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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第八章 ドッペルゲンガーと蜃気楼
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牛人暴き

 結局その日、ララは部屋に泊まり込むことになった。

 両親に連絡した時は、二人とも非常に驚いていたが、訳を聞き少しだけ困ったように唸っていた。僕を心配してくれたのは二人とも同じだったらしく、近々三人で観光がてらこちらに来る。なんて計画をまことしやかに建てていたのだという。まさかララが先行してこちらに来るとは夢にも思わなかったらしいけど。


『とにかく、明日の夕方にでも一緒に切符買って帰らせて』

「一人で大丈夫かな?」

『まぁ、指定席なら安心だと思うけど……何ならアンタも少し帰ってくる?』


 気晴らしにはなるでしょう? そんな母さんの誘いに、僕は曖昧に笑いながら、いいや。それは止めとく。とだけ答えた。

 大学だって普通にある。

 帰った所で何かが変わるわけでもない。

 そして、これは言えないけども、やるべき事は沢山ある。


『ま、そう言うだろうとは思ったけどね』


 母さんは呆れたような口調でため息をつき、『何かあったり、本当に辛いときは頼りなさい』それだけ告げて、母さんは電話を切る。こっちのありがとうを聞く前に退散するのは相変わらずらしかった。


『お母様、なんて?』

「明日新幹線に放り込んどけ。だってさ」


 フワフワと後ろを漂う相棒に答えながら、僕は再び皿洗いに取り掛かる。

  夜のオムハヤシは、ララに大好評だった。空っぽになった大皿をちょっと誇らしくなりながら洗っていると、メリーはそれを眺め、少しだけ寂しげに笑っていた。


「退院したら、作るよ」

『……楽しみにしてるわ』


 触れない。声が聞こえない。気づかれない。それは予想以上に重く彼女にのし掛かっているらしく。

 目の前にいるララに全く認識されなかったという現実は彼女の顔を暗くしていた。


「……明日は」

『どうしようかしらね』

「片っ端から活動記録を……見るしかないか」

『何かもう一つでも、確信があるものが存在すればいいんだけどね』


 それだよね。と、僕は肩を竦めながら、最後の皿に取り掛かる。無心のまま皿を洗い続けていると、不意にメリーが僕の目の前で逆さまに浮遊し始めた。

 いつもは宝石のような輝きを放つ青紫の瞳も、今は心なしか光が弱い。それは、彼女が霊体だから故か。それとも……。


「占いとは予言ではない。全ては。選んだものをどんな形にするか」

『……路地裏の母が、言っていたこと?』

「そう。それで、僕に試練が訪れるとも。これはあのおばあさん曰く占いではないらしいけど。考えてみたら、コウトも占い師の弟子だなんて虚構を打ち立ててたし……何なんだ? あのエセ師弟」

『師弟ですらないなら……いつから。それにどうして、コウトと路地裏の母は繋がっていたのかしら?』

「…………確かに」


 まるで僕らに何かが起こることを知っていたみたいではないか。路地裏の母はいい。占い師であり、その力で知ったなら納得はいく。けど……。

 もう一度、手紙を手に取り、メッセージをざっと眺める。


「全ては虚構だ。コウトはそう言った。占い師ではない。件でもない。路地裏の母と知り合っていて、メリーに危機が迫ると知っていたとして、何故、ああまでしてピンポイントで分かった……?」

『占いの……いいえ、貴方が言う予言かしら。その後が本当だった……とも。あの二人は知り合いみたいな口ぶりだったわ。でも、私はあんな変な存在は記憶にない』

「……ララちゃん日記。お兄ちゃん、カッコつけになったの? 中二病だぁ……まる」

「いや、ララ。今は真面目な……はな、し……」


 横合いから口を挟んだ人物を、僕は思わず二度見した。

 いつからそこにいたのか。ララじっとりした視線が僕に突き刺さっていた。

 お風呂上がりで濡れた髪を丁寧に拭きながら、僕のブカブカなYシャツと、メリーが部屋に置いているストールを羽織っている。


「……いつから?」

「占いは予言……うんぬんから。誰かいるの?」

『ここにいるわよー』


 おどけるように、拗ねるようにメリーはララの前でヒラヒラ手を振るが、当然ララの目は僕しか見ていない。妹の不審者を見るような態度は流石に堪えたので、僕は咄嗟に「ゼミの出し物が寸劇なんだよ」という、口から出任せで誤魔化した。……酷いお兄ちゃんもいたものである。案の定、ララは「ふーん」とますます疑い深い表情を見せる。しばらく沈黙が流れたが、ララは結局それ以上追及しては来なかった。

