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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第八章 ドッペルゲンガーと蜃気楼
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頓挫と予期せぬ訪問者

 大学最初の夏休みの事だ。

 僕らはフラフラと各地を渡り歩いていた。

 心霊スポットやパワースポット。ご利益のありそうな神社に、メリーの幻視(ヴィジョン)が示した場所等、訪れるためにリストアップしたものの中には三大霊場にして、三大霊山である、恐山が含まれていた。

 硫黄の香りが漂う草木の殆ど生えていない荒野に、何本もの風車と石ころの山が乱立し。至るところにたてられたお地蔵さまが見守る場所には、地獄と銘打たれたいくつもの場所が存在している。この世とは思えぬ、まさに別世界。訪れた時には、ただ圧倒されたものだ。

 あと、霊山だけあって、観光客に混じって幽霊がわんさかいた。水子供養を司る場所もあったおかげで、赤ん坊の幽霊もそれなりにいて、血の池地獄に赤ん坊がぎゅうぎゅう詰めになり、母を求めて泣き叫んでいた構図はなかなかにショッキングだった。

 這い出してきた水子霊達に、やたらメリーが揉みくちゃになり、強心臓を誇る流石の彼女も、少し涙目になっていたのは記憶に新しい。

 きっと母性を感じたのだろう。……どこにとは言わないが。


『何だか余計なことを思い出してない?』

「……気のせいだよ。――っと、あったよ。これだ。〝恐山イタコさん誘拐事件〟」


 案や空洞を後にした僕らは、そのまま部屋に戻り、過去の活動記録を掘り出していた。

 それは、深雪さんの言っていた、霊能者の継承についての事柄を確認するためだった。


『……確かにあるわ。曾祖母が亡くなってから、降霊が可能になった……そういえば、本人が言っていたものね』

「僕らは何の気なしに流していたけど、結構凄い発見だったんだなぁ……」

『私は、幻視(ヴィジョン)を視るようになったきっかけ……全然覚えてないわね。夢とごちゃ混ぜにしてたし』

「血縁者にそれらしき人は?」

『ノンよ。てか、親戚については知らないことの方が多いわ。貴方は……』

「……まず間違いなく。あの獏からだろうね」


 霊能者が死んだ時、その力は親しい人や才ある人がいないならば、選ばれる基準は謎ながら、その辺の動物や霊に宿るという。僕が霊感に目覚めたのも、あの獏に出会ったのがきっかけで、その後何だか気に入られたらしいので、それで継承は完了してしまったと見るのが自然だろうか。


「……まぁ、僕らの継承は今はいい。問題は、霊的な体質を二つ持ち合わせられるものなのか。あるいは、似たようなものとして複数存在するのか」

『こればかりは事例がないから、何とも言えないのよね……けど』


 よりにもよってメリーのドッペルゲンガーが、僕ら二人の体質をハイブリッドしているだなんて、出来すぎだと思う。


「キナ臭いな……ともかく。まずは彼女……〝ミクちゃん〟に会いに行こう。ついでに、亜稀さんか文哉さんを降ろして貰って……」

『ねぇ。それなんだけどね。亜稀さんや文哉さんの話を聞くの。もう少し待たない?』

「え、何故に?」


 貴重な情報源じゃないか。そう言う僕に、メリーはそうなんだけどね。と、苦笑いする。


『思い返せば思い返す程に、二人からまともな証言は得られそうもないのよ。訳もわからず成仏させられたって感じだったし。そもそも……』


 貴方が会いたいと言って、亜稀さんが来ると思う?

