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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第六章 バレンタインに悪魔を殺せ
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聖人が処刑された日

 鈍感だと、僕はよく言われる。

 少なくとも僕をそういう人として確定させている人物はこの世に二人。一人はサークルの相棒で、もう一人は幼馴染みの女の子だ。

 他は大学の先輩や、愛すべき妹に。あと思い出せる限りでは、故郷の友人達にも言われた事がある。


 僕個人としては、この評価は誠に遺憾なものではあるが、深くも浅くも僕の事を知っている多数の人の言い分だ。信頼性、妥当性はなかなかに高いのかもしれない。


 それでも感覚は鈍くないんだけどなぁ。と、往生際が悪くも僕は思う。いいや、寧ろ常人より抜きん出ているのではあるまいか。そんな事をメリーに話したら、彼女は何とも味のある顔で。


「貴方の言う感覚と、他の人が貴方を評する感覚はね。優れてるっていうより、周波が違ってるのよ。テレビの1チャンネルと12チャンネル位に」


 なんて、結構な酷いお言葉を僕にぶつけてくれた。

 要は感覚は感覚でも、視覚と味覚位に、作用するベクトルが違うのだ。メリーはそう言いたいらしい。

 わりと胸に刺さったけれども、そう言われてみれば、確かに僕が鋭いと自負する感覚と、鈍感だと言われる感覚は、まるで関連性がない事だと気づき。少し恥ずかしくなったのはここだけの話だ。


 一体何の話かと言われたら、そう。〝霊感〟の話である。


 繰り返すが、僕は鈍感らしい。何においてかは、今の今まで、とうとう相棒も幼馴染みも教えてくれなかった。けど、そんな僕でも人より優れていると自負するのが、霊感だ。


 今更お伝えするまでもないが、僕こと滝沢辰は、幽霊が視える。

 もっと正確に言えば、この世にあらざるものが小さい頃から視えるのだ。

 ああ、こいつは妙な奴だ。と思ったならば、それが正解である。

 元より普通の人間とズレているらしい事は、幼少からの体質の恩恵や苦い教訓により、早い段階で自覚していた。

 自覚して、僕自身がそれを受け入れてしまったからこそ、今の僕……もとい、僕らがいる。


 SAN値を削ってきそうな神話生物とすれ違ったり。

 悪霊にトラウマを抉り出された挙げ句、腕を持っていかれそうになったり。

 UMA的な怪物とニアミス。所謂神隠し的な現象に、未来に起こりうる悲劇の一つを一応食い止めたり。極めつけは、相棒もろとも妖怪狸が営むラーメン屋の常連客になってしまった。なんて話まである。


 この時点で、僕は普通の人間です。と、宣言できる程図太くはない。チャンネル違い。周波や電波が違うとはよく言ったものだ。

 僕は確かに現代に生きている。けど同時に、その常識から外れた場所でも生きているのは疑いようもない事実だからである。 

 では、そんな僕は一体何者なのか。それを知ることこそ、僕が何度も危険な目にあって尚、探索を続けている理由の一つ。

 ……単に僕がオカルト大好きという、わりと俗っぽい理由もあるのだけれど。いや、寧ろ大部分がそれだけども。


 そんな僕だから、今日も今日とてサークル活動に向かうのだ。

 似たような境遇。似たような体質の僕と相棒が結成する、趣味がほぼ九割を占めるオカルトサークル。


 それが……。


『渡リ烏倶楽部』


 本日は、数ある怪奇譚の中でも、一際異質な物語を語ろうと思う。


 ※

 

 世間は、バレンタインデーというもので、妙に活気づいていた。

 人によってこの日の認識は色々ある。

 男女が。あるいは女性同士、男性同士で愛を誓う日。

 日頃の感謝を込めて、贈り物をする日。

 聖人が処刑された日。

 お菓子業界の稼ぎ時。

 リア充死ね。

 他にも色々。


 そんなありとあらゆる感情が飛び交う、二月十四日。

 大学の講義を終えた僕が、サークル活動の待ち合わせ場所に行くと、不意に背後から、何か柔らかいもので目を覆われた。

 甘い、ハチミツのような香りが、鼻をくすぐる。あまりにも心当たりがありすぎるその気配に、僕が驚いたフリをしていると、ヒヤリと誰かの指の感触が僕の手を這い……。気がつけば、右手に何かを箱のようなものを握らされていた。

 同時に開放される視界。目をしばたかせ、ゆっくりと手に握らされたものを確認すると、そこには可愛らしくラッピングされた小包が乗せられていた。今度はフリではなく、少しだけポカンとした顔になる。

 脳の処理が追い付かず、それをぼんやりと見ていると、背後でクスリ。と、小さく誰かが笑う気配がした。


「私、メリーさん、今。貴方に贈り物をしたの」


 彼女の十八番な言い回しに、「そういう事か」と、ようやく現実へ立ち戻る。思わず吹き出しそうになるのを抑え、ゆっくりと振り返れば、そこにはやはり予想した通りの人物がいた。 


 道を歩けば十人のうち十人は振り返るんじゃないか。そんな印象を受ける美人さん。

 肩ほどまでの緩めにウェーブがかかった亜麻色の髪と綺麗な青紫の瞳。何処と無く浮世離れした容姿を「お人形さんみたい」と、評する声を聞いたことがあるが、実に適切な喩えだと僕は思う。ビスクドールのような白い肌も、そんなイメージに一役買っているのだろう。

