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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第六章 バレンタインに悪魔を殺せ
66/140

エピローグ:悪魔蠢くホワイトデー

 親愛なる……というには、些か処か絶望的に交流がないので、単に名前で呼ぶことにしよう。


 シン・タキザワへ。


 まずは礼を言います。

 ありがとう。君のお陰で、私は復讐を成すことが出来ました。

 同時に、ユウの三つの願いを叶え終わり、こうして再び眠ることが出来る。感謝してもしきれないです。

 一度契約が交わされたら、成すことが成されるまで、あるいは契約者の死後ですら私は縛られる。ユウになら悪くないけど、それでも彼が死んだ中で存在し続けるのは、私には辛すぎました。だから、ありがとう。貴方が覚えていてくれる事で、私の役目は終わりました。

 出来ることならば、このまま何もなく、海の藻屑と消えてもよかったのですが、流れ着いた先でどうなるかは、私にも分かりません。

 だからという言い方は変なのですが、私は私の本体を、君に託したいと思います。使う使わないは自由です。

 君に使われるなら悪くはない。呼び出された暁には大サービスすると約束しましょう。逆に大事に大事に仕舞っておいてくれるなら、それはそれで幸いです。そうしたら、君は私達の事、忘れないでいてくれるでしょう?


 最後に。

 悪魔は、人の血肉や魂を糧に生きています。

 私は、分かっていました。ユウとの幸せが長くは続かない事を、分かっていました。それでも、止められなかったんです。

 あんな形で壊れちゃうなんて思わなかった。悪魔なんて知らなければ、ユウは死ななかったかもしれないのに。抑えきれませんでした。愛していたのです。

 だってユウは愛しくて。可愛くて。それでいて美味しそ……。


 ……手紙は、ここで破られている。



 ※



「これは、〝猿の手〟ですね」

「……ジェイコブズの?」


 古紙と、畳の薫りに混じって、ツンとしたいがらっぽさが鼻をつく。虚空にたゆたう紫煙は僕のすぐ傍――、お店のカウンターから延びてくる。その根本たる煙管を、トントンと灰皿の縁で叩いてから、その女性、深雪さんは「はい、猿の手です」と、お気に入りのロッキングチェアに腰掛けたまま繰り返した。


 古書店『暗夜(あんや)空洞(くうどう)』。その店長たる深雪さんは、艶やかな黒髪に指を通し、編み込みカチューシャにした部分をトントンと叩きつつ、少しだけ興奮ぎみに息を吐いた。


「凄いですね。実物は世界中に複数あると噂に聞いていましたが、生で見たのは初めてです。辰ちゃん、こんなの何処で手にいれたの?」

「……郵パックで」

「……は?」


 僕の答えに、深雪さんは口をポカンと開けながらこちらを見る。カーテンのような前髪の隙間から、深緑色の瞳が僕を捉えていた。

 浮かんでいるのは恐らく混乱と好奇心。でもまぁ、それも無理ないよなぁとは思う。

 説明を。と、無言の圧力がかかり、僕は簡単に事の流れやら事情を話す。


 全てを語り終えた後、深雪さんはしばらく口元に手を当てたまま、やがてニタリ。と、いつもの不気味な笑みを浮かべた。


「成る程、悪魔(デモン)ですか。また随分と奇特なものに出逢いましたねぇ」

「……これって、やっぱり僕らが遭遇したものと関連がありますかね?」


 僕がそう問えば、深雪さんは「ええ、間違いなく」と、静かに頷き、手にしていた煙管を灰皿に置くと、胸の前で指を組んだ。


「猿の手の物語はご存じよね?」

「ええ、一応は」

「結構。じゃあ、そうねぇ、何処から切り込むべきかしらねぇ」


 ギシリ。と、ロッキングチェアが軋みを上げる。深雪さんが思案するその最中に、僕は改めて、猿の手の物語を頭の中で整理する。


 この物語は、イギリスの小説家、W・W・ジェイコブズの短編小説に由来する。


 とある老夫婦とその息子が、猿の手のミイラを知り合いからもらい受ける所から、物語は始まる。そのミイラには魔力が宿っていて、持ち主の望みを三つ叶える事が出来るというものだ。

