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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第六章 バレンタインに悪魔を殺せ
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閑話其ノ四 僕の知らない物語③

『それはまるで、一対の翼に似て』


 始まりはいつだったか。

 思い出すのは難しい。小さな頃からいつも一緒で、フラフラするに必死でついていって。でも気づけばいなくなっていて、頬を膨らませた。帰りを待ちわびて。時に甘えたり、蹴り飛ばしたり。

 そうしているうちに、ストンと型に嵌めたかのように、好きになっていた。

 けど、それを伝えるには彼と私はあまりにも一緒にいすぎていて。

 認めよう。目を向けないようにしていたのだ。彼が私を特別扱いするのは、妹を可愛がるようなもの。彼の中で私を傷つけるのはタブー。そういった謎の制約が作られているような……そんな気がしていた。

 だからだろうか。変に恋路のライバルが現れないことをいいことに、私は時間を掛けすぎた。結衣ちゃんが言っていた通りだ。

 卑怯で最低な言い方になるけれど、あの人が……。メリーさんと彼が出会う前に確固たる絆が築けていたら。私が彼を想っていることを伝えられていたら……。もしかしたら、話は変わっていたのかも。負け惜しみみたいで凄く嫌だけど。


「あー、うー……むぅ」


 自室のベッドに突っ伏しながら、私はいつかのお出掛けと。その日の夜を思い出す。彼が帰って来て、はや九日。向こうに帰る日も迫ってきている。私としてはやはり会いに行きたい。けど……。

 少し、怖い。

 彼とメリーさん。その二人がいるとこに、僅かに関わりはしても、長い間同じ場所にいたことは、この数日でついぞなかった。

 友達皆を巻き込んだ交流会はカウントしない。あくまで私達三人。その関係を思い浮かべたら、三角形が頭に描かれる。

 恋愛小説ならハラハラドキドキ。現実なら胃が痛くなること請け合いなその形。ただし、私達の場合は綺麗な正三角形ではなく、二等辺三角形だ。誰が何処に位置するかなんて分かりきっている。……蹴っ飛ばしたいなぁ。


「……あー、もう。いいや」


 暫くそうしていて、結衣ちゃんに電話しかけたくなる衝動を抑えつつ、私は最終的に思考停止する。

 決めたではないか。私はやっぱり追い続けるんだと。

 あのバカは、物凄い鈍感だから、メリーさんとてそうそう上手くはいかない。あの二人の関係を聞いた今、私はもう、決めたのだ。先ずは……妹分脱却だ。

 というわけで突撃しよう。


 ※


 デートは楽しかった。凄く、凄く。

 初めて助手席に乗せてもらい、久しぶりに並んで歩く。

 高校の頃の思い出だとか、他愛のない話を語り。昼食にフードコートに入った時は、相変わらずなバカ丁寧な食べ方に内心で大笑いしていたり。

 映画を選ぶ時、実はこっそり観察していたの、気づいていただろうか。

 恋愛、コメディ、アクション、SF、アニメ、ホラーサスペンス。どれを見ようか。そんな時、彼の目がほんの一瞬だけホラーの方に向けられたのを、私は見逃さなかった。

 オカルト研究サークル。というだけで結構驚いて、そんな趣味があったと今更ながら知ったのは、つい最近。

 やっぱりそっちの方が観たいよね。きっとメリーさんといたら、迷わずそっちを選ぶのかな。そう思ってしまい、私はつい。


「ホ、ホラーにする? オカルトサークルなら、す、好きでしょ?」


 なんて言ってしまう。震え声になっていた。彼は目を見開き、そのまま困ったように笑い。


「観たいのは否定しないけど、どうせなら二人で楽しめるのがいい……かな」


 これ多分、綾が観たら大変な事になるよ。そう苦笑いする彼に、私は密かに歯噛みする。悔しいけど否定できない。

 結局、恋愛もの……は、あまりにもあからさまなので、無難にアクション映画になった。

 チケットを買い、お菓子とポップコーンを購入する。ちらりと彼の顔を窺えば、何だか嬉しそうにキャラメルコーンポップコーンを眺めていた。

 そういえば、こういった特定の場所での定番を食べる。そんな細やかな楽しみを彼は結構愛しているんだっけ。そう思ったら、普段は飄々としている姿が途端に子どもっぽく見えて、私は小さく吹き出してしまう。


