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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第七章 牛人の占い師
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幕間より続く物語

 優しい彼の膝枕。その溢れんばかりの幸福感とは相反する、引き裂くような悲哀が、今の私にはある。

 遡るは一ヶ月前。私はそこで、自分の運命を知る事になった。

 些細な興味と、ちょっとした下心。それが思わぬものを引きずり出そうとは……。


 その時はそう。奇妙な夢を頻繁に見るようになった頃だった。いつもの幻視(ヴィジョン)ではない。私はそう判断していた。今にして思えば、嫌なものに蓋をした形になるのだろうけど、とにかく当時私は、それを夢と決めつけていた。

 内容は私が、私自身に殺されるというもの。

 決まっていつも、スマートフォンが軽く震えて、トークアプリが知らない誰かの言葉を紡ぎだすのだ。


『私、〝本物のメリーさん〟今、貴女の後ろにいるの』


 それと同時に私は背後からトン。と、誰かに押されたような衝撃を受けて……。次に認識したのは、焼き籠手を当てられたかのような背中の痛みに、クスクスという笑い声。

 ゆっくりと後ろを振り向けば……。そこには、血染めの包丁を持った、〝私〟がいて――。


 夢だったら、よかったのだ。

 でもこれは、夢じゃなかった。


 

 ※ 




 大学二度目の長い長い夏休みが終わって、九月の大型連休も経て少し経った頃だ。とある噂が私の大学で流れ始めた。


 『路地裏の母』


 そう呼ばれる占い師が、吉祥寺にいる。

 曰く、彼女の占いは百発百中。外れたことはない。

 曰く、見る人によって若々しい女子大生にも、年を経た老婆にも見える(流石に幅がありすぎて信じがたいが)。

 曰く、彼女はどういう訳か黄昏時にしか現れない。

 曰く、お金は取らず。ただ約束をお願いされる。

 といった具合の話だ。


「……何だろう、凄い胡散臭い」


 この説明を休み明けに会ったサークルの相棒に話したら、返って来た答えがそれだった。

 大学の食堂は、丁度お昼時なので、利用する学生の喧騒で賑わっている。本日私達は、その二階のカウンター席に陣取り、ランチタイムの真っ最中。路地裏の母の話題はその雑談中に私が彼へ投げ掛けたものだった。


「胡散臭いって……ロマンの欠片もないわね」

「いや、ロマンはあるよ? 男の子ですから。ただ、正直な感想を言ってみただけさ」


 キノコパスタをフォークとスプーンでクルクルと纏めながら、相棒の辰はのんびりと答える。男の子にしては細くて色っぽい指が、細かく動く様は実に眼福である。のだけど、そこから私は無理矢理視線を剥がし、隣に座る相棒を見た。

 長すぎず、短かすぎない黒髪には、その実ほんの僅かだけ、暗めなアッシュブラウンのメッシュが入っている。パッと見ただけでは全く目立たないので、意味があるのか疑問だが、度々色を入れ直している辺り、彼なりの拘りがあるのだろう。曰く、気づいてくれる人は一握りらしい。

 身体は全体的に細身。が、ただヒョロいノッポという訳ではなく、触れてみると程好く筋肉がついているのを、私は知っている。

 顔立ちは中性的ながら、整っている方。以前大学の知り合いが、彼を虚ろな美青年と評していたが、成る程、実に的を射た喩えだと思う。

 爽やかさよりは、何処と無く物憂げ。良く言えば妖しい。悪く言えば胡散臭い。そんな飄々とした雰囲気が、その評価に拍車をかけているのだろう。きっと太陽の下よりは月下に佇む方が様になるに違いない。……惚れた弱味的な補正も入っているだろうけど。


「胡散臭い……ね。辰、私が言うなって話だけどブーメランってご存じかしら?」

「……今度二人で鏡の前に立ってみようか。僕らオカルトサークルですって言いながらさ」

「これは酷いわ。胡散臭さが百点満点じゃない」


 何を言うかこいつらは。端からはそんな言葉がぶつけられるのだろうが、事実だから仕方がない。

 幽霊や、この世に存在するありとあらゆる怪異。不思議。超常現象。都市伝説を調査し、暴き、追い追われ……。それが、私達の結成した、大学非公認なオカルトサークル『渡リ烏倶楽部』だ。

