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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第一章 オカルティック・ホテル
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メリーさんの本質

 テーマパーク等にある、所謂落ちる系のアトラクション。それと真逆の現象が起きていた。

 ぐんぐん上昇を続けるエレベーターは、十階なんて遥かに越えて動き続けている。どこまで行くのか分からない。だが、それ以上に恐ろしいのは、未だに僕の手首を掴む、誰かの手の感触だった。

 僕と、メリーと。誰か。それがこのエレベーターに確かにいる。

 それは硬直する僕の後ろから腕を巻き付けて、耳元に凍り付くような冷たい吐息を吹き掛けながら囁いた。


『〝あの子〟がいなくなって。でもまた会えた。君とずっと一緒にいたのね……ああ、お願いよ――を、助け……』


 身体の奥から寒気を滲ませるような、不思議なアルトボイス。それがどうにも初めて聞いた気がしないのはどうしてか。霞がかった記憶の底から何とか思い出そうとした時、謎めいた言葉は次第に小さくなっていき……そこでようやく、エレベーターは動きを止めた。


『――階。――階です』


 ノイズが掛かったアナウンスと一緒に、エレベーターの照明が復旧し、視界に狭い小部屋と、先に広がるホテルの廊下が現れる。後ろにいた誰かは、いつの間にか影も形もなくなり、掴まれていた筈の手首は解放されていた。


「――、メリー、大丈夫かい?」

「……今っ、話しかけないで……。ああ、もう、最悪」


 彼女は無事を確認するべく辺りを見渡すと、メリーはエレベーターの端っこに座り込んだまま、片手でこめかみを抑えていた。白い肌が更に青白くなり、苦痛の表情を見せる彼女。思わず駆け寄るが、手で制止され。結局、僕はに出来たのはエレベーターの開延長ボタンを連打するくらいだった。


「…………はふ」


 そのまま目を閉じ沈黙を保つメリーは、五分位じっとした後、疲れたようにため息を吐きながら、目頭を指で揉み込んだ。


「なんてことかしら。さっそく調べて……ああ、ダメ、ネット繋がってないんじゃない」

「……君、もしかして偏頭痛持ち?」

「え? ……ああ、〝これ〟は違うわ。何というか、発作みたいなものよ。……ねぇ、辰。それより聞きたいことがあるんだけど」


 よく分からない事を呟いてから、フラフラと立ち上がるメリー。見ていて危なっかしいのでを然り気無く手を貸して、僕らはエレベーターを後にした。

 何階か分からぬホテルの内部は、構造自体は下と変わらないようだ。窓から見えるのは相変わらずの黒。近くにある建物の影すら通さぬ徹底ぶり。やはり出ることは叶わなそうだった。

 僕らはそれを落胆と共に眺めながら、適当な壁にもたれ掛かった。エレベーターの扉が締まっていく。それをぼんやり眺めてから、僕は改めて隣にいるメリーの方に顔を向けた。さっきよりは顔色が良くなっている。それを確認した僕は、何かに気づいたらしい彼女にさっそく疑問を投げ掛けた。


「……で、聞きたいことって何だい?」

「貴方、『ウッドピア柏浜』って、知っているかしら?」


 メリーの言葉に、僕は雷にでも打たれたかのように身体を強張らせる。

 その名前は忘れもしない。このホテルを知った時、真っ先に連想した場所だったのだから。僕が掠れた声で「知ってるよ」とだけ口にすると、メリーは満足気に頷いた。


「やっぱりね。貴方、そこで幽霊に……多分女の子に逢ったでしょう?」


 絶対的な確信を得た顔で、メリーは質問を重ねていく。僕はというと、それに対して訳もわからぬままに頷いていた。

 確かに女の子に逢っている。あんな経験、そうそう忘れられる訳もない。だが、そんな事が僕らの置かれた状況に一体どんな意味をもたらすというのだろう。あれは何年も前に終わってしまった心霊体験で……あれ?


