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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第六章 バレンタインに悪魔を殺せ
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悪魔的傑作

 そんなこんなで一週間と少しはあっという間に過ぎて、とうとう僕らが東京へ帰るときがやってきた。

 その前日。不意にメリーが、「もう一度、相沢君の家に行ってみない?」と、提案してきた。


「……何でまた? 手を引くんじゃ?」

「……ちょっとだけ、気になることがあってね」


 正直、気は進まない。どうにも悠の母親は、閉鎖的というか、誰かが関わるのを嫌悪している節があったからだ。特にメリーへの視線が清々しい位に憎悪に満ちていたから尚更に。

 そう彼女に伝えると、メリーはスッと目を細め、「だから……よ。行って伝えることだけ伝えたら、すぐ戻るわ」と言って譲ろうとしない。

 このままだと一人でも行きかねないので、 僕は渋々同行を申し出た。こういうときに一緒に動いてこそ、相棒だと思うから。


 そして……。


「……いらっしゃあぁい。辰君、メリーさん」


 アポなしで。密かに留守を願いながら訪れた悠の家には、残念ながら彼の母が在宅で。彼女は目を爛々と輝かせながら、僕らを出迎えた。

 いつかと同じ、広めのリビングに通された僕らは、出されたお茶には手をつけず、悠の母親と対面する形で腰掛けた。


「すいません、もう僕ら、東京に戻りますので。ご挨拶にと」

「あらあら。丁寧にどうもぉ」


 変な猫撫で声に顔をしかめないようにしつつ、僕は小さく会釈する。悠の母親の視線が、メリーをねめつけるように向けられる。が、メリーはポーカーフェイスを保っていた。


「……嫌だわぁ。何なの貴女。悠ちゃんのなに? やっぱり悪魔女の……」

「相沢さん、単刀直入に聞きます。貴方は……魔子さんの真実を知ってましたか?」


 鋭く向けられたメリーの質問。それがナイフのようにそれは悠の母を貫いたように感じたのは、決して僕の錯覚ではないだろう。

 悠の母は、目に見えて狼狽し……すぐさま冷静な仮面を被る。


「何の事かしらぁ?」

「相沢君は、倉庫で彼女と出会いました」

「……倉庫?」


 見せた怪訝な表情。それをメリーは眺めつつ、話を続けていく。


「悪魔のミイラと、倉庫です。そこの……お庭にある蔵のお話です」

「何を……貴女、支離滅裂すぎよ。意味がわからないわ。あの女と倉庫に、何の関係があるのよ?」


 本当に、心底困惑した様子で、悠の母はメリーを睨む。

 訳が分からず僕は固唾を飲んで、二人を見守るより他はない。すると、メリーは不意に、長い長いため息をついた。


「相沢君は……魔子さんの後を追う形で、亡くなりました。自殺です」


 底冷えするような声で、メリーはそう告げた。思わず僕はメリーの方へ視線を向けるが、彼女はブレる事なく、悠の母を見つめていた。


「……認め、ないわ」

「そうでしょうね。認めたくは無いでしょうね。こうなるとは、思わなかったのでしょうし」


 そのメリーの一言に、悠の母の顔は、明らかに醜く歪む。「何を知っているの!?」そう言うかのような表情をする母。

 だが、メリーは既に興味を無くしたようで、くいくいと、僕の腕を引く。


「……帰りましょう。ここにはもう、いたくないわ」

「え、あ……うん」


 意味も分からず、僕はメリーに続く。悠の母は、その場に硬直したまま、ただうわ言のように呟いていた。

「悠ちゃんは……私の息子よ。あんなのと一緒になるなんて、認めないわ……認めない……残されるお母さんより、あの女を選ぶなんて……!」


 こびりつくような恨み節を背に、僕らはその場を立ちさった。

 気配を出来うる限り探って見たけれど……やはり、魔子の霊はいない。あれは僕とメリーが推測した通り、たどり着いた僕らに疑惑を抱かせる為のものだったのだろう。


 ※


 結局、何があったかが分かる事もなく、僕らは帰りの新幹線に揺られていた。


 帰り際に「またおいで~。メリーさんも是非」と、にこやかに手を振る家族と、挨拶や握手をし。

 何故か無言で見つめあっていたメリーと綾を見て、背中から冷たい汗が流れたりはしたが。

 概ね、特に問題なく、僕らは帰路についていた。

 始終無言。いつもは何の違和感もない沈黙が、今はなんだか心に来る。