 ……これだけ聞けば、在り来たりな願いを叶えてくれる魔法のアイテム。に、見えることだろうが、実際にはそう甘くない。

 この猿の手。願いを叶えてくれることには間違いないのだが、その願いの叶え方が、結構歪んでいる。


 金を願えば、親しい人の死を切っ掛けに保険金が。

 死んだ人に会いたいと願えば、恐らくは死の世界へといった具合にだ。

 この老夫婦もまた、願いと引き換えに様々なものを失っている。運命を無理にねじ曲げようとすれば災いが伴う。はたまた上手い話なんてない。そんな教訓を示すような物語だと言えるだろう。


「辰ちゃん。サルや(ましら)って誰かを呼ぶときは……一般的にいい評価だと思いますか? それとも、悪い評価だと思います?」

「……悪い方じゃないですかね」


 猿真似。猿知恵。サル以下。山猿。思い付く限りの言葉を考えてみるが、やはりいいイメージはあまりない。


「そう、悪いの。つまりね。猿の手を借りて何らかを成すなんて、もう既にその時点で悪手というより他はない、最悪の手段。転じて、願いのために高い代償を払う。この有り様から、猿の手を悪魔と同一視するって考えもあるんです」


 猿の手が、現代の様々な作品に影響を与えている事は僕も知っている。つまるところ、僕らの前に現れた悪魔も、その類いだろう。

 語られる物語が強い程、怪異は力を増す。


「〝友人を得たい〟〝悪魔を女の子に〟〝自分達を忘れないで〟そんな願いにより、代償は果たされた。人間ではない相手でも、友は友。女の子にってとこは男達に襲われた辺りとか。忘れないでは……単に死んで印象を残した。といった所ですかね」

「酷くブラックですね」

「悪魔ですもの」


 クスクスと笑う深雪さん。「愉しい物語をありがとう」そう告げて、彼女は再びロッキングチェアに揺られていく。

 丁度古めかしい鳩時計が歌い出した。僕はそれを確認し、深雪さんの方を向く。


「休憩時間ですから、倉庫漁ってもいいですか?」

「いいですよ~。話の種と、珍しいものを見せてくれた報酬です。持っていきたいものがあったら見せて下さいな。あ、その猿の手。もて余してるなら高値で引き取りますよ?」

「……遠慮しときます」

「あら、残念です」


 そのわりにはもうすべての興味を失ったかのように、深雪さんは煙管を再び指に挟み、紫煙をふかす。様になってるなぁ、なんて思いつつ、僕はカウンターから奥の部屋へ。

 一枚の畳をあげ、顔をだした嵌め込み扉を開けば、地下室への梯子が現れる。

 慎重に降りた先に充満する気配に顔をしかめながらも、僕は小さく息を吐く。


 空洞だなんて、言葉は生易しい。ここは……まさに魔窟だった。

 暗夜空洞は、ただの古書店ではない。質屋や情報屋。骨董品店にその他色々。要するに何でも屋さんな一面がある。深雪さん曰く知る人ぞ知る裏の顔。そもそも〝店主本人すら人間ではない〟と言えば、その異常さをご理解いただけるだろうか。

 本日ここに来た理由は三つある。


 一つ。オカルト全般。特に曰く付きのモノや話、物件を好む深雪さんに、この猿の手を見てもらうこと。


 二つ。純粋に、本日はバイトの日。


 そして最後。三つ目は……。


「……あ、これ良さげ」


 おもむろに、安置されていた御札をつまみ上げる。

 こういう店だからか、見るにおぞましい品物。具体的には妖怪やモンスターを模した置物やら、物凄く御利益がありそうなアイテムに、ただのガラクタやカカシまで色々ある。

 色んなものが一緒くたになっているから故の魔窟。

 一応、結構強めの結界が張られているらしいので、中に詰められた御守りの類いを持っていっても大丈夫らしい。

 収穫した御札を手にカウンターに戻れば、深雪さんはウトウトしていた。見た目は若い女性なんだから、こうも無防備にお店で寝ない方がいいのでは? とは思うけど、それは口にすまい。言わぬが花というやつだ。


