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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第六章 バレンタインに悪魔を殺せ
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閑話其ノ三 僕の知らない物語②

『命短し、蹴り飛ばせよ乙女』


 

 それは、春休みにさしかかったある日のこと。私こと竜崎綾は、どうしようもなく高鳴る鼓動を身に秘めながら、少し肌寒い駅のホームに佇んでいた。今日は自分の中では特別な日。今も継続中な初恋の相手が、故郷に帰って来る日だ。


「まだかなー。まだかなー」と、世話しなく私の周りを走り回る彼の妹――ララちゃんが、「落ち着きなさい」とおばさんに嗜められているのを横目に見つつ。私は彼……滝沢辰について暫しの間想いを馳せる。


 私は地方の。彼は東京の大学へ進むことになった時は、少しどころか物凄い複雑だったけども、お互い第一志望の大学だから仕方ない。今でも定期的に連絡は取っているし、こうして実家に帰ってくれば会える。一度くらいは、彼のいる東京に遊びに行きたいなー。なんて思うから、今年は挑戦してみよう。

 小さい頃の知り合いって、何となく環境が変われば疎遠になるなんて話があるが、私と彼は当てはまらなかった。ちょっと嬉しくて誇らしいのは、私だけの秘密。


「まだー? まだー?」

「もうすぐよー」


 ソワソワ。ワクワクしているララちゃんの頭を撫でながら、駅の時計を見る。もう到着予定時刻だから、そろそろ改札に顔を出す筈だ。

 

 ちょん。と、さりげなく髪に触れる。大丈夫。しっかり手入れはしてる。初恋継続なんて事をほざいている事からお察しかもしれないが、軽く十年は達しようかという私のアタックは、未だに成功していない。

 友人達は、「綾ちゃんって恥ずかしがり屋が萌えだけど弱点だよね」とか、「もっとガンガン行こうぜ!」とか、「諦めんなよお前!」しまいには、「一周回って、これ辰の方が問題なんじゃないか?」なんて、好き放題言ってくる。誠に遺憾である。


 だから決めたのだ。今回こそ。今回こそは、彼を仕留め……ではなく、射止めてみせると……!


 聞けば、大学のお友だち。いつかに話してくれた、親友さんも今年は連れてくるんだとか。

 何てタイミングが悪い。と、一瞬思いはしたが、よくよく考えたらこれはチャンスではないか? そんな考えが浮かんできていた。


 大学での彼について詳しく聞いたり出来る。

 いつもと違う環境だから、彼も私を紹介しながら、新鮮さを感じてくれるかも。

 あわよくば親友さんを味方に引き込み、援護射撃をお願いすれば……!


 組み上がるパズル。繋がる作戦。これは……外せない。まず第一印象だ。彼が好きだという感情は友人達曰くだだ漏れらしいから、察してもらいつつ……。なんて思っていた時期が、私にもありました。


 数分後、改札で彼の顔を見て、フワリと舞い上がった私の心は、直後。その隣にいた存在で、一瞬にして急降下した。


 何だあれ。


 ……なぁにあれ!?

 何なのよあれ!!


 そこには、私が想像していた彼の親友の姿なんてない。かわりに彼の隣にいたのは、まるでお人形さんみたいに、とびきり可愛らしく、綺麗な女性だった。

 女性だった。……友達って女かい。

 私の中で、何かが崩れ落ちていく。その場で膝を、両手を地面に付けたら、きっとスポットライトが当たるに違いない。

 硬直した私の前で、彼は彼女を紹介する。大学の友人で、サークルの相棒、メリーさん。それだけが、私の中に強烈に刻まれて。直後……。


「初めまして。辰君の友人で、シェリー・ヴェルレーヌ・リスチーナ・松井・クリスチェンコと申します」


 な、名前長っ! が、最初の感想。

 正直、シェリーと松井しか頭に入らなかった。というか、メリーメの字も名前に見当たらなかった気がするけど、外国人のフレンドネーム的なものだろうか? いや、でも松井って。松井って……。ハーフ? クォーター?

