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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第八章 ドッペルゲンガーと蜃気楼
89/140

論争

「あっさり言ってしまえば、君は平行世界……こことは似ているようで別世界から来た存在。ドッペルゲンガーという〝怪異に変化した〟メリー本人だ」


 僕が最初の刃を振るう。勿論、これで全てが解決するとは思っていない。案の定、偽メリーは嘲るように鼻を鳴らしながら、話にならないわ。と、僕の答えを退けんとする。

 それでいい。これはあくまで楔だ。絶対に折れない、全ての言葉がここに集約する要。変な理屈や推理擬きを披露するのはそれからでも遅くない。


『何を言い出すかと思えば……。そんな訳の分からない理屈が通ると思うの?』

「怪異たる君が訳分からない……ね。でもさ。君はメリーであること。それは否定しないだろう? 平行世界とかは抜きに、自分こそ本物のメリー……なんだよね?」


 僕の言葉に、メリーは少しだけ眉を潜める。最初の関門。彼女はメリーだと認めさせること。

 これはそこまで難しくないと踏んでいる。彼女は明らかに、僕には秘密裏にメリーを殺害し、成り代わろうとしていた。ドッペルゲンガーらしい。それでいて彼女の目的を省みれば、当たり前の思考。そこで自分がメリーではないと主張するとは、すなわち自分の存在全否定に繋がる。

 怪奇や怪異は肉体より精神や信仰……抽象的なものに重きを置く。偽メリーもまたそうであるならば、この質問に嘘はつけない。

 九割無いとは思うが、偽メリーが否定したならば、もはや彼女はドッペルゲンガーでも何でもない、ただのそっくりさんで解決して僕の勝ち。逆に肯定するならば……。


『……私は、メリーよ。それは他の誰にも否定させない。私は……メリー! そう、アイツこそ偽物よ! 〝真に私がメリーになるため〟に、殺さなきゃ……!』

「認めたね。なら……おかしい。なおさら君は、僕の意見を否定してはならなかった。平行世界があるか。ないか。少なくとも可能性があることを、君がメリーなら知っているはず。本当にメリーなら、疑問を持つべきだよ」


 まずは勝ち。

 ぐっ。と、顔を強張らせた偽メリーを見ながら、僕はゆっくり汗ばんだ手を開いて握る。

 メリーは僕と一緒に平行世界を匂わせる怪奇と遭遇している。例えばD校舎の秘密を追った時。または、裏ディズニーランド。これらの平行世界に関する存在を最初に疑ったのは、メリーだ。彼女が本人を主張すればするほど、僕が打ち立てた偽メリーが平行世界から来た。という説を「ありえない」と、頭ごなしに退けることは叶わなくなる。


「君はドッペルゲンガーで、かつ、平行世界から来た。この説を信じる信じないは別に。ありえないはないという前提で……話を続けていいかな?」

『貴方、昔から思ってたけど、こういう口喧嘩だとこの上なく嫌らしいわ』


 偽メリーの恨みがましい視線を流して、僕は再び口を開く。


「次。君の目的について」

『ドッペルゲンガーなのよ? 成り代わる以外にないじゃない』

「……それだけじゃないとしたら?」


 僕の言葉に、偽メリーは無表情を貫く。何を言っている。そんな眼光が僕に向けられるが、そこで怯むわけにはいかない。


「成り変わるだけなら、君がすぐに行動を起こせば済む話だ。多少の違和感は……少し強引だけど、記憶が混乱した。なり、それなりな理由をでっち上げればいい。それで〝僕以外は〟誤魔化せるだろう」

『……私が生まれたのは、最近よ』

「嘘だね。君の姿は、僕の相棒が少なくとも一月の時点で目撃している。他にも、君に襲われた生き証人を僕は手に入れている」

『……だから、どうしたのよ。仮に私がもっと後に生まれたとして、どうしてそれが成り代わりだけが目的じゃないってなる訳?』


 無表情の仮面が崩れかけ、偽メリーは苛立つように僕を睨む。これで思考がメチャメチャになってくれたなら話は簡単だけど、多分そうはいかないだろう。

 だが、それは今は簡単にいかないだけ。メチャメチャに出来ないとは言っていない。


「……大晦日。最初に亜稀さん達の所に。次は悠の家で魔子を襲撃。この時君は、ディズニーランドに行ってきたと言っていた。そして最後……これはメリーからの証言で吉祥寺。路地裏の母がいた場所」

『……それが?』

「わかるだろう? 君が現れているのは、すべて僕らが関わってきた場所だ。多分ちゃんと調べれば、僕の学校。大学。山手線。渋谷のホテル……全部に現れてる筈」

『証拠なんて、前半だけじゃない。後は貴方の推測よ? そもそもどうやって調べるのよ』

「あるじゃないか。君の素敵な脳細胞と視神経がね」


 あくまで可能性の話だが、メリーと全く同じ力を有している者がいたとして。その人が僕らの訪れた場所に来ればどうなるか。

 答えは……。


「君は幻視(ヴィジョン)を駆使して、僕らの軌跡を調べていたんだ。僕の干渉する力も有していて、それら二つの体質を研ぎ澄ませていた君なら、話は簡単だ。現地で視たいものを見るなんて、お手のものだろう?」

