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インターミッションα~凶報が届いた日~

 何の気なしに朝のニュースを見ていたら、とんでもない話が舞い込んできて、私は飲もうとしていたコーヒーをマグカップからボタボタ溢しながら、唖然としていた。

「綾ちゃん! 綾ちゃんコップ! コーヒーが! コーヒーが!」と、お父さんが騒いでいるが、今私はそれすら意識の外だった。

 混乱した心を鎮めるべく深呼吸。

 吸って――。吐いて――。……まだ駄目そうだ。

 だから、ここは心を落ち着けるべく話をしよう。



 ※


 突然だが、私。竜崎綾は恋をしている。

 相手は今更説明するまでもない。幼馴染みの男。

 周りからはよく夫婦だとかお似合いとか言われていた。それがちょっと心地よくて誇らしかったのは、私だけの秘密。

 実際彼は私を妹のように扱っても、それ以上には見ていないという、笑えない事実があったりするのだが、そう知ってはいても私はやっぱり嬉しかった。

 淡く青い恋心。

 いつか、大好きな彼にちゃんと想いを伝えるのだ。今はそんな目で見られてなくても、いずれとびっきり素敵な女性になって……絶対に。そう決意しながら、私は今日まで歩んできた。

 そもそも彼、鈍感だし。何だかんだ女の子では私が一番距離近いし。だからどっしり構えて事に臨もう。私はそう思っていた。

 ……そんなぬるま湯にぬくぬくと浸かっていたら、大変なことになるぞ。そう言う友人の忠告をには耳を傾けずに。


 転機はあっさりと。具体的には先の春休みに起きた。

 彼が実家に友人だという女の子を連れてくるという、最悪の形で。

 本人は気づいているか気づいていないのか。その様はどうみても恋人を家族に紹介する男の図である。本当にありがとうございました。……いやふざけんな。と、私は内心で思ってたけど。

 加えてその女の子。メリーさん改めメリーが、これまた曲者かつ、したたかで。以来私達は春休み以降、彼の知らない水面下で交戦を続けていた。


 例えばゴールデンウィーク。彼に遊びに行くわ。と伝えて、東京を訪れたら、何故か彼の部屋にメリーさんがいた。


「何でいるのよ!」

「いや、ゴールデンウィークだし?」

「いいじゃない! メリーはいつでも会えるんだから! ゴールデンウィーク中、辰は私と遊ぶの!」

「いや、でもゴールデンウィーク。私達予定入ってたし……」

「え、嘘!? 何で辰言わないで……」

「一緒に暇を潰す予定だったわ」

「面に出ろこの狐女ぁ!」


 こんなやり取りの後に、結局二人に東京案内された。結構楽しかったのが悔しい。

 あと、最後の最後まで、メリーは彼の部屋に入り浸っていた。キャリーバックを持ち込んでくる徹底ぶり。

 食事は殆んどメリーが作ってくれるから邪険に出来ない。しかも腹が立つことに全部美味しかった。



 例えば、夏休み。今度こそ。と、私が彼に連絡したら、なんと彼。今年の夏休みは、期間は未定ながら、多分丸々部屋から離れるときた。


「……な、何で離れるのか、聞いてもいい?」


 物凄く物凄~く嫌な予感がして私が電話ごしに問いかけてみれば、彼は驚くべき爆弾を落としてきた。


「実は、メリーと期間限定でルームシェアするんだ」

「……蹴っ飛ばしたいから帰って来てくれない?」

「ふぇ!?」


 ふぇじゃないわよ! 男のお前がそんな声出すな可愛いなぁもう!

 と、内心で絶叫しながらも、私は必死に平静を装い「何でそんな事するの?」と、聞いてみた。すると……。


「あー。えっと……」

「……私に言えないこと?」


 ちょっと拗ねた声が出た。「君が嫌がりそうな案件だよ」と、濁すように彼が言うので、私はそこでちゃんと教えろと踏み込んだ。

 私が嫌がる? そんなのお前らがやろうとしてるなんちゃって同棲生活くらいだよ!

