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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第八章 ドッペルゲンガーと蜃気楼
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千の夜を越えて

 独りとなったメリーは、ひたすらに思考を重ねた。

 どうしたら、一緒にいられるか。

 まずは現状確認と、観察をすることにした。

 この世界の自分はどうなるか。

 今の自分の感覚は、完全にここの自分を凌駕している。気づかれずに観察などお手の物だった。

 まず分かったのは、メリーがここに降りたったのは、一月の年明け。奇しくも自分の狂気を自覚した瞬間に自分が降りたったのは、何とも皮肉な話である。

 〝試してみたところ〟元から兼ね備えた観測する体質は勿論、辰から受け継いだ幽霊に触れ、干渉出来る力も正常に作用する。それどころか、悪魔による願いの上乗せにより、怪奇として人間の枠から外れた彼女は、以前より鋭さを増した自分の力に満足していた。


『〝肉体は魂の牢獄〟……とは、よく言ったものだわ』


 そんな呟きを漏らす彼女の展望は、この時点ではまだ明るかった。

 しかし……。


 その後に何度か観察を続けて分かったのは、平行世界といえど、全てが同じではないという事だった。怪奇と遭遇する順番だったり、その規模等が最たる要素だった。

 D校舎の事件では、バイアクヘーが登場しなかったり。

 一年目のゴールデンウィーク明けに遭遇した筈の山手線霧手浦の怪奇。これが一年ずれ込んだり。季節そのものが違う時だったり。甚だしい時はまだ遭遇していない。という時もあった。

 故にメリーは、世界を渡る度に、過去をしっかりと把握する必要性に迫られた。

 

 ただ、そんな中に覆しきれぬものも、当然あった。例えば、彼女が訪れた世界では、全て。辰の隣には綾がいた。

 この事実には、流石のメリーも泣きたくなったが、これはもう仕方がなく。どのみち綾は越えねばならぬ存在なので、早々に気にすることを止め、世界の流れを知ることに努めた。

 

 結果、一番起こりうる確率は二つ。


 普通に放っておけば綾が激昂し、辰とその世界のメリーを引き離す。加えて死の宣告を受けたメリーは弱りきり。そこに追い討ちをかけるように辰が死亡する。これにより精神が完全に死ぬ道筋。


 綾が怒らず中途半端なままに時がながれ。やはり死の宣告。迷う彼女は結局想いを胸に秘めたまま。この場合辰は死亡せず。生きながら少しずつ弱っていく。いわば生きた屍と化す道筋。


 これが、大きく分けた例。どちらにしろ、死とはやはり、精神の死を示した、比喩的なものだったのだろう。メリーはそう決めうちした。

 もっとも。これは片手で数えられる位で見た例である事を付け加えておくべきだろう。

 更に沢山の事例を見れば、少しはまた違う視点で見れたり、違う道筋が現れたのかもしれないが、彼女はそこまで気が長くなかった。

 当初の予定通り、現地のメリーを殺害し、入れ替わる。これを精神の死と置き換えれば、自分は幸せになれる。彼女はこのスタンスを崩さなかった。

 そもそも……。世界を渡る条件が、〝その世界のメリーを殺した後、自分が渡ることを望むこと〟であったので、尚更メリーはその考えに確信を持ってしまう。


 きっとこれは、結ばれるまで続く、愛の試練なのだ……と。

 永遠に報われぬ煉獄と言った方が正しいとは、つゆほど気づかずに。

 

 メリーは殺した。殺し続けた。

 殺して入れ替わり、辰の前に姿を現す。これを繰り返した。だが……。その時決まって、辰はこう言うのだ。


「君は……誰だ?」


 理屈はわからなかった。

 ある時は単に死体が発見され、ニュースで報道されてしまったが故に。

 またある時は、辰自身の直感で。彼は毎回めざとく、入れ替わりに気がついてしまう。

 名前など呼ばれず。時に猜疑心。時には凶行の犯人とバレて、憎しみの目を向けられたこともある。

 想いはいつも、届かなかった。

 現地のメリーを殺せば、彼はただの腑抜けになり。高い確率で、〝恋人である綾と破局するというのに〟入れ替わり、もはや敵がいない状態でも、どうしてもメリーは辰に拒絶され。彼女は失意のままに次の世界へ渡る。



