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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第一章 オカルティック・ホテル
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昇る匣

 弾かれたように振り向いた僕らの視線の先で、カウンターに座っていた白骨死体が床に倒れていく。頭蓋が固いものにぶつかる鈍い音が、ロビーに響き渡った。骨の一部が砕けたのか、空気の中ですえたような生臭さが漂い、ホテルにあるまじき埃と混ざり、小規模な白煙が立ち上る。

 僕とメリーさんは、それを唖然としたまま眺めていることしか出来なかった。

 何が起きた? 考えるのはそれだけ。ただの風だなんてありえない。骨とはいえ、それが動くほどのものならば、僕らにも感じられる筈だ。つまり……。


「……今、何かいたわ」

「僕には、見えなかった。動かしたって事は、人?」


 僕が問えば、メリーさんは首を横に振る。そのまま受付のカウンター内を窺うが、お目当ての何かは見失ったらしく、悔しげに唇を尖らせていた。

 僕も周りを見渡すが、やはり何も見つからなかった。


「動物の幽霊が十七体の筈なのに、さっき一瞬だけ何かの気配が一個増えたのよ。この白骨死体のご本人かしら?」

「それなら自分をこんなに粗末に扱うとは思えないけど。というか、凄いね。正確な数まで分かるのかい?」


 僕なんてこのホテル全体の雰囲気などが邪魔して、いっぱいいる。よく分からないけど怪しい。位の認識しかない。なのに彼女は、フロア内にいる動物霊の正確な数まで当ててのけたのだ。


「……え、分からないの?」

「いや、君何言ってんのさ。漫画じゃないんだから、気配の一つ一つなんか細かく感じられるけないだろう」

「……霊感、あるのよね? もしかして視えるだけとか?」

「えっと……」


 口ごもる僕にメリーさんは何かを察したように顔をひきつらせる。何とも言えない沈黙を破ったのは、メリーさんの方だった。


「比べるのがおかしかったわ。そもそも私みたいに視える人なんていないと思ってたから。それよりも、どうやってここから出るか。それを考えましょ」

「オーケー。あ、その前にさ。一通り、ホテル内を回らないかい?」


 僕の出した提案に、メリーさんは眉を潜める。何でそんな事を? と顔に書いてあった。


「マッピングは必要だろう? 現状入り口はない。けど、ホテルの何処かにはあるかもしれない。窓ガラスを割って脱出なんてことも試せるし。だいたい、理屈こねて考えても、こんな情報もない謎空間での最適解なんて出るのかい?」

「だから足で調べると? 探偵か、所轄の刑事みたいねぇ」


 皮肉気にそう言いながらも、彼女の中でも同調するものがあったのだろう。メリーさんは納得したように頷いた。


「〝見るべき場所を見ないから、それで大切なものを全て見落とす〟って奴ね。痛感したわ」

「花婿になる筈だった人が知人の変装だったみたいに、出口に繋がる場所も何かが化けている可能性もあるしね」

「……貴方には、ビックリさせられてばかりだわ。昨日読んだ小説の言い回しを引き出したのに」


 口笛をヒューと吹くメリーさんは、心底驚きつつも、その青紫の瞳を輝かせる。返したのは実に自然な反射に近いものだった。何故なら、僕もよく気に入った本からだったり、偉大なる先人の言葉を会話に然り気無く混ぜる癖……。というか遊びをよくやるのだ。

 気づいてくれたなら話が膨らむし、気づかなかったら……まぁ、それは仕方がない。因みに返してもらえることはあまりない。然り気無く入れすぎてスルーされちゃうか、僕が引っ張り出すのがマニアックな物が多いからなのか。その辺は謎だ。


「コナン・ドイルのシャーロック・ホームズ。『冒険』の『花婿失踪事件』だろう?」

「素敵。正解よ」


 当ててみせて。と、彼女の目が語っていたので答えたら、ビンゴらしかった。これで外れだったら格好つかないなぁ。なんて思っていたので、内心で少しだけホッとしていたのは……僕だけの秘密である。

 しかしまぁ、何というか〝霊感の性質〟は違えど、妙に僕と似たような部分が多い女性(ひと)だ。そう思いながらも、僕はメリーさんを促し、ロビーからエレベーターホールへ移動する。

