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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第七章 牛人の占い師
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青年と占い師

 時は一ヶ月と少々。僕らが件の占い師と遭遇したその日にまで遡る――。


 ※


 静かに駅のホームから出口の階段へ消えていく相棒を、僕は静かに見送っていた。

 走り出す電車の中で、僕はひたすら考える。

 十中八九、占いで何かを言われたのは確定だろう。問題は、その占いで報酬がわりに取り付けられた約束が、誰にも話すな。という内容だったこと。

 これが彼女が漏らしていた、言いたくても言えない。だろう。

 メリーを苦しめるもの自体は把握。ただ、中身はブラックボックス。そんな状況だが、僕は立ち止まる気は更々なかった。


「……よし」


 電車が減速する。僕の最寄り駅一つ前にて停車した瞬間、僕は迷いなくそこから降りて、反対側の電車に乗り込んだ。目指すは勿論吉祥寺。あの占い師の所だ。

 占ってもらう内容は、勿論……。



「僕の相棒を苦しめているもの。それの除去を」

「勢いよく来るなり、随分と強引だねぇ」


 転がり込まんばかりに路地裏に来た僕を、占い師の老婆……路地裏の母は苦笑いしながら出迎えた。


「まぁ、来るとは思ってたさ。あたしが本物の占い師か……確認しなくていいのかい?」

彼女(メリー)があそこまで取り乱したんだ。貴女が本物であるのは、疑いようがない」

「……信頼してるんだねぇ。恋人かい?」

「相棒で、大切な人だ」


 僕がキッパリそう答えれば、路地裏の母は何故か「んぐふ」と吹き出した。

 水晶玉を撫でながら、静かに僕を見る眼光は、年相応の迫力を帯びている。それに負けない張りに路地裏の母を見据えれば、彼女はおかしそうに肩を震わせて「あの娘も気の毒なんだか幸せなんだか」と、呟き。そのまま顔を伏せ、静かに首を横に振った。


「悪いが、もうあたしは店じまいしなきゃいけなくてね。あんたを占ってやることは……出来なそうだ」

「そん……! っ、今日がダメなら……」

「明日だとか。そういう問題じゃあない。〝あたしは〟店じまいだと言ったんだ」


 どういう意味だ? そう首を傾げかけた時……。そこで僕はようやく違和感に気がついた。

 路地裏の母の身体は……今まさに半透明になりつつあった。


『やれやれ。あの娘っ子は誤魔化せたんだがねぇ。流石に立て続けに大きすぎる運命を占った弊害か』

「……っ、幽霊、だった!?」


 息を飲む僕に、路地裏の母は歯抜け笑いを浮かべながら、『おうともさ』と、頷いた。


『元も占い師。こうなってからも占い師。それがあたしの人生さ。最後に大物を二つも占えた。思い残すことはない……が……』


 ゆっくりと、路地裏の母は僕を見る。優しい表情で、彼女は『あんたも獏……かね。守護霊は』と、呟いた。他にも何か言いたげだったが、それは飲み込んだ。そんな風に見えた。