 それでも彼女は諦めなかった。

 次の世界では、現地メリーを監禁した。殺さず入れ替われば、彼も気づくまい。

 が……ダメ。安定というか、一瞬で気づかれたばかりか、辰は何ヵ月もかけて奔走し、監禁された現地メリーを探し当てた。

 目の前で繰り広げられる、恋愛映画のようなワンシーン。その世界の辰は綾の制止も振り切り、結果彼女との愛を失っても尚、現地のメリーを助けにきたのだ。

 私も誰かに監禁されればよかったのか。そんな自嘲に苛まれながら、メリーは幸せなキスを交わす二人のハッピーエンドをぶち壊した。

 間に合わぬと知って尚、血塗れの現地メリーを背負い走る辰を見送りながら、メリーは次の世界に渡った。


 ならば綾だ。

 メリーはそう決意した。だが、これは数分で瓦解した。

 辰曰く幼い頃から武術を嗜んでいたという彼女は……肉体的に全く隙がないのだ。

 霊体化にも、リスクがある。怪奇として制限があるのか、メリーは人の営みがある自宅には招かれぬ限り侵入できない。せいぜいマンションの廊下か、入れて公共の施設のみ。

 故に狙うのは必然的に野外でになるのだが……。

 竜崎綾。辰相手では色々と隙だらけ。普通に会話してもコロッと言いくるめられる始末だというのに、一度そういう場面に投げ出されれば、何てことはない。ただの超人だった。

 刃物を持ち、姿と気配を消して近づいても、こちらが攻勢に出る僅かな殺気を敏感に感じ取るのか、神憑り的な回避を見せる。

 元がインドア派のメリーでは、逆立ちしても彼女を仕留めることなど不可能だった。


 何故最初に気づかなかったのか。

 辰を捕まえてしまえばいい。

 とうとう形振り構わなくなったメリーは、辰を監禁し、調教するという暴挙に出た。

 抱き締めて。キスをして。おはようからおやすみまで、辰と一緒。最初に「誰だ……君は?」と、再び言われたのはショックだったが、これからじっくり時間をかけて洗脳し、最後は辰の方から愛してもらえたら……。メリーはそう思っていた。だが……後にこの策を、メリーは盛大に後悔することになる。


 結論から言えば、蜜月は一週間ももたなかった。そもそも洗脳の類いを素人が出来るのかと問われたら、疑問が残ると言わざるをえないだろう。

 メリー曰く二人の愛の巣は、あろうことかコンビを組んだ綾と現地メリー。更には暗夜空洞の主、深雪のバックアップまで加わり、完膚なきまでに破壊された。

 手足に深雪に渡されたのであろう御札を貼り。メリーの探知により、消えてようが消えていまいがお構いなしに攻撃をしかけてくる綾に、メリーは久方ぶりに死の恐怖を感じた。

 辰を取り戻すために火事場の馬鹿力で苦手な幽霊の類いに立ち向かってくる綾は、まさに手負いの鬼神。その手綱を握る現地メリーもまた、いつになく本気だった。

 メリーは悔しさを噛み締めながら敗走するより他になく。

 後に三人で幸せに過ごしている姿を見た時、メリーはこの策は二度と使わないことを誓った。

 彼女は不意討ちに近い形で現地メリーを殺し、次の世界を目指した。


 涙を見た。

 幸せを踏みにじった。

 未来はないと否定された。

 それでも、諦めるのだけはどうしてもできなかった。

 犠牲を払い、心を殺し。結果投げ出しても、自分には何も残らない。

 幸せになれる可能性は、他の世界で見た。だからいつか……必ず。

 それを信じて、メリーは次なる試みに移る。

 一つ位綾と辰が結ばれていない世界だってあるのではないか。次なる目的の為に、また血を浴び、己の手を汚す。

 そんな時、ある世界に立ち寄った。

 綾と現地メリーが、正面から話し合い、互いの想いを知る世界。二人は、和解とは言わなくとも心を通わせた。

 同じ男を愛したから。そんな言葉で。

 時間が立てば、固い友情で結ばれるのだろう。ほんの僅かだが、この世界のメリーにも、逆転のチャンスは残されているかもしれない。だが……。そんなもの。メリーには関係なかった。

 占い師の占いは、例外なく死ぬ。

 彼女にもたらされた占いを、現地のメリーは聞き入れた。


「話せば、死より辛いこと……ね? 例えば、彼が死んじゃうとか?」


 その言葉に、メリーはハンマーで頭を殴られたような気分になる。

 そんな馬鹿な。

 そんな馬鹿な!

