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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第六章 バレンタインに悪魔を殺せ
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新幹線にて悪魔を語る

 春休み。と、聞けばどんなイメージがわくだろうか。

 小学生から高校生までならば、あるようで無いような微妙な休み。と答えるだろう。

 社会人なら、春休み? そんなものない。と、涙を流し。

 ご老体なら、懐かしいと、しみじみするだろうか。


 では、大学生は? 答えは……。人によって異なるが、僕は高らかにこう叫びたい。モラトリウム最高! と。


 学校によって異なるものの、大学生の春休みは大抵長い。物っ凄く長い。これをどう活用するかは自分次第。かくいう僕は……。相棒と共に、悪魔を見る為に実家へ帰るところだ。

 色々自分でもおかしいとは思うが、これが僕らの休みの使い方。

 ゲームのステータスの如く、趣味に全部振り分ける。ある意味で全力で生きていると言っても過言ではないだろう。


「悪魔……ねぇ。にわかには信じがたいわ。悪魔って、イメージでは召喚するものでしょう? 出来るかはともかく。なんで日本の田舎にあるトンネルで野生化してるのよ」

「まぁ、確かに。悠の口ぶりからして、そのトンネルに悪魔がいたって話になるけど……。何だろうね。幽霊とか。化物なんて名称を使わずに、わざわざ悪魔……だなんて。視たのがよっぽどらしい姿をしていたのかな?」


 故郷へと走る新幹線に揺られながら、僕とメリーは並んで座り、今回の事で判明している事を整理していた。

 時期的に中途半端だからか、新幹線はそれほど混みあってはおらず、他の指定席にはチラホラ空きが見えていた。


「宗教的に色んな角度から見れば、日本の一部神様も、悪魔になりうるんだよね。もっと広く捉えれば、悪霊や妖怪だって悪魔って表現してもいいかもしれない」

「……その、相沢、君? 外国の宗教でも信仰してたの? 敬虔なクリスチャンだったとか?」

「……僕が覚えてる限りは、ノーだね。アーメンのアの字も言った事ないんじゃないかな」

「じゃあ、意外にも悪魔崇拝者だったとか」

「サタニズムとも無縁……だと思う。正直中学卒業以来、会ってないから、何とも言えないよ」


 寧ろ、僕ってあまり他の人と関わらなかったのに、悠はよく覚えていたと思うくらいだ。そう付け足せば、メリーは「フム」といった様子で小首を傾げてから、やがて「うん」と、頷いて、膝の上に乗せていたハンドバッグの中をまさぐった。

 出てきたのは、彼女が愛用するタブレットだ。


「調べもの?」

「ええ。依頼人やその周辺の掘り下げは、後々情報が集まってからするとして。それよりももっと、身近な物から見ていきましょうよ」


 シートのテーブルを引っ張りだし、そのまま僕にも見えるように丁度真ん中へディスプレイを持って来る。仕事の時間だとばかりにメリーの白い指がタブレットの上を滑れば、そこには日本に数ある、トンネルのホラースポットがズラリと並べられていた。


「驚いたな。……こんなにあるんだね」

「そう。けど、色んな現象は数あれど、流石に悪魔が出て襲われた。……なんて記録は一切ないわ」


 神妙な顔で画面をスクロールするメリー。オカルト的な現象の例が次々と、芋づる式に出てきては消える。

 幽霊が出た。

 発光物体に追いかけられた。

 携帯に知らない番号から電話が。

 入った人がノイローゼになって自殺した。

 事故が多発する。

 など。見れば見るほどに不吉な響きの原因が紹介されているが、なるほど。確かにそこには悪魔の影などありはしない。

 事象で一番近いのは……ノイローゼの辺りだろうか。そもそも悠の死因がまず分からないのだけれども。

 そのままメリーは画面を切り替える。次に出てきたのは、僕には馴染み深い、とある県の情報だった。


「こうして見てみると、貴方の実家がある県にも、それなりにたくさんホラースポットはあるのね」

「まぁ、そこそこ広い県だし。全部ではないけど、一応何ヵ所かは回ったことがあるよ」

「その時は?」

「普通に幽霊がいたり、何もなかったり。あ、ある場所で道路を時速百キロで走る、都市伝説お婆ちゃんに会ったな」

「……悪魔より凄いのいるじゃない」

「少し思った。で、ビスケット貰ったんだ。粉々になってる」

「そりゃポケットにいれて、百キロで走ったら……ねぇ?」


 クレイジーだわ。と、目を伏せるメリーに、僕も同感する。と同時に、いつかの歩き。放浪して回った少年時代を思い出す。

 確かに、悪魔なんてものは故郷にはいなかった。

 もちろん、完全にいないとは言い切れない。いつの時代もわりと洒落にならない存在が子どもや人間の手で、ポンッと、簡単に生み出されたりしているのだ。

 こっくりさん等はその最たる例だ。あれはある種の簡易降霊術ではあるが、実は想像しているよりも危険なものだったりする。良い子は本気でやる。何て無謀な真似はしないで欲しい。

