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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第六章 バレンタインに悪魔を殺せ
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事の始まり

 それは、二月十三日。夜の出来事だった。

 フライングで送られて来た実家からのチョコレートで、「あ、明日バレンタインだっけ」なんて思い出していた矢先。スマートフォンからお気に入りの洋楽が鳴り響いた。

 実家からの電話かな。最初はそう思いながらディスプレイを覗くと、意外や意外。そこには見慣れない名前があった。


 相沢(あいざわ)(ゆう)


 一瞬誰だ? と、なってしまい、すぐに脳内検索をかける。何度もその名前を反芻し、候補を整理した所で、僕はようやく心当たりにたどり着いた。


 中学の頃の同級生だ。


「もしもし?」

「…………(しん)か?」


 謎の緊張に苛まれながら通話に応じると、受話器の向こうから、固い、モゴモゴとした声がする。同時に、ああ、確かこんな声だったっけ。と、僕の中に何とも言えぬ気持ちが込み上げた。

 正直、はっきり覚えている筈もなかった。


「久しぶり。どうしたんだい?」

「あー、おう。おひさ。今、大丈夫か?」


 探るようにそう問い掛ける悠。それに「構わないよ」と、返事をすれば、静かに思案するかのような空白が訪れた。


「……今、東京にいるんだったか?」

「うん、こっちの大学に。君は?」

「俺は……実家を継いだよ」

「あ、そうだったんだ」

「おう……そうか。東京か」

「……どうしたの?」


 なんと無く残念そうな気配が伝わってきて、僕は思わず頭を捻る。

 何かあったのだろうか? 同窓会? いや、僕らは今年成人だから、するならその時にでもいいだろう。後は……。


「……助けてくれ」

「……へ?」


 色々考えを巡らせていたその時。耳に飛び込んできたのは、予想外の言葉だった。

 僕が思わず聞き返せば、悠はもう一度。はっきりとした声で「助けてくれ、辰」と、口にした。


「なぁ、幽霊……見えるって、本当か?」

「……え?」


 僕は危うく、スマートフォンを取り落とす所だった。

 事情を知らぬ人が聞いたら、失笑を漏らすような会話だろう。だが、生憎僕にとっては、そうはいかない。

 彼が言うことは、間違いなく真実だからだ。

 だけど……。


「……悠、何処でそんな話を?」


 それが問題だった。僕はある理由から、その事情を一人と、例外数件を除けば、誰にも話した事がなかったからだ。

 その上で、人間でしっかりと知っているのは現在はメリーのみ。だから、こうして悠が話してきたのには、結構な驚きを隠せなかった。


「……正直、立て込んでて、切羽詰まっているんだ。だから……今はもう、片っ端から当たって回ってる。お前の事も、チラリと頭の隅に残っていたのを、辛うじて思い出して、こうして電話しているんだ」

「えっと……、話が読めない」

「ああ、すまん。答えになってないな。幼稚園の時……覚えてるか?」

「……殆ど覚えてないね」


 頭にあるのは、嫌なことだったり、苦い経験だったり。

 教訓は、痛みを伴うものであるべしと、誰かが言っていたのを思い出す。つまるところ、その頃の楽しかった記憶は摩耗していて。あるのはそんな酷いものばかりだった。


 サマーキャンプの宿泊先で幽霊が出てくるわ。

 園内トイレにも地縛霊がいて、僕が使うのを拒否して先生に困った顔をされたり。

 隠れんぼで僕だけ行方不明になったまま、夜になった。なんて事もあったっけ。あの時は……。ニワトリと遊んでいたのだ。当時幼稚園のニワトリは死滅していたにも関わらず。


 今考えると、僕の通ってた幼稚園って何気に霊的なエネルギーが凄い場所なんじゃないだろうか。

 また、その流れでそう言えば悠も同じ幼稚園だったかなぁ。なんてことを、たった今思い出した。



「そっか。俺は、今でも覚えてる。俺はただ聞いていただけだ。年長組で行くキャンプの時、お前がこっそり先生に話をしていたのをな」

「…………ああ」


 それは、たった今僕が振り返った経験そのものだった。


「お前先生に、キャンプ場にお化けがいるって、大真面目に話してたよな。普段そんな冗談言うような奴じゃないから、覚えていたんだ。なぁ、本当か? 本当に……見えるのか?」


 掘り起こされた記憶を埋めてしまいたくなる。忘れもしない

 キャンプ場にいたのは、平穏を愛する優しい霊で、騒がれるとちょっとだけ悲しい。そう言っていた事を先生に僕は進言した。昔の……話である。

 幼かったというのもあるだろう。両親や、幼稚園の先生に、何かあれば大真面目に説明したけれど、軒並み信じてもらえなかった。

 そうして後に、幼馴染みを酷い目にあわせてしまった、あの事件に繋がっていく。


 以来、僕はよほどの理由がなければ、霊が視える事を教えはしない。だから、こうして過去の出来事を引き合いに出されると、それなりに困ってしまう。

 どうしたものか。

 迷い、熟慮する。結論を出すのには、意外とそこまで時間は使わなかった。


「うん、まぁ……本当だよ」

「……っ! そうか。そうか……!」


 独特の嗅覚が働いたというべきか。ともかくこの場は話を聞くことにした。助けてくれという発言。幽霊が視えるかの確認。どうにも話し相手の様子はいかにも訳ありだったからだ。