 そこで僕は、大きな違和感を覚えた。

 変だ。メリーが言っていること全てが。


「ねぇ、君はどうして……僕が昔に体験した事を知っているの?」


 気がつけば、口が動いていた。

 だっておかしいではないか。あれは僕と両親。そして、その時家に来た警察の人しか知らない筈だ。

 僕の訝しげな視線を感じたのだろうか。メリーは少しだけ困ったような顔をしながら、考えあぐねるようにこめかみを指で叩く。そこには、つい昨日僕と初めて対峙した時のような。何かを伝えるべきか否かを迷っている風に見えた。


「まぁ、いいかしら」

「……受験でたまたま出来た縁だから?」

「……ええ、そうね」


 少し意地悪な茶々を入れる。メリーはそれを無表情で肯定し、僕もまた、内心で哄笑を堪えて「そうだろうさ」と頷いた。多分立場が逆なら、僕も似た態度を取るだろう。今僕は、彼女が次に口にするであろう言葉が何となく分かってしまった。


「辰。確かに貴方は、私と同じように霊感がある。今までにない変な存在なのも認めるわ。だけど、やっぱり本質は普通の人間なのよ。私は……」

「人間じゃない。とでも?」


 変な存在って嫌味はスルーした。

 すると彼女は、彫像めいた。それでいて寂しげな笑みを張り付けながら静かに頷いた。


「……ええ。私、メリーさん。貴方とは違う、きっと都市伝説とか、お化けに近いのよ」


 貴方とは。他とは違う。その言葉が深く突き刺さる。

 彼女にそう言われた事がショックだったから……ではない。まるで鏡の中にいる自分自身にナイフで刺されたかのような。そんな複雑な感慨だったからだ。

 だってそれは他ならぬ。僕が小さい頃から周りと接する中、心の何処かで思い続けていた事だから。

 誰もが、本当の僕を知らない。教えたとこで信じない。歩み寄ろうとした所で、悪戯に傷付けるだけだった。

 脳裏にいつかの苦い記憶が甦る。

 非日常な存在に泣き叫び、気を失う幼馴染みの女の子。……そういえば、東京に着いたら連絡してと彼女に言われていたのを、すっかり忘れていた。

 思考が脱線しかけているのを自覚し、僕は頭を切り替える。「言ってる意味が分からない」そう伝えた上で、僕の昔の出来事を知り得たからくりは何なのか。再度彼女に尋ねれば、メリーは観念したように目を閉じた。


「さっき貴方は言ったわよね。幽霊の気配を一つ一つ感じられるだなんて、そんな漫画みたいな事をって。……〝それだけじゃない〟としたら?」

「……何だい。変身でもするの?」


 それくらいじゃ驚かないよ。僕がそう言えば、メリーはもう少しオカルトチックな話よ。と言うなり、自分の目と、頭を順番に指差した。


「幽霊みたいに実際目で視たものか。あるいは記憶の類いみたいに脳で直接認識しているのかは分からないわ。白昼夢が一番近いものだとは思うけど、これについては自分の体質なのに完全に謎。それを踏まえた上で述べるなら……そうね。私は幽霊だとか心霊現象。そういった存在が過去に体験したものや、現実に今起こしている事を、リアルタイムで観測できるの」


 ある時は俯瞰的に。またある時は、幽霊の視界を通してね。そう付け加えながらメリーは瞼を開く。青紫の瞳は、僕の反応を観察するように、暗がりで燃える火のように静かに揺れていた。


「安っぽく言えばお化け探知機(レーダー)かしらね。普通の人間が、こんなこと出来ると思う?」

「……嫌いなのかい? その……目? 脳ミソ……いや……何だろ。何て言うべきかな?」

「私は、感覚(センス)による幻視(ヴィジョン)って呼んでるわ」

「それだと超能力者っぽいなぁ。もっとこう、詩的な響きというか……」

「一体何を目指してるのよ貴方。質問に……」

「いや、答えるとしたら、普通の人間ではないでしょ? 霊感あるんだもん」


 僕の答えに彼女は目をパチパチとしばたかせ、意外そうな顔になる。何だろ。人間だよって言われたかった? いいや、そうじゃないか。


「人間だとかそういうの、君は二の次だろう? ただ単に視るものを信じて欲しかったんじゃない? ……僕は君みたいに幽霊の視界を借りたりはできないけど……少なくとも、非日常な存在には幾つも触れてきたよ」