 リがカタカナなのがポイントだが、相棒には理解してもらえない。あと、渡り烏というのもちゃんと意味がある。気になるならば、『カラス つがい』で、検索してみるといい。

 ……年中ベッタリくっついてる、仲良し夫婦とか憧れる。私だって女の子なのだ。閑話休題。


 その実態はオカルトが大好きな訳あり大学生二人が、趣味で始めたサークルである。のだけれど、それとは別に何を隠そう。彼を傍に繋ぎ止める為に、私が結成を提案した。なんて、隠れた裏事情もあったりする。

 ……弁解させてもらえば、出会ったばかりの当時は、惚れただの恋だのよりは、知的好奇心の方が勝っていた。とだけ付け加えておく。

 彼はその生き様というか、存在そのものが、下手な都市伝説よりオカルトな存在なのである。これもまた、彼にブーメランだ。とか、鏡を見ろと言われちゃうのだろうけど。

 つまるところ珍獣ハンターみたいな心情だったのだ。そうして例によって向こうもきっと、始まりは同じだと予想する。他ならぬ私だからそう思う。

 出会って一年と半年少々。悩ましい事に彼が私を今も珍獣を見るような気持ちで一緒にいるのかは分からない。けど彼もまた、私を相棒と呼んでくれる。それだけは、私が持ち合わせる確かな真実だった。


 私達は誰よりもお互いを理解していたし、誰よりもお互いが他には得難い存在だと認識していた。

 故に、私達は相棒になり……私は彼に恋していた。だからそう。この噂は、そんな私にとって、オカルト的な側面を除いても実に興味が引かれるものだったのである。


「そんな胡散臭い私達だからこそ、この黄昏時に現れる胡散臭い占い師を探すべきだと思わない?」

「占い師さんまで胡散臭いって認めちゃってるし。いやでもまぁ……そういう不確かなモノを追うのは、いかにも僕らか」


 彼の興味を一本釣り。後は彼が切り出してくれるのを待つのみだ。


「じゃあ、今日の活動内容は、噂の占い師に会いに行こう……かな?」


 活動に漕ぎ着けて内心でガッツポーズしちゃっている私がいるが、そこは乙女の内緒な領域だ。察しはいいくせに相棒(コイツ)は結構な鈍感なので、この程度では生温いともわかってはいる。が、とにかくこうして引き込めただけ収穫だろう。


「実際に占われてみる。も追加よ。会ってさようなら。じゃあ、味気ないじゃない」

「……ああ、確かにそうしないと何しに来たって言われちゃうね」


 

 忘れてはいけない要素を聞き、苦笑いする辰。

 だが、懐疑的な空気を見せながら、その目が好奇心でキラリと光ってるのを私は見逃さなかった。ノリがよくてありがたいことだ。活動は確かにしたい。けど……私がそれ以外に考えている事があるだなんて、辰はきっと知らないのだ。

 オカルトも大好きだけど、貴方の傍にいるのだって大好きなのよ……なんて、教えてなどあげない。気づいて欲しいのが乙女心というものだ。だから私はいつもの表情で、今後の方針について口にする。


