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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第八章 ドッペルゲンガーと蜃気楼
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繋がる欠片

 翌日の夕方。僕らは近場の駅にて、ララを見送りに来ていた。

 明日は月曜日。小学生たるララは学校に行くという重要な仕事が待っている。いやだ。まだいるとごねるララだったが、「メリーだってララが不良になるの見たくないだろうな~」という言葉で渋々納得した。これがもし、僕が見たくない。だったら「お兄ちゃんだってしょっちゅう学校サボってた!」なんて反論が来ていた事だろう。相棒様々だ。


「ララちゃん日記……。お兄ちゃんに強制送還される……えーん」

「また父さんや母さんと近々来るんでしょ? ならまたその時に会えるよ。メリーだってその頃には起きてる……だろうし?」

「ララちゃんとしては、お見舞い行けなかったのが納得いかない……!」

「メリーは今ICFに入ってるんだから、出来ないのは仕方ないよ。僕だって行きたいくらいなんだ」

『まぁ、実はここにいて。四六時中顔を合わせてるけどね』


 然り気無く斜め上を見れば、今や僕の背後霊が定着し始めたメリーが、悪戯っぽく舌を出す。危うくララの前で「そうだよね」と、言いそうになり、必死で抑えた。


「メリ姉の家族に頼むとか」

「お忙しいらしいからね。メリーがお世話になってる人……実はまだ僕も会ったこと無いんだよ」

『しがない出版社の編集お姉さんよ』

「…………っ、と」


 どうにもメリーは、ララの前で僕とやりとりがしたいようだ。思わず癖で反応しそうになるから、会話にトラップじみた言葉を捩じ込んで来るのは勘弁してほしい。……寂しいってのは何となく分かるけど。


「……お兄ちゃん?」

「何でもない。新幹線――そろそろかな。いいかい。知らない人に声をかけられたら……」

「この人痴漢です?」

「それは純粋な善意もまとめてブタ箱に放り込みかねないからやめよう。話はしっかり聞いて。その上で遠慮するんだ。ついてくのは絶対ダメ。危ないって思ったら、叫ぶか、近くの人に助けを求めるか……笛は持ったね?」

「これ、迷子札みたいでヤダ」

「お黙り。持ちなさい」

「……はーい」


 防犯ホイッスルを指でなぞりながら、ぷぅ。と頬を膨らますララの顔を、両側から掌で軽く押し込む。「ぽひゅ」と、変な音と空気が漏れて、それが面白かったのか、ララはきゃっきゃと騒ぎながら、わざとらしく僕の手を逃れ、笛を吹くような仕草をした。

 一応素直に持ってはくれるらしい。流石に新幹線内で誘拐を試みようとする人はいないだろうけど、念のためだ。


「メリ姉起きたら、教えてね」

「ああ、必ず」

「よし。あ……それからね」


 そのまま改札をくぐろうとして、ララが足早に戻ってくる。

 何事かと僕が首を傾げれば、ララは僕をじーっと見上げ。やがて、「ニカッ」と、可愛らしく笑った。


「素直になってね。お兄ちゃん」

「……何の話だよ」

「べーつーに? ムフフ。また来るね~!」


 ぴょんこぴょんことスキップしながら、ララは改札の向こうへ消えていく。時折こちらを振り返りながら手をヒラヒラさせていたが、やがてその姿も人ごみに紛れ、見えなくなった。

 我が妹ながら台風みたいな奴だった。


『素直って、何?』

「いや、実は本当にわからない」


 不思議そうに首を傾げるメリーに、僕は曖昧に笑いながら肩を竦める。取り繕いの気配を目敏く見つけたのか、メリーはしょうがない人。みたいな顔をしつつ、両手を上げた。


『ま、今話したくないならいいけど。……さて』

「……行こうか」


 踵を返し、僕らは元来た道を戻る。ララがいたから謎の解明についての話は半日以上進まなかったが、それを補って有り余る収穫があった。

 僕らがやるべきは、獲られた真実をいかに噛み砕くかだ。

 コウトの正体は、それほどまで重要だった。


 ※


 こういう時、いつもならカフェテリアやファミレスに入り、そこでメリーとオカルト談義をするところなのだが、生憎と僕は今、端から見たら一人。

 そこで延々と見た目は独り言をやる度胸は流石になかった。

 結局、僕らが選んだのは、安定な僕の部屋である。

 もっとも、人と幽霊だけで活動するならば、これ以上ない最適の場所だ。

 一人はソファーに。もう一人は気ままに浮遊して、僕らは議論を開始する。


「整理しよう。名前と行動が〝隠されている〟この言葉が絶妙だったんだ。〝コウト〟そのものとは言っていない……つまりそれは、コウトという三文字に、名前と行動が別々に含まれている事だ」