「で、そんな僕に助けて欲しい事っていうのは?」

「…………ああ、話す。聞いてくれ。もう、お前にしか頼めないんだ」


 消え入りそうな声で、悠はゆっくりと話し始めた。


 去年の夏。悠と昔からの友人六人で、幽霊が出ると噂のトンネルへ肝試しに出掛けた。

 ほぼ。いや、完全に面白半分だったそうだ。だが、そんな軽い気持ちが、予想外の事態を招くとは、その時自分達は想像していなかった。

 そのトンネルに入った時だ。悪魔が……そう、あれは悪魔としか言いようがない。それが自分達に襲い掛かってきて……。

 恐怖のあまり、どうやって部屋に戻ったかは覚えていない。ただ、気づいたのは、悪夢はまだ終わってはいないという事。

 自分と友人は、悪魔に取り憑かれた。今も苦しくて苦しくて。ありとあらゆる方法は試したが、どうにもならない。万策は尽き、後は静かに狂うのみなのか。


「そんな時だ。お前を思い出した。お前なら……今も幽霊やらが見えているなら、何か対策があるんじゃないか……そう、思って」

「……買い被りすぎだよ」


 少しだけため息混じりにそう言えば、向こうから震え、興奮したように歯がカチカチと鳴り響く音がした。


「なぁ、頼む。辰、助けてくれ……! お礼は、いくらでもする! こっちに来て、相談に乗ってくれるだけでもいいんだ! だから……!」


 悠は徐々に早口になり、最後の方にはほぼ叫んでいた。

 追い詰められているのは、嫌という程に伝わってくる。幽霊が視えるだけと、うろ覚えにもかかわらず、彼は僕にすがっているのだ。既にお寺のお坊さんに、お祓いくらいは依頼していたのかもしれない。解決するか否かは、頼ったお坊さんにもよるけれど。

 ともかく。もっと詳しく聞きたいが、電話越しだけでは何とも言えない。視て、手に負えるかどうかの判断は必要だろうか。

 そもそも、不思議体験はたくさんあれど、流石に悪魔とは出会った事はない。だから……。


「……正直、助けになるかは分からないよ? ともかく、あと二日で春休みだから。後は地元に戻ってから聞く。それでいいかな?」


 頭の中で色々整理してから、僕は結論を出す。

 いつもは春休みの中盤辺りに帰るのだけど、多少早まっても問題はないだろう。すると、悠は息を飲み、次の瞬間、感極まったかのように啜り泣いてしまった。


「ありがとう……辰、ありがとう……!」


 結局、そこから「お前と逢っていてよかった」だの、「助かった」何て少し早い安堵の声を浮かべて。悠は最後に「必ず来てくれ……! 頼んだぞ!」そう念を推すようにして電話を切った。


 正直、その時は安請け合いし過ぎたかな? とか、あまり期待しないでね。位は言ってた方がよかったかな。なんて思っていた。

 その後で、僕がバレンタインのお礼に幼馴染み、妹、母さんへと電話をするまでは。


「せっかくだし、長めにいたら? 久しぶりに一緒にお出かけしましょう」

「素敵なお土産をよろしく。あといっぱい遊べ……まる」


 幼馴染みと妹の言葉だ。相変わらず可愛い二人である。久しぶりに彼女の淹れるコーヒーが飲みたいし、妹は高い高いでもしてやろうか。そんな呑気な事を考えていた矢先――。妹からそのまま電話を受け取った、母さんとの会話で、僕の背筋は凍り付くこととなった。


 帰省の旨を伝えて、ついでに然り気無く、悠について聞いてみたのだ。

 田舎は狭い。噂話など、あっという間に広まるものだ。加えて母さんは話好きだから、悠とその友人達が妙な事になっていたのなら、何らかの話題を耳にしていてもおかしくない。そう思ったからである。勿論、悠から電話が来て、悪魔がうんぬんした。という情報は伏せて。ただ単純に、悠を覚えているか? そんな切り出しだった。


 ところが……。


『え? 悠って……相沢悠君?』

「うん、中学の頃の同期生だけどさ。母さん最近……」

『ああ、あんたのとこにも、もしかして話が行ってたの? そんな親しくしてたかしら?』

「……話?」


 僕が首を傾げれば、母さんは少しだけ声を潜めてこう言った。


『いや……ね。悠君、亡くなっているのよ。丁度……二週間位前だったかしら?』

「……え?」


 雷で打たれたかのような衝撃が、脳を突き抜けて。

 その後、僕は直ぐ様母さんとの通話を切り、悠に折り返し電話をかけた。だが、何となく予想していたというべきか。お決まりとでも言うべきか。


 電話は二度と、悠に繋がることはなかったのだ。


 暫く僕は、放心したように携帯を見つめていた。頭がおかしくなったのだろうか。スマートフォンが壊れたのか。

 いや、違う。

 これは確かに現実で。そして確かに……僕らにおあつらえ向きな匂いがしたのだ。


「……もしもし? 母さん? うん、急に切ってごめんね。あのさ。ちょっと相談があるんだけど……」


 そうなれば、僕らが動かない理由はない。

 メリーから了承は得ていないけど、隠して一人で行動すれば、後々文句を言われるだろう。だから事のあらましは明日説明するとして。

 その後に方針を固めたら……。


「帰るとき、大学の友だちも、一緒に行ってもいいかな? まだ来るかは確定じゃないけど……もしよかったら。OK? ありがとう!」


 非日常(オカルト)と。級友の真相を、追いに行くとしよう。 



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