 そんな私の混乱などどこ吹く風で、お人形みたいな美人さんは可愛らしい声で話を続ける。


「不束者ですが、暫くご厄介になります。出来る限り家事のお手伝いは致しますので、どうぞ宜しくお願いします」


 ……えまーじぇんしー! えまーじぇんしー!

 ヤバイ。この人ヤバイ。私の中で、無視できぬ音量で警報が響き渡る。不束者ですが!? 何故わざわざそんな言葉を使った? いらなくない? それいらなくない? ほら、ほらぁ! 彼が何かちょっとビックリした顔してるじゃない! 何言ってるのこの子って……っ、まさか。作戦? 三つ指ついての挨拶にちょっとクラッとくる男は多い。なんて大学の先輩がそんなアホみたいな事言ってたような……。


 思考が纏まらず、気がつけば、彼を睨んでいた。可愛くない態度は自覚してるけど、やってしまう。

 この鈍感野郎の事だ。基本飛んでくるフラグは全部叩き落としてる。そう思っていた。だけど、何となくわかるのだ。この人は……違う!


 それは所謂女の勘だった。

 そうしてそれが、私とメリーさんの、ファーストコンタクト。

 トンビに油揚げを奪われたような気分になり、「ふざけんなぁ!」と、叫びたくなったのは……責めないで欲しい。因みに。


「ねぇねぇ、お兄ちゃんの彼女さん?」

「残念ながら、違うのよ。まだ……ね」


 ララちゃんの小声かつ無邪気な質問へ、その返し。耳をダンボにしていた私はそれだけで、全てを察するには充分すぎた。


 この人……この人……! 油断したらあかん人だー!


 冬の駅ホームにて。脳内シャウトしまくる私の内面は、ちょっぴり泣きそうだった。


 ※


「で、そんな予期せぬ強敵の出現にテンパッた綾は、こうして夜中にもかかわらず、ボクに泣きついてきたと?」

「うっ……ご、ごめん。忙しかったならまた後でも……」

「いやかまわないさ。どうせやることなんて、録り貯めしていた深夜アニメを一気に観る位しかなかったし」


 君との恋バナの方が、よっぽど重要で有意義だよ。そう言いながら受話器の向こうの友人。田中結衣ちゃんは、クックック……と、変な笑い声を漏らした。

 その言葉に内心でホッとしながら、私は「どうしよう……」と、半泣きで唸る。

 あの後、彼が帰って来た時に毎回やる夕食会にて。やはり話題の中心にいたのはメリーさんだった。

 そもそも、彼がこうして誰かを連れてくる。というだけで、明日は槍でも降るんじゃないかというくらいに異常。大事件なのだ。身内が大騒ぎするのは当然だった。

 しかもまぁ、メリーさんときたら爆弾発言を連発すること……。でも、そんなことよりも一番私が気になったのは、彼と彼女の間にある、一種の気安さだった。


 思えば彼は昔から、他人にはそれなりに一線を引いた上で接していたように思う。ただし、私だとか、ごく一部の友人にはそれの度合いが少しだけ下がる。言うなれば、友人以外には適切な距離感を保ちつつ、親しみを損なわない。そんな器用な立ち回りをしていた。