 何度も自分の中で否定を繰り返す。

 だとしたら、元いた自分の世界の辰を殺したのは…………。


 身体が震えだす。

 その場の自分に気づかれるのも構わず、悲鳴を上げかけた次の瞬間――。メリーは覚えある頭痛に襲われた。


『ふっ……ぐぅ……』


 怪奇になっても、この痛みには未だに慣れない。規模はまちまちだが、霊能者として成長するのと比例し、酷い時は所謂女の子の日並みの身体を重くするような痛みが来る。

 よろめき、壁を背にし、メリーは深呼吸する。視えたのは……。


『――あ』


 無意識に、涙が溢れた。

 見えたのは、いくつかの生活。

 辰の部屋が少し小さい。

 自分と行動する機会が多い。

 そして…………綾が、いない!

 スプラッシュマウンテンで必死に骸骨からお互いを庇い合う二人。そんな世界がある。それは、メリーにとって紛れもない福音だった。


『見つけた……』


 見つけた。見つけた。見つけた。見つけた見つけた見つけた見つけた……!

 やっと……! やっと……!



『……私、メリーさん。今、貴方を見つけたの……。長かったわ……』


 決意してからは早かった。次の世界での作戦をしっかりと立ててから、彼女は行動に移した。

 ただ。その世界にいたメリーが、最期に残した言葉だけが、やけに印象深く。メリーの耳にこびりついた。


「……悲しい、わね」


 死に際の幻視で彼女は何を視たのか。その瞳は、己の不幸を嘆くと同時に、今まで誰もメリーに向けなかったもの。


 憐れみだった。


 そうしてメリーは、また世界を渡る。

 だが、彼女はそこでもやはり、詰めきれなかった。

 まだ大丈夫。まだ……。探せばきっと、他にも……。


 だが、仕留め損ねたもう一人の自分の元に行こうとした時、彼女は思いもよらぬ体験をする。

 今までなかった世界にて、何と自分の正体や目的。全てを丸裸にされたのだ。

 怪奇としては、致命的。畏れられぬ、ただの道化(ピエロ)にまで成り下がった彼女に残された道は、もはやこの世界の自分を殺めるより他にない。もっとも……。目の前の男が、それを許してくれたならの話だが。


 ※



 僕が出した結論に、偽メリーはただうつむいたまま、拳を握り締めた。確かに分からない点はそれなりにある。

 悪魔の助力を得たとしても、無条件に世界を渡れるものなのかなどが筆頭だろう。だが、それでも全てとは言わないが、八、九割は当たっている。そういう公算があった。

 それほど真実に迫れたならば、怪奇そのものな、彼女はとても弱くなっている筈だ。


「話を、聞い……」

『話すことなんかないわよ!』


 目に涙をいっぱいに貯めながら、偽メリーはヒステリックに叫び、僕の横をすり抜けようとする。だが、それは見逃さない。

 がっしり彼女の両手首を抑えれば、偽メリーは駄々をこねるように身体を捩る。


『離してよ! 次に行くの! 絶対……絶対!』

「次も、何回でも同じだよ! もう止めてくれ!」

『じゃあ……じゃあ貴方が私を受け入れてよ! 私だけに……』

「それは、出来ない」

『ほら! ほらぁ! じゃあいいもん! 私の事なんかどうでもいいんでしょ!? だったらもう……』

「見捨てられないから止めてるんだ! 君も! 他の世界のメリーも! 僕のメリーも! このままじゃ、ずっと誰も救われない!」

『だから私に犠牲になれって? エゴなのはわかってるわ! でも……』

「犠牲とか、そういう問題じゃない! 仮に君が何処かで成功させても、君は必ず後悔する! 君が報われたいなら、ここで止まるべきなんだ!」

『何でよ! 意味わかんないわ! 私はちゃんと……』

「僕でも真実に辿り着けたんだ! コウトみたいに動く僕だってまた現れるかもしれない! 最初気づかなくても、すぐに違和感は出る。どうあっても、うまく行かないようになってしまってるんだよ!」


