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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第六章 バレンタインに悪魔を殺せ
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閑話其ノ二 僕の知らない物語①

 悪魔の騒動に関して僕らはそのまま蓋をした……かに見えたが、実はあと数回、それにまつわる不思議な出来事が起きていた。最後にそれらについて語り、この怪奇譚を締めとしたかったのだけど、その真実がまた実に陰惨というか、あまりに救いがなかったということを、まず先に申しておく。

 故に、重々しい話の前に清涼剤として、残る実家での日々を簡単に語ろうかと思う。

 悪魔が淡々と復讐を続けているその一方で、僕はといえばのんびりとだらけていた。

 元は悠からの依頼が始まりだったこともあり、それが終わってしまえば、もう特にやることもない。

 ごく普通にドライブに行き、近場の名所を回ったり。ララの買い物に付き合ったり、会っていなかった他の友人達とも再会を果たした。勿論、綾と約束したお出掛けも行ってきた。相も変わらず僕の幼馴染みは天使だったと報告しておこう。

 それはいつもの帰省風景。

 ちょっと違うのは、要所要所ではメリーも一緒だったことくらいか。

 何故か友人達にその存在が広まっていたのは驚きつつも、田中さんなら言いふらしかねないなぁ。と、納得してしまう辺りが、彼女の気質を物語っていると言えよう。

「爆発しろ!」「もげろ!」「折れるでも可」「綾たん、蹴ろう! コイツ蹴っ飛ばせ!」なんてヤジを飛ばしてきた愛すべき友人達を、メリーが妙に楽しげに眺めていたのが印象的だった。


 そう、印象的といえば綾だ。

 お出掛けした日の夜、僕の部屋にやってきた彼女は、布団にちょこんと座ったメリーを一別してから、今までにないくらい真剣な表情で僕の顔を見て、こう言ったのだ。


「……少し、メリーさんを借りてもいい?」


 断る理由も特になく、メリーの方へ横目を向ければ、彼女は落ち着いた様子で肩を竦めた。「借りられてくるわ」と、目が語るので、僕が小さく頷けば、メリーは無言で立ち上がり。柔らかく。だが、何処か毅然とした立ち振舞いで、綾の方へ歩みよった。


「行きましょう。えっと……竜崎さん?」


 僕とメリーを交互に見て。何故か口をへの字に曲げた綾は、小さく「……はい」と、返答し、部屋を出ていった。

 取り残された僕は……ルービックキューブにリベンジするくらいしか、やることがなかった。


 戻ってきたメリーに、何の話だったの? と聞いても、彼女は唇に指を当てて、おどけるようにウインクし。


「〝It’s a big secret. I’m sorry,I can’t tell you〟」

「……〝A secret makes a woman woman〟ってとこかい?」

「フフ……なんてこと。辰の方が発音綺麗だわ」


 曰く、乙女の秘密らしい。ただのガールズトークよ。とも言っていた。なので僕も、それ以上は追求しなかった。こういうのは、変に掘り下げないに限るのだ。



 ※

 


 小さな欠伸が出る。ぽっかりと空いたある一日。昼食後、僕らは自室で寛いでいた。視界にはベッドを背にして小説を読み耽っている、メリーの姿。


「眠いの?」

「うん、ちょっとだけね」

「メリーさん目覚まし時計はいかがかしら?」

「……じゃあ、十四時にお願いしようかな」

「了解。イタズラ電話で起こす。耳にフーッてする。馬乗りで揺さぶる。どれがいいかしら?」

「普通に起こしてくださいお願いします」


 メリーさんジョークよ。と、カラカラ笑う相棒に苦笑いしつつ、僕はゆっくりと微睡みに身を委ねていく。

 ベッドのスプリングが軋む。メリーもベッドに腰掛けたようだ。頬にヒヤリとした手が添えられて、優しく撫でられるのが、何とも心地よい。


「……おやすみ。辰」


 柔らかな相棒の声がトドメとなり、僕は眠りへと落ちていった。



 ※



 ここからは、彼の知らない物語。

 悪魔に翻弄される中で確かにあった、優しい日常の詰め合わせ。


 

