリックな悲鳴? 嬌声? を上げた末に、一際大きく、ビクン! と痙攣した後、ミクちゃんはへにゃりと床に崩れ落ちて動かなくなった。

 凄まじい光景だった。流石、以前この霊能を狙われ誘拐されて。当の犯人をドン引きさせ、返品されただけはある。

 そんなどうでもいい事を思い出していると、不意に周りの空気が変わり。ミクちゃんが起き上がって……。


『ごめんよ。ちょっとタンマ。来て早々悪いけど、霊媒変更だ』


 コウトが優しくミクちゃんを支えながら、その胸元に手を伸ばし、何かを抜き取るような仕草を見せた。

 僕や偽メリーがぎょっとしている目の前で、コウトは僕の方を向き。


『……ありがとう。君のお陰だよ。こっちのメリーに、よろしく伝えておくれ』

「コウト? 何を……」

『ごめんよ。時間がない。お礼を言うタイミング、逃しそうだったから。君はまだ多分、〝大勝負〟が残ってるんだろうね……。負けるなよ』


 そう言って、コウトはミクちゃんを優しく横たえて、目にも止まらぬ早さで僕に肉薄し、手に持つ何かを、僕の胸に叩きつけた。


『お別れだ。もう会うことはないだろうけど……楽しかったよ』


 

 その瞬間。僕の意識は白く爆ぜた。

 多分人生初の憑依体験。レポートしてくれる相棒が隣にいないのが、ひたすらに悔やまれた。

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