 けど、どうしてか。メリーさんにはその線自体がないように見えるのだ。

 例えば、何の気ない仕草。話のテンポ。目線。……伊達に十年彼を見てたわけじゃない。だからこそ分かってしまう。あんなに自然体な彼は初めて見る。ありのまま。自由な彼。

 たとえ僅かなやり取りを見ただけでも、それは残酷なまでの事実を私に告げていた。


 本物が、現れてしまった……と。


「君がそういうならば……きっとそうなんだろうね」

「うぐぅ……」


 いつにない神妙な結衣ちゃんの声のトーンに、私のテンションは知らず知らずのうちに沈んでいく。


「散々言ってたじゃないか。高校卒業までに落としとけって。そもそも滝沢くん。……今だから言うけど、綾が知らないだけで結構人気あったんだよ?」

「……ふぇ?」


 メリーさんショックで既に満身創痍だった私には、その言葉は青天の霹靂だった。

 私が戸惑っていると、結衣ちゃんは溜め息混じりに、いいかい? と、話を切り出した。


「アレは中身は置いとき。見た目はなかなかいいだろう?」

「え? あ、うん……うん」

「……そこで可愛らしい反応止めてくれないか。鼻血出るから」

「なっ……! 今出した声のどの辺が……!」

「どーせ思い描いて。改めて認識してドキドキしてるんだろう? 話が進まないから次だ」

「ぐ……わかった」


 私、そんなに分かりやすいかなぁ? と、スマホを耳に当てたまま、部屋の姿見を覗きこむ。ほっぺは、ほんのり桜色だった。


「隠れファンなんていっぱいいたのに、彼は浮いた噂一つない。何故か分かるかい?」

「……鈍感だから?」

「違うよ。間違ってる。綾、それはね。君がいたからさ。物静かで虚ろな美少年の隣には、いつも見た目麗しい大和撫子がいて、二人は幼馴染みでした。外から見れば、割り込む余地がないくらいに君達は完成していたんだよ。お似合いってやつだ」


 お似合い……! という言葉に舞い上がるが、それは直後に挟まれた、「まさか中身が偏屈で胡散臭い風来坊気質な鈍感男子と、シャイであざといポンコツ格闘女子だとは誰も知らずにね」なんて、あんまりながら的を射た発言で、儚く打ち砕かれた。


「大抵の女の子は、彼が逃げるだろう。だが、そうでない人が現れたなら……。綾、間違いないよ。その女性は君の恋路には致命的だ。幼馴染みの優位性なんて、簡単に消し飛ぶよ」


 聞けば、その女性も、彼を想っているんだろう?

 そう言い切る結衣ちゃんに、私は小さく、うん。と頷いた。

 勘だけど間違いない。私がそう言えば、「なら尚更頑張ろう。大丈夫。彼の中で君を占める割合だって多いんだし」と、結衣ちゃんは励ましの言葉をくれる。それにちょっとだけ泣きそうになったのは……内緒だ。

 愚痴から始まり。相談と、新たな決意を改めて。

 そのまま私達は他愛のないガールズトークとしゃれこんだ。


「……しかし、信じがたいなぁ。あの滝沢くんに綾以外の女の子の影がねぇ」

「私は正直。一番波長が合うの、結衣ちゃんかなって思ってた」

「え? ボクが? ないない。お互い趣味じゃないだろうさ。君には悪いけど、何考えてるか分かりにくい上に、たまにフラッといなくなる恋人はごめんだよ」


 友人は、わりと辛辣だった。


「……趣味悪いのかな? 私」

「好みの問題だよ。その手の虚ろな感じがいいって人がいる。ボクは違うって話。ボクはぶっちゃけ束縛されたいタイプ。分かりやすいだろう? その手の男は、行動も、言動も」


 知らず知らずのうちに支配しやすいんだ。という結衣ちゃんに、少しだけ背筋が寒くなる。こういった怖い内容がサラッと出てくるのは、女の子同士の会話ではよくあることだ。


「チーちゃんが言ってたけど、結衣ちゃんってダメ男製造能力凄そう」

「君も大概失礼な奴だなぁ」


 クックック……という笑いと一緒に、話は暫く続いた。

 スケジュールを調整して、皆で会おうとか、件のメリーさんも参加させよう。だとか、色々決まったのはこの時だ。

 この時の私は、まだ想像していなかった。

 メリーさんの驚異というやつを。日を重ねるごとに。知れば知るほどに思い知らされたのだ。


 のんびりしてたら、本当にマズイ。と……。



 ※


「綾、はっきり言うよ。もう押し倒してしまえ」


 それは、彼が帰って来て一週間が経った日のこと。彼とメリーさんを巻き込んだ友達との交流会。それを終えた翌日に、もう何度目かになろうかという結衣ちゃん相談室。という名の通話にて起きた友人からの提案だった。


