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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第四章 夢の国ミステリーツアー
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裏エピローグ:魔法の正体

シリアスとギャグが丁度半々。

肩の力を多少抜いてどうぞ

 逃げるように転がり込んだ、二十四時間営業のインターネットカフェ。駅から近いビルの三階に位置するそこは、空いているとも、人で混み合っているとも言い難い、絶妙な塩梅だった。

 程々な無関心さと、適度な人目。それは、身を隠すのには何よりもうってつけだろう。広さはそこそこ。空調よし。タバコ臭いわけでもなし。不満。もとい、やるせない気持ちになる事と言えば……。


「すいません、ここの利用は初めてなんですけど」

「承りました。会員制ですので、登録が必要ですが、宜しいでしょうか?」

「はい、大丈夫です」

「では、此方に必要事項を御記入ください。それと……席はどちらにいたしますか?」

「えっと……このカップル席で」

「カップル席ですね。承りました」


 このやり取りの中に、虚構が含まれている事位だろう。

 新しく来た場所故に、受付相手に会員登録の手続きをする相棒の後ろ姿を、私は一歩下がった位置でぼんやりと眺めながら、人知れず小さなため息をついた。


 緊急の宿としてこういう場所を利用する際、必然的に私達はカップル席や、ペア席を利用する。

 端から見たら恋人なんて甘やかな関係に見えるだろうか。けれども真実を暴けば、そこに残るはオカルト好きな変態が二匹。

 色々と複雑な関係なので、便宜上は相棒で通しているし、私達自身、それが一番近い間柄だとは思っている。そんな名前のない奇妙な関係が好きでもあるのだ。が……。それでも、こういった所謂恋人同士の為に用意された場所を利用する時に、内心で少しだけくすぐったいような、胸が締め付けられるような感慨になるのは、私が女だからなのだろうか。

 生憎恋人が出来た試しはないし、幼少の頃の初恋が、小学校の先生で、しかもわりと酷い失恋と、男への幻想を砕かれた私にはよく分からない。 

 もっとも、カップル席なんて名が付いているからといって、そういう関係ではない人間が利用するのだってありえるのだろうけど。


「メリー? どうしたの? 席とれたよ?」


 今この場において、それほど重要ではない事に思考を割いているうちに、一連の手続きは終了したらしい。受付から進もうとしたら、私が動かないのを訝しんだのか、辰は奥へと向けていた足を止め、不思議そうな顔で此方を見る。


「ん、ごめん。行きましょう」


 それに胡乱な返事を下しつつ、私もまた、歩を進めた。

 然り気無く、私達が入ってきた入り口を確認する。人外の者共が、追ってくる気配はない。あくまで勘によるものだが、多分撒くことは出来たらしい。ここで追って来ているなら、私の感覚にも反応があるはずだ。


