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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第六章 バレンタインに悪魔を殺せ
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幻視の共有

 不思議な夢を視た。

 それは、何処か物置めいた場所で。お櫃が並ぶその一角に、見覚えのある青年が腰掛けていた。


 在りし日の……悠だった。


 何だかなぁ……平坦だよ。俺の人生。自分が腰掛ける場所から斜め下へ視線を向けながら、悠は自嘲するように呟いた。

 他に人影はない。独り言かと一瞬思ったが、悠は明確な意思を持って、こちらを見ていた。

 話しかけているのだ。僕へ向けて。いや。正確には……〝僕が入っている誰かに〟


「普通に学校卒業して、就職。何か劇的な事があったわけじゃない。高校は……色々やったけど、結局さ。後悔ばかりだ」


 やりたいことがやれた訳じゃない。そう言って、悠は表情を曇らせる。

 大学行きたかったなぁ。だとか、母さんが許してはくれないだろうな。といった愚痴まじりの言葉が漏れ。続けて、長い長い溜め息が漏れた。


「ダメだな。強そうな奴とつるんでも、変われない。やったことなんざ、苛めのパシり。苛めなきゃ苛められる。そんな世界だ。終わってみたら、俺には何も残ってない……誰もいない」


 寂しそうに、悠は携帯電話を操作する。ディスプレイのアドレス帳には、家族と僅かな数の友人。そして……僕のアドレスだった。


「アドレス変えて、連絡する度にさ。届かない奴が増えてくんのよ。笑えるよな。多分悪い噂なんて伝播してって……。コイツとは関わりたくないってなるのかね?」


 カッカッカ……と、乾いた笑いがこだまする。僕は、当然ながら声をかける術は持ち合わせていなかった。


「辰は……今、何してんのかなぁ……」


 ぼんやりしたまま、悠は虚空を見つめる。

 色々な欲望が。色々な願いが、僕に入ってくる。そして……。


「〝友達〟……欲しいなぁ」


 パキリ。と、骨が折れるような音がした。



 ※


 暗転する視界。

 外れた自転車のチェーンを治す、悠の姿。

 それに僕の視界の主は、何やら話しかける。

 最初はポカンとした。次第にごく普通に話し……。そして……。

 場面はめぐまるしく変わっていく。

 ある日はゲームセンターで遊び倒し。

 またある日は買い物に行く。

 一緒に旅行に出かけたり。

 悠の実家に行った時は、どういう訳か、母から冷たい視線と言葉を受けた。

 何度も何度も足を運ぶも、とうとう悠の母は、視界の主を正面から見なかった。

 仕方ない。気にするな。そんな悠の顔が印象的だった。

 だが、そんな暗い影がありながらも、出て来て見えるのは、楽しげな思い出だった。

 祭り囃子に胸を踊らせたり。花火を見たり。

 取りたての免許で車を飛ばし、紅葉を見に行った時もある。

 クリスマスは細やかなミニパーティーを開き。

 新年は一緒に初詣へ。

 そして……。


「バレンタインってまた……気が早くないか? まだ一月になったばかりだぞ?」


 苦笑いしながらも。悠は何処と無く照れくさそうだった。

 日頃の感謝だ。勘違いするな。

 あと、チョコレートは作ったことないから、練習期間が必要だ。

 そんな言葉を視界の主は言う。それを聞いた悠はそっぽを向きながら、誤魔化すように頬を掻いた。


「別に、何貰っても嬉しいんだぞ?」



 ※


 視界が再び暗転する。