『視て、何になるというの』


 消え入りそうな声で、偽メリーは反論する。唇は、ワナワナと震えていた。


「僕らを知れる。君はただ成り代わろうとした訳じゃない。完璧に。今までの起きたことを自分に取り込み、僕にすら違和感を与えずに、メリーと入れ替わりたかったんだ。だが……それは失敗し。僕に見られてしまった君は次の計画にシフトした」

『…………っ』


 もはや偽メリーは何も言わず。ただ拳を強く握りしめていた。


「こんな日もあると学べた。君は確かにあの日……メリーに襲いかかってきた時に、僕らの前でそう言った。今日という日を。あんな形で僕らが対峙する事を示す言葉としては、随分と不自然じゃないかな?」


 まるでそう。僕が乱入するのを全く想定しなかったかのような。同じような凶行を繰り返してきたかのようないい分。

 メリーを殺さねば、〝次に〟進めない。慎重に事を運んできた筈の偽メリーが、計画を全て投げ出すかのような、八つ当たり染みた行動。導かれる推測は、平行世界という存在を認める以上に突飛な話ではあるけれど。


「ねぇ、君。君は……何回平行世界を渡り歩いた? 何回……そこにいたメリーを殺したんだい?」

『………………何よそれ』


 嘲りが。無表情が。一瞬で怒りに染まる。

 だが、彼女は気づいているだろうか。青紫の瞳が、隠しきれぬ恐怖と焦燥で揺れ動いていることを。


『意味分からないわ。私が平行世界から来て。しかも沢山私を殺した? 多重のパラレルワールドとでもいうの? 流石にそんな証拠は……』

「あるさ。だって裏ディズニーランドの骸骨達は、一部を除けはば、殆どが同じものだった。メリーが提唱した、平行世界論の中には、何個もの多重パラレルワールド説も含まれていた。あれらほぼ全てが、メリーの骸骨。過去や未来全ての可能性が集まる場所にほぼ同一の骸骨。それは、別世界のメリー達は、みんな君に殺されるから。それが理由だ」

『酷いじゃない。全部私のせいにすれば、それでハッピーエンド? いくら貴方でも……怒るわよ? 私は路地裏の母の予言がある。死が確定してる! 受け入れざるを得ない結末だって! どうやっても回避出来ないのよ!』

「いや、回避はしている! そんな形ではあるけど、君は運命を打ち破って、今こうして僕の前に立ってるじゃないか!」


 互いに叫び合うようにして、僕らは論争する。〝占いは予言ではない。全ては選んだものをどんな形にするか〟酷い形とはいえ、運命を打ち破った例を僕らは知っている。結果論だが偽メリーが現れなければ、大晦日の二人は今も共にあった可能性があるのだから。

 何より、偽メリーだ。推測通り平行世界を渡り歩いているなら、既に成人は越えた時間を過ごしている。形は歪でも、彼女は生きている!


『だから何よ! まだ証拠は足りないわ! 平行世界。多重のパラレルワールドがあるのはまだいい! そこで寝てる牛な貴方もその証拠よ! でも、それだけ! 方法は!? 私はどうやって来たのよ!? いいえ。来た方法をでっち上げたとして、〝私が〟別世界から来たって証拠は!? 入れ替わりに完璧さを求めてるだけ! そういうドッペルゲンガーだもん! だから平行世界なんて……』

「ねぇ、〝メリー〟」

『……ふぇ?』


 涙目でわめき散らしていた偽メリーに、出来るだけ優しく声をかける。ビクリと、僕を見る偽メリーは、まるで迷子になった子どもを思わせた。


「〝君が一番影響を受けた本はなんだい?〟」

『……〝銀行の預金通帳よ〟』

「なら……僕らが初めて逢った時、覚えてる?」

『……忘れる訳、ないじゃない』


 そうだろうね。だって僕も忘れてない。けど……怪奇は見れても、それ以外は彼女は知らないと踏んだ。

 だからこそ、彼女はコウトと対峙した時、ミスを犯した。

 まさか僕がここまで食い下がると思っていなかったであろう彼女は、あの場で自分はここのメリーとは違うと証明してしまった。昨日のお昼ご飯を忘れた程度では拭えぬ、確かな証拠。即ち……。