「じゃあ早速だけど、何を占ってもらうか決めておきましょう」

「見つかる前からそんな皮算用していいのかい?」

「〝未来を開く鍵は楽観主義〟よ。見つからなかったら次の日に探すことにして。お食事するなり飲むなりして帰りましょ」

「ヘレン・ケラーかな? まさに〝昨日から学び、今日を生き、明日に希望を抱け〟を体現してるような女性だよね。……君のそういう柔らかくいけるとこ、凄く素敵だと思う」

「アインシュタインかしら? 素敵……ね。お砂糖とスパイスがあれば完璧だったのにね?」

「甘い香りに、たまにスパイシーなジョークが飛び出す……。安心するといい。君はちゃんと女の子さ」

「十九歳って男の子と女の子って名乗れる、ギリギリのラインよね……。リボンとレースと、甘い顔に作り替えてくれてもいいのよ?」


 そっと辰を窺えば、彼は能天気に「十九歳って女の人とも扱われるから不思議だよね。確かに君は大人っぽいから納得だけど」なんて言う始末。

 マザーグースでこっそりアピールしたのは、流石に遠回し過ぎたらしい。それとも、貴方の手で。と、はっきり伝えなかったのが失敗だっただろうか。

 ため息と流し目と嘘の涙。それで出来た何かになって、私を作り替えて……。少し過激すぎたか。これでは確かにスパイシーだと言われても仕方がない。

 でも正直な話、ハバネロもびっくりするくらいのスパイスでなければ、この難攻不落な男を捕まえるのは無理なんじゃないか。と思いつつあるのも現実な訳で。


「これはいよいよ……占いに頼るしかないじゃない」

「……何の話だい?」

「こっちの話よ」


 もうすぐ二年になる相棒関係。それすなわち友達以上恋人未満のまま、時に気づかれず、スルーされ。お互いにヘタレになったりなられたりの積み重ねとも言える。加えてそれに不満を抱ききれてないという感情まで私にもあるからタチが悪い。我ながら色々拗らせ過ぎだと思うけど。ともかく。


「私、メリーさん。今日は占い師を探しましょう」


 語る名前と共にいつの間にか自分の中で定着した口上と共に。私達の探索は始まった。


 

 ※


 ランチを済ませた私と辰は、一つずつ残されていた講義を終えて再び大学の校門で合流した。

 そこから電車に揺られ、他愛ない話や占いへの期待を話しながら吉祥寺に着いたのが夕方四時過ぎ。季節は丁度九月の終わりなので、丁度黄昏時といえる刻だろう。大きな池や花に溢れた遊歩道がある井の頭公園に少しだけ惹かれかけたが、そこはぐっと我慢して。私達は目的を果たすべく行動を開始する。

 回遊性を重視した街並みに調整された駅周辺の商店街群は、ちょっとしたアトラクションというか、迷宮を探索しているような童心をくすぐる構造だった。

 そんな古き良きなんて言葉が似合いそうな横丁をぐるりと廻っていると、時間も時間だからか、屋台じみた店の照明が、一つ。また一つと明かりを灯していく。そんな光と夕闇が丁度良く混ざり合う世界の中、なんとなくノスタルジックな気分に浸りながら、私達は歩き、探す。

 道行く人や、時には同業であろう占い師に話を聞きながら、町の奥へ。時間にして一時間弱ほど経過しただろうか。まるで千鳥足の酔っ払いのごとくフラリと入り込んだ、変鉄もない路地にて、私と辰は今までにない感覚に身を強張らせた。


「……ここって」

「……ビンゴかしら?」


 何となくそんな気がした。

 さっきまであった道行く人。留まり安らぐ人々の憩いの気配や、明るく優しい光はそこになく。

 時折点滅する街灯だけが唯一の光源な、静寂に満ち満ちた世界が、そこに広がっていて……。


「おやまぁ。妙な二人組が来たねぇ」


 嗄れた。だが、確固たる意志を感じさせる声が聞こえてきた。

 思わず私達が条件反射のように手を握り合えば、「取って喰いはしないよ」なんて楽しげな笑いが路地裏にこだました。


「……貴方が、路地裏の母ですか?」

「そんな名前で呼ばれてんのかい、あたしは。まぁ、多分それさ。ここらじゃあもう、本物の占い師なんざあたしだけ。こんなナリだ。いつまでもつかはわからんがね」


 辰の質問に、路地裏の母はニヤリと歯抜け笑いを浮かべながら頷いた。いつまでとは、恐らくそのままの意味だろう。路地裏の母は、噂の年齢不詳なイメージとは違って、七十。ひょっとしたらもっとお歳を重ねていそうなお婆ちゃんだった。

