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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第一章 オカルティック・ホテル
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夢を終わらせる時

 その骸骨が入ってきた時、場を包み込んでいたのは緊張だった。

 目的は不明。だが、まるで僕らを追ってきたかのような行動に、何も感じるなという方が無理だろう。

 骸骨が一歩動いた時、僕は反射的に立ち上がり、書類を手にしたまま固まっているメリーの前に立ち塞がった。

 驚いたのか、背後で彼女が息を飲む気配がするが、今は気にしている場合ではない。骸骨と、ついさっきまで僕の隣に座っていた女の子を同時に一望出来るようにしたまま、僕は動向を観察する。

 女の子は動いた僕を一瞥した後、再び骸骨に視線を戻した。その横顔は、何故か寂しげだった。


『アア……オォ……』


 骸骨はフラフラと覚束ない足取りで室内を横切っていく。机とソファーの前を通りすぎ、女の子や、僕とメリー等には目もくれず、立派な机に腰掛けた。


『ウウ……ァ』


 机の中から書類を取り出したかと思えば、ペラペラとそれを眺めるような仕草をし。かと思えばよく分からない万歩計を思わせる小さな機械を懐から取り出し、操作する。あまりにも読めない行動に僕がポカンとしていると、背後で何かを察したのか、メリーが僕の腕を軽くつついてきた。


「あれ、多分ポケベルだわ。家の倉庫で見たことあるの」

「あれが?」


 今では携帯電話からスマートフォンにと変化しつつある通信手段。ポケベルはそれらよりも昔に存在した、無線通信機だ。

 残念ながら僕もそれ以上は詳しくはない。そんなものがあったんだ。程度の認識で、実物を見るのは初めてだった。だが、その時代を感じさせる機器と、どうやら僕らを認識していないような行動に、少なくない確信が芽生えた。


 彼は……仕事をしているのだ。


『アァウ……ゥオォ……』


 それは、あまりにもチグハグで。それでいて刺すような悲哀が滲み出るような光景だった。

 ホテルマンの格好のまま、周りには目もくれず、書類仕事をこなし、連絡を取ろうとする。

 今の自分を知りつつ、もがき焦がれるようなその姿勢に、僕は一種の狂気を見た。

 唐突に日記の最後にあった一文を思い出す。


『いつか、もう一度』


 それが、目の前の男を骨だけにしても尚動かし続けている理由の全てなのだろうか。確かめる術はない。

 ただ、断言できるのは、少なくとも彼がこの不可解なホテルを作り出した訳ではないということだろうか。何故なら彼はあくまでも、ここで仕事をしているだけなのだから。


「仕事に夢……っ、まさか……!」


 その事実に思い当たった時、脳裏に電流が走る。念のため骸骨を警戒しながら、おもむろにもう一度日記を見る。

 確認すべきは、日付と年。それと自己体験を整合し、僕は朧気ながら、このホテルの核を。その末端を掴んだ気がした。

 ここに僕らを閉じ込めた理由。それは……。


「辰、どうしたの? 私、もう何が何だか……」

「メリー、君の幻視(ヴィジョン)って、この世で確かに起きた事なんだよね? 調べたいってものを調べるのは可能?」


 仕事を続ける骸骨と、急に無言で日記を見始めた僕に流石に不安を覚えたのか、メリーがおずおずと話しかけてきた。

 僕はついさっき浮かんだ推測を話そうとして、その前に脇を固めるべく、一度メリーに質問する。

 突然の問いにビックリしたのか、彼女は少し面食らい。そこからゆっくりと、首を横に振った。


「自由に見たいものを見るのは不可能よ。あくまで無差別。一応そういう類いに近づけば、殆どその幻視(ヴィジョン)は視れるけど……それだって、情報量には差があるわ。視える時は一週間くらいその幽霊の情報を受信し続けたり、その逆も然り」