「コウトは言っていた〝ファーストコンタクトの物語で関連づけるとしたら〟……僕が言いたいこと、分かるかい?」

『……? …………っ!!』


 偽メリーの顔に、ここで一番の動揺が走る。あまりにも単純。だが、僕とメリーの会話においては致命的なまでの証拠が、そこにはあった。彼女も多分、無意識だった筈だ。


「〝君を確実に頓挫させることが出来るならば、他ならぬ君の未来の為に僕は喜んで代償を受け入れよう〟それに対して、君はこう言った。〝今日この日の出来事で、ただひとつ重要だったのは、何事も起きないで欲しかったということ〟」


 検索エンジンでも付いてるの? なんてよく言われる、僕らが楽しむコミュニケーション一のつだ。

 カチリとパズルがはまり合うかのような、把握し合えた喜びが面白くて、いつしか僕らの間で形式化した。それは、友人が肩を組み、ライバルが拳を合わせ、恋人がキスするようなもの。

 そんな言葉遊びが、この場において微妙に噛み合うようで噛み合わない。思えば、これはコウト残した最後の言葉も絡めた、彼からの特大なヒントであり、偽メリーを追い詰める切り札だったのだ。


「君達が口にしたのは、ある小説の台詞をパロディしたものだ。まずはコウト。〝君を確実に破滅させることが出来るならば、公共の利益の為に僕は喜んで死を受け入れよう〟これは、コナン・ドイル、『シャーロック・ホームズの思い出』が一編。最後の事件から」


 スン。と、偽メリーが鼻を啜るような音を出す。同じメリーの顔を追い詰めるのは、実はとてつもなく胸が痛むのだが、今は心を鬼にする。


「次は君。〝この三日間の出来事で、ただひとつ重要だったのは、何事も起きなかったということ〟これは『シャーロック・ホームズの帰還』第二の汚点より」


 因みに、この僕らの言葉遊びにおいて、稀に起きる事がある。滅多にないものの、話が噛み合わなかった場合。その時は、もれなくわからなかった方がもう一人によって盛大に煽られるというものだ。

 そして……今がまさにその時。まぁご愛敬という事で、ここはもう乗るしかない。


「僕もファーストコンタクトの物語でやってみようか。そうだね……〝運命はなぜこうも然り気無く悪戯するのだろう?〟とか」

『……『シャーロック・ホームズの冒険』ボスコム谷の惨劇から……ね。……普通に弱い人間って言えばいいのに』


 君を決して弱いとは思っていないから。と、本当は伝えたいのだが今は言わない。それが再起のきっかけになるのはダメだ。芽は全て刈り取る。そうしてこそ、本来は僕らの上位互換たる彼女には対抗できる。


「妙だな。ファーストコンタクトの象徴たる書が、三人とも違っている……どうしてかな? 君が初めて逢った誰かは……今、どうしてるんだろう?」


 他に本を持っていた。は通用しない。あの時僕が見たのは一冊だけ。初めて僕らが交わした言葉遊びは、紛れもない『シャーロック・ホームズの冒険』である。『思い出』でも『帰還』でもない。

 僕の言葉に、メリーはただ下を向いたまま。肩を抱き、震えていた。


『どうしてる……ですって?』


 ひときわ低い声をあげながら、偽メリーは静かに喪服めいたドレスのスカートをたくしあげる。

 黒いストッキングに覆われた、艶かしい脚が露になった。その太腿には……無骨なホルスターが取り付けられ、いつかにメリーに重症を負わせた、出刃包丁が取り付けられている。


『……辰、辰。なんで……なんでなんでどうして……。邪魔しないで。やだ。やだやだやだ。嫌だよ……許して貰うって……。ちゃんと話して、分かってくれるって……僕だってこのままは嫌だって……言ってくれたのに……!』


 震える刃の切っ先が、僕に向けられかけて、僅かに逸らされる。それを見た時。僕の心に焼けつくような痛みがよぎり、喉が詰まりそうになる。

 メリーが刺された辛さ。

 メリーが死ぬかもしれぬ恐怖がフラッシュバックする。

 そして……。


『どいて……そこどいて……私を殺せない』

「いいや。どかない。刺されたってどくもんか」

『……うう……うぅ…………!』


 大粒の涙を流し、偽メリーは刃をさ迷わせる。

 それを見た時、推測が確信に変わった。


「……君の世界の僕は」

『やめて!』


 聞きたくないとばかりに、包丁を持ったまま偽メリーは耳を塞ぐ。だが、それだけで真実から逃れられる訳もなく。


「…………僕は、死んだんだね? 君の目的は、メリーと完璧に入れ替わること。そして……僕ともう一度、渡リ烏倶楽部として活動すること。……そして、その方法として使われたのが……多分、〝猿の手〟」


 もしかしたら、ドッペルゲンガーに変貌したのも、彼女にとっては不本意だったのかもしれない。代償は大きく。彼女は時間と世界を渡り歩く怪異になってしまったのだ。

 偽メリーの白い手から包丁が滑り落ち、寂しい音を立てて地面に刃を投げ出した。啜り泣き以外は物言わぬ彼女の沈黙は、それが答えだと雄弁に語っていた。

 

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