「深雪さん、これ、貰っても?」

「ああ、比叡山辺りの凄い御札ですね。いいですよ~。今なら無料で深雪さんがついてきますよ~?」

「あ、それはいらないです」

「……ぷくー」


 軽い冗談を受け流し、僕は御札を猿の手に貼り付ける。

 気休めだ。僕やメリーならば、何の問題にもならない障壁。だが、これで霊感がないただの一般人が猿の手に触れたり、あまつさえ無意識に使うという事態は起きないだろう。

 悠のような例は、二度と起こるまい。


 かつて僕も失敗した。脳裏に浮かぶのは、いつかの小さい頃の自分と幼馴染み。恐怖に震え、泣き叫ぶ綾の顔を、今でも僕ははっきりと覚えている。

 あの時僕も子どもだった。苦く。出来るならば当時の僕を殴りたくなるような失態だ。


 オカルトに関わるのは自己責任。ただ、霊感がないならば、不本意に触れるべきではない。巻き込むべきでもない。だから……。


「…………確かに預かって。忘れないよ」


 悠の切なくも儚い願いを僕はそっと胸に刻む。

 二人のことを認めて覚えていて欲しい。


 それがきっと、母や友人達に裏切られ、否定されて尚望んだ事。

 歪み、危うげであっても、人と悪魔は愛しあっていて。きっと普通の恋人同士のように、バレンタインを心待ちにしていたのだ。

 


 ※



「ほい、ホワイトデー」


 僕に手渡された小包を、メリーは目を丸くしながら受け取った。

 予想外といった顔だ。そんなに驚いたのだろうか? お返しはするつもりだったのに。


「……えっと、不意を突かれてね。授業終わって、サークル活動中も特になし。正直忘れられちゃったのかと思ってたわ」

「そんなに僕が薄情に見えるのかい? 実は幼馴染みと妹以外に貰うの初めてだったんだよ。ちょっと嬉しかったりしたんだよ」


 これを言うのは少しばかり恥ずかしいが、メリーがあまりにもまじまじと小包を見つめるのだから、内緒だったの本音を述べる。

 サークル活動終了後、僕かメリーの部屋に行き、反省会なり振り返り。これもまた、よくある流れだったりする。

 件の騒動から、既に何週間も日は経っていて、本日は既にホワイトデーになっていた。

 因みに猿の手の件はメリーに既に話していて、物は僕の机の引き出しの奥深くに封印された事を追記しておこう。


「……〝あなたのプレゼントなんか欲しくないわ。欲しいのはあなたよ。あなただけ〟」

「……生憎、僕は君と乱れたベッドを共にした事はない筈だよ?」

「……うん、知ってる。私だって女優さんみたいに奔放な訳じゃないわ。どちらかというと……作家さん寄りよ」


 乱れたベッドは共にしなくても、意外と一緒に夜を明かしたことは結構ある。が、それは今気にする必要はないだろう。

 

「僕だから良かったものの……さっきの台詞、他の男だったら勘違いしちゃうよ?」

「他に言う男が、私にいると思う? というか、辰以外には言わないわよこんなこと」


 タチ悪いなぁ。何て僕の冷笑を、メリーもまた涼しげな顔で受け流す。人をからかうのが好きな奴だとは知っていたけどさ。


「で、いらないの?」

「何言ってるのよ。貰うわよ。超嬉しいに決まってるじゃない」


 そう言って、メリーは小包を宝物のように胸に抱え、絶対返さない。何てポーズを取る。取り敢えず、喜んでくれてるみたいでよかった。〝贈り物というのは、相手に受け取ってもらって初めて贈り物となる。受け取ってもらえなければ、それは単なるお荷物でしかない〟からね。

 そんなことを僕が漏らすと、メリーは妙に悪戯っぽい顔で笑い出す。


「貴方は将来、鎧が脱げなくなる。何てことはなさそうに見えるけど?」

「さて、どうだろね? 家庭を大事にするよりは、家族を愛したいのは事実だけどさ」


 稼ぎは必要だけど、仕事人間にはなりたくない。男はつらいよなんて色々と的を射ているものだと思う。まぁ、女性は女性で別の柵を抱えているんだろうけど。


「またどーでもいい事考えているとこ悪いんだけど、開けてもいい?」

「君と僕の会話の半分位は、割りとどーでもいい内容な気もするけど、どうぞ」


 そのどーでもいい事が楽しい。とは、お互いに言わない。分かりきっていることだ。ともかくも、僕から了承を得たメリーは嬉しそうに。丁寧にラッピングを剥がしていく。中身を見た時のキラキラした顔は、少し早い誕生日プレゼントを貰った子どもみたいだった。言ったらヘッドバットが飛んできそうだけど。