 思っていたよりも、自由が効かないらしかった。勿論、本来ならば知り得ぬ情報を手に入れられるのだから、破格なのだけど。

 彼女、例えば警察とかに入ったら検挙率が凄いことになりそうだ。


「ありがとう。真か偽かは?」

「……信じるかは貴方次第だけど、真よ。外れた事はないわ」

「誰かを通して視る時って、視界の持ち主は全部固定?」

「いいえ。状態、視界の主はまちまちよ。例えばAさんの生前を視てたと思ったら、死後のAさんになったり、まったく関係ないBさんを俯瞰的に見てたり。共通するのは、一度にいくつ視ようとも、それらは全て同一の幽霊や超常現象に関わっているって事くらい」

「充分だ」


 仮に一度の幻視(ヴィジョン)で三人の霊的登場人物の視界を視たとしても、それらはかならず一つの現象や霊に繋がっている。そういう事なのだろう。

 となると……。


「……全貌が見えたって顔してるわ。何かわかったの?」

「全部ではないよ。あくまで想像だ」


 僕がそう言うと、メリーは楽しげに目を細めた。


「……教えてって言ったら、教えてくれる?」

「そこで嫌だって言う程、意地悪じゃないよ。そもそも、君が情報をくれなかったら分からなかった」


 僕はそこで話を切り、女の子の方へ目を向ける。彼女の金色の目は、今は僕を見据えていた。


「君は……僕を覚えてる?」


 少女は小さく頷いた。


「僕が〝何をできる〟かも?」

『……〝あの子〟が、教えてくれた』


 意味深な言葉は、この存在しない階に来た時に聞いた、謎めいたものを思い起こされる。

『あの子がいなくなって』

 ちょっとだけ想像を膨らませて。止める。これについては僕も分からないから、どうしようもない。


「僕らをここに引き込んだのは、君だね?」


 肯定。

 ならば、彼女の目的もはっきりした。僕の想像通りだ。そこで改めてメリーに向き直る。彼女は祈るように両手を胸の前で組み、ワクワクしたような面持ちで此方を見ていた。


「……楽しそうだね?」

「楽しいわよ? というか、貴方がこのウッドピアについて話してから、ずっとね。その子の死因はまず間違いなく発覚してない事件でしょうし」

「あ、分かる?」

「視たものと、日記の内容を見れば、何が起きたか位は想像できるわ。ただ分からないのは、その子がどうして私達をここに連れてきたのかだった。そこで十年前に会っていた霊感を持つ男の子と、かつて交わした再会の約束が果たされ、何らかに気づいた男の子はそこから真実へ……。ワクワクするじゃない?」

「……ロマンを壊すようで悪いけど、再会の約束は今回欠片も重要じゃないんだ。始まりはあくまでも偶然だった。彼女が僕と君を引き込んだのは……多分父親を成仏させるためだ」

「……父親を? 自分じゃなくて?」


 もう一度遊ぼう。が未練ではないの? と、メリーが首を傾げる。

 実を言うと、僕もさっきまでは似たような考えだった。

 昔の事件を連想させるホテルの名前。後から気づいた事だが、動物園的な要素に女の子の声と、僕の前に姿を現すという行動。これらの要素が揃った時、僕はふと感じていたのだ。もしかしなくても、これは以前僕が遭遇した事件。それの続きなのではないだろうか……と。

 また逢おうという約束が、約十年越しに果たされようとしていた。そう思った。けどもそれならば、おかしな点が幾つかある。


「あの骸骨、内藤さんと、僕は昔会っていないし、そもそもどうしてあの場所……。故郷にあるウッドピアではなく、渋谷で再会する必要があるのかがおかしい。ウッドピアが辿った経緯を見れば内藤さんが黒幕にも思えたけど、当の本人は僕らに気づかないばかりか、まるでただ姿を現すだけが仕事のようにも見えた。何より……」

「女の子以上に私達を引き込む理由が見えない……と?」

「そう。こうして骸骨……まぁ、幽霊になっても尚、昔の事を夢見る彼が、僕らを取り込んでどうこうしようって気持ちにはなるとは思えない。操り人形じみているんだ。まるで僕らをこの部屋に誘導するべく用意された……みたいな」


