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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第八章 ドッペルゲンガーと蜃気楼
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霊能者の特性

 暗夜空洞の奥にある茶の間は実にシンプルだ。

 炬燵に食器棚。小さい冷蔵庫とテレビがあるだけのこじんまりとした畳の和室。その更に奥にはキッチンがあるのだが、今は引き戸で隔てられている。

 一言でいうならば、古き良き昭和の日本を思わせる、なんともノスタルジックな空間だ。

 そこに辿り着いた僕らはといえば、今は炬燵に足を突っ込んで、ぬくぬくと身体を暖めていた。


「ちょっとした実験しましょうメリーちゃん。今貴女は幽霊だからカステラ食べられないじゃない? こうやって御供え物的に置くと味はわかるんですか?」

『今まさに苦渋を味わっているわね』


 一応三人分出されたカステラを悲しげに眺めるメリー。甘いものが大好きな彼女なので、その前でこれを味わうのは何だか気が引けた。……出されたからには僕の分は食べるけども。


「さて、狂う要因でしたね。辰ちゃんが死んじゃったら狂っちゃう~なんて可愛らしいものだったかしら?」

『決めたわ深雪さん。今夜は貴女の枕元に立ってやる。全力でメリーさんチョイスの不気味な歌を熱唱してやるわ』

「メリー落ち着いて。意識が戻ったらお見舞いにカステラ持ってくから」


 これでは話が進みません。と、僕が深雪さんを睨めば、彼女はゴメンゴメンと、おどけたように舌を出す。


「さて、ドッペルゲンガーが狂っちゃってる要因だけど、メリーちゃんは、辰ちゃんが死ぬ幻視は視てないからあり得ない。見てたとしてもそれが自分を殺す理由にはならないだろう。そうだったわね」

『入れ替わるだけが目的……だと私はおもいますけど』

「うん。僕も最初はそう思った。けど……何だろね。口ぶりがひっかかる」


 口ぶり? と、深雪さんが首を傾げる。


「なげやりに見えて、そうじゃない。入れ替わった後に何だか目的があるように思えたんだ。根拠はないけど」


 あるいはメリーを殺した後に。かもしれない。

 その何かが分からないけども。

 僕がそう言えば、メリーは静かに頷いた。


『そうね。あと、わからないと言えばもう一つ。ドッペルゲンガーの彼女の有していたものよ。彼女は私にこう言ったわ。幽霊が視えて。その存在や領域に干渉したり。幻視(ヴィジョン)に近い形で、無差別に観測したり出来る……って』

「……何だって?」


 それって、僕と同じ?

 思わず唾を飲み込みながらメリーを凝視すれば、彼女は神妙な顔で話を続ける。


『こうも言ったわ。幽霊に触れる。その本質は瞬間的に。時に断続的に限りなく幽霊に近い存在になるのと同義。でなければ、生身の肉体を持つ存在が、持たない存在とぶつかれる訳がない』

「限りなく……幽霊に……?」


 思い返すのは、偽メリーの行動だ。

 身体を消したり、壁に入り込んだり。果ては、僕が干渉して触れていた部分すら消してみせた。いや、もしかしたら、干渉を相殺したのかもしれない。

 僕が手も足も出なかった理由は、ここにあったのだ。


「……僕とメリー足して二で割るどころかプラスアルファ?」

『辰の完全な上位互換。この分だと、更に私以上に探知にも優れてる……なんてのも有り得そうだわ』

「いや、目を向けるのはそうじゃないよ。変じゃないか。ドッペルゲンガーなのに。性格が微妙に違うとかならまだしも、そんな本人が持ち合わせていないものまで……」

『ひたすら鍛えていたとか? 記憶の限りでは彼女らしきものが私の幻視に現れたのはお正月。……もしかしたら、もっと前だった可能性もあるわ』

「……これ、鍛えれるものなの?」


 僕が手をフラフラさせながらそう言えば、メリーは『思い出してみなさい』と、こめかみを指でトントン叩く。


『お正月。私は今まで幻視(ヴィジョン)で観測できなかった未来を視た。春休み。貴方は貴方で、そんな私の幻視(ヴィジョン)を無理矢理打ち消したり、不安定ながら共有すら可能にしたわ。あの後も検証したでしょ?』

「何回も一緒に寝たやつか」


 最近は五、六回に一回の割合で、就寝時にのみ共有することがある。同じように近くで眠っても以前は起こらなかった現象だ。


「こう考えると、いつかのコンパニオンプランツの理論が本物になりつつあるのかも」

『トマトとバジルの? どっちがどっちかしら?』

「それ今気にしなくてもいいじゃないか。僕バジルがいい」

『じゃあ私がトマトね。……ともかく。あのドッペルゲンガーが私達に出会う前に現れたとしたなら。そこからずっと鍛え続けていたなら、辻褄は合うかもしれないわ』

「用意周到すぎるよ。そもそも、鍛える方法は? 偽メリーはどうやってそれを知ったのさ? 生まれたのだって、多分僕らが出会って暫くたってからだろう?」


 僕がそう反論すれば、メリーは『む、確かに……』と、再び考え込む。正直偽メリーの霊能力に関しては、暗礁に乗り上げている気がしてきた。

 どうするか。一度思考を中断して、別のものに目を向けてみる?