「どうしたの?」

「なんでもない。……メリーさんとだったら、ホラー観てた?」

「それまだ引きずるのね。綾、無理に苦手な世界を広げなくても……」

「純粋な興味っ!」


 その困ったような顔は嫌だ。そう思ってついむくれながら彼を見上げれば、その表情を崩さずに頬を掻く。


「意外と彼女、アニメも好きなんだ。多分僕らが来たとしたら、そっちになるかな。あるいは続けて二本観ちゃうか」

「メリーさん、アニメ観るの!?」


 意外すぎる! と、本気で目を丸くすれば、僕同様そんなに詳しい訳じゃないけどね。と、付け加えた。


「にわかにありがちな、話題作だけ観る感じ」

「俗っぽいとこあったんだ。……あ、でも辰もそうか」

「綾ってたまに僕のこと、珍獣か変人の類いだと思ってないかい?」

「変態だとは思ってるわ」

「……そう言えばそうだったね」


 私が舌を出しながらそう言えば、彼は懐かしむような。それでいて楽しそうな笑みを浮かべる。何かざわざわしたのは、所謂女の勘。それを聞こうか迷っていたら、席についてしまう。

 時計を確認すれば、上映まで大分時間がある。もう少しだけ、踏み込もう。

 私は買ったアイスミルクティーを一口飲み、そのまま静かに辰を見る。


 今日決めていた事。それは……確認だ。


「ねぇ、辰。正直に答えて」


 聞きたい事があった。自分の想いより先に。

 彼が変わったのか、変わっていないのか。それを見極めたくて……。


「メリーさんは……辰にとって何?」



 ※


 勝手知ったるなんとかで、彼の部屋に入れば、彼は妹のララちゃんを抱き枕にすやすやと寝息を立てていた。

 傍らにはハードカバーの小説を片手にゆったりと彼のそばに寄り添っていた。

 森見登美彦の『夜行』……どんな本かは想像しがたいが、夜を行くという言葉が、不思議とメリーに。そして彼にもよく似合うフレーズだと思った。


「あら、竜崎さん」

「遊びに来たんですけど……まさか寝てるとは」

「一応十四時に起こす約束だから、あと少し待ってくれれば、大丈夫よ?」

「……じゃあ、待ちます」


 そう言って、私は少し離れた位置にクッションを持ってきて、そこに座る。部屋はメリーさんが時折本のページを捲る音以外は何も聞こえない、静かな空間になっていた。

 知らず知らずのうちにソワソワしていると、メリーさんは少しだけおかしそうに、クスリと笑いを噛み殺す。それにムッとした顔を作りつつ、気をそらすべく彼の寝顔を眺めて。私はそこで、そういえば、寝顔を初めて見た。幼馴染みなのに。なんてことを思い再び陰鬱な表情になる。


 私が知らない彼なんて、こんなにも溢れていた。


「……帰るとき、メリーさんも一緒なんですよね」

「……そうよ?」

「向こうで、これからも」

「そうね。そのつもり」


 淡々とした言葉の応酬が続いていく。


「ズルい……です」

「隣の芝はなんとやらね。私に言わせれば、幼い頃から彼と一緒にいれた。なんて方がずっと羨ましいわ」


 昔にいい思い出なんてない。だから、もし彼がそばにいたのなら、もう少し可愛いげのある女になれたかも。そう呟く彼女は、そっと手を伸ばし、彼の髪に触れた。


「……初めてなの。私を受け入れてくれた人は。私の全部を見せれた人は、彼が初めて」


 消え入りそうな声が、私の耳を抉っていく。塞ぎたくても、意地が邪魔をした。

「相棒って、言ってましたよね。今はそれでいいって。いいんですか? 私が横からかっさらうかも」

「そんな心配はしてないわ。いいえ。むしろ、それで取られちゃうなら、所詮その程度の絆だったのよ」

「……絆ですか。恋人ではないのに」

「個人的には恋人なんて一番危うくてふわふわしてると思うのよ。口約束みたいなもの。だから恋人になる。より……私はね、色々あるこの人との関係の中に、恋人ってカテゴリーを加える。そんな風になりたいわ」

「……ただの恋人では嫌。貰うなら全部欲しいと?」

「あら、分かってくれた?」


 強欲なことだ。私はため息をつきながら、キッとメリーさんを睨む。彼女は視線に気づいたのか、本を閉じて真っ直ぐ私を見据えてきた。


「昨日言ったこと、覚えてますか?」

「彼が好き。負けないから……ね。シンプルだけど、心に響いたわ。だから私も、自分の気持ちを話して、貴方の疑問に答えた」


 彼が寝ているのをもう一度確認してから、メリーさんは頷く。遡るはお出掛けしたその夜。私はメリーさんを呼び出した。

 宣戦布告と同じく確認。聞いた内容は、彼に問うたのと同じもの。


 貴女にとって、辰は何?