 その言葉に、僕は無言で沈黙した。


「亜稀さんは止めよう。なんかわざわざ恐山行くの、時間ロスな気がしてきた」

『そうね。てか、気づいたけど、恐山閉山してない? 今十一月……いえ、もう十二月が目の前よ?』

「…………危なかった」


 本当に、ただの骨折り損になる一歩手前だったらしい。

 何だか変に長いため息が出て、僕はそのまま部屋の床にへたり込み。そのまま大の字に寝転がる。時刻は既に夕方十六時を回っていた。

 結局。深雪さんのところで色々と頭を捻ったが、得られたのはドッペルゲンガーの定義やら確認。霊能者の特性。そして、一応深雪さんの協力を取り付けられた事くらいか。


「何か思い付いたら連絡します。あ、荒事は嫌ですよ? 私インドア派ですから。あっ、倉庫の凄そうなものだったらいくらでも持っていっていいですよ。例えばこれ! ある刀鍛冶が打った由緒正しき名刀で……」


 ぐりぐりと首を横に振り、彼女を思考から追い出す。途中からただの骨董品売りと化したお姉さんは置いといて。

 考えるものはまだまだ多い。進んだように見えて、僕らは相手の尻尾すら掴んでいないのだ。


『床で寝ると風邪引くわよ?』

「寝ないよ。ちょっと頭をクリアにするだけさ」

『人それを昼寝と呼ぶわ。〝快い眠りは、自然が人間に与えてくれたやさしい、なつかしい看護婦〟らしいわよ」

「シェイクスピアがナース萌えとは業が深いと思うんだ。……生憎、昨夜は死ぬほど疲れてて寝れたけど……今は全然眠気が来ないんだ」


 だから、本当にただ横になっただけ。僕がそう言うと、メリーは分かりやすく目を細めた。

 その悲しみと切なさが入り交じった顔。それを見ていたら、僕も何だかいたたまれなくなり、慌てて起き上がろうとするが、その前にメリーが飛んでくる。金縛りもかくやに馬乗りになった彼女は、僕を無理矢理寝かせてしまう。


「考えなきゃ……」

『今日を抜けばあと、五日あるわ』

「あと、五日しかないんだ」


 僕の言葉に、メリーは唇を噛み締める。

 それから目をそらし、静かにポケットから紙を取り出した。

 コウトからのメッセージ。


『コウトという名前は偽名です。が、全く無意味という訳ではありません。これは名と行動が隠されています。その中に私の本質がまるごと隠れてる。私が出せるヒントはこれだけです』


「……さっぱりわからない」

『……私もよ』


 何か言いたげな顔のまま、メリーは目を伏せる。

 一応コウトと書ける人名を片っ端から検索したが、引っ掛かるものはなし。そもそも、名前と行動が隠れている名前とはどういうことか。

 その上で更に本質が隠れている?

 一応四字熟語や故事成語として使われる狡兎と書く文字はある。が……。

 片やずる賢い者は沢山策を用意することのたとえ。

 もう一つは役立つものでも不要になってしまえば捨てられるという悲観的なたとえ。

 意味深なようでいて、何も見えてこない。

 嫁さん姑さんの論争に出てきそうな意味はまずないだろう

 ローマ字にしたり、反対から読んでもただの女の子の名前でダメ。

 ちょっとヒント足りなすぎると言いたくとも、あの牛人には既に結構頑張ってもらっているし。


『今思ったのだけど、怪奇であることは確かなんでしょう? その牛人が本当は何なのか……わからない?』

「わかったらこんな頭かかえないさ。……あり得ないくらい自分のことしゃべらなかったし。極力人と関わらなかったし……。といううか彼。僕らが追われてた間、何をしていたんだろ? あんなに近くに……」


 考察はそこで中断された。

 不意に、ピンポーン。と、インターフォンのベルが鳴ったのだ。


「……誰だ?」

『……勧誘セールスとか?』

「今もう絶滅危惧種じゃないかい? それ」


 そんな軽口を叩きながら、僕はそっと玄関に繋がる受話器を取る。宅配便は頼んでないし、送ったと誰かから連絡が来てもいない。誰か知り合いが訪ねてきた……が、濃厚だろうか。


