インターミッション6~燻る感情~
メリーの特製ナポリタンを美味しく頂いた後、僕らはそのままソファーに並んで座り。雨音を楽しみながら、他愛ない雑談の花を咲かせていた。
妖怪や都市伝説と食卓を囲んだ話。
どうしようもない恐怖から、命からがら逃げかえってきた話。
深雪さんとの馴れ初め。
恐山での面白おかしい一騒動。
事故物件にて、メリーとつかの間の共同生活を送った話……等。
こうも沢山の大冒険を目の前の彼女としてこれたのが、嬉しいやら、少しだけ照れ臭いやら、くすぐったい気持ちになってしまう。
当のメリーが楽しげに。本当に一つ一つを大切な宝物のように語るものだから、なおのこと。
その様子に思わず見惚れそうになり。僕は、慌てて首を振る。
「今日は思い出話が多いね」
半分なんとなく。もう半分は変に意識しないようにそう言った。するとメリーの表情に、一瞬だけ悲哀が垣間見えた。
「……っ、そう、かしら?」
「……うん」
ああ、まただ。そう思いながら僕が頷けば、メリーは静かに項垂れる。
渡リ烏倶楽部は、色々な怪奇や謎に触れてきた。
だが、問題が全て解き明かされたり、大団円という優しい結末を迎えた……。というのは、実はあまりない。
愛憎伴う悲劇や十人十色な念などが、僅かに爪を立ててきて、秘密の断片が白日の元に晒された時。僕らは震え上がる。その中には最後の最後まで謎だった事件等も、幾つか存在する。
今僕の脳裏をチラついたのは、その一つ。……僕に今も燻るような焦燥を芽生えさせる、謎めいた物語。
「……吉祥寺の占い師。その人に会ってからだ。君は時々、堪らなく悲しそうな顔で、ぼんやりしてる事が多い気がする」
「…………っ」
僕の指摘に、メリーは涙を堪えるように顔を上げる。何度か口を開こうとして、だが、すぐに唇を噛み締めて下を向く。言いたくても言えない。そんな彼女の様子に、僕は無意識のうちに拳を握り締めていた。
何も出来ぬ自分が嫌だった。
メリーの素敵な脳細胞と視神経。僕の胡散臭い力。これが、一時でも交換できたなら……。そうすれば、彼女を苦しめている何かを、僕が観測できるのに。
そういった意味もない願望が鎌首をもたげた。その考え自体が、僕らのあり方を既に冒涜しているというのに。
「今日、雨の中わざわざ来たのだって、もしかしたら……」
「吉祥寺の占い師の事は、話せない。話したくない訳じゃないの。それは……わかって」
震える声をメリーが絞り出す。いつもの何倍も彼女が小さく見えて、僕の胸が締め付けられる。
近いのに、遠い。それが何だか悲しかった。僕の感情を読み取ったのか、「そんな顔しないでよ」と、メリーは肩をすくめた。
「今日来たの……ただ寂しくなっちゃったから。何て言ったら、笑うかしら?」
「……そんなわけない」
その理由が知りたいは、傲慢だろうか。
僕が内心で自嘲していると、不意にメリーの身体がコテンと倒れてくる。いきなり膝枕をする形になり、僕は無意識に「ふぇ?」なんて変な声を出してしまった。
「メ、リー?」
「ちょっとだけ。だめ?」
「……いい。けど」
ドキマギしながら了承すれば、「ありがと」と、小さく呟いたきり、その場に沈黙が訪れる。
パラパラ。パラパラ……と、雨が窓や屋根、コンクリートの大地を叩く音だけが部屋に響く。
それは、無意識の行動だった。
手がゆっくりと彼女の頭部に伸びていき。気がつけば、僕は彼女の綺麗な亜麻色の髪に指を通し、優しく梳かすように撫でていた。「あっ……」と、一瞬だけビックリしたように身体を跳ね上げた彼女だったが、すぐにリラックスしたように身体を弛緩させる。
フワフワしてるのに、しっとり。絶妙な触り心地の良さにため息が出そうになった。
「ごめん、つい」
「謝るわりには、止めないのね」
「……うん、何か……なんだろう。止めたくない」
「……止めないで」
甘えるようなメリーの声。それを聞いた時、ピリピリと弱い電流が走った気がした。
しばらく無心でメリーの髪に触れていると、いつの間にか小さな寝息が聞こえてくる。僕はダメだと思いながらもその顔を覗き込み……すぐに後悔した。
「……あー、もう」
ままならぬ。自分でも訳のわからぬ感情の奔流に飲まれ、僕は天井を仰ぐ。思い返すはつい一ヶ月前。
大学で流れ始めた噂がきっかけだった。
渡リ烏倶楽部を結成して以来初めての、僕らの間に情報の齟齬が発生した事件。
それ以来彼女は何かに怯え。あるいは絶望し、今も一人膝を抱えているのだ。
何かが始まろうとしている。そんな不吉な予感だけが漠然とある。
だから僕もまた一人、現状打破の為に頭を捻り。時に奔走している。
以前手懸かりはない。だが、諦める訳にもいかなかった。何故なら……。
「そんな顔、しないでよ……相棒」
幸せそうな寝顔なのに。彼女は今、涙を流していた。