「お、押し倒……」

「いや、真面目に。ボクもね。実物見るまで半信半疑だったさ。けど、思った。あれマズイよ。はっきり言って、本人達に否定されなかったら、恋人だと勘違いしてた」

「ぐ……そ、そんなに?」

「うん。だって聞いてたろ? 彼と彼女の話」


 思い返すは、つい昨日。挨拶から始まった交流会は、皆の近況報告から始まった。トリに回されたのは彼。皆根掘り葉掘り聞く気が満々だったのだろう。

 先ずは馴れ初めや! と、仲間の一人が言えば、彼とメリーさんは一瞬だけ視線を交わしてから、淀みなく、受験の日、同じホテルで知り合った。

 何の気なしの話題で盛り上がり、意気投合した。そう言っていたが……。


「まぁ、明らかダウトだったよね。他の皆は信じてたけど」

「や……やっぱり?」


 私が震え声を出せば、結衣ちゃんはうん。ときっぱり肯定した。


「まず、何の気なしで見ず知らずの女の子と盛り上がるとか、あの男には絶対あり得ないじゃないか」

「何か凄い酷いこと言ってるけど……そうよね」


 それは私も思った。明らかな隠蔽もとい話題そらし。携帯も確かあの時は壊れたらしくて、連絡がつかなかったけど、その時に彼女に知り合って、後に一緒にサークルを立ち上げる? 一体どんな出来事を経たらそうなるのか。


「まぁ、それは置いとこう。あの男が人を煙に巻くのは今に始まった事じゃない。次だ」

「大学ではどんな感じか……だったよね?」


 学部は違うから普段会うのは昼休みと講座が終わった後。そして休日。結構な頻度で。というか、殆んど行動を共にしているらしい事はよくわかった。が、そこに友人が一人。山崎君が踏み込んだ。「辰の失敗談とか恥ずかしい話はないか?」と。

 正直、ちょっと興味が惹かれたのは否定しない。

 あまりそういったとこは昔から見たことがなかったし、性質面を覗いた弱点らしい弱点は、なかなか思い浮かばない。

 大学という新たな環境でこそ発見される何か。それを私は期待したのだ。なのに、メリーさんときたら、少し考えてから彼と目を合わせ、悪戯っぽく笑いながら、こんなことを言い出したのだ。


『……結構、寝相悪いわよね。貴方』

『いや、何言ってるのさ。君だって似たようなものだろう』


 場の一部が固まったのは、言うまでもない。理解した人は理解したのだ。


「なんで君ら互いの寝相知ってるのさ! しかもそれ聞いたらしれっとよく一緒に旅行するからときた!」


 部屋同じかい! と突っ込みを入れた友人が一人。関西出身の浜田君に、あの二人はキョトンとした顔で「安上がりだから」と答えていた。浜田君は白目を剥いていた。


「てか、会話の合間合間でアイコンタクト入るのなんなのさ」

「うん、ズルいよね。私と目を合わせても頭撫でてくれるだけなのに」

「あと、サークル活動先がディズニーランドや温泉って何だよ。デートじゃないか! そんなノリでクリスマスや年末は一緒だった? おかしいだろ」

「お二人は検証だと言い張ってるわ。日本語って便利よねー」

「いや、綾、それもなんか違うから。……冷静だね。意外と」

「アハ、……ホント二、ソウ……オモウノ? ユイチャン?」

「ごめん、ボクが悪かったよ」


 機械的な声が出たのに驚いていたら、結衣ちゃんがわりと本気の震え声を出す。

 全く、あの男、撫でれば言うこと聞くとか思っている訳ではあるまいな。酷い奴だ。あと、冷静だというのはご覧の通り誤解だ。

 内心は色々パニックでごちゃごちゃ。

 毎回見に行く度にあの二人、無自覚にイチャついてるんだもん。

ズルい。


「……明日かい? 約束してたお出掛け」

「うん。明日……」


 それでも、なんとか約束はこじつけた。まさかメリーさんもこれにはついてこないだろう。……こないよね? 場所は郊外のショッピングモール。田舎とはいえ、遠出すればちゃんと楽しむ場所はある。そこでお買い物して、ランチして、映画見て。そして……。


「結衣ちゃん、決めたわ」

「……ゴムはつけなよ?」

「違うわよ! そうじゃなくて! ……私、ね」



 明日、辰に……!

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