 エレベータは三つあるが、全てが一階に止まっていた。僕らはその中の一番右に乗り込んだ。真ん中……。昨日奇妙な気配を感じた匣以外ならば何でもいい。


「上から降りてくる。で、いいかい?」

「ええ、そうしましょう。願わくば十階に出口があればいいんだけど。なんとなく望みは薄いって分かっちゃうのが悲しいわ」

「〝期待できないことに希望をつなぐな〟って言うし、あったらラッキーって思ってる方が賢明かもね」

「……ピタゴラスかしら?」


 悪戯っぽく笑うメリーさん。ああ、そうとも。正解だ。ついでに今、ピタゴラス本人とは全然関係ない、古いテレビ番組の音楽が流れたりした。

 おかしな装置で実に芸術的な遠回りをやってのけ、上手く噛み合う事が出来たような。そんなカタルシスを感じたのだ。


「メリーさん、変わってるって言われない?」

「失礼ね。そういう貴方は……。待って。私、貴方の名前知らないわ」

「……ああ」


 そういえば、忘れていた。


「辰。滝沢辰だよ。滝壺の滝に、沢蟹の沢。で、辰年の辰って書いて、シン。宜しく、メリーさん」

「ん、宜しく。……メリーでいいわ。同い年でしょう?」

「いいの? じゃあ、僕も辰でいいよ」


 今更過ぎる簡潔な自己紹介を終えて、そこからは他愛ない会話の花が咲く。状況は酷いのに、不思議と楽しい。そう思えている自分がいたことに気づくのは、まだ先の話。僕らのホテル内調査は、そんな掛け合いや、互いの話を交えながら開始された。


 ※


 ――数時間後。それなりに手間をかけた捜索は、なんの成果も得られぬままに終わろうとしていた。


「予想はしてたよ。そう簡単に見つかりっこないってね」


 僕の独白に「同感だわ」とでも言うように、メリーが小さく頷く。

 分かったのは、やはりここは外界から隔離されていること。

 幽霊は色んな階にいたが、その全てが動物で、ただひたすら浮遊しているだけ。

 そして……。窓の外は塗りつぶしたかのように真っ黒で全く何も見えないこと。これくらいだろうか。

 あと、無理矢理脱出は出来ないものかと、窓に椅子を叩き込んでみたが、これもダメだった。

 お陰様で僕らは現在振り出しに逆戻り。

 後調べていないのは……目の前にある、昨日遭遇した、いかにもよくなさげな真ん中エレベーターを残すのみとなっていた。


「避けてはいたけど、実際ここが一番怪しいんだよなぁ」

「でも、一番危ない感じもするのよね」

「僕より索敵が上手い君がそう言うと、嫌な予感しかしないんですが」


 だが行くしかないのだ。

 意を決した僕らは、震える指でエレベーターの上昇ボタンを押す。十階で待機していた真ん中のエレベーターが、ゆっくりと此方に下がってきて……。

 直後、僕は右肘をメリーにペシペシと叩かれた。


「どうしたの?」

「今すぐ確認したいことがあるの。すぐ戻るわ」


 何故か顔面蒼白のまま、メリーはエレベーターホールを猛烈な勢いで走り抜け、ロビーに飛び込み、すぐに戻ってきた。


「ね、ねぇ。エレベーターなんだけど……私達が十階に行くのに使ったのは……右側よね?」

「え? うん。そうだけど……っ!?」


 唇を震わせるメリーと、思い出されたつい先程の情報に、僕の背筋が凍り付く。

 そうだ。それならば、右以外のエレベーターは一階に無ければならない。にも関わらず真ん中のエレベーターは十階にある。これが意味するのは……。いつかはわからないが、僕ら以外の何かが、エレベーターを使った事になる訳で。そう考えると、さっきメリーが何を確認しに行ったのか、何となく予想がつく。

 彼女は、自ら肩を抱きながら、か細い声で事実を告げた。


「さっきの白骨死体……、受付のカウンターから、消えていたわ。ロビーには見当たらなかった……」


 それが何を意味しているかなんてよく分かる。骸骨が倒れたのは、偶然じゃなかった? だとしたら、アレの目的は……。

 思考が完全に纏まりきる前に、電子音が薄暗いロビーに響いて、ボタン操作に忠実に、その扉は開かれた。

 予想を裏切り、そこには誰も乗っていない。がらんどうの匣の中を、スポットライトみたいな灯りが照らし。そして……。


「タスケテ……タスケ、テ……アア、ヤット。ヤット……来てくれるのね」


 啜り泣くような。だが、最後だけ流暢かつハッキリとした声だけが僕らの目の前で響く。

 迷う暇すら、与えてはくれないらしい。

 今度は左のエレベーターが、操作もなしに上昇を始めた。一、二、三、四階。まだまだ上がる。

 誰かが……上からこっちに来ようとしてるのは明白だった。


「腹をくくろう」

「……そうね。どっちも嫌だけど、出口がありそうな分、こっちがマシだわ」


 謀らずも同時に、僕らはエレベーターに乗り込む。ドアが死刑宣告のように重々しい、唸るような音を発して閉ざされた。


『上に上に上に上に、ううう上にえにえに、ウエに参リマス』


 唐突に不気味なエコー混じりのアナウンスが入ったかと思うと、そのままエレベーター内の照明が落とされて。次にガタンガタン! という不快な音がして……。


『逝こう? 素敵な場所へ』


 知らない女性の囁きが耳に侵入し。手にヒヤリとした感触が広がった。


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