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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第七章 牛人の占い師
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謎めいた牛人

 夜。

 ぜひお願いしたいことがある。という切り出しから始まり、僕と件のコウトは、テーブルを挟んで座り、対峙していた。

 流れる沈黙。どう話を進めていくべきか悩んでいると、コウトは静か頭を振った。


『時間があるようで、時間がないのです』


 意味が分からずに僕が怪訝な顔をすれば、コウトは『命運の話です』と、呟いた。


『正式な占いはまた後程。ですが、予言します。貴方は確実に……新年を迎える前に大きな試練を迎える』

「……具体的には?」


 僕がそう問えば、コウトはそれについては何とも言えません。と、首を横に振る。不信感を強めて僕がコウトを見つめると、コウトは肩をすくめながら『信じてもらうより他にない』と、言い切った。


『師が私を派遣する。これが既に異例なのです。それほど貴方の近くに無視できぬ何かが迫ってきている』

「……占いは後でってのは?」


 信じる信じないは今は置いておき、話を進める。

 コウトは膝の上で指を組みながら、少しだけ躊躇いがちに唸った。


『私の未熟さが理由です。私は師とは違い、占いにムラがあるのです。すぐに告げれる日もあれば、月を跨ぐときもあり、最悪何も視れない時もある』

「それでも僕に。あるいはその周りで何かが起きるのは確定だと?」

『はい』


 じっとコウトを見つめる。牛の顔だから、何を考えているのか悟るのは難しい。

 ただ、かなり力がある幽霊だということはわかる。……恐らくはだけれども。

 どうしてそんな曖昧な表現になるのかといえば、それは単に目の前から、時折どうにも胡散臭い。実体があるような気配がするからだ。

 生身と霊的なものが混在した不規則な存在感。

 近いのは、昔遭遇した都市伝説。口裂け女だとかその辺だ。件と本人は主張するので、妖怪の類いかもしれない。


「件の置物で僕を翻弄したのは?」

『失礼ながら貴方の対応を見るためです。師が依頼した、視える存在。どれ程のものか……と』

「……お眼鏡には?」

『失礼、そういう意味ではないのです。本当に見たかった。それだけなのですから』


 僕の言葉に、コウトは慌てて両手を前に出す。その手もまた、黒い手袋で隠されていた。元が人間ならば手さえ見れば、大体の性別はわかるが、どうにも目の前の自称件は、正体を隠したいらしい。

 芝居がかった口調や仕草は見えない。だが、逆にそうやって違和感を抱かせないからこその演技だ。

 人を煙にまくと不本意ながら僕はよくそう評されるが、そんな僕から見ても、目の前の存在はなかなかに芸達者だった。


「貴方が件って、本当に?」

『……? はい、そうですが?』

「……ふーん」

『えっと、信用ならないのは分かります。が、話を続けても?』

「ああ、かまわないよ」


 件って、絶対嘘だよなぁ。普通に考えて。

 そう思いながら、件を語るナニかに僕は続きを促した。

 少しだけ変なデジャビュを感じたのは、今は塞ぎ込んでいる相棒もまた、都市伝説を語るバッタもんだからだろう。


『私は貴方に占いを届けたい。が、いつになるかは分からない。ので……暫く背後霊もかくやに、近くを浮遊させて欲しいのです。貴方を、見ていたい。どんな人間で、どんな生き様なのか。そもそも占うために傍にいなければならないのですよ』


 少しだけ、理解に時間がかかった。

 僕がもう一度コウトに顔を向ければ、コウトは同じ言葉を繰り返した。


「その師匠……路地裏の母が言う仕事の引き継ぎって、そんなに重要なの?」

『はい。少なくとも貴方か、貴方の前に大きな運命を視た代償に、彼女は霊体の占い師としての存在を終わらせました。貴方の運命に関しては中途半端に推測するのみだと。だから弟子たる私は、それを知りたい』