 身なりは紫を貴重とした洋装で、頭から首もとまでは、辛うじて顔立ちが見てとれる、薄目の黒いヴェールで覆われていた。

 装飾品にパールのネックレスとブレスレット。簡素なテーブルの上には、台座に乗せられた大きな水晶玉。絵に描いたかのような占い師の出で立ちだった。


「占ってくかい?」


 こちらを見ず、水晶玉だけ見つめたまま、路地裏の母は唸るように問いかける。それに対して私達が頷けば、路地裏の母改めて顔を上げて、私と辰を交互に見比べた。


「占いは一人ずつだ。一人が受けている間は、もう一人は絶対に内容が聞こえない位置まで移動しておくれ。力が分散しちまうからね」


 シッシ。という仕草をする路地裏の母。

 私が横目で辰を伺うと、丁度彼もそうした所で……。


「君からお先にどうぞ。楽しみにしてたし」


 にこやかにそう告げる辰。言い方が微笑ましいものを見ているようだったのは、少しだけ納得いかないが、ここは変に波風立てず、素直に好意を受け取る事にした。

「終わったら呼んでおくれ」とだけ言い残し、路地裏から光の世界へ戻った辰を見送って。私は改めて、路地裏の母に向き直る。


「えっと……宜しくお願いするわ」

「あいよ。じゃあ、まず……名前から」

「……メリーです」


 私がそう名乗ると、路地裏の母は少しだけ目を見開きながら、静かに首を横に振る。〝そっち〟じゃない……と。


「それはあんたが語っている名前だろう。そうじゃない。本名の方を名乗りな」


 今度は、私が目を見開く番だった。


「……凄いわね。エスパーか何か?」

「占い師だよ。まだ信用出来ないなら、あんたの過去も暴いて見せようか?」

「もう充分……いいえ、せっかくだわ。教えてもらおうかしら?」


 好奇心に負け、自らの本当の名前をゆっくりと告げる。やたら長い揚げ句、途中に日本姓まで入る、色んな意味で凄まじい名前を告げれば、流石の路地裏の母も「壮大な名前だねぇ」と、苦笑い。

 そのまま彼女はしばらく目を閉じ、やがて、ポツリポツリと言葉を紡ぎ始めた。

 内容は驚くべき事に、すべからく的中していた。

 父親は日本とフランスのハーフ。母はロシアとウクライナ。双方とも、物心がつく頃に、私を置いて蒸発したこと。

 ミックスジュースもびっくりな私の血のまぜこぜ具合を、育ての親たるお姉さんに「ハーフ&ハーフね」と、からわかれて複雑な心境になったこと。

 メリーを名乗ることになったきっかけ。

 一つは名前が長くて変だから、奇異な目で見られるのを避けるため。小さい頃からオカルト好きだったから、渾名もそれにもじったものにしたくてこうなった。

 もう一つは……ちょっとした呪いも兼ねて。とある都市伝説にあやかって、自ら名乗っているものだということ。

 『メリーさんの電話』の捨てられたお人形。そのバッタもん。

 日本人離れした容姿や、両親に捨てられた。なんてありきたりなパーソナリティーをもつ私にはうってつけな名前だし、いつか消えた両親を見つけた時には、彼女のマネも実践してみる予定だ。

 だから私はメリーさんを語る。そうしてるうちにメリーさんになりきるのが楽しくなってしまった。

 そして……。


「連れの男かい? 想い人は」

「――っ」


 誰にも明かしたことのない気持ちすら、この占い師は容易く見抜いて見せた。思わず睨み付けると、路地裏の母は照れるな照れるなと言わんばかりに手招きをするような仕草をした。


「パーソナルスペースはお互いに近いね。下手なそこらの夫婦よりずっと近い。……のに、あんた生娘かい? 初なことだ」

「……ほっときなさい」


 繰り返すがお互いヘタレなのだ。仕方がないではないか。


「信用して頂けたかえ?」

「ええ、これ以上ない位にね」


 この人は、本物だ。

 濃密さを増した、少しばかり常識から逸脱した空気を感じながら、私はゴクリと喉を鳴らす。


「そんなにはっきり当てられちゃうなんて、もしかして未来予知くらいは出来るんじゃないの?」

「いんや。そう見えるかもしれんが、実はそこまでの域には達しちゃいないよ。〝占いは運命の流れを読もうとはするが、運命が流れ着く結末までは見極められない〟さ」

「……島田雅彦かしら?」


 私がそう言えば、路地裏の母は含み笑いを見せるだけだった。

 結局、今向かっている流れを読み取るだけ。そういうことなのだろう。ならば……少しくらいは聞けるだろうか。具体的には、脈ありとか、脈なしとか。

 後者だったらしばらくへこみそうだけど。


「じゃあ、お願いするわ。私の……未来について」


 ストレートに相性占いするよりは、こうやって広義な範囲で占った方がいいだろう。全部もらうよりは、ほんの少し。手に収まりきらない位の幸せより、ちょこんと乗る位が、私には丁度良いい。だから……。


「…………ああ、ダメだね。あんたは――成人を迎える前に、死ぬよ」


 そんな絶望的な宣告が来るだなんて、予想だにしなかった。


「…………もう一度、言って」

「……あんたは成人を迎える前に死ぬよ」


 二十歳を迎える私の誕生日は、十二月の始め。

 大好きな人へ未だに想いを告げられぬ私の余命は、残り三ヶ月を切っているらしかった。

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