「あ、美味しそう」

「チェリーパイ好きって言ってたからさ。作ってみたよ。木イチゴ水の変わりにお酒を入れたりはしてないから、安心して食べるといい」

「あら、じゃあ今度は痛み止めがたっぷり入ったケーキでも作る?」

「それなら君は、赤毛のアンのように、風邪をひかなきゃね」

「……看病してくれる?」

「……まぁ、勿論」


 メリーが風邪をひいて弱っている姿がいまいち想像できないのは内緒だ。

 そんな僕の心情など知ってか知らずか、メリーは幸せそうにチェリーパイをかじっている。しまった。夕食前だ。なんて思うが、時既に遅し。

 けれども、彼女が嬉しそうにしているからいいか。と、思える辺り僕も大概だ。


「凄く美味しいわ。ギルバートが胃袋を掴まれるのも分かる気がする」

「ジム船長も未練たらたらに帰っていったしね。チェリーパイ凄い。今春だけど」

「カナダでは夏にしか食べれないお菓子だったのよね。時代が違うとはいえ、こうしてみると日本は本当に食に恵まれてるわ」


 そんなコメントをしながら、メリーはあっという間にチェリーパイを平らげてしまった。


「御馳走様でした」

「御粗末様でした。じゃあ、次は私ね」


 え? と、僕が首を傾げていると、メリーは不意にハンドバックをまさぐって……。


「ほい、ホワイトデー」


 僕と全く同じ台詞で、僕にそれを手渡した。

 綺麗にラッピングされた小さな箱に僕が戸惑っていると、メリーは大したものじゃないわよ。とだけ付け足した。

 そういえば、いつか彼女にバレンタインデーは本来は男性からあげるのが主流よー。といった言葉で踊らされたのを思い出す。

 あの日は結局、悠の話を語った後、何も持ち合わせていなかった僕が苦肉の策……もといプレゼントとして、メリーの髪を梳かしてあげたのだ。お返しがあるとは夢にも思わずに。


「失礼ね。私をそんな薄情な女だと思ってたの?」


 見事に返された事に降参の意を伝えながら、僕はそっと包みを開けた。中に入っていたのは、中くらいのメダルのようなペンダント。唐草模様で縁取られたその中央には、(バク)を思わせる獣が彫られていた。


「……これ」

「あ、分かる? 御守りよ。因みにお手製」

「手製!?」


 凄い! と、思わず感嘆の声が上がる。

 アミュレット、タリスマン、護符。色々な呼び方があれど、用途は同じ。見るからに霊験あらたかな代物だと、直感で分かる。それこそ、いつかの御札とは比べ物にならないくらいに。

 一体どうやって? と聞けば、ちょっと深雪さんに協力を仰いだのよ。とのこと。

 珍しい。あの店、メリーは苦手だと思っていた。それを圧してまで作ってくれたなんて、どんな風の吹き回しだろうか。


「辰は危なっかしいから。ちゃんとこの世にいられるように……ね」


 い~っぱい念を込めたわ。そう言って笑う、メリーのアメジストみたいな瞳を見つめる。青紫のそれは、本来は人に発現する確率は限りなく低いものだ。

 ふと、悪魔に連れ去られた時を思い出す。手を離してしまったこと。現実から隔離されかけたこと。今にして思えば、成る程、危なっかしいと思われても仕方ないかもしれない。


「……ありがとう。生憎、もう一人でいなくなるつもりはないよ」


 安心して。そう呟きながら、改めてお礼を述べて、僕はアミュレットをつけようとする。すると、メリーは僕の手をやんわりと掴んだ。


「私がつけてあげる」


 そう言うなり、メリーの腕が僕の首に回る。端からみたら、メリーが僕に抱きついているように見えるかもしれないけど、これくらいの距離感も今更だ。

 白くて冷たい指が首の後ろに触れて、何だかこそばゆい。つい身をよじると、メリーは蠱惑的な笑みを浮かべながら、ますます僕に顔を近づける。ハチミツみたいな甘い香りが鼻をくすぐるなか、何の気なしに僕らは見つめ合う。


「動かないで」


 カチリという音がして、アミュレットが首にぶら下がる。重みにはならないけど、存在を主張するそれ。寧ろ身体が軽くなった気さえしていた。


「魔法にでもかけられたみたいだ」


 笑いながらそんな感想を述べると、メリーは得意気にウインクし、そっと僕の耳元で、少しだけ震えるような声でいつもの台詞を囁いた。


「そうね……私、メリーさん。今、貴方に呪いをかけたの。……いなく、ならないで。私の手を離さないで? ……ね?」




 パキン。と、骨が軋む音が、やけに遠くから聞こえて来た。

 果たしてそれはメリーの指か。それとも……。


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