 こうやって改めて考えれば、偽メリーはドッペルゲンガーなのに、妙な点が多すぎるような……。


「……辰ちゃん。メリーちゃん。ちょっといい?」


 その時だ。

 今まで沈黙を保ってきた深雪さんが、静かに口を開いた。


「確かなのね? ドッペルメリーちゃんが、辰ちゃんとメリーちゃんと同じ……かつそれを強力にした能力を有してる。というのは」


 僕とメリーが顔を見合わせて、同時に頷く。すると、深雪さんは口を真一文字に結び、暫く迷うような素振りを見せる。

 目元がカーテンのように前髪で隠れているので、その表情を完全に伺うことは出来ない。


「……何か、気づいたんですか?」

「……気づいたわ。でも……。いえ、突飛すぎるけど、前例がない訳じゃない。まさか……」

『――っ、間違いでも、とんでもない話でもいいわ。私達には色々な仮説が必要なの』


 メリーと僕が固唾を飲んで深雪さんを見つめれば、深雪さんは最後に確認するように、ゆっくりと口を開けた。


「ドッペルゲンガーのメリーちゃん。見た目の年齢はどうだった?」

「年齢……ですか?」

『大して変わらない。いいえ、今の私と全く同じに見えたわ』

「……あー、そうでしたか」


 残念ながら、仮説殆ど崩れちゃいました。と、深雪さんが肩を落とす。それでも気にはなるので再度深雪さんに問いかけると、深雪さんは静かに「霊能者の特性についての話です」そう言って僕とメリーを交互に見比べた。


「ドッペルゲンガーメリーちゃんは、未来からやってきた。そう提唱しようと思ったんです。未来で辰ちゃんが死んじゃうから、それを止めるべく、過去のメリーちゃんを殺害しようとした」

「……理由は?」

「メリーちゃんが原因で、辰ちゃんが死ぬ……とかはどう?」

『…………それなら自分を殺すかもしれないわね』

「ちょ、メリー?」


 冗談だろ? と、言いかけて、でも狂う原因を思い出し、僕は唇を噛み締める。そんな酷い理由で……。


『でも――それはありえないと思うわ。ならどうして辰を見て取り乱したか? そもそも、そういう理由で未来から来たなら、私はまず、どうにかしてその未来を避けようとする筈。過去の私と対話するのだって辞さない』

「……あ」 


 少しポカンとした僕に向けて、メリーは可愛らしくウインクする。優しくも暖かな何かが、胸に流れ込んでくるかのようだった。


『私が、辰と並び立たない未来を選ぶはずがない。どんな形であれ、一緒にオカルトを追いたい。そう思うはず』

「理想論だわ。メリーちゃん。見た目の年齢でこの仮説は瓦解したけど。一緒にいるいないはそんなの先に進まなきゃ……」

『分かるわよ。私の心だもの。根拠がないって笑うなら笑えばいい。でも……それだけは否定させないわ』


 まっすぐ深雪さんを見るメリー。暫くの間目線が交差して……。先に目そらしたのは深雪さんだった。


「……カステラがゲロ甘いわ。辰ちゃん、コーヒー」

「えー……。まぁ、わかりました」


 全く、若いんだから。と、小さく息を吐く深雪さん。だが、その口元が妙に綻んでいたのは、気のせいではないだろう。

 彼女は破天荒な点が多々あれど……。冷徹な女性ではないのである。

 改めて、深雪さんの優しさを感じつつ。僕は気恥ずかしさ半分と嬉しい気持ちが半分のまま、お望みのコーヒーを淹れるべく、その場から立ち上がろうとして。


「ん? てか、今……偽メリーの能力について話しましたよね? それがどうして、僕が死ぬやらの話になるんです?」


 それに気がついた。メリーも同じ事を思ったらしく、『どうなんですか?』と、深雪さんに説明を求める。

 すると深雪さんは何故か目をパチパチさせながら。


「……あれ? もしかして、ご存じないです?」


 と、小首を傾げた。何の事かわからない僕らが怪訝な顔をすれば、深雪さんはコホン。と、小さく咳払いして。


「霊感……まぁ、視える。視えないですね。これは遺伝だったり、家系や生まれ。そこに更にもって生まれた何らかの才が関係します」


 よくいるでしょう? お家皆が視えるのに自分だけ視えない人やその逆の例。あるいは、まばらに視る人視えない人がいる。こんな現象が起きるのは、そういった要素が関係します。

 大学の講義のように滑らかに、カステラを刺したフォークを振りながら深雪さんが説明する。


「ところが、その中には稀に、霊感以外にも何らかの技能に目覚めている人が存在します。占い師だったり、霊的な特異体質を持つ人。メジャーなものだと、巫女さんや修験者さん。イタコさん……あたりでしょうか。後天的か先天的かはまちまちですが、両者に大した差はありません。問題は、それを得る引き金です」

「引き、金……?」


 僕が聞き返せば、深雪さんは「ハイ」と、頷いた。


「所謂霊能者。その能力は持っている人が死亡ないし成仏した時に、その人物に(ちかし)い人へ移る。そう言われています。いない場合やその人が能力を疎んでいれば、適当な動物にも宿ることもあるらしいですが」


 ちゃんと事例もある話ですよー。と、深雪さんはエヘン。と胸を張る。

 僕らはそれを聞きながら、ある事件を思い出していた。

 霊能者と言っていい人物と遭遇した体験が、実は過去に一つだけあったのである。


『辰……』

「……ああ、後で活動記録を見直してみよう。というか……寧ろ〝彼女〟に会ってみるのもありかもしれない。確か……幻視(ヴィジョン)で偽メリーが殺人を犯したのも……視たんだろう?」

『……ええ。間違いないわ』


 偽メリーの犠牲者……お正月に僕らと遭遇した、亜稀さんと文哉さん。既に成仏しているであろう二人から、一時的ながらお話が出来る方法を、僕らは知っている。


「……行ってみようか。恐山に」


 それは、大学最初の夏休み。メリーと色々な心霊スポットやパワースポットを巡礼していた旅の途中にて僕らは邂逅した。


 日本三大霊場が一角にて……僕らは色んな意味で凄まじい、本物のイタコさんに出会ったのだ。

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