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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第六章 バレンタインに悪魔を殺せ
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閑話其ノ一 ある父親のお話

〝恥の多い生涯を送ってきました〟


 私は果たしていい父親になれているのだろうか。そう自問自答したのは、数えきれない程多い。


 最近では、娘が一緒にお風呂に入ってくれなくなった時。ショックを受けつつも、ああ、娘も大きくなったのだな。と感慨深いものがあったりと、実に複雑な心中に陥る中、果たして私はこの()にどれ程の事を今までしてあげられたのか。そう考えてしまう。


 誰もが当たり前過ぎて忘れがちなものだが、多くの男がそうであるように、父親となったは初めてだった。

 息子を持ったのも、娘を持ったのも。妻には及ばないが子育ての大変さを痛感し、戸惑うことや悩むこと……何もかもが初めての連続だった。

 だからこそ、振り返ればあの時にああすればよかったのでは。こうすればよかったのでは。と考えてしまい。だが、それもまた最善かと言われれば、結果は誰にもわからない。そんな螺旋する思考を持ったまま、今日まで生きてきた。


 息子は去年の春、大学生に。娘は小学四年生になり。父親の視点から見れば、とうとうここまで来たか。と思う気持ちと、まだまだこれからだ。と自分を鼓舞すべき時期の丁度対極にこの兄妹はいる。

 娘はしっかりしているようで、まだまだ甘えたい盛り。それがまた可愛らしい。健やかに成長していく姿を見ると涙もろい私は視界が歪む上、終わらぬ娘自慢になりそうなので、今は割愛する。


 本題はそう、息子の事である。

 とうとうここまで。とは、掛け値なしな私の本心だ。

 こんなことを言うのは父親失格かもしれないが、私は息子はいずれ、何も言わずに何処かへ消えてしまうのではないか。そんな恐怖と予感が、常に心の何処かに存在していた。


 何故ならば私の息子は……酷い放浪癖があるからだ。


 息子の初めての失踪は、小学校に上がる前年、春の話。

 家の近くで遊んでいた筈が、忽然と。何と三日も姿を消してしまった。

 息子には話していないが、当時私達夫婦は半狂乱で探し回り、無事保護された時は、病院のベッドで眠る息子のベッドにしがみつき、ただ妻とおいおい泣いていたのを覚えている。

 ああ、よかった。いつもの日常が、これで帰ってくる。私達はそう思っていた。捜索に協力してくれた警察から。そして何よりも、息子の話を聞くまでは。


 警察の担当者は、神妙な顔でこう言ったのだ。「御子息はもしかしたら、直前まで何者かに誘拐されていた可能性があります」と。


 曰く、三日もさ迷っていた割りには服や靴が綺麗すぎる。

 衰弱している様子もない。

 失踪した現場と保護された場所が、子どもの足で行くには離れすぎている。

 加えて。そこまで仮に歩いていったとして、森や山を通るのは子どもには無茶。ならば道を使う必要があるが、そうなれば、昼間にあれだけの距離で全く目撃証言がないのは不自然だ。


 等。

 正直、見つかったことに意識を持っていかれすぎて、私はその話を聞いた時、再度恐怖に襲われた。

 誰かが息子を誘拐。それだけで、頭が真っ白になりそうだった。犯人が逃がしてくれた? それとも息子が逃げてきた? 後者ならまた……狙われるのでは?

 絶望的な考えが胸を過るが、隣で同じように話を聞いている妻が青ざめた顔をしているのを見て、私は努めて冷静に「息子に話を聞きます」と、言葉を絞り出した。

 祈るような気持ちで夜を明かし、私達は目を覚ました息子から事情を聞き……。


 この時の気持ちを、言葉に現すのは難しい。

 ただ、間違いなく言えるのは、底知れぬ不気味さを感じたことだった。

 息子は閉鎖された筈の遊園地で、誰かと遊んでいた。本人の話によれば一日しか経っていない。五時になったからお家に帰ろうとした。と、大真面目に言うのだ。子どもの冗談かと、最初は思った。だが、それを語る本人は何処までも本気だった。

 結局最後まで、真実は闇の中。だから私達夫婦は、何か恐ろしいものか、説明のつかない得体の知れぬものに偶然巻き込まれただけだったのだろう。そう思うことにした。……そう、思わなければ、平静が保てなかったのだ。