『坊。占いとはね。予言ではない。中にはほぼ確定しちまった運命というどうしようもないものもあるが……全ては。選んだものをどんな形にするかなんだよ』

「……っ、何を言って」

『黙って聞きな。アフターサービス。いや、あたし自身が占ってやれなかったから、補償……かね?』


 イッヒッヒ。と、手を叩きながら、路地裏の母は話し続ける。


『あたしはね。多少ながら幽霊も視えた。あんたやあの娘っ子と同じ年季だけならずうっと上な霊能者ってやつだ』

「――っ、あなたも!?」

『おう。……時間がないね。よくお聞き。近いうちにあたしの弟子があんたのとこに行くだろう。あたしが完全に消えた後、完遂できなかった仕事をやりにね』


 弟子いたんだ。というのが、素直な感想だった。

 僕がそれで? と、続きを促せば、路地裏の母は、それだけさ。と頷いた。


「……どんな、人ですか?」

『自分で確かめな。アフターサービスはここまでだ』


 疲れたように息を吐き、路地裏の母は目を閉じた。

 気配が変わる。多くの幽霊を見てきた僕だから分かるもの。彼女は今……成仏しようとしていた。


『時間を無駄にしないことだ』


 路地裏の母は、静かにそう呟いた。


『霊能者同士はね。相容れないことが多いんだ。互いが見ているものが似ているようで違う。霊媒の在り方も違う』


 だからあんた達みたいなのは、初めて見たよ。そう付け加えながら、路地裏の母は息を吐く。


星見(ほしみ)多恵子(たえこ)。滅多に明かさぬあたしの名だ。弟子らしきものが尋ねてきたら、信用の為に問い掛けな』


 それが、最後の言葉だった。蝋燭の火が消えるかのように、音もなく、路地裏の母は旅立った。

 後に残るは、寂れた路地の澱んだ空気のみ。僕は暫しそこで佇んだまま、僅かな光明と言うべき、老いた霊能者の名前を心に刻んだ。


 翌日、彼女の遺体が発見されたりと、また進展があったのだが、これ自体は特に重要ではないので語るのは避けよう。

 問題は、何となく虫の知らせを感じて三度吉祥寺に行った時。

 そこにはやはりニュースを確認したらしいメリーがいた。それを見た僕は、ますます今回起きている問題を放置は出来ないと確信した。

 昨日以上に動揺し、目から涙すら滲ませたメリー。これをみてそのまま放置だなんて、相棒失格だ。


「……必ず、力になるから」


 震える彼女に寄り添いながら、僕は決意と共にそう宣言する。

 果たしてメリーに聞こえていたかは疑問だが、今はそれでいい。

 男なら、言葉より行動で示すべきだ。

 先ずは、接触してくるであろう占い師の弟子。彼。ないし彼女を見つけ出すのが、今やるべきことだろう。



 ※



 以上が、僕ら『渡リ烏倶楽部』の占い師との交流話である。

 ヤマばかりでオチがない上に、謎は謎のまま。僕に至っては占われてすらいないという残念な形となってしまった。

 実に苦々しい体験である。だが……。実を言うとこの占い騒動。訳あってまだメリーには少ししか話せていない、続きがあるのである。


 僕が彼女の力になることを誓ったあの夜以来。僕の周りで頻繁に、おかしな怪奇現象が起こるようになったのだ……。



 はじまりは、メリーを部屋に送ってから帰ったその日。

 玄関にて靴を脱いでいたら、奇妙なものが目にはいってきた。


「……なんだ、コレ」


 そこにあったのは、置物だった。高さ十五センチほどの青銅製とみられる彫刻。

 象るのは、不思議な生き物だ。

 胎児のように身体を丸めているそれの胴体は、蹄のついた獣のそれ。それでいて顔は人間だが、細部のパーツがおかしいときた。

 例えば耳は頭頂部にあるばかりか、鬼のような角も生えている。顔も人というには不気味すぎ。

 何らかの化け物か、妖怪と言った方がしっくりきそうだ。

 間違っても狛犬や沖縄のシーサーのような、御利益があるものではなさそうである。


「……っ」


 身体に、妙な緊張が走った。

 こんな変な置物を買った覚えはない。そうなれば必然的に、誰かが部屋に侵入したか、はたまたこの置物が自ら入ってきたか。そのどちらかだろう。


 ゴクリと、喉が鳴る。つるつるした青銅の身体に触れてみるが、これといって反応はない。注意深く観察しても、変な感じはしない。どうやら本当にただの置物らしかった。

 一瞬だけ思考を巡らせてから、僕はゆっくり部屋の電気をつける。置物は取り敢えずテーブルの上に乗せた。何となく気味が悪いので、入り口の方。僕に顔を背けさせるような形にしておく。


「……さて」


 パキリと指を鳴らしながら、僕は素早く部屋中を確認する。クローゼット、ベランダ。トイレ、お風呂場、ベッドの下。戸棚の中まで。人が。あるいは何かが身を忍ばせられそうな場所は全部。だが……。気配はおろか、何かが侵入したり、物を動かしたような形跡すらなかった。

 ム……。と、無意識に眉をひそめる。ほんの一瞬だけ。気配が僕のすぐ傍を通りすぎたのだ。


 ……誰だ。幽霊? 普通の部屋に?

 ありえない。それが僕の見解だった。

 幽霊は自由なようで、その実そうではない。大抵は自分の縁の地に縛られているし、浮遊する霊だって、あくまで動ける範囲は限られている。

 そもそも家や部屋とは、その場所そのものがある種の結界のようなものだ。大抵の家はそれを造る前にお祓いに近いことをする。建設予定地に社みたいなものを立てるあれだ。

 つまり、幽霊なんて、その建物内部で何かよくないことが起きて綻びが生まれない限り、普通は発生すらしないし、入ってもこれない。

 

 その枠組みを取っ払うのが、取り憑く類いの霊だが、生憎それに憑かれたら、僕は勿論メリーも気づくだろう。〝あまりにも強い霊ではない限りは〟


「……誰か、いるの?」


 背中を汗が伝う感覚。

 ゆっくりもう一度部屋を見渡す。

 いつもの家具類。

 白い壁。

 僕の方に顔を向けた青銅の置物……。


「……っ!?」


 全身に、一気に鳥肌が走った。

 動いてる?

 確かにあれは、あの不気味な顔がこっちを見ないようにしていた筈なのに。


 一歩後ろに下がる。

 嫌な気配は、まだあった。

 いる。何かが……。この部屋に……。


『また来ます』


 反射的に、後ろに向かって拳を振るう。だが、それは虚空を切るのみ。その瞬間。部屋を満たしていたプレッシャーが消失した。


 何が起きている? そうでは口に出すのも憚れた。

 ただでさえ考えることが多いというのに、こんな一癖も二癖もありそうなのが現れなくても……。

 そこで、不意に思考が停止した。

 さっきから、妙にヒヤリとした感触が足元にあって……。


「う、わっ……!」


 悲鳴を上げなかっただけ、ましだったかもしれない。

 テーブルにあった筈の置物は、今や音もなく再び動き……今は僕の足にピタリと身を寄せていたのである。

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