 こんな筈ではなかったのだ。そんな誰かの心の叫びを、僕は聞いていた。

 ただ、願われる側の自分が、いつしか願うようになってしまった。願いを叶え終えたら、終わってしまう。

 だから……嫌だ。一緒にいたい。そう思った時、その気持ちは抑えられず。

 とうとうその視界の主は、悠に全てを打ち明けた。


 目を見開く悠。だが、やがて彼は優しく笑い……。そこで不意に僕の身体は浮遊して、視界の主から離れていく。

 幽体離脱って、こんな感じなのだろうか。体験したことはないからわからないが。

 俯瞰的な視点になり、僕はそこで改めて、悠と対峙する人物の全体像を捉えた。

 そこにいるであろう人は、ほとんど予想できていた。

 ギャルっぽい容姿。派手な服装。だが、目だけは純粋な光を灯して、彼女は悠を見つめていて。


「……願い、いいか? 二つ目だ」

「っ、待って。嫌……。そんなことしたら……」

「お願いだ、()()。……人間になってくれ。悪魔なんてのに縛られない……一人の女の子になってくれ!」


 涙で潤んだ瞳を、女……魔子は大きく見開いて。

 直後、パキン。と、また骨が折れたかのような音がした。

 視界は再び暗転へ。その直前、僕は傍らに誰かが一緒に浮遊しているのが見えた。それは……。


 ※



 チュンチュンと、爽やかな雀の囀ずりが耳に入ってきた。同時にカーテンの隙間から射す陽光が、微睡みから目覚めた僕の思考を、徐々にクリアにしていく。

 夢。と、頭の中でぼんやりと呟いた時、僕は身体全体に伝わる心地よい暖かさと、ハチミツの香りに目を細めた。

 顔のすぐ下に、見慣れた亜麻色。首に回された細腕からは、ネグリジェのシルク生地がもたらす優しい感触がする。

 静かな寝息が首もとに当り、僕の腕もまた、フワフワの髪の毛に枕となる形で使われていた。


「……ああ、そういえば」


 メリーと一緒に寝たんだっけ。いつもは背中合わせが、今回ばかりはくっつく形で。

 理由は色々。彼女が悪夢を見ないように。それから、寝るときに部屋を暗くした時、僅かにメリーが身体を強張らせたのを見てしまったから。昨夜だけの特例だ。

 打ち払う方法としては目で見てるのか、脳で認識してるかわからないので、取り敢えず僕の腕が、メリーの頭に触れるようにして。僕自身は盾か鎧。守るものをイメージしながら眠る。こんなアバウトでいいものかと思ったが、当のメリーが「凄く安心する……」なんて言いながらくっついてきたので、僕はそこで考えるのを止めた。

 その結果は……思わぬものだった。


「んっ……しん?」


 舌ったらずな声を出しながら、メリーが身じろぎする。青紫の瞳が僕を捉えて、何度か瞬きした後に、少しだけ照れを交えた柔らかな笑みが花開く。


「……おはよ」

「うん、おはよう。悪夢は……大丈夫だった?」


 僕がそう問えば、メリーは頷いて。


「おかげさまでね。ただ……核心と、ちょっとビックリするものが視えた」

「悠は、悪魔に女の子になってと願った……とか?」

「ええ。そうして、夢で辰を視たの。私の隣に浮かんでいる貴方を……ね」


 私が考えたこと、分かる? と、小首を傾げるメリー。それを見て僕は確信した。恐らくあれは、メリーが視るヴィジョンそのもの。どんな原理かは分からないが、それを僕は彼女と一緒に共有し、視たという事になる。

 僕の干渉が彼女に及んだのかは分からないが、その辺の原理は後に検証することにして。

 僕らは到達した真実の酷さに嘆息した。

 推測もとい妄想だったものが、最後のピースを得て現実味を帯びてきてしまう。悪魔は確かにいたのだ。だが、それ以上の残酷さを人は有している。それをまざまざと思い知らされた気分だった。