 思えば僕らが追われていると錯覚したのが、間違いだった可能性も高い。エレベーターを利用して動いていたのも単に部屋を探していたのか、あの時はホテルマンとして動いていたのか。あるいは彼の中では出勤している道中という感覚だったのかも。


「そして何より、メリー、君の存在だ。君と僕と女の子を繋ぐものが全くない。こうして君がここにいること自体が、もう一度僕と会う事が未練でない証明になるんだ」


 繰り返すが幽霊やオカルトには何らかの目的がある。

 そう考えれば、女の子は僕との再会を望んではいなかった。そう解釈した方が自然なのだ。


「じゃあ、どうしてこんな大がかりな事を? いえ、というか貴方も言及してたけど、どうして女の子はこのホテルに?」

「そう、そこがまず第一の謎で、女の子の目的を想像する上で、重要なものなんだ」


 日記を拾い上げ、該当するページを開く。

 さりげなくドッグイヤーを作っていたお陰で、苦もなくさっき調べた箇所に辿り着けた。


「概ねの事実は、そこにあったんだ。年代を追うよ。ウッドピアが閉鎖したのは、僕が三歳になった辺り。次に、内藤さんが故郷を捨てた日。それは僕が小学生に上がって、一年ほど経った時だ。つまり、僕がウッドピアに迷い込んだ頃には、彼はまだ、地元にいた事になる」

「……ああ、成る程。そういう理由?」


 手を叩き、納得したように何度も頷くメリー。

 僕はそのまま、別のページを開きながら話を続ける。


「そこから更に何年かして、成長した僕はもう一度ウッドピアへ行ってるんだ。けどそこでは〝何もなく、何も起きなかった〟起きる筈もなかったんだ。そこにいた幽霊は、当の昔に内藤さんについていってたんだから」


 僕と遊んだのだって気まぐれか。あるいは、ゾッとする話だが、あの時は仲間にすべく狙われていた可能性すらある。

 少なくとも彼女は幸福な死を迎えた訳ではない筈だ。父親が近くにいた以上、さ迷っていた彼女の本質は恨みを持った悪霊に近かったのかもしれない。


『一緒に遊びましょう? 君に見せたいものが沢山あるの! 普通の人なら絶対に逝けない、素敵な場所よ?』


 あの言葉には、そんな意味があったのでは。なんて考えたら少し背筋に寒さが来るようだ。


「さて、ここからはさっきまでの想像に、更に妄想を加えたものだ。悪霊に近い形でさ迷っていた彼女と動物達だけど、父親の日記を見る限り、自分を探してくれていたのは見えていただろうね。きっと父親が日に日に消耗していくのも、何とかして無くしたものを取り戻そうとしていた姿も、ずっと見ていた」

「動物達は恨んでいたかもよ? 直接手を下さなかったとはいえ……」

「そうかもしれない。けど、こうして彼ら彼女らは、女の子についてきている。女の子だけは、動物園に通っていた。だからきっと、恨みよりもさ迷う彼女の傍にいることを選んだ」

「まぁ、動物園の動物が全部幽霊になるなんて、めったにないでしょうしね」


 生き物には個がある。怒りの沸点や心が動く基準が一人一人違うように、幽霊になるのだって未練以外にも恐らくは何らかの条件がある。でなければ、僕らみたいな視える人にとって、世界は幽霊だらけだ。

 女の子が彼らと一緒にいたいと願ったから。が、個人的にイチオシな妄想だ。


「続けるよ。女の子は守護霊か、背後霊か。どのみち一緒にいたんだ。父親夢をまた叶えるのを見届けたかったのか、その辺は分からない。けど……きっと夢は叶わなかった。志半ばのまま。理由は分からないけど、内藤さんは命を落とした」