「はーい、どちら様?」

『ララちゃん日記。取り敢えず開けろー……まる』

「…………んん?」


 聞こえてきた声に、僕は暫し凍りついた。

 いやいや待て。ないない。ないよ。あり得ない。

 僕は暫く天を仰ぎ、もう一度。「どちら様?」と問う。すると、受話器の向こうからは、「むぅ」と、むくれた声がして。


『ララちゃん日記。お兄ちゃんが気づいてくれません。えーん……まる』

「…………タイム」

『よかろう。少しだけ待ってやる』


 深呼吸二回。頬をつねる。現実だった。


「……いや、何でいるの?」

『……まず寒いから開けて。ララちゃん凍えちゃう』

「OK。取り敢えずおいで」


 玄関に行く。ドアを開ければ、そこにはやっぱり、妹のララが立っていた。……一人で。


「ララちゃん日記。来ちゃった。はぁと」

「…………うん、まぁ色々と聞きたいことはある。けど」


 まず正座。僕の容赦ない言葉に、ララは「……えっ?」と、一瞬で涙目になるが、そんな顔してもダメだ。

 最悪のタイミングで来たというのもある。

 が……一番ビックリし、看過できないのは別にある。

 向かいに同じく正座して、僕はララに問いかける。


「……どうやってきたの?」

「新幹線」

「一人で? 切符は?」

「お正月のお年玉。日々のお小遣いの貯金。あと、お盆だま崩して」

「貯金しっかりしてたのはえらい。……いや、買った方法は?」

「お使いっぽいメモを偽装したの」

「…………oh」


 それ、さりげなく昔の僕が遠出する時にやった手だ。やはり兄妹か……。


「父さんと母さんには?」

「…………っ」

「……知ってるの?」


 僕の言葉にララは俯き、下を見る。やがて、その小さな頭が横に振られた。

 拳を作り、ララの頭を軽くコツン。と突く。ララはますます沈み込み。ちょっとだけ、スン。と、鼻を鳴らした。


「どうしてこんな危ないこと……」

「――っ! だってっ!!」


 僕がそう問えば、ララはキッと顔を上げ、涙で潤んだ目で僕を睨み付けた。


「だって! ニュース見たもん! メリ姉が……メリ姉が……! それでお兄ちゃん、心配ないとか、大丈夫とか言うから……!」

「本当に大丈夫だからそう言っ……」

「嘘だもん! 絶対嘘だもん! 平気じゃ……ない癖に……嘘つきぃ!」


 エグエグと泣きわめきながら、ララは僕の胸にタックルをかますと、そのまま顔を埋めてポカポカと胸板を叩き始めた。


「心配したもん。お兄ちゃんが……きっと泣いてるから……心配したもん……! だから、逢いに行かなくちゃって……!」


 ただそれだけを呟いた小さな助っ人は、バカ。ヘタレ。といった罵倒を繰り返し、僕にぎゅっと抱きついて離れなくなった。


『…………今日はもう休みましょう』


 背後から、相棒の優しい声がする。

 どうして。と、僕が無言で抗議すれば、メリーは静かに頭を振りながら、何故か嬉しそうにララを見た。


『だって、さっきまでの貴方、いつになく頼もしいけど危ういんだもの。本気の貴方は格好いいけど。やっぱり私は、飄々とオカルトに向き合う貴方が……一番好きなんだわ』


 照れたようにはにかむメリーに、僕はもう何も言えなかった。


『そう、まずは落ち着きましょう。暗礁に乗り上げてるからこそ落ち着くの。頭が冷えてから、もう一度一緒に考えましょう。今までだって、そうだったじゃない』


 ほら、安心させてあげて。

 相棒は、僕にそう促して、リビングに引っ込んでいく。

 それを見送ってから、僕は静かに息を吐いた。

 知らず知らずのうちに、肩を張っていたのだろうか。自分のことながらわからない。けどまぁ確かに、最初からこれではいけないだろう。


「ララ」

「…………っ、何?」


 ピクン。と、身体を強張らせる妹を抱き締め返し、僕はそのままいつものように頭をわしゃわしゃする。そのまま顔をこねくりまわせば、ララは「きゃー」と、黄色い声を上げ、直後に「ふえぇ……」と、堰を切ったかのようにまた泣いた。今度は多分、安心からきた涙だろう。


「ありがとね。心配してくれて……ララが言うとおり、ちょっと危なかった」


 まずは可愛い妹を労うべく。

 夕食は彼女の大好物にしようと思う。

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