 何故ならば、私達はあの時、あろうことか親でありながら、目の前の息子に恐怖を覚えてしまったのだから。

 昔から、妙に勘が鋭い子だった。もしかしたら、この時既に私達が向けた感情を彼は悟っていたのではないか。そう考えれば考えるほど、私はただ申し訳なく思う。


 時は流れた。この時、実は嫌な予感がしていた。と、妻は語る。それは現実のものとなった。


 幼稚園のサマーキャンプで、幽霊が出ると騒いだ。午前中にかくれんぼをしていて息子だけなんとお昼まで見つからなかった。なんて不穏な話から始まり。

 そうして小学一年生の時。とうとう遠足先で行方不明になった。と、担任が電話がかかってきた。

 一年ぶりの失踪。これが毎年恒例になるとは誰が想像できようか。

 その日はもう、妻と、お隣の友人夫婦と、息子の幼馴染み、綾ちゃんもご一緒に。一同泡を吹いて慌てまくったのを覚えている。

 本当に、この放浪息子は我々の気持ちなどいざ知らず、フラッと突然いなくなるのだ。


 そんな事が何度か続き、ある日実家の座敷にて、息子はまたまた一騒動を起こした。今度はお隣の綾ちゃんを巻き込んで。

 大声で怒る妻に謝りながらも必死で訴え、私の方にも助けを求めるような目を向けてきた息子を見た時。私はようやく、彼の問題に頭を抱えたのだ。


 信じてあげるべきだったのか。幽霊が見えるなどという突飛な話を。だが、昔から奇妙な騒動を起こし続けた息子に対して、私はどうか真っ当に生きて欲しい。という願いもあり、その意見を肯定することはなかった。

 今にして思えば、真っ当に。なんて実に傲慢な考えだ。子どもながらにそういうものを信じたい年頃だったのかもしれない。蓋などせずに聞いてあげるべきだった。それだけが心残りだ。


 父親として迷いを抱えたまま日々は続いていき。何度目かになる滝沢家の事件。もとい、息子の失踪騒動で、過去最大のものが起きてしまった。小学六年の時。息子はなんとまぁ、一週間以上も帰って来なかったのである。それまでは長くて一晩ほど。こんなに長いのは、一番最初以来だ。

 流石の妻も憔悴し、三つになるララも兄が帰ってこないことに泣きべそをかいていた。


 誰もが嫌な想像をしないようにしていた黄昏時。我が家の風来坊もとい問題児は、これまたいつものようにヘラっと風のように突然帰って来た。


 ……この時、怒るのは妻にいつも任せていた私も、その日ばかりは妻に先んじて、怒鳴り声を上げた。

 生まれて初めて息子に拳骨を落とし。直後、息子を抱き締めて、生まれて初めて、息子の前で静かに泣いた。

 少しだけショックを受けたような息子の顔は、今でも忘れられない。


 その日の夜は私が左、妻が右。ララが重石もかくやに息子に乗っかる。といった具合で、家族総出で退路を断って寝たものだ。


 これだけ見れば、ちょっとズレた息子とその家族の、ほのぼのとした日常……に、見えるだろう。

 