「そして死んでいることに気づかぬまま、今も夢を追っているのね。……そういえば、ホテルに来る途中で似たような状況になってる人……結構見たわ」

「僕もだ。案外そういう人……ここでは多いのかもしれない」


 他者へ程々に親しげで、程々に無関心。それでいて、激しくも静かにも野心を燃やしている人が多い。

 だからこそ内藤さんは、夢破れた過去を誰にも悟られない地を目指したのだろうか。


「僕らが巻き込まれたのは、丁度内藤さんの働いていたホテルに泊まったから。僕らに霊感があると気づいた女の子は、僅かな可能性……いや、僕に関しては確信か。それを持って巻き込んだ」

「ああ、辿り着いたのは偶然だからそう言ってたのね。……確信?」


 何の? そんな顔をするメリー。僕はといえば、答え合わせの機会が回ってくるとは思っていなかったので、内心では緊張していた。願わくば、彼女は僕と同じことが出来てくれるなと思う。

 それならば、自ら人間ではなく人形だと言い張る彼女に、少しは救いがもたらせられるかもしれないから。


「言っただろう? 多分目的は成仏だって」

「いや、でも、そうだとしても、無理じゃない。幽霊になった内藤さん、何も見えてないし。そもそも私達がいたところで……」

「まぁ、普通はね。でも、やりようはあるよ。ようはこっちに内藤さんが気づけばいい。叩くなりなんなりしてさ」

「……はい?」


 今度こそ、メリーの顔が混乱で歪んだ。この人は何を言っているんだ。という目が向けられる。今更だけど美人の冷たい視線って、どうしてこっちに非がなくても精神をゴリゴリ削るんだろうか。


「辰、確かにポルターガイストだとか、憑依とか。幽霊の方から現実や物質に干渉してくることはあるわ。でもそれはあくまでも、幽霊が主体。向こうの意志なり悪意があって、初めて私達に干渉してくるのよ?」

「……え、触れないの?」

「貴方、何を言ってるの。漫画じゃないんだから、こっちの方から幽霊に触れる訳ないじゃない」

「……霊感、あるんだよね?」

「…………ねぇ、どうして貴方ドヤ顔なの?」

「いや、なんだかホッとして。ここで君が出来るなんて言い出したら、思わず苦笑いする所だった」


 下でのやり取りの、ちょっとした意趣返し。少しだけ得意になりつつ、まぁ見ててよ。とだけ言い残し、僕は女の子に近づいた。


「以上が僕の推測もとい妄想だけど……違うとこ、あるかな?」


 しゃがみこみ、女の子と目線を合わせる。無表情だった女の子は、少しだけ目を潤ませて、僕を真っ直ぐ見つめていた。


『あの子が言ってたこと。本当に出来るの? お父さんを、助けてくれるの?』


 震えながら此方に手を伸ばす女の子の手を、僕は〝自分から〟しっかり握る。氷のように冷たい手。だけれども、その奥にある魂は、きっと暖かいのだろう。なんて思いながら、僕は頷いた。


「勿論。ちゃんと送ってあげる。お父さんも、そして――君もね」


 それを聞いた女の子の目から涙が流れ落ちる。溢れた滴を指で優しく拭ってあげれば、女の子は「凄い。ホントに触れちゃうんだ……」と、くすぐったそうに笑ってくれた。

 そのまま彼女の手を引き、立ち上がる。メリーはというと、口をあんぐりと開けて固まっていた。


「ねぇ、辰。貴方……〝何〟?」


 会った時と同じ質問。だから僕は、今度は偽り無く答えることにした。


 他とは違うとこもある。

 けどやっぱりお腹は空くし、楽しければ笑い、悲しいときは涙も流す。場合によっては怒るだろう。疲れたりもするし、殴られたら痛くて。傷付くのは当たり前で、それを知っているからこそ、誰かに触れたり大切に想うことだって出来る。即ち。


「君と同じだよ。受験生で、人間さ。霊感とちょっと変な霊媒体質を持った……ね」


 それが答えなのだ。

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