 話がそれた。


 ともかく。悠が言う悪魔だが、肝試しに行くという名目で選んだのだ。恐らくそれなりに噂を重ねた場所なのだろう。けれども、ネット上には悪魔のいるトンネル。なんて情報はない。そうなっている以上、僕らにはこれ以上絞り込むことは難しそうだ。


「依頼人がいないのよね。どうやって情報を集める気?」

「まぁ、その辺は大丈夫。僕の友人と幼馴染みの友達に、顔と耳が広い子がいてね。あの二人になら、色々話が聞けると思う。……出来そうなら、悠と肝試しに行った人達にも当たってみよう」

「……その人達もノイローゼになっていたら?」

「少なくとも、会えたら幽霊が取り憑いているかはわかるだろうし……それで判断が着くんじゃないかな?」


 僕がそう言えば、メリーは「まずは行ってみなきゃ始まらないのね」と、ため息混じりに呟いた。

 行き当たりばったりに少し近いのは自覚している。が、それもいつもの事だと、彼女もわかっているだろう。仮に万が一あてが全て外れたとしても、僕はそこまで悲観してはいなかった。


「それに、向こうに着いたら君の〝ヴィジョン〟もあるだろう? 故郷では多分何かが起こっている。そこに乗り込むんだ。僕の相棒が、それらを逃す訳がない」

「酷いわ。私を便利屋のように使う気なのね? 都合のいい女みたいに!」


 肩を抱き、わざとらしくイヤイヤとするような仕草をするメリーに、僕は「なんでさ」と、肩を竦めながら、そのはやとちり。もとい茶番を否定する。信頼してるんだよ。君も。君の素敵な脳細胞と視神経も。素直にそう告げると、メリーは急に真顔になり、僕の目を試すようにじっと見つめてきた。


「……〝信頼とは、愛が深まった時の形〟らしいわよ」

「ウィリアム・チャニングだっけ? 〝愛とは、互いに見つめ合うことではない。ふたりが同じ方向を見つめることである〟確かに、信じて頼るなんて愛もなしに出来るはずもないよね」

「サン・テグジュペリ。『人間の土地』だったかしら? そうね。私も……貴方だから信じるし。貴方の手だから握るのよ……忘れないで」

「ああ、頼りにしてるよ。〝相棒〟」

「……ですよねー」


 ん? おかしいな。そこで何故そんな残念そうな反応が帰ってくるのか。「どうしてそこから抜け出せないのかしら」とか「おのれ……」なんて歯噛みするような声まで聞こえてくる始末。