『故に、分割する……ね』

「その通り。では、どう分割するか。これはララが答えを出してくれた」


 昨夜の名残でもある、漢字まみれのメモ書きをつまみ上げる。と、そこで背後に気配がして振り向けば、両肩にメリーの白い手が乗っかっていた。

 すぐ横には、人形じみた美貌が、此方に向けられている。ハチミツの香りも、暖かな感触もない。冷たさと、そこにいるのかいないのかがわからぬ何か。引き込まれそうになり、僕は慌て目を逸らす。


「〝ウト〟で示せそうな行動は殆んどない。逆に〝コウ〟ならばそれなりにありそうだけれど、今度は〝ト〟だけで何らかの名前を出さねばならない。しかも話はそれで終わらず〝この中に本質がある〟すなわち、その名前が行動する事で起きる結果。それが弾き出される組み合わせでなければならない」

『〝ト〟の一言で何らかの名前を出すことは可能だわ。だけど、それが行動する言葉を〝コウ〟から引き出そうとしても出てくるものはあまりない。一応あったとしても兎が咬むと書いてコウト。これから更に何かの事が起きるとは思えない』


 では、それを可能とするものはあるのか?

 名前と行動を表し、それに伴う何かが起きて。その中に誰かの正体を潜ませる。そんな言葉の組合せは……。


「まず、〝コウ〟これが指し示すのは名前。かつ、何らかの行動を起こせるものに限る。そうすれば、神、猴、鮫、鱇、鰉、蝗、鵠、鴿、鴻、蛤、蛟……他にもあるかもしれないが、最後のこれを見つけた時点で僕らは完全に関心を奪われた」

『並べた順に、神様、獣、魚、虫、鳥、貝、そして……妖怪……いえ、水神かしらね。神様なんて曖昧なものでない、一つだけ混じった、明らかに異端な名前あるもの。私達が引き込まれない訳ないわよね』


 (みずち)。そう読まれ、呼ばれる存在がいる。滝や河川、沢や川淵に棲むとされる、竜。または蛇のような姿をした存在だ。

 そして、最も重要なのは、この竜が何を起こすかである。


「行動に移るよ。〝ト〟が指し示すもので、敢えてこの蛟で当てはまるものがあるかを探す。行動的なものは塗、渡、吐、登、与……。この中で当てはまり、かつ蛟と組合わさることで意味を成すものが一つだけ」

『吐。つまり、吐く。ね』


 コウトにして、蛟吐。文字通り、蛟が吐くものの中に、コウトの正体はある。

 伝承上で蛟が口から吐くとされるもの。すなわち……。


 〝蜃気楼〟


 光の異常屈折現象の一つであり、像がずれたり、逆さまになったり。果ては実在しない像が現れたりする現象……その総称である。北海道の四角い太陽や、有明海で不知火(しらぬい)と呼ばれるものも、これに該当する。

 オカルト的に見れば、(しん)。つまり巨大な(ハマグリ)や蛟は気を吐き出し、楼閣を作り出すと言われた事に由来するものだ。


「〝君に見せていたのは、尽く虚構でした。名前も素性も、全てはでっち上げ〟全て嘘。で済ませばいいものを、こんなに意味深な言い回しをしたのは、〝彼〟が吐く虚構で、自分の正体を隠していたから」

『本質が含まれてるとはそのまま。蜃気楼の中に潜む自分の本名。あと、吐き出す蛟は竜。辰ってパッと見たら、辰年から、タツなんて呼びそうなものだけど、そこも含まれていたのかしらね』


 コウトの正体が〝僕〟である。そう考えれば、見えてくるものもある。


 偽メリーは僕の力を強力にしたものを有していた。

 もう一人の僕……この際コウトでいいだろう。彼もまた、壁抜けをやってのけたし、偽メリーに触れられもした。同じように強化された体質をコウトが持ち合わせていても、何ら不思議はない。


『じゃあ、あの予言は? 彼はどうやって、私が襲われることを知ったのかしら?』


 楽しむように、メリーは僕に後ろからおんぶされるような体勢で腕を回し、耳元で囁いてくる。そのまんま取り憑き幽霊スタイル。少し悪戯が過ぎるので、咎める意味も込めて彼女の目元に指を当てて軽くなぞれば、メリーは『んっ……』と、悩ましげな声を漏らした。……心臓に悪い。