 どうせメリーの事だ。あの手この手で彼を誘惑するに決まって……。 


「サークル活動でさ。ちょっと事故物件の調査を住み込みで……」


 私が一瞬で通話を切ったのはいうまでもない。そういう系はダメだ。ホントにダメなのだ。




 ある時は、電話でガールズトーク。もとい罵り合い。

 彼の好きなとこをトークアプリで言い合って朝になり。

 あと、実は彼抜きで二人で遊びに行ったこともある。


 恋敵なのに、友人……ぽい何か。

 それが私とメリーだった。

 これを友達の結衣ちゃんに話したら、彼女は一瞬だけ白目になって、「ボクもう意味わかんない。何なの君ら」と、ため息をつかれた。

 大丈夫だ。私も自覚ある。ただ、こんな風になっているのは、実は彼とメリーはくっつきそうでくっつかない。多分、余程凄いことが起きない限りは。そんな確信に至ったからかもしれない。

 ある意味私とメリーは、同じ煮え湯を飲まされているのだ。

 結論。彼が一番悪い。でも……。


「メリーもさ。結構なヘタレだよね」

「…………どういう意味かしら?」


 思い出すは夏休み。電話の向こうで、グサッて音が聞こえた気がした。


「いや、だって……。一緒にいつもいて。何回もお泊まりにデートもして。今はエセ同棲状態でしょ? なのに、それじゃん」

「……私は近年稀にみる程傷ついたわ」


 その言い回し、彼も使いそう。そう思った時、やっぱりこの二人はよく似てるんだなぁ。と、改めて感じた。


「綾、ずいぶん余裕ね。私だって頑張れば……。そう。例えば今よ。辰はお風呂に入ってるわ。お背中流しましょうか~って」

「慌てて押し戻されるか。戸惑いながら受け入れられて、何も起こらず終わるわよねきっと」

「…………」


 ぐぅの音も出ないとはこの事だった。

 最近わかった。メリーはきっと。結構臆病なのだ。


「……白状するわ。怖いのよ」

「怖い?」


 彼が? と聞けば、そうじゃないと返事がきて。


「私、多分いつかの貴女と同じ。幼馴染みにあぐらをかくみたいに、相棒って現状が結構嫌いじゃないの」

「今私然り気無くディスられなかった?」

「気のせいよ。綾。ディスるなんて汚い言葉はお止めなさいな。バカにされてるって言いなさい」

「このバッタもん腹立つわー」


 毒にも薬にもならないやり取り。それにいつの間にか口元が綻んでいたのに気づいて、私は慌てて首を横に振る。


「きっと……暫くはこのまま。それでいいの。時間を重ねて。いつか想いが通じ合えたら……嬉しいわ」

「結構ロマンチストよね。メリーって」

「十数年初恋引きずってる貴女には負けるわ」

「あら、負けるの? ならありがたく彼は貰うわよ?」

「冗談でしょ?」


 譲らないわよ。

 譲れないの。そう言った私の恋のライバルの凛とした。それでいて、絡み付くような女を感じさせる声に。私は少しだけ気圧された。

 笑っていた口元は、いつの間にか真一文字になり、歯が食い縛られている。

 私だって……私だって……。


 負けないんだから。


 ※


 思い出が一番近いものになり。私はついに無理矢理現実に引き戻された。

 声が、上手く出せない。

 脳が理解しきれていない。

 目はテレビのディスプレイに釘付けだった。


「嘘よ……」


 最近連絡してないなぁ。そろそろしようかな。そう思っていた矢先だった。

 一覧形式になって、一個づつ紹介される、今日起きたありとあらゆるニュース。その中に……。彼が通う大学、そこの女子大生が通り魔に襲われ、意識不明の重体になったという内容のものがあったのだ。

 道のど真ん中で、背中から包丁で一突きにされたと。そして……そこに記されている名前は紛れもなく……。


「嘘、でしょ? メリー……?」


 私がいつかにメリーから教えてもらった、長ったらしい本名だった。


「……っ、辰。辰は……!?」


 朝食もそこそこに、私は彼に連絡を取る。

 電話。トークアプリ。最近めっきり使わなくなったメールまで。

 だが……彼からのレスポンスは、いくら待とうが全くなかった。

 今までは、どんなに忙しくても、すぐに返事をくれたのに……。


「…………っ!」


 ただ事ではない、何かが起きている。

 彼の沈黙は、私がそう直感するには充分すぎた。

 無意識に拳が握られる。とてもではないが、いてもたってもいられなかった。

 

 


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