「どうしたのさ?」と聞いても「なんでもない」の一点張りだった。……謎だ。


 だが、何はともあれ、こうして方向性は定まった。後は故郷に着くのを待つだけだろう。メリーは、タブレットをバックにしまい込み、そのまま何の気なしに外へ視線を向けた。

 時刻は夕方四時。黄昏時の夕日が、新幹線の窓越しに射し、メリーの髪と肌にほんのりと彩りを与えていた。

 白いハイネックニット。チェックのスカートに、編み上げロングブーツという出で立ちは、幼いようにも大人びたようにも見え、危うくも儚い雰囲気を出していた。

 宝石を思わせる青紫の瞳が、夕焼けのオレンジと混じり、不思議な光を灯していて……。


「綺麗だ」

「え? ……ええ、綺麗よね。冬の山あいに夕焼け空。東京だと、こうしてゆっくり見るなんて中々出来ないわ」

「…………うん、そうだね。小旅行って感じがするよ」


 こっちに。と言うかのように、メリーは僕の服の裾を引っ張って、暫しの間二人で外の景色を楽しむ。

 そんな中、我ながららしくない言葉を口にしたものだ。と、内心で気恥ずかしくなっていた。

 メリーが外の景色についてだと思ってくれてよかった。だって彼女が綺麗だなんて今更なのだ。

 だから、口にする内容としては、純粋に気付いた点を言うべきだろうか。


「そういえば、服に靴、全部新調したのかい?」

「あら、気づいてくれたのね」


 まるで僕にそんな事を言われるなんて思わなかった。そう言わんばかりに、目を見開く彼女。そんなにニブチンじゃないってば。と、言いたくもなったが、ここは黙っておいた。


「うん、初めて見るものばかりだったからさ。……凄く似合うよ。今は脱いでるけど、そのファー付きダッフルコートも」


 とっても素敵だよ。なんて口にすれば、メリーはとても嬉しそうに微笑んで。


「だって、貴方の実家に招待されてるのよ? そりゃ気合いくらい入れたいじゃない」


 流れるようなウインクをする。わりとクラっと来てしまったのは……僕の胸のうちに留めておこう。

 新幹線が、減速する。次の駅に着くようだった。

 特に遅れたりアクシデントがなければ、夕御飯の少し前には実家にたどり着くだろうか。

 そんな事を考えながら、僕は、呑気に懐かしい故郷へ思いを馳せる。


 だからこそ、失念していた。

 僕は確かに友人を連れていくとは言ったのだ。けど、それが女の子だなんて、一言も告げていなかったという事実を。

 故に……。あんなことになるなんて思わなかったのである。


 ※


 新幹線を降りて、改札をくぐる。

 東京より増して冷たい風と嗅ぎ慣れた海の匂いに、帰って来たなぁなどと実感していると、ホームの待合室前に、見覚えがある三人の姿を見てとった。

 母さんに、妹のララ。そしてもう一人。相も変わらず、出迎えが盛大だなぁと思う。父さんがいない辺り、今は仕事なのだろう。

 ブンブンと手を振ってくるララに軽く手を振り返し。僕はメリーを伴いそちらへ歩いていく。

 その瞬間、僕は不思議な違和感を覚えた。

 まず困惑。続けて驚愕や狼狽。好奇心。三人からはありとあらゆる感情が、僕と……特に隣に佇む相棒に向けられているのがひしひしと伝わってきた。

 何事だ? と思い、改めて三人に意識を向ける。


 母さんは、あらあら。まぁまぁ……と、言った風に僕とメリーを見比べながらニヤニヤしていた。

 ララは一瞬吃驚してから、ほへー。と、感心したようにメリーを見上げている。

 そして……。


「え、えっと、ただいま」

「おかえりー。辰。その子がお友達かしらん?」

「うん。紹介するよ。大学の友人で、サークルの相棒の……メリー」


 何故か溢れる謎の緊張に苛まれながら、僕は一先ず帰省の挨拶しつつ、メリーにバトンタッチする。

 するとメリーは半歩後ろから進み出てきて、母さん達の方へ静かにに御辞儀した。


「初めまして。辰君の友人で、シェリー・ヴェルレーヌ・リスチーナ・松井・クリスチェンコと申します」


 丁寧な挨拶と自己紹介。辰君とか呼ぶものだから、「誰だ君は!」と、危うく叫びそうになる。他にも決して誰にも明かそうとしなかった本名をあっさり告げたりとか、驚きは多々。

 しかし……。僕はそれすら一旦脇に置いておきたくなるような、奇妙なプレッシャーを感じていた。

 発生源は他でもない。お迎えに来ていた最後の一人。

 物心ついてからの幼馴染み、竜崎(りゅうざき)(あや)は……。

 なんという事でしょう。今まで見たこともないくらいの、絶対零度な視線を僕に向けてきているではありませんか。

 ……何故だ?


「不束者ですが、暫くご厄介になります。出来る限り家事のお手伝いは致しますので、どうぞ宜しくお願いします」


 もう一度一礼するメリー。ホント誰だ君。と、口を挟むのは野暮だろうか。そして……。幼馴染みはというと、今度は何故か悔しそうにメリーを見て、再び僕を睨む。


 どういう事よ。

 何故か目がそう語っているのがよくわかった。怒ってる理由はわからないけど、それだけはよくわかった。

 隣で妹が、「ララちゃん日記。お兄ちゃんが、彼女さんを連れてきました。わーお……まる」なんて言うものだから、その凄みは益々増して。


「えっと、綾? あの……ただいま?」

「……ええ。おかえりなさい、辰。話したいことが……。ええ、話・し・た・い・ことが、たくさん出来たわ」


 楽しみね。ウフフ……。と、何だか女の子の幻想が地に落ちそうな笑顔を浮かべてしまっている。

 伝う冷や汗が背中を濡らす。果たして僕は……彼女の協力を取り付けられるだろうか……? あまりにも悪魔的ドス黒いオーラを纏う幼馴染みに、僕は早くも先行きが不安だった。


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