 ※



『滝沢ララのお兄ちゃん日記』


 ララちゃん日記。一日目。

 ヤベェ、なんだアレ。

 大学生のお兄ちゃんが冬休みで帰って来たけど、まさかの女の子を連れてきた。しかも外国人。でもお名前の中で松井って言ってたから、ハーフかクォーターかもしれません。

 ただ、恋人という訳ではないみたいです。お兄ちゃんは妙に慌てて、「友達だよ」と言っていました。ホントかなー。

 お隣の綾お姉ちゃんは駅で目のハイライトを消していました。肩をぽんぽんしてあげたいけど、ララじゃ届きません。残念。

 夕食でお兄ちゃんのお友達……。メリーお姉ちゃんは「お兄ちゃんを大切な人」って言っていました。にやにや。

 綾お姉ちゃんのハイライトがまた消えてました。

 その日、お兄ちゃんとメリーお姉ちゃんは同じ部屋で寝るみたいでした。お母さんが迷いながら、ララの部屋を提案しようとしたら、まさかのお兄ちゃんが「同じ部屋で大丈夫」何て言う始末。

 メリーお姉ちゃんも「問題ありません」だって。

 ……これで恋人じゃないんだー。



 ララちゃん日記。二日目。

 辰お兄ちゃんとメリーお姉ちゃんは、朝からお出掛け。

 ちょーもん。というのに行くみたいです。なんのことだろ?

 二人連れだっていくのを見て、隣の綾お姉ちゃんがまたハイライトを見失っていました。罪な男だねー。

 ……まさか帰って来てる間、ずっとメリーさんと一緒じゃないよね? え? 困るよ? ララちゃん泣いちゃうよ? 構ってよ。

 何て思ってたら、帰ってくるなり遊んでくれました。久しぶりのゲーム。メリーお姉ちゃんも一緒に。

 赤帽子の髭面と愉快な仲間達が双六して星やお金を奪い合うゲームをやりました。

 お兄ちゃんとメリーお姉ちゃんが執拗に陥れ合っていたのが印象的でした。仲がいいんだか悪いんだか。おかげでララちゃん大勝利。

 兄より優れた弟はいなくても、妹は兄より強いのである。まる。



 ララちゃん日記。三日目。

 今日もお兄ちゃんとメリーお姉ちゃんはお出掛け。二人は朝デートが好きなのかな?

 バイトに行く前の綾お姉ちゃんのハイライトは旅にでたみたいです。綾お姉ちゃんは恥ずかしがり屋さんだから、多分割って入ったり出来ないのだきっと。

 そんなとこも可愛い。けど、焦らないとマズイですよ奥さん。

 帰って来たら、お兄ちゃんはパパとドライブに。車の運転を練習するんだって。ドライブいいなー。後でララも絶対乗せて貰お。

 メリーお姉ちゃんはお家でママとお料理。こっちに来てから、家事もよくしてくれて、ママは凄く嬉しそう。お兄ちゃん、順調に外堀を埋められている件。ふむ。この女としてのしたたかさは見習いましょう。

 あと、どうでもいいけど、お兄ちゃんとメリーお姉ちゃんのやり取りというか、阿吽の呼吸がおかしい。パパがボソリと熟年夫婦とか言ってたけど……うん、ちょっとだけ納得しちゃったララがいました。




 ララちゃん日記。四日目。

 大変大変! 綾お姉ちゃんのハイライトが仕事してないの!

 二人はドライブに出掛けました。うーむ。お兄ちゃんって、一人の時間も結構好んでた筈だけど……。これ、わりとレアケース?

 でも、帰って来たお兄ちゃんとメリーお姉ちゃん。何だか色々とボロボロでした。

 そこでララに電流走る。

 お兄ちゃんって、わりと昔からあっちにフラフラ。こっちにフラフラしてたけど……。もしかして今、メリーお姉ちゃんとフラフラしてる!?

 つまり行方不明者が次から二人に……! ダメじゃない!

 いや、いいの? 二人なら何か一人よりは安心? うーむ。子どもだから。わかりませーん。

 という訳で、卒業アルバムを届けに来た綾お姉ちゃんと一緒に部屋に突撃しました。


 ……何かイチャついてました。ベッドに並んで腰掛けて。いい雰囲気だったとこに入っちゃうララと綾お姉ちゃん。何だろ。凄いお邪魔虫しちゃった。てへ。

 もうちょっと待ってたらもしかしたら決定的瞬間……。

 あーんなことや、こーんなことしてるとこが見れたかな? でもダメ。だって……綾お姉ちゃんが泣いちゃうもん。

 お兄ちゃん知らないでしょ?