 チラリとメリーを伺えば、彼女は窓から景色を眺め……。少しだけ目を伏せていた。


「悠の事、考えてるの? それとも、魔子?」


 何となくそんな気がして話しかければ、メリーは少しだけ驚いたように目を見開いた。


「よく、わかったわね?」

「一応、相棒だし? ついでに、君が何か確信を持っていることも、何とな~くわかる」


 深くまでは無理でも、恐らくはメリーが哀しげな顔になる何かを掘り出したくらいは察することが出来た。


「……推測。いいえ、辰みたいに言うならば、妄想よ? それでも?」

「聞かせて」


 僕がそう言えば、メリーは静かに口を開いた。


「ずっと考えていたの。復讐の為に、辰を呼んだ。それはわかったわ。けど……どうしてあんな、危うげな方法をとったのか。」

「……危うげ?」


 メリーが言わんとすることを考え、頭の中でもう一度整理する。魔子は悠を語り。その死の事実を浮き彫りにして、僕の興味を惹いた。それは分かる。僕ならば、間違いなく食いつくだろう。

 だけど、そんなのを魔子は予想していたのだろうか? 悠に少しだけ話を聞いただけで?

 僕が少しだけ腑に落ちない様子を見せるれば、「話を続けるわ」と、メリーは囁いた。


「電話よ。力が足りなかった。それは分かるわ。でも、あの場に誰かが来て欲しいだけだったなら……何も、辰でなくてもいい。通りがかった、多少見えるなり、多感な人を襲えばいい」

「……強めの霊感がある人がよかったのかもよ?」

「一般人たる相沢君達にも見える悪魔が?」

「それは……まぁ確かに」


 悪魔としての肉体を取り戻すため、誰かの血なり、肉なりが欲しかったならば、通りすがりの人間で事足りる筈。それをしなかったのは……。


「……復讐だけじゃない。誰かに……掘り起こして欲しかった?」

「魔子は、身元不明の遺体になるでしょうね。悪魔が作ったんだものそうなると、誰も何があったかなんて分かりはしない。忘却されないため。あるいは。誰かに忘れさせないために……ある人物の周りに私達を彷徨かせたかった。それが、ある人物の心をガリガリと削る方法だったとしたら?」

「ある人物?」


 背中を這うような、嫌な感覚がせり上がってくる。これには覚えがある。触れてはいけないものに近づき、見たくもない真実を暴いてしまった時の……。

 生唾を飲む音が、やけに大きく聞こえると同時に、メリーは、どんな気分かしらね? と、冷たい声と共に鼻を鳴らし。


「彼女は、言ったわ。〝あの程度で壊れるなんて! 身の程知らずの女……!〟それに加えて、〝貴方達の世代はいつもそう。親よりも友達や恋人を取るのよ……平気で裏切り合う癖にね〟……ねぇ、何と言うか、まるで何があったか知っているような口ぶりじゃない?」

「…………まさか」


 いや、そんなの考えたくもない。

 だって、それは……。メリーの推測が意味することは……!


「私がカマをかけたの、思い出して。私は、〝魔子さんの真実〟と言ったわ。これは、魔子さんの正体であり、出会った状況を示唆したつもりだったわ。そうして相沢君のお母さんは、確かに反応した。けれども、魔子さんが悪魔だということも、そんなものが自宅の倉庫にあったことも知らなかった」

「メリー、待ってくれ。待ってよ」


 そんなの……そんなの悠が、あまりにも不幸すぎる。

 そんな残酷なものが真実だなんて……!

 震える僕の手をそっとメリーは握る。彼女の手も、震えていた。


「悪魔を知らない。つまり彼女が言った悪魔女とは、そのまま比喩だと推測できる。なら……彼女は何に反応したのかしら? 私達が、何の真実にたどり着いている事に怯えたの?」

「…………彼女が、母親である人が、悠と魔子を友達に襲わせた?」


 壊れるとは、襲わせたことか。あるいは、悠の家に来なくなった事か。

 親よりも友人や恋人をとる。これは、悠が母の魔子への態度を苦笑い気味で仕方がない。と、蓋をし、それでも魔子といたことだろうか。

 簡単に裏切るくせに。これは……悠の友人達だろう。どうやって動かしたのかは……わからないけど。

 これが、真実。自分で言っていて、酷く他人事のように聞こえてしまったのは、僕自身がしっかりと受け止めきれていないからだろうか。

 あくまで私の妄想ではね。と、付け加えるメリーは、力なく笑っていた。


「……わからないよ。親なのに、子どもを不幸にするなんて」

「不幸だとは思っていない可能性もあるわ。……友人、恋人、知り合い、親、敵。色んな関係があり、それらには更に複雑なものがある。どこからが正常か。なんて、わからないもの」