幻視(ヴィジョン)だよ。多分コウトも偽メリーと同じ。メリーの体質を持ち合わせているんだ」


 酷い頭痛がする。なんてあからさまなヒントまであったのだ。どうして気づかなかったのか。

 彼は僕の傍にいることで、時を待っていた。偽メリーが動くその時を。それにより、僕に予言をもたらした。

 僕らが襲われている時、彼は何をしていたか。これは推測だが、監視カメラを弄っていたのではないかと思う。

 怪奇たる偽の僕らがカメラに映る……すなわち心霊映像。なら、僕の体質で干渉出来る筈。コウトは明確な偽メリーという犯人像をでっち上げ、自分を限りなく薄めることで、メリーを。何より僕を守ってくれたのだ。

 あれがなかったら、僕はもっと長く警察の厄介になっていた可能性もある。

 まるで全て想定したかのような動き。それならば……。


「未来から来た。と、仮定しよう。起きることを知っていたから、路地裏の母にも会えたんだ。彼女に協力を取り付けた」

『路地裏の母は、占いに誇りを持っていたわ。そう上手くいく?』

「占いの談義を聞いただろう? どう動き、どう取るかは本人次第。抗う様を見せるなら、彼女も背中を押す位はしてくれる」

『でも……私は……』


 目を伏せるメリーの顔を、ララにやるみたいに優しく捏ね回す。『ちょっ! やめ……っ!』流石にビックリして離れるメリー。背後霊破れたりだ。

 ちょっとだけ恨みがましい目で、フワフワと僕の回りを浮かぶメリーは、反論やネガティブ思考を取り払ったのか。気を取り直すように咳払いした。


『……こうなると、問題は目的。そして存在ね。偽私はドッペルゲンガーとして、偽の貴方は?』

「コウトは怪奇を弱体化させろと言っていた。すなわち偽メリーたるドッペルゲンガーの中身を暴くことで、彼女を止めようとしている……ように見えた。次は正体より何が起きているかだよ。双方とも怪奇に片足を突っ込んでいる事には変わらない」


 背景を洗えば、自ずと見えてくる。クロスワードパズルみたいだ。


「とはいえ、問題はここからだ。深雪さんは言っていただろう? 霊能力が継承される条件を。だが、その理屈で行くと、二人が未来か過去から来たなら片方の立場では僕が。もう片方ではメリーが死亡している事になって……あれ?」


 じゃ、どうなる? あの二人は……何処から?

 僕が未来から来たなら、偽メリーはいない筈で、過去から来ても偽メリーはあり得ない。その逆も然り。

 二人のどちらかが虚構? いや、ならばどうして、あんなに親しげにしゃべっていた? あれは、いわば知っているからこその気安さと動揺。どちらも僕であり、メリーである筈。ドッペルゲンガーがそういうものだから? ならば偽僕……コウトはどうして正体を暴けというのか。そこに何がある筈で……。

 文字通り楼閣に迷い混んだように僕が途方にくれれば、メリーは暫く思案するように逆さまに浮く。……戻った時、逆立ちして考える癖がつかないか心配だ。


「いけない。わからなくなった。また八方塞がりじゃ……。これ、詰んでる?」

『早いわよ。頭を柔らかくしましょう。……私、わかったかも』


 本当に!? と、僕が叫べば、メリーはもうしばらく考えて。軈て、小さく頷いた。


『私達なようで、私達ではない人……そういうものに私達は、以前会っているわ』

「……へ?」


 思いもよらぬ言葉に、僕は思わず目を丸くする。

 以前って、偽メリーやコウトと会う前? そんな記憶は……。


『私達は、そこでちょっと嫌な想像をしたわ。私達の命運は、あの場で尽きたというのも在りうるかも。……私と同じ、幽霊になって、でも本人たち曰くそれなりに楽しくやっていた場所……』


 電流が走った。

 あの時告げられた口上は今も心地よく、僕らの耳には残っている。


〝ここは光輝く夢の国。夢が夢であるために。光が光であるために。現も影も必要なもの。

 否定だけが全てではない。

 ここは過去。今。未来。全ての可能性が沈む場所。表とここは、様々な形で繋がっている。だが、語ることなかれ。秘密は揺り籠に乗せたままが相応しい。

 ここは光輝く夢の国。何処かで君達が歩んだ場所。世界で最も魔法に近い場所なんだ〟


「……まさか、裏ディズニーランド!?」


 ならば、偽メリーやコウトが生まれたのは……。

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