 目のハイライト消して。戻した時……。綾お姉ちゃんって、とっても寂しそうなの。……でもたまに怒りにも燃えててガチで怖いのは内緒です。


 その夜のこと。何となくまた突撃したくなって。あと、久々にお兄ちゃんと寝たいな。そう思ってララは部屋に忍び込もうとして……。お兄ちゃんのベッドに先客がいるのに気がつきました。

 二人は、一緒に寝ようとしてました。お兄ちゃんがメリーお姉ちゃんを引き寄せて、優しく横たえるとこ。メリーお姉ちゃんは何だか震えてました。まるで何かに怯えてるみたいに。お兄ちゃんにすがり付いて。その後で、心底安心したように息を吐いている。そんなメリーお姉ちゃんをお兄ちゃんは静かに抱き締めていました。

 今入るのはダメ。ララはそう思いました。

 忍者みたいにお部屋に戻り。何だかララからも溜め息一つ。

 お兄ちゃんは……別にいいや。後で一緒に寝れば。

 考えるのは綾お姉ちゃんとメリーお姉ちゃん。

 どちらかが笑えば、きっとどちらかが泣くんだ。恋ってわかんないけど、ララはそう思いました。



 ララちゃん日記。六日目。

 お兄ちゃんと、お買い物。

 助手席の乗り心地は最高でした。

 お洋服や小物。あと、本を買って貰いました。持つべきはアルバイトしてるお兄ちゃんだね。

 ランチにスイーツも付けて、ララの気分はお姫様。

 伝票を見たお兄ちゃんの顔が引きつってたけど、今回はいつもより全然構ってくれなかったから仕方ないね。ララが大きくなったら、お返ししてあげる。楽しみにしてて。なんて言ったら、何故か凄い笑顔でお顔をこねくりまわされました。解せぬ。


 そのついでに、ララちゃんはさりげなーく、聞いてみました。

「メリーお姉ちゃんのこと、ホントはどう思ってるの?」って。

 最初はまたからかい半分かと思ったみたいだけど、ララが真剣な顔なのを見て、お兄ちゃんは普段はなかなかお目にかからない真面目モードでララに向き合ってくれました。……こーゆうとこが大好きです。でも……。

「正直に言うと、わからない」と言ってヘタレやがりました。こーゆうとこは嫌いです。

 でも、いつものヘタレではなく、結構しっかり悩んだ上での「わからない」みたい。メリーさんとの関係を語るお兄ちゃんは戸惑いながらも楽しそうで。それでいて何だか愛おしげに見えました。

 全部聞いた感想は……あー、甘い。お砂糖たっぷり。

 でもそっか……大事にしてるんだ。そう思ったララちゃんは何だかちょっぴり嬉しくなって、『ジャンボスペシャル・アメージングダイナマイト・スーパーイチゴパフェ』を注文しました。ララは甘いの大好きなのだ。お砂糖はコーヒーより、スイーツに追加するタイプである。