 この女性こそ、僕のサークルの相棒にして、親友……メリーである。



「……僕の誕生日、十月だよ?」

「……わざと言ってるの? この時期は世間の男の子はみんな、ソワソワするものだと思ってたけど」

「冗談だよ。ありがとう。まさか君から貰えるとは思わなかったからさ」

「そりゃあ、サークルの相棒だし? それくらいは……ね」


 ハッピーバレンタイン。と、唄うように告げる彼女に礼を述べれば、メリーの笑顔が花開く。実は内心で物凄い喜んでいるのを、彼女は気づいていまい。

 この世に生を受けて十九年。実は母と妹と、幼馴染み以外から貰ったことは一度もなかったりする。


「丁度小腹が空いてるし、三時のおやつがてら頂いてもいいかい?」

「勿論。因みに中身はブラウニーよ」

「……な、何故僕の一番好きなチョコが分かった?」

「前に作った時、一番喜んでいたからよ。当たりみたいでよかったわ」


 照れを食で隠そうとしたら、好みを知られていた二段構えに、何だか少しだけくすぐったくなる。それを誤魔化すように改めて空き教室に入り、机一つを挟んで向かい合って座れば、それは余計に僕を追い詰めるようで。故に僕はいつもの調子を取り戻すべく、静かに言葉を選んだ。


「〝人生はチョコレートの箱だ。開けてみるまで中身は分からない〟……先に種明かししたら面白味がないだろうに」

「……フォレスト・ガンプかしら? 〝何よりも大事なのは人生を楽しむこと、幸せを感じること。それだけよ〟面白味がない何て言葉を使うべきではないわ」

「……オードリー・ヘプバーンかい? もしここで君が悲観的なことを言い出していたら、僕も彼女から引用しただろうね」


 他愛ないやり取りは、互いに面白おかしく楽しんでいたら、いつの間にか定着してしまった癖のようなもの。

 もしかして照れてるのかしら? と、挑発的に嗤うメリーにどうだろうね? と返しながら、僕は気を取り直して丁寧にチョコレートのラッピングを剥がし、箱の中を覗き込んだ。

 そこには綺麗にカットされた手作りブラウニーが六個並んでいた。チョコのまろやかな香りに混じって、少しだけ柑橘系の匂いがする。オレンジピールでも入っているのかなと思いながら一口頂けば、どうやら正解だったらしい。


「凄い美味しい。……ありがと」

「……そっか。よかったわ。……うん、よかった」


 そう伝えれば、メリーは顔を綻ばせ、ホッとしたように息を吐いた。当たり前だけど女の子なその仕草に、少しだけドキッとしたのは、胸の中に留めておく。きっとチョコレートが甘いからに違いないだろうから。

 

 暫く談笑を交えながら、彼女からの贈り物を楽しむ。

 その過程にて、「今日はどうする?」という言葉が出てきた所で、僕はようやく、今日のサークル活動について話そうとしていた事を思い出した。


「そう、それなんだけどね。実は昨日の夜、中々興味深い話というか……ちょっと頼み事をされたんだ」

「頼み事?」


 少しだけ怪訝な顔をするメリーに、僕は頷きながらスマートフォンを取り出す。

 ディスプレイに指を滑らせ、僕は電話の着信履歴を開き、その一番上を指差した。


「……誰? この人?」

「うん、その説明は追々にね。奇妙な話さ。どうしてか、僕がオカルト関連が好きって彼は知っていて、その上で依頼してきたんだ。悪魔に苦しめられているから……対処法を教えて欲しい。助けに来てくれ。ってね」


 その瞬間、メリーの顔が苦虫を噛み潰したかのような、微妙なものになる。

 言葉に出さずとも、目は口ほどにものを言う。「胡散臭いわ」といった空気が、ありありと伝わってきた。


「まぁ、その反応が普通だよね」

「オカルトサークルやってる私達が言うなって話だけど……怪しすぎよ。悪戯か、からかい半分じゃないの?」

「うん、僕も最初はそう思っていたんだ。だから最初はね。どのみちもうすぐ春休みで、実家に帰るから、その時にでも話を聞くよって伝えて、話を打ち切ったんだ。けど……」


 そうは問屋が卸さなかったのだ。

 ディスプレイ上で、その名前をタッチする。番号が自動でダイヤルされ、その人物へ電話をかける。すると、コールを挟まずに直ぐ様通話が繋がった。


『此方は、NTTdocomoです。おかけになった電話番号は、現在使われておりません……』


 無機質な機械アナウンスが、スマートフォンから響き、空き教室にこだまする。その途端、メリーの瞳が興味と畏怖で細く、鋭くなったのを僕は見て取った。


「……これ、間違いなくこの人からかけられたのよね?」

「うん。そうだよ。で、それっきり繋がらない。しかもね。それだけじゃないんだ。彼との電話の後、母さんとも電話したんだけど、その時然り気無く、彼について話をしたんだ。そしたら……」


 僕が続きを話そうとしたその瞬間、メリーは「待って」と、僕を静止した。


「ねぇ、きっとこれはオカルト関連でしょう? なら、結論だけでなく、しっかりと詳細が聞きたいわ。貴方の個人的な希望も一緒にね」


 両手で頬杖をつきながら、メリーは楽しげに目を輝かせる。

 なるほど、確かにそれはそうかも。少なくとも僕は、この件に関わってみるつもりだ。ついでに、それをメリーに話す意味も、彼女は察してくれたらしい。


「……僕としては、君の助けがあれば心強いんだ」

「私が渋るか断るとでも? そこにオカルトがあるなら、動かない理由はないわ」


 相棒なんだから。そう付け足しつつ、彼女は静かに片目を閉じた。


「聞かせて。一体どんな話をされたのか。どんな事実を引きずり出したのか」


 それが、始まりの合図だった。

 僕は頷き、ゆっくりと語る。つい昨日体験した、世にも奇妙な出来事を。


 依頼してきた彼曰く、それは何気なく出掛けた肝試しにて起きたという。

 彼らはそこで、〝悪魔〟に出会ったのだそうだ。

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