 だが、更なる問題は、休むことなく。すぐに降りかかってきた。私は知る事となった。いや、知るとまではいかない。ただ、息子の本質。その一端を垣間見たのだ。

 繰り返すが息子は……酷い放浪癖がある。それでいて、それは拭いようがない事と。どうにも息子は、そういった星の元で生まれてきた事。それを私は思い知らされた。


 長い散歩から帰って来たその夜に。母さんやララが寝静まった後、他ならぬ、息子自身が私に言ったのだ。

「ごめん、きっとまた、こういう事はある」と。

 親ならば怒るべきなのだろう。だが、あまりにも物悲しげに。そしてあまりにも真剣にそう告げる息子に、私は何も言えなかった。


「探してるものがある。視えるものがある。それを視て探すのが、どうしようもなく楽しい」


 それだけを言い、多くは語らなかった。

 が、同時に私は鋭敏かつ明確に、息子の意思を感じた。止められぬそれが、息子が何より望むことなのだと知った時、私はそっと、息子の頭を撫でた。


「何をしても……いい。人を殺めたり、陥れたりするのでなければ。人を……泣かせないなら」


 矛盾してると、自分でも思う。少なからず息子が姿を眩ませば、悲しむ人間がいる。だが、それを押さえつければ、今度は息子の顔が曇るのだろう。どうすればいいのか。

 親としては〝たったの十二年〟あまりにも未熟な私には、最善の解など出せる訳もなく。だから……。


「ちゃんと、約束しろ。帰って来るって……!」


 私には、そう言うことしか出来なかった。

 どうしてお前は、根っこでは誰にも頼らず、一人になろうとするのだ。私達が……そうしてしまったのか? そんな言葉を飲み込んで……。

 それが、親としてはあまりにも悲しくて、悔しくて。

 私は息子が眠ったのを確認してから、独り静かに、泣いた。


 父親とはどうあるべきか。恥ずべきことに私は今も手探りだ。

 失格だと罵られようとも、それが紛れもない真実。

 もしかしたら、私がいなくても息子は育つのではないか。そんな考えが過らなかったと言えば嘘になる。


 だけどな。辰。私はこんなでも、お前が大好きで。愛している。これだけは、本当なのだ。


 だから……。



 ※



「父さん? お~い」

「む、ああ、ごめんごめん。あんまりにビックリしてな」


 時刻は夕方。家に帰って来た息子の開口一番があまりにも衝撃的すぎて、どうやら回想に浸っていたらしい。目の前の息子は、少しだけ不思議そうに首を傾げていた。

 そんな顔をするなと思う。何故ならば……。

 

「という訳で、父さん、ドライブ行く練習がしたいです」

「俺と?」

「うん、父さんと」

「……っ! よしきた!」


 息子の願いに、私は歓喜と共に二つ返事で了承する。

 あっちへフラフラ。こっちへフラフラする息子が、こうして父親たる私を頼ってくれた。

 それが純粋に嬉しくて、もう涙がちょちょ切れそうになる。

 というか、頼ってくれたの、もしかして初めてではないだろうか。「親離れ早すぎィ!」なんて妻と嘆いたあの日が懐かしい。が、同時に嫌な予感も加速した。


「いや、待てよ。ドライブ? 明日行くのか? お前がそんな……。か、帰って……来るよな? い、いや、メリーさんと朝帰りでも構わんよ? 構わんけど……! ううむ……!」

「いや、父さん、なんの心配を……」

「メリーさん一人帰して、お前が失踪……うむ、これが一番最悪のパターンだな。それだけは止めろ。パパはメリーさんが泣きながらお前がいなくなった~! と嘆くとこなんか……!」

「い、いや、いなくならないよ? ちゃんと……帰るさ」

「……本当にぃ?」

「……多分」

「オイコラ」


 スコン。と、チョップを下しながら、私はゆっくり立ち上がる。疑わしげな私の目に、息子は肩を竦め、「ちゃんと、帰るよ」と繰り返す。「根拠は?」と、問う私に、息子は頬を掻きながら目を泳がせた。

 ……無いんかい。帰省してきてまで失踪は本当に止めてくれ。そう突っ込もうとしたら、台所からひょっこりと、エプロン姿が眩しい女性が顔を出す。

 浮き世離れした、美しい顔立ち。息子が連れてきた、曰く大学の友人、メリーさん。彼女は私にペコリと一礼してから、息子に目を向けた。


「お母様から伝言よ。七時前には帰るように。ですって」

「うい。じゃあ、二時間くらいかな」

「……大丈夫そう?」

「不安なら夜も行ってくるよ」

「ん。頑張って。あ、今夜はシチューよ」

「楽しみにしとく。何か入り用は?」

「他のおかずが冷めないように、時間ぴったりの帰宅を願うわ」

「ラジャー」


 息子や、本当にただの友人なんだよな? 何というか距離感やらやり取りの自然さが、既に熟年夫婦のそれなんだが?

 色々浮かぶ疑問は取り敢えず封じて、私は息子と共に玄関へ向かう。その最中で、息子は何かを思い出したかのように手を叩く。


「あ、大丈夫な根拠はあった」


 そう呟いて。


「一人じゃないから。メリーも、隣にいるから……だから大丈夫さ」


 楽しげに笑う息子の顔を、私は暫し見つめていた。

 それも根拠なぁい! と、言うのも忘れ、私はただ安堵していた。これもまた、根拠はないけれど。


 ただ、思うことはただ一つ。


「そうか……もう、一人でフラフラはしないんだな」


 寧ろ二人に増えたのか。と、思わなくもないけれど。

 だが少なくとも、昔ほど危うい、今にも消えそうな雰囲気は取れている事に、私は安心した。

 支える誰かが息子の傍にいる。それだけで、父親としては充分すぎる程に幸せなのだ。ならば……。


「なら、練習だな。あんな美人乗っけて事故ったら洒落にならん」


 せっかく頼ってくれたのだ。親父は背中で語るとしよう。

 いってらっしゃ~い。という妻、ララ、メリーさん。三人分の声に見送られ、私達は車に乗り込んだ。 


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