 ただ、とてとてと僕のそばに歩いてきて、両手を広げる。

 妹もとい我が家のお姫様は、抱っこをご所望らしかった。


「ソファーまで。まだ寝たくない」

「仰せのままに」


 然り気無く時計を確認してみると、夜八時。ララがおねむになるには、ほんの少しだけ早い。

 そっと肩の後ろと膝の裏に腕を回し、ヒョイと抱き上げれば、ララは「きゃー」と、嬉しそうな声を上げて僕の首に引っ付いてきた。


『ズルいわ。私にはやってくれたことないのにぃ』


 という、メリーのわざとらしい台詞は華麗に無視。こればかりは、やってあげるだなんて今は言えなかった。

 僕はそのままリビングへ。

 ゆっくりとララを膝の上に移動させ。そのままソファーに座ろうとして……。カサリという音と一緒に、ポケットから何かが抜きとられた。……コウトの手紙だった。


「あっ……ちょ!」

「これ、台本でしょう? みーせーてー! お兄ちゃん演技派だもん! 主役きゅーだよね?」


 止める間もなく、ララはその中身を読んでしまう。大きな目が書面をじーっと見つめて。ゆっくりとこちらに向けられた。


「……暗号?」

「まぁ、そうだね」


 その瞬間。ララの顔がパッと輝いて「ララもやる! ララもやる!」と、はしゃぎだす。


「いいけど、出来るかい? 因みに僕は解けなかった」

「フフン。ララが思うに……〝人が無謀なふるまいに及ぶのは、

欲するものを得ようとする場合よりも、恐れるものを取り除こうとする場合のほうがはるかに多い〟のだ……まる」


 ドヤァ。といった顔でこちらを得意気に見るララ。そんな風に胸を張る彼女を見た僕といえば、最初は二の句が告げず。「似てる? 似てる?」という妹の言葉にて、ようやく彼女が意図することを読みきった。


『ダン・ブラウン』

「ダ・ヴィンチ・コード……かな」


 メリーの絶妙な合いの手に合わせて僕がそう言えば、ララはニパー。と、天使みたいな笑顔を浮かべた。可愛くて顔をこねくりまわしたくなるが、今は抑えた。


「うん! お兄ちゃんの部屋で見つけたの! 面白かったよ! 次はホームズ読んでる!」


 今は『冒険』だよ。と、言いながら、ララはそっと僕の手を握る。


「お兄ちゃんにとって恐れるものは、メリ姉が帰ってこないことでしょ? メリ姉は今お休み中だから……帰ってくるまでララが代打をつとめるの!」


 抑えるとか無理でした。頬っぺたをふにふにしてあげれば、ララは照れたように身体を捩り、そのまま僕を椅子がわりに謎解きを開始した。年不相応な強かさを見せるララだ。案外僕らには思いもよらない点に気づいてくれるかもしれない。

 そんな僕とメリーの密かな期待を寄せられながら、ララは時に頭を傾け。んー? むぅ……。と唸りながら、手紙と睨めっこを開始した。

 僕らが試した事もララに伝える。何個かやろうとしていたものがあったのか、ララは再び難しい顔になった。

 そのまま時間だけが過ぎていく。すると不意にララはスマートフォンを取り出して、僕に紙とペンを要求した。


「〝コ〟と……〝ウト〟」


 そう呟きながら、ララはディスプレイ上の文字列を奇妙な形で変換させていく。


 子、粉、湖、娘、孤、庫、戸、木、壺……。

 海渡? 射と?


「む、〝コ〟の漢字全然読めない……でも、〝ウト〟は違うっぽい?」


 頷きながら、ララは次に〝コウ〟〝ト〟と分割して検索を始めた。僕とメリーは、何が起きているかわからずにポカンとしている目の前で、ララはポンポンと文字を増やしていく。


 光、港、孔、神、后……。

 吐、渡、登……。


「……ララ、えっと、何をやってるの?」

「だって、名前と、行動なんでしょ?」

「うん、でもそれは……」

「コウト。で、まるまる名前と行動を表すなんて多分無理。なら、隠れてるんじゃない? この暗号作ったひと、ウソツキっぽいし」


 ララはそう悪戯っぽく笑いながらも、数秒後、〝コウ〟が読めないのばかりなんだよね。と、悔しげに歯噛みし始める。僕はそれを驚くやら感心するやら。色んな感情がない交ぜになった状態で、ただ眺めていた。が、それもほんの少しの間だった。


「流石だよララ。漢字は僕が教える。解けそうなら一緒に解いちゃおうか」



 ※


 結論から言えば、ララ個人では謎の解明には至らなかった。

 着眼点は正解だったのだ。だが、そこから正解にたどり着くには、少々マニアックな……いわば僕ら寄りなオカルト知識を必要とした。

 その結果……。


「まさか、過ぎたね」

『ええ。正直今でも信じられない』


 深夜、僕の腕を枕に眠るララの背中を撫でながら、僕が天井に向けて呟けば、浮遊する相棒は静かに同意した。

 突飛かつ破天荒。だが、そうだと思いながら色々な状況と照らし合わせれば、次々と欠けていたパズルが嵌まり込んでいくかのように納得がいってしまう。

 これが真実。僕らの中ではそんな確信が、今や完全に固まっていた。


「コウトが……コウトは〝僕〟……そういうことだったんだ」


 真実の断片を一欠片。

 ドッペルゲンガーが帰還するまであと、五日。


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