 彼女の答えは難解で、複雑。そうして奇しくも示し合わせたのでは? と錯覚する位、彼の答えと一致していた。


 それは、恋する乙女には些か残酷で。故に悔しくて。痛くて。泣き叫び、嫉妬に狂いそうなくらい羨ましかったけど。

 それでも、私が諦める理由にはならなかった。


 恋敵は強大。多分今告白しても、間違いなく玉砕する。それどころか、弾みで彼がメリーさんを意識する可能性すらある。それくらいに、少し絶望的な戦いだ。

 けど想い続けた年月や、その想いの大きさで負けている気はしない。そもそもこれしきで挫けるなら、ここまで拗れてはいないのだ。


「負けませんから……」

「私の答えを聞いても?」

「はい。だってわかりました。貴女が彼に似てるなら……きっと肝心なとこでは進展しない。なら……私にだってチャンスはあります」

「……そう」


 肝心なとこでの下りで顔が引きつっていた辺りは図星なんだろう。結構。ならば……。戦争だ。

 沈黙が部屋に満ちる。やがて、静かにメリーさんはため息をつきながら。少しだけ目を伏せて。


「もし仮に貴女が辰を射止めてたなら……いえ、止めましょう。ifの話はあまり好きじゃないわ」


 貴女、強いのね。不思議な輝きを放つ青紫の瞳が私を捉える。何だか別の世界を視ているかのようなそれは少し怖かったけど、私は最後まで目を逸らさなかった。

 少なからず、そこには敬意が滲んでいるように見えて……。

 次の瞬間、彼女はいつかの長ったらしい名前を静かに口にした。


「え?」

「私の、本当の名前よ。……あの時は、辰の家族に向けて名乗ったから、貴女はわりとどうでもい……。じゃなくて、不可抗力で聞かせる事になったけどね」


 おい。今この女、人をどうでもいいとか言ってなかったか?


「お世話になってる家族以外は、辰しか知らなかったの。知って欲しい人にだけ教えてた」

「それって……」


 私が目をしばたかせていれば、彼女は柔らかく微笑んで……。


「覚えてて。〝綾さん〟私も譲る気はないってこと」

「……さん。は、いらないわ。〝メリー〟」


 その日から、私達は開戦した。

 といっても、すぐに離れちゃうから冷戦になったというか、考えれば考える程に私不利すぎない? とか色々気づいて、また結衣ちゃんに泣きつく事になるのだが……。それはまた別のお話だ。



 ※


『メリーかい? うーんララにも似たようなこと聞かれたなぁ。相棒、だよ』

『辰? そうね。簡単かつ一番近い言葉にすれば、やっぱり相棒かしら?』



『最初はね、好奇心。これが強かった。あ~。僕と似たような奴がいるな~的な』

『最初はね。ただの観察対象だったのよ。え~。何コイツ、面白い奴ねって具合に』



『バディを組むようになって、取り敢えず今までいた友達と違うなって思ったんだ。なんだこりゃ? って最初は感じたなぁ』

『これが親友ってやつなのかしら? なんて気恥ずかしくも思ったわ。私はこんなだから……ちゃんとしたお友達、いなかったのよ』



『ただ、親友なのは間違いないんだけど、なんだろね。変な話だけど僕にもわかりかねるんだ。恋人なのかってよく言われるけど、違う。愛に近い感情が無いとも言わないけど』

『でもそれだけじゃないって気づいたの。ええ、向こうは知らないけど、私が彼に恋してるのも事実よ。でも、それだって結局側面の一つに過ぎないの』


『背中を預け合える相手なんだ。安心するんだよ。同じ世界を共有できるのって』

『そんな存在だからこそ、そばで寄り添っていたいのかも知れないわ』



『だから、僕にとってメリーは……』

『そうね。私にとって辰は……』



『代わりなどいない、大切な人なんだ』

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