「部屋を……見せてもらうまでもなかったね。悠は恐らく、あの屋敷の、途中にあった倉辺りが怪しいな。そこで、何らかの悪魔に関する物を見つけたんだ」


 あそこまで悠と悪魔の関係性が浮き彫りになったのだから、私物の中に何かがある。そう踏んだのだ。

 それを確かめるべく。最後の手がかりを求めて悠の家に行かんとしていたのだが、意図せず情報が舞い込んできた。

 つくづく、反則な力だとは思う。真実に到達出来るという意味ではこの上なく有用だけれども。


「どんな形でそこにあったかは分からない。でも悠が、それの正体を知っていたとは思えない。ただ何となく話しかけた。そんな些細な切っ掛けだったんじゃないかな」


 それは、悠が口にした願いを聞き入れてしまう。

 何かに封印されていた超常的な存在が願いを叶えてくれる。そんな物語は世界各国に色々な形で登場する。恐らくは悠が見つけたのも、それに近い類いだろう。結果、悪魔は魔子となって、悠の前に現れたのだ。


「……ところが悪魔が、悠に情を持ってしまった。そうして、二人は惹かれ合い、二つ目の願いを口にした」

「人間になってくれ……ね」

「そう。魔子の口ぶりからして、願いの数には限りがある。願いが終わったら、二人は離れなければならない。だけど、魔子を人間にしてしまえば……」


 一緒にいられる。二人はそれを願ったのだ。だけど、それは悲劇をもたらした。

 悠と、その友人だった人達に、何があったのかは知らないが、不幸な出来事は、容赦なく二人を襲った。

 悠の目の前で、皮肉にも人間になってしまっていた悪魔は、簡単に押さえつけられて……そして。


「君が視界に納めたという事は、少なくともオカルト現象の筈。にもかかわらず、乱暴されていたってのが不自然だった。オカルト現象たる悪魔が、人間にされてしまい、弱くなった結果だったなら、納得できる。同時に、自殺した理由も何となく想像できるよ」


 魔子は言っていた。自殺の原因は、つまらない価値観と、低俗な欲望と裏切りだと。それが、魔子に対する友人達からの暴行だった。

 大事な人を守れず、友人達から裏切られ。悠の無念や悲しみは、どれ程のものだったのか。僕には安易に想像しがたい。


「警察に、通報しなかったのは……二十年前の事と同じかしら?」

「あるいは魔子が、恐らくこの世に存在し得ないから……かな」


 もしくは魔子は、あの場で殺されていたのかもしれない。この世に存在しなかったからこそ、悪魔の死体が消えた。はたまた、限りなく認識しずらいものになったか。真実は分からない。