 パフェの値段を見たお兄ちゃんのハイライトが迷子になりました。ランチの後ATMに向かうお兄ちゃんも素敵でしたとさ……まる。



 ララちゃん日記、八日目。

 今日はお兄ちゃん、綾お姉ちゃんとお出掛け。

 それを見送るメリーお姉ちゃんのハイライトは……生存してたけど、なんとなーく。不安そう? 寂しそう? ソワソワしてました。

 ララちゃんも暇だから、メリーお姉ちゃんと遊びました。

 お菓子作って貰ったり、ゲームしたり。ヘアースタイルをアレンジして貰ったり。編み込みをやっくれました。

 うん、覚えよ。気に入っちゃった。やっぱりお姉ちゃんはいいものです。お兄ちゃんとはまた違ったよさがあるよね。

 夜はメリーお姉ちゃんの料理風景を眺めて、その後一緒にお風呂へゴー。


 ……凄かったです。

 いや、何がって。とにかく凄い。デカい。綺麗。あんなの見たことない。

 何て言うか、お兄ちゃんぶっ飛ばしたくなる位のナイスバディ。ヤバイよ。ララちゃん女の子なのに鼻血出ちゃう。

 一緒に湯船でぬくぬく~。「お風呂は命の洗濯ね」なんて、お兄ちゃんと同じこと言ってて、何だか面白かった。

 因みに色々お兄ちゃんとはヤッてるけど、お風呂はまだ一緒に入ったことないんだって。グヘヘ……お兄ちゃんより先へ行くララちゃんでした。

 お風呂を上がってからも、ドライヤーかけて髪をしっかり整えながら、色んな話をしました。……お兄ちゃんのことも。


「お兄ちゃんのこと、どう思ってるの?」ララがそう聞いたら、メリーお姉ちゃんは迷わず静かに。「そうね……好きよ。大好き。私だけ見てほしい位に、ね」そう答えました。やっぱりヘタレなお兄ちゃんとは格が違いました。

 そこでララはちょっとだけ意地悪になってみます。「……お兄ちゃん、取っちゃうの?」と。気分は演技派女優。さて、メリーお姉ちゃんの反応は? と、見上げると……。嬉しそうに笑いながら、しっかりララちゃんとお膝を向き合わせてくれました。

 ……今気づいたけど、メリーお姉ちゃんって、何処と無くお兄ちゃんに似ていると思います。特に纏う空気が。

「ララちゃんのお兄ちゃんは、これからもずっとずっと、辰だけよ。逆に辰の妹だって、ララちゃんだけ。私なんかが入っちゃダメでしょう?」

「……うん、ララの〝お兄ちゃん〟は、あげないよ?」

 ララがそう言えば、メリーお姉ちゃんは優しくララの頭を撫でて、そっと目線を合わせた。青紫の瞳。……宝石みたいに凄く綺麗だった。

「うん、わかってる。だから……ララちゃんのお兄ちゃんってとこ以外。〝辰〟が、私は欲しいの」

 ダメ? と、首を傾げるメリーお姉ちゃん。お兄ちゃんって要素以外は全部かぁ。〝メリ(ねぇ)〟、主も強欲よのぉ? と、わざとらしーく笑えば、メリ姉も乗っかってくれた。


「ええ、そうよ。私、メリーさん。悪魔なんかより、ずうっと強欲なの」


 当然じゃない。と、笑うメリ姉の目から、一瞬だけハイライトが消えた気もするけど……きっと気のせいだ。

 でも、ちょっとだけ安心した。ちゃんとお兄ちゃんや、その周りも見てくれるんだね。真剣に想ってくれてるんだね。それが何だか嬉かった。


 ※


「ララちゃん日記。九日目……お兄ちゃん、お昼寝中?」


 ゲームを担いでいったら、メリ姉が人差し指を立てて「シィー」とジェスチャーする。珍しいな。なんて思う。あまりお兄ちゃんは、人前で隙は見せない。ララと寝るときだって、いつもララが寝てから寝るし。ララが起きればいつも起きてる。

 何だか今年はお兄ちゃんの珍しい姿ばかり見てる気がする。


「ララちゃんも一緒にどう?」

「メリ姉は?」

「私は、眠くないのよね。昨日ぐっすり寝たから」


 同じベッドで? と、茶化すのはやめとこ。ララちゃんは空気が読める女だし、メリ姉のことだから、何かと理由をつけてお兄ちゃんを言いくるめたに決まってる。そう思えば何て言うか、お兄ちゃんカッコ悪。ザマァ。ヘタレ。

 そんな事を思いながら、ララはお兄ちゃんの横に陣取る。

 こんなお兄ちゃんだけど……まぁ、大好きだし。

 引っ付けば無意識なのか、しっかり抱き締めてくれる。うむ、苦しゅうない。


「辰は、十四時に起きるみたいだけど、ララちゃんも同じ時間でいい?」

「うん。ララちゃん日記。なーんかお兄ちゃんからハチミツの香りがしまーす。昨夜はお楽しみでしたかぁ? にやにや」


 やっぱり茶化しちゃうのはララの本能かも。そう感じながらメリ姉を伺う。ここはきっと、ガチで恥ずかしがって図星に……。


「ララちゃん、あのね。そう簡単にお楽しみ出来たら……苦労しないの、よ」

「……ドンマイ。メリ姉」


 哀愁漂わせ、実に味のある顔を見せてくれたメリ姉は、そのまんま。恋する乙女にも、鈍感主人公に振り回されるヒロインにも見えた。


 ララちゃん日記。やっぱりお兄ちゃんは、難攻不落でしたとさ……まる。





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