インターミッション5~日常と非日常~
お昼どうしようか。そんな話から冷蔵庫を開けると、思いの他何もなかった。
調味料はある。卵が二個に、野菜も微妙にある。ご飯に簡単なサラダ。卵焼き位は作れそうだが、何だか寂しい。味噌汁は具がないから、スープが安定。ただ、これに卵を入れてしまうと、もれなく卵焼きが消滅するので、入れられる具に限りがある。ピーマンがあるから、肉さえあればおかずに肉詰めが出来たけど、生憎今は魚肉ソーセージしかない。
どうしたものか。他に何かあったっけ? やはり買い出し行こうかな。なんて思っていると、後ろからメリーもやってきて、冷蔵庫を覗き込む。
「……パスタは、ある?」
「え? ……あ、そいえばあったなぁ」
「じゃ、作れるわね。シンプルにナポリタンとグリーンサラダ。卵スープ辺りでいいかしら?」
コクコクと頷く僕に、メリーは勝手知ったると言わんばかりに戸棚からエプロンを引っ張り出す。メリーの本日の装いはクリーム色の縦セーター。そこに僕が普段使う、紺色のシンプルなエプロン姿という組み合わせは……。実に破壊力が凄かった。
「器具とか調味料の場所、変わってないわよね?」
「うん。……何か悪いなぁ」
「いいのよ。この間は貴方が作ってくれたし。何より私がやりたくてやってるの」
妙にご機嫌な様子でせっせと手を動かすメリーを、僕は何の気なしに壁へもたれながら見つめていた。
学生が一人暮らしするキッチンは狭い。必然的に僕は手持ち無沙汰になってしまう。メリーの足元にも及ばないが、僕も一応人並み程度に料理には覚えがある。こうしてどちらかがキッチンに立つ度に、一緒に出来たら楽しいのにな。なんて思う。
「……何だかこうしてると、実家に帰った時を思い出すなぁ」
「バレンタインに?」
僕がしみじみと呟けば、メリーも少しだけ反応する。正確にはバレンタインが終わってすぐ。ただ、事が始まったのはバレンタイン前夜だった。
僕の元にかかってきた、一本の電話を切っ掛けに、僕は帰省とサークル活動を兼ねて、メリーを連れて故郷に戻り……。そこで、悪魔に遭遇した。そんな物語。
僕らはただ、暗躍する悪魔の所業と、それにより引きずりだされた業に震え上がっていただけという、実にショボい役回りではあったけど。今にして思えば、それもまた、必要な事だったのだろう。
幽霊が、非日常の存在を知る僕らだからこそ、立会人として僕らは呼ばれたのだ。
「貴重な出会いだったわ。辰のご両親にもご挨拶出来たし。貴方の友達も見れて、ララちゃんともメル友になれたし」
「……ちょっと待て、ララとメル友? 僕それ初耳なんだが?」
「今言ったもの」
クスクスと笑いを堪えるように肩を震わせるメリー。そういえば懐いてたなぁと思わなくもない。妹は昔から、年上のお姉さんを気に入る傾向があるのだ。
あと、気に入るで思い出すのは、父さんと母さんである。
初めてメリーを連れていった時、それはそれは驚かれた。
「お前、枯れてた訳じゃなかったのか……」と、父さんは涙ぐみ。
母さんは数日間メリーと過ごしてから、僕に「グッジョブ!」と、親指を立ててたっけ。
何を勘違いしてると弁明しても聞き入れてもらえなかったので、そのまま放置していた。以来、両親はとうとう「次帰る時も連れてこい」なんて言う始末。馴染み過ぎだろ我が相棒。寧ろ僕の方が肩身が狭いまであったりもする。解せぬ。
「それに、何より……あの子にも会えたしね。辰のトラウマの切っ掛けで……大事な幼馴染みの妹分」
懐かしさと、優しさと。何故か少しだけ滲み出るような切なさを内包した顔で、メリーはポツリと呟いた。妹分が妙に強調されてた気がしたが、気のせいだろう。
そう、震えたとしたら、もう一つ。あれ以来幼馴染みが妙に冷たいのである。……何故だ。
「貴方が分かるときは、きっと天地がひっくり返るでしょうね」
「相棒、言葉の暴力よくない」
わりと真剣に悩みの種だったりするのだから。
せっかくだから、ちょっと回想してみよう。
怖いことも。楽しいことも沢山あった。日常と非日常を行ったり来たりする、春休みの一幕である――。