 文字通りにね。とは言わない。今は語る必要はないだろうから。

 みょうちきりんな力を持っているのは、何も彼女だけではないのだ。けど、何となく口には出来なかった。いざ披露して、「あ、それ私も出来るわ」なんて言われたら……。少しヘコむかもしれない。一応僕も男の子なのだ。


「……だから、霊感以外も信じると?」

「今の状況を見なよ。クレイジーだ。今更君が本物のメリーさんでも驚かないさ。……いや、寧ろチャンスだよ。要するに君は、この騒動を起こした黒幕の、過去を視たんだろう?」


 それは、脱出の手懸かりにはならないだろうか。そういう意味を含ませた僕の言葉に、メリーは暫く呆けたように目を丸くして。やがて、下の階で話した時のように、何処か楽しそうに笑った。


「クレイジー……ね。それ、貴方にも当てはまるわよ? こんなにホイホイ非現実を受け入れるだなんて」

「ブーメランって知ってるかい? 部屋には確か大きな鏡があるけども?」

「クレイジーな場所にある鏡でクレイジーな女が自分を見たとしたら……それこそクレイジーと言わないかしら?」

「もう止めよう。クレイジーでクレイジーになりそうだ」

 

 言ってて自分が混乱しそうになっていると、メリーは同感。と呟きながら身体を解すように腕を上げ、ぐぐっと背伸びする。「こんな風に自分の体質と向き合ったの、随分久しぶり」そう言いながら指で目尻をなぞり。そのまま静かに息を吐く。

 さっきとはうって変わって、ほのかにリラックスしたような表情だった。


「聞いて。私が視たのを話すわ」

「……うん」


 ピリッと空気が張りつめる。おどける時間も、何度目かの腹の探り合いももう終わり。ここからは、オカルト相手に二人の知恵を搾る時間だ。

 果たして彼女は、幻視(ヴィジョン)と言い張るそれで何を見たのか。


「視た場面は、三つよ。一つ。多分小さい頃の貴方がウッドピア柏ヶ浜の看板の下で、案内看板を見ていた。近くに四足歩行の……何かしら、白い犬? ミニブタ? そんな感じの身体の一部が視えたわ」


 これは多分、過去の僕だろう。あの変な生き物だけ、どうしても思い出せないのがひっかかる。アイツ、あの時僕の傍にいたのか。この辺の記憶は曖昧だ。


「二つ目は、新幹線に乗っている貴方。ただそれだけ」


 シンプルだなぁ。とも思ったが、案外これがなかったら、メリーは僕とウッドピアを結びつけなかったかもしれない。

 次は、三つ目だ。

 僕が固唾を飲んでメリー飲んで語りを待ちわびていると、彼女は少しだけ苦々しげな顔で「三つ目よ」と切り出した。


「不快な光景よ。……夜だったわ。何処かの山の中かしら。大きな大きな穴があって。そこに……傷らしい傷は見えなかったから、眠らされていたのかしらね。大きな男が、動物達を次々と投げ込んでいた……これが全てよ」


 脳裏を下の階にいた動物達の姿が過る。

 それと同時に、ウッドピアには確か動物園らしきものがあった事を思い出した。……けど。

 仮にあの霊達が、そこに昔いた住人たちと仮定するならば。


「わからないな。何で僕の故郷にいたと思われる幽霊達が、そろってここにいる? いや、そもそも……」

「彼ら。あるいは彼女らかしら。私達を引き込んで、何をさせるつもりなのかしらね?」

 代弁する形でメリーが締め括り、そこから僕らはひたすら頭を回す。

 提示されたヒントは更なる不気味さを増幅させただけ。これが何を意味するかは分からないが、そこに脱出の手懸かりがある気がしてならない。

 謎が泡のように膨らむ中。そういえばこのフロアはまだ探索していないなぁ。なんて思いかけたその時だ。


 何処かで「カチャリ」と、鍵が外れるような音がした。

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