 ただ、魔子曰く、彼女は僕に電話をかけた。足りないものを補うために。悪魔の燃料かは分からないけど、僕の血を頂くのが目的で。


「今にして思えば、魔子はあの土地に縛られていたのかも。殺されて、封印された……何てベタな流れだけれども」


 でも、死にかけの身体とも言っていたから、当たらずとも遠からずといった所。そう思えば、どんどん噛み合うものがある。

 わざわざ霊感持ちと考えられる僕を呼んだのも、弱っていても認識してもらえるから。

 メリーは連れ込まなかったのは、僕ら二人では手に余ると言っていたけど、そもそもあの時点で一人引き込むのが限界だったから。

 あの女幽霊は……僕らにより興味を持って貰うための、釣り餌だろうか。デコイとも確か言っていた筈。悪魔ならば、それくらいは出来るのかもしれない。

 そして、その目的の最終到達地点は……もう、あの様子からして察することが出来る。


「復讐って所かしら? 辱しめられた事と……悠くんを死に追いやった事の」


 目を伏せたまま、声を絞り出すメリー。僕はそれに、黙って頷くより他なかった。

 つまるところ僕らは、その復讐の片棒を知らないうちに担わされてしまった。そういう話になる。


「……連絡。連絡取れないの? 少なくとも三人は、昔同級生だったんでしょう?」

「……その三人は、アドレス知らないんだ。電話番号も」

「……嗚呼」


 何とも言えない沈黙が、僕らに流れた。

 詰みだ。恐らくは僕らに被害はこれ以上ない。けれども。


「後味、悪いなぁ」


 多分何処かで、悲惨な事が起きている。それは、容易に想像できた。

 悪魔の愛を壊した代償は、張本人達の命か、あるいは他の何かか。

 因果応報。それは否定できないが、それでも、モヤモヤとしたものは残る。自分本意な感情ではあるけれど、背負いたくもない十字架を課せられた気分だった。


「……この辺で、引いておくべきかしら?」

「だと思う。これ以上首を突っ込めば、行く先来る先で怪現象が起きかねない」


 オカルトサークルとしては見に行くべきなのだろうが、現実問題として、悪魔の復讐相手への手がかりはなく。あったとしても事件が起こる確定の場所へ赴いて、何らかの疑いを持たれるのは避けたいところだ。

 冷淡かもしれないが、僕らはスーパーヒーローでもなければ、名探偵でもない。引くところは引かないと危ないというのは、嫌と言う程分かっているつもりだった。


 悪魔はこの世に確かに存在していた。直接的にも比喩的にも。渡リ烏倶楽部の今回の活動は、知らず知らずのうちに悪魔をもって悪魔を祓う。或いは、悪魔の手のひらにて、ただ踊っていただけなのか。


 ただ、確かなことはただ一つ。悪魔は今、一人。また一人と復讐を完遂していっていると言うことだった。

 その事実のうすら寒さに、僕らはただ、震えるだけだった。


 ※


 その日の夕方頃の話だ。固唾を飲んでニュースの動向を時間毎に追っていた僕らは、ついにそれを報道ごしに目撃した。

 昨日から今日未明にかけて、火災と、二件の変死事件が、発生したのだ。


 焼けたのは、ごく普通の住宅一棟。逃げ遅れ、焼死体で発見されたのは、そこに住んでいた十代の青年。 

 一方、二件の変死事件はというと、一人は、病院の屋上から飛び降りて、全身が砕けて。もう一人は、郊外の冷凍倉庫(調べを進めた所、以前の職場だったそうだ)にて、凍死体となって発見されたという、見方によっては自殺に見えなくもない顛末だった。


 嫌な言い方になるが、話題性のない。すぐに次のニュースに埋もれそうな些細な事件。

 だが、僕らにとっては、そうはいかない。

 被害者として上げられた、三人の名前は……。今更挙げるまでもないだろう。


「……ああ、まさか、そういうこと?」


 けれども、僕が一番恐怖を覚えたのは、別にある。

 最初に気づいたのは、メリーだった。

 復讐と、やり残したことを今してるのね。と、彼女はニュースを眺めながら呟いた。何の事かわからず、僕が首をかしげていると、メリーは少しの畏怖を浮かべた表情で、静かに語りだした。


「だって考えてみて。悪魔が人を殺すにしては、随分と回りくどいじゃない。これは多分……調理よ」

「調、理?」


 僕が目を白黒させるなか、メリーは話を続けていく。

 調理。酷く日常的ながら、どうしようもなくおぞましい響き。それが指し示すのは……。


「砕いて、熱で溶かして。冷やす。他の名も知らぬ二人は、型抜きされるのかしら? それとも、カップに詰められるのかしら?」

「……メリー? いや、待って。待ってよ。流石に、想像が豊かしすぎやしないかい?」


 だって、その行程は……まるで……。


「きっと魔子は……チョコレートを作っているのね」


 それは、まさに悪魔の所業だった。

 僕らに残されたのは、沈黙のみ。

 解き放たれた悪魔を止める術は、持ち合わせていなかった。

 因みに、遺体の一部の肉がこそげ落とされ、見つからないらしい。警察は殺人事件として追ってはいるらしいが……恐らくは捕まらないだろう。そして、分かることはもう一つ。あと〝二人〟程犠牲者が出る。これもまた、確定事項だった。

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