インターミッション4~狂気の影~
日本は慌ただしく、せっかちだ。
これは、大学にいる外国出身の教授が苦笑い気味に言っていたことだ。
思想や宗教など関係なく様々な行事をない交ぜにして楽しみ、市場はそれに合わせて。あるいは追われるように姿を変える。
節分や雛祭りからのバレンタイン。花見と思えばホワイトデーにイースター。七夕を経てお盆に夏祭り。月見を楽しみ、ハロウィンで騒ぐ。そこから二ヶ月はあるというのにクリスマスに向けて準備して、終ればそこから慌ててお正月に。
こうして、四季まで巻き込んで月日は廻っていく。成る程。言われて見れば日本ほどカオスで慌ただしい国はなかなかないかもしれない。
テレビに映るキラキラしたクリスマスの特集を相棒と無感動に眺めながら、私は一番最近。つまり去年のクリスマスを思い出す。
安定の相棒と一緒だった。
お互い独り身だし。といった言葉を交わしつつ、イルミネーションを見に行ったり、ショッピングを楽しんで。プレゼント贈り合った後、夜は適当に入った焼き肉屋。
え? 最後がおかしい? 気のせいだ。
予約って大事だね。と、私達は悟った。お互い遠方から来て一年目の身だから、そういった事情に疎かったのである。
そもそも、クリスマスを一緒に過ごすことが決まったのが当日の二日前。……期待したりしつつ妙に緊張して、私の方からなかなか誘えなかったのは黒歴史だ。今なら軽い感じで誘えるのに。
もっとも……。今年誘うべきか否かを決めあぐねているのも事実だけど。
ズキン。と、目と胸の奥が痛む。裏ディズニーでの一件を彼と回想しているうちに、私はいよいよもって精神的に危うくなってきているのを自覚した。
気づいてるだろうか? 今日来たのだって、本当は暇だからでも何でもない。私がただ、辰に会いたくて来たのだ。
夢の国での推測が、現実に近づきつつある。
〝私の時間は、もう残り少ない〟
隣を見れば、辰が立ち上がり、冷蔵庫に向かう所だった。そういえば、そろそろお昼にしよう。なんて言っていたっけ。
今すぐ後ろからすがりつきたくなる衝動を抑えながら、私はただ、相棒の後ろ姿を眺める。
そこで無意識に目元に手が行った。これが……。彼の言葉を借りるならば、脳細胞と視神経がもっと完璧だったらよかったのに。そうしたら、もしかしたら……いつかに出会った〝彼女〟のように、望まぬ運命を回避できただろう。
「不公平だわ」
「何の話だい?」
私が漏らした一言に、彼は心底不思議そうな顔で此方に振り替えり、そのまま真剣な表情でそう言った。それに私は苦笑いを返しながら「覚えてる?」と、彼に問い掛ける。
「いつかの愛に狂った恋人達よ。最後は彼女の思い通りにならなかったにしろ、あの二人は概ね、望んだ未来を手に入れたわ」
「……あれか」
思い出したらしい彼は、珍しく不快そうに顔を歪めた。それはクリスマスを経た去年の大晦日。私達はいつもと毛色が違う幻視を得て。それがきっかけで、あの修羅場に遭遇した。
小さな。所謂痴情の縺れ。
事件自体は簡単に解決した。けれども、後々の私達にとっては、間違いなく大きな意味を持つことなど、当時の私は知るよしもなかった。
触れて、自覚した時。私は気づいてしまったのだ。
己の内に眠るかもしれぬ、狂気の断片を……。
愛は時に己の首を締め上げる。あえて名前を付けるならば、そう――。
あの場はまさに、純愛が産み出した絞首台だったのだ。
次章はメリーさん視点。