 一体何度渡り歩いたのかすら分からない。だが、断言できる。他の僕だって、彼女が目の前に現れたら、違うとすぐに悟るだろう。いや、それよりも、理性を溶かしきっている彼女には、もっと効果的な言葉がある。気づいてないならば、残酷でも僕の口から言うべきだ。


「そもそも……君は僕なんかを手に入れて、満足するの?」

『す、するに決まって……』

「本当に? 君の相棒は……僕に務まるの? 君が一番に一緒にいたいって思ってる人は誰か。分からないの? 君との思い出なんて、僕には何もないのに」

『…………っ、う……』


 身体を震わせながら、偽メリーは顔をくしゃくしゃにする。

 僕は両手を離さずに、ただ偽メリーに語りかける。


「代わりなんかいないんだ。探したって、見つかりっこないんだよ。だから、もう……こんな無意味な事は止めて……」

『……れ、ない……わよ』


 か細い絞り出すような声を出しながら、偽メリーは身体を弛緩させていく。


『止めれ、ないわよ……。どんなにみじめでも、もう、止めれないわよ。いっぱい犠牲を払ったの。ここで、止めたら……』

「それで、悪夢は終わるよ。言っただろう? 僕は、君も救うって」

『嘘よ!』

「嘘じゃな……へぶっ!?」


 優しく語りかければ、一転。強烈なヘッドバットが僕の鼻に直撃する。彼女の十八番をすっかり忘れていた僕は、流石によろめき、彼女の手を離してしまう。


「しまっ……! 待て……?」


 慌てて体勢を建て直し、再度彼女を捕まえようとすれば、彼女はえぐえぐとしゃくりあげながら、ヨタヨタと後退りしていく。


「話を。お願いだ……!」

『どうして……。私はただ……っ――!』


 僕が慌てて手を伸ばすも。偽メリーは猫のように飛び退いて、やがて姿を消すのも忘れ、危なっかしく走り去る。

 病院とは、完全に反対方向。僕は、それを見つめ一先ずは安堵した。

 混乱はしている。だが、怪奇として弱ったからか。言葉が少しだけ通り始めた。

 普通なら自分で気づきそうな当たり前の事をようやく頭が認識してくれた。ならば、彼女の救いもまた、すぐそこだ。


『あたしに襲いかかってきた時の威圧感は見る影もないね。……今なら君の手で消せるんじゃない?』

「……消さないよ。無理矢理じゃ意味がない」


 襟巻きもかくやに僕の肩に魔子が顕現する。一応ついてきてくれた彼女は、万が一僕が偽メリーを取りこぼした時の第二の防衛線だったのだが、この分ならば大丈夫そうだ。

 因みに僕が願った訳ではなく、彼女が自主的にだ。どうにも以前、偽メリーに殺されかけたらしく。それ故に存在を気にかけていたようだ。


『まぁ、そこは君次第さ。……でもこれなら、あたしの出番はなさそうかな? シン・タキザワ』

「それならば、一番いいんだけどね。まぁ、ともかく……」


 チラリと、少し後ろの電柱の影を見る。そこに隠れていた人がおずおずとこちらに歩みよってくるのを見つつ。僕は倒れ伏したコウトに駆け寄る。意識はまだ戻らないなら、背負うしかない。彼にはあと一つ。鞭打つようで悪いが、やって欲しいことがあるのだ。


「追いかけよう」

『アテあるの? てか、今病院に行かれたら不味くない?』

「病院には深雪さんがついてくれている。今のメリーじゃ、突破は無理だよ。で。アテだけど……まぁそれなりに」


 魔子の質問に答えつつ、手にぶら下げたアミュレットを揺らす。これによるエセダウジングで追ってもいいのだが、何となく。彼女が行きそうな場所に検討はつく。まずはそこに行ってみる事にする。


「バッドエンドは好きじゃないんだ。彼女に関しては完全にハッピーは無理でも、ビターくらいには持ち込んでみせるさ」


 偽メリーを手の届かぬ謎から引きずり出した事で、役者と舞台は整った。

 酷いことを数えきれないほどしてきたのだろう。けど、一人位彼女に味方がいたっていい筈だ。だから……。


「呼び出そう。平行世界の……偽メリーの相棒を。彼女が一番会いたくて、欲しているのは、彼以外にいないんだ」


 用意した〝切り札〟を切る時が、ついにやってきた。


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