 これは師の願いであり、私の願いでもあるのです。そう言うコウトの言葉を、僕は半分しか聞いていなかった。途中に、聞き逃せない、重要事項が現れたからだ。


「……僕の、前。大きな、運命?」


 まさか。とは思う。だが、それならば、メリーの取り乱しぶりも納得がいく。

 彼女は恐らく、何らかの衝撃的な占いを受けた。そうしてそれは……もしかしたら、僕にも関わってくる? それが、コウトの言う年内に起きるらしい試練なのか。

 頭の中で、感情を整理する。

 相手は未知。それはもう今更なので除外。

 害意はあるか。あったら今頃僕はここにいない。その気になれば、コウトはきっと僕をどうとでも出来る。

 要求を飲むか。否か。

 メリット。本物らしい占いは貰える。試練とやらが本当なら、それの対策も。

 デメリット。そもそも、語る言葉が虚構ならば、僕はただ利用されて終わる。勿論、何にかは知らないが。

 謎。謎。謎。

 結局、それらを呈示したら、メリットもデメリットもうやむやになってしまうことに気付く。結論としては、飲もうが飲むまいが、僕が頭を抱える事に変わりはないらしい。


 最後。僕の心。

 僕は、どうしたい? そう自問自答した時、脳裏に涙を流した相棒の姿が思い起こされて……。


『どう、でしょうか?』

「わかった。許すよ」

『そうですよね。そんな簡単に許可は……うぇ!?』


 予想外。というようにコウトは仰け反った。……今一瞬だけ素になったな。と、思いながら、僕はもう一度。「だから、OK。好きなだけストーキングするがいいさ」と言い切った。


 理屈とか、あれこれ考えて出した答えだった。

 占い師の騒動。表情を暗くしたメリー。そして、それが引き金とばかりに現れた牛人の占い師に、僕に訪れるらしい試練。

 出来すぎていて気味が悪い。けど、それに比例するかのように濃厚な怪奇の気配。ならば、何が起きようとしているか解き明かさなければ、『渡リ烏倶楽部』ではない。

 生憎相方は今動けないけれど、そんな時はもう片方が頑張るのが通例なのだ。


『……ありがとう、ございます』

「いいよ。ただ、こうなったからには教えてくれ。君の……」

『ただ、その前に約束をお願いしたい』


 正体は? そう聞こうとしたら、コウトは遮るようにそう言った。そういえば、路地裏の母も占いの報酬に約束を取り付けていた事を思い出す。僕が了承の意を見せれば、コウトは咳払いして。


『私のことは、見られない限りは誰にも言わないでください。極力誰とも会う気はありませんが、念のため。言えば、貴方の占いに影響を及ぼすばかりか、不幸が起きます』


 そう宣った。

 君もかい。という言葉は飲み込んでおく。

 実は密かにメリーに今日起きたことをそれとなく話しておこうとしていたのだが、その計画はあえなく頓挫した。

 何とも言えなくて僕が苦笑いしていれば、それを知ってか知らずかコウトはペコリとお辞儀して。


『では、暫くご厄介になります』


 妙に丁寧なのが、何故だか変に気持ち悪かった。



 ※



 斯くして、出会って数分の僕らは、話したり話さなかったりした互いの利害の一致で、奇妙な共同生活をおくることとなった。


 今考えても、こうまでポンポンと話が進んだのが不思議でならない。だが、一応ちゃんとした理由は存在したとだけ追記しておく。

 この時の僕は知るよしもなかったのだが、コウトと僕の縁はちゃんと繋がっていたのだ。

 それも、結構な昔からという言葉だけでは表せぬ、深い繋がりが。


 それは所謂宿命であり。福音か祝福にも似る。

 それでいて……呪いであり、因縁でもあったのだ。



 ※



 ――滝沢辰のメモ帳。



 件は、日本各地にて古くからその存在が度々目撃されてきた妖怪である。

 件という文字が示す通り、その姿は半人半牛であり、多くは牛の体と人間の顔をした。あるいはその逆の特徴を持つ怪物である。

 人間の言葉を話し、〝生まれた直後。あるは数日で死に至るとされる〟件は、その短い生涯の中で予言を口にし、それは決して外れないのだという。

 また、予言の内容は災害や戦争。凶作や流行病等が多い。というより、不吉な予言をしたという記録しか残っていない。

 かの阪神淡路大震災の少し前にも、多数目撃されたという話が残っている。件の目撃談や伝承が特に西日本に集中している背景から見ても、眉唾物と決めつけるには背筋が寒くなる話である。


 僕にも災厄が訪れるのか。それはまだ不明。

 ただ、はっきりしているのは、やはりコウトが本物の件である可能性は限りなく低いということか。


 件の幽霊か。とも考えたが、それこそおかしな話なので、ここで妖怪と幽霊の境界線を語るのはやめておく。

 違和感は至極単純だ。コウトが本当に件ならば、弟子として路地裏の母の元にいて、そこから僕の所へ仕事に来て、更に暫く居座る気でいる……。こんなにも長く存在していられるとは思えないのだ。

 そもそも、予言と占いとは似て非なるものではないだろうか。仮に予言を占いとして使っていたなら、彼ないし彼女はとっくの昔に消えていなければおかしい。


 幽霊、妖怪、都市伝説、超常現象。

 怪奇とはその在り方が何よりも重要だ。つまるところ、件ならば件らしくしなければ、その存在は著しく弱る筈。僕のような霊感のある人間の前ならば、なおのこと。

 故に、僕は推測する。


 コウトは、件ではない。

 だが、だとしたら……。アレは一体何なのだろうか?


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