 自分の両親や、綾の両親を思い浮かべる。可愛がってもらい、愛された自覚はある。少なくとも、それが暴走したと感じたことは、一度もない。特に綾を溺愛するおじさんだって、色々と心配性で綾に男性が近づく度に大騒ぎしたりしていたけれど。綾が嫌がればシュンとしつつ、すごすご引き下がるのがおじさんだ。

 だから、悠の母親のしたことには、理解など出来る筈もない。


「それで、いいと思うわ。わからなくていいのよ。素敵だなって思う人は、背中を見て。これはないって人は、追い越せばいい。子どもを簡単に殺す親もいれば、芸術品かアクセサリーのように扱う親もいる。愛情が憎しみに変わる親だっているでしょうね。相沢君のお母さんも、それらに近かった。それだけの話よ」

「……今日の君は、いつになく辛辣で饒舌だ」

「そうかしら?」

「うん、それで……」


 いつになく悲しそうだ。僕がそう言えば、メリーは今度こそ、目を大きく見開いた。暫し見つめ合い、やがてメリーは観念したように肩を竦め、「私も家族関連で色々あったから」と、自嘲するように呟いた。

 メリーの両親は蒸発している。親戚間をたらい回しにされた時もあったとか。だからこそ、悠の母親に思うところがあったのだろうか。


「……だからかしらね。少しだけ、やるせないのよ。以前は家族でもやっぱり他人は他人かなって思ってて。でも貴方の両親と交流したら、それがわからなくなりかけて。かと思ったら、真実はこんなで」

「……メリー」


 うまい言葉が見つからず、僕が項垂れていれば、メリーは少しだけクスリ。と笑う。


「だって、貴方の家……凄く暖かかったんだもの。色々ショッキングなものを見たり、酷い真実を暴いたりはしたけれど。私にとっては、あの出逢いが、今回の探索での一番の収穫で……救いだったわ」


 儚げに笑うメリーが、何だか遠くに行ってしまいそうな。そんな錯覚を感じて、僕は繋いだ手を離せなかった。メリーもまた、離そうとするそぶりは見せぬまま、僕らは長い間、新幹線に揺られていく。


「……〝神と悪魔が闘っている。そして、その戦場こそは人間の心なのだ〟何となく、このフレーズが浮かんだよ」

「ドストエフスキーかしら? 〝人間は神と悪魔の間に浮遊する〟とはよく言ったものね」


 パスカルかい? と、返す必要はない。多くの人が、悪魔に屈した。その結果がこの事件だ。個人的かつ歪んだ母性愛の果てで悪魔の愛が殺されるなんて、酷い采配であると思う。そして……。



「……復讐。終わったのね」


 メリーがいつの間に取り出したタブレットには、最新のニュースが載せられていた。

 とある郊外の豪邸にて、そこに住む女性が変死体で発見されたとのこと。

 女性は、まるで大型の獣に貪り喰われたかのような、酷い惨状だったそうだ。

 チョコを砕き、溶かし、冷やして固めて、カップに詰めて……仕上げに食べる。といった所だろうが、事情を知らない人は、そんな真実には辿り着くまい。


 ただ……。これは後から知ったことだが、変死体はその豪邸にもう一つあったらしい。

 一つというべきか、集合体というべきか。ともかくそれは、あまりにも猟奇的で、居合わせた警官が卒倒したのだそうだ。


 もう一つの死体は悠の部屋――。その机の上にあったらしい。

 可愛らしくラッピングされ、甘い甘ーい、チョコレートでコーティングされたハート型。六人分の異なる遺伝子が抽出された合い挽きの肉塊は……。見た目は確かに本命チョコだったという。



 ※



 悪魔の騒動は、これにて完全に終結した。

 蓋をあければ、悪魔召喚。あるいは回復の片棒を担がされた挙げ句、悪魔の復讐劇もとい、悪魔による悪魔祓いを震えながら見守っていた。なんて、お粗末なものだったけど……。いくら霊感もちとはいえ、一介の大学生が出来ることなんてこんなものだろう。

 僕らはエクソシストではないのだ。悪魔を殺せる武器なんて、持ち合わせてない。だから、悪魔と関わることなんて、恐らくもうないだろう。


 そう……思っていた。


 東京に戻って数日後。僕のもとへ、〝魔子〟から宅配便が届くまでは。


 何でそんな方法で?

 とか、今度は何だ!? という言葉を浮かべたくなる事だろう。というか、僕がそうだった。

 ともかく。怪しすぎる小包を目の前に結局考え抜いた末におっかなびっくり開封した僕は……。そこにあったものを見て、眉をひそめる以外他になかった。

 

 箱には、明らかに禍々しい気配を放つ、獣の手を思わせるミイラと……。一通の手紙が入っていたのだ。

 

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