 飲み物を調達し、個室なフラットシートの小部屋に入る。荷物を下ろし、二人揃ってまず一息。互いに顔を見合わせれば、本日の大冒険が回想され、必然的に笑みが漏れた。


「まずは……、おつかれ。メリー」

「貴方もね。辰。今回もまぁ、お互いよく生きてたわね」


 勿論、いつも生死の境を綱渡りするような事をしている訳ではない。けど、今日のは色々と特殊だったと思う。

 それでも懲りない辺り、私も辰も大概だ。

 もっとも、今は無事を喜ぶよりもやることがある。せっかくパソコンもあり、ゆっくり出来るスペースもあるのだ。だから……。


「じゃあ、本日のサークル活動の感想。もとい、反省会的な検証を始めよう」

「OKよ。ところで、今回の怪奇。タイトルを付けるなら、何がいいと思う?」

「恒例のタイトル付けだね。う~ん、そうだなぁ……」


 だから、やることはいつも通り。議論の花を咲かせ。今日の不思議を思い出に刻み、次なる怪奇に想いを馳せる。


「じゃあ、『夢の国ミステリーツアー』なんて、どうだろう?」


 それが私達、『渡リ烏倶楽部』なのだ。


 ※


 お互いに疲れていた事もあり、議論は数時間で終了した。

 明日もあるからを方便に、いつものように背中合わせで眠る私達。どちらも寝付きはいい方なので、眠ると決めたらすぐに夢の中へ旅立てるのだが……。


「……ダメね」


 今日の私は、珍しく眠れなかった。理由は自分でもわかっている。わかっているからこそ、今の私に必要なのは、確かな安心だった。


 静かに背後を確認する。辰はもう寝入っているらしい。身体が呼吸に合わせ、規則的に動いている。狸寝入りではない。


 くるりと、身体を反転させる。そのまま彼の背中の服をくいくいと引っ張れば……。

 あっさりと。まるで懐いた犬のように、辰は此方に転がってきた。

 細いが、男らしく硬い腕で無意識に私を引き寄せて。数秒後。私は彼の胸の中にすっぽりと収まった。


「……ん」


 じわりと、ぬくもりが広がっていく。

 たまにやる、私にしては少し大胆な行為だ。

 辰と背中合わせで寝てたらいつの間にか抱き締めあっていた。はよくあるけれど、そのうち三割位は、私がこっそりやってることだったりする。腕枕させてみたりだとか、おでこくっつけてみたりだとか。

 残りの七割は本当に謎。私は別に抱き枕がなければ眠れない訳ではないのに、この現象が起きる。辰が寝たまま転がり、抱き締めてくれるのと、私自身の行動を省みれば、多分お互いに無意識なのだろう。……そう思えば、何だかくすぐったくもあるし、磁石みたいとおかしくもなる。

 あと、本当にもしかしたら、辰のリビドーがうんぬんかんぬんして、私の寝込みを見計らって引き寄せてる。が、一割くらいはあるかもしれない。ある……かな。ないかな? うん、ヘタレだし無さげだ。でも前に起きたらおっぱいに顔を埋められていた事もあったし、もしかしたら……。この辺は、乙女の細やかな希望という事にしておこう。妄想とも言うかもしれないが。


「んみゃ……」


 子どもみたいな寝言を漏らす辰の寝顔を、見上げる形で観察する。気がつけば、私の片手が彼の頬に触れていて。あれよという間にもう一方が反対に。

 彼の顔を、優しく挟むような形で包んでいるうちに、私の中ではどうしようもない衝動が渦巻いていた。灼けつき、燻るような想いが募る程に、水を打ったように冷静なもう一人の私が、後ろからこの状況を観ている。

 幻視(ヴィジョン)。私が心霊現象を観測する時のようだった。


「……遠い、わ」


 こんなに近くで見つめてるのに。

 相棒で。多分誰よりも近い。けど、友情や信頼といったありとあらゆるものを得ても、唯一つ。恋仲という境界線を越えられない。

 私は、変わるのが、怖いのだ。

 もしも私が……。例えば彼に恋人がいるといった、諦めがつくような状況に陥っていたなら、まだマシだっただろうか?

 いいや。仮にそうだとしても、私は彼の隣にいただろう。彼もまた、私と行動を共にしないという選択肢は、取らないのではないだろうか。そこだけは自信がある。

 結局下せる結論は、この友達以上恋人未満な状況は、まだ続きそうだという事くらい。

 一応、今の相棒な関係だって気に入ってはいるのだから、嬉しいやら悲しいやら複雑な気分だけど。


「こいつめ。ヘタレ。ばか。押し倒してみろ。…………拒まないのに」


 ブーメランを投げてる気分だった。私にだって、当てはまる事でもあるから。

 腹いせに、本当にキスでもしてやろうか……。なんて思いつつも、眠っている今なら、言えるかな。そんな事を考える。


 安心は得た。後は吐き出すだけ。

 多分これに気づいたのは霊的な感覚が鋭い私のみ。彼は知らないだろう。


 子守唄を聞かせるような気分になりながら、私は独白を始めた。

 気づくか気づかないかはどちらでも。でも、知ってしまったら……貴方はどうするだろうか?


 ※


 パソコンと空調の起動音がする部屋の中で微睡んでいると、メリーの声が聞こえてきた。


「……〝裏ディズニーランドは、過去。今。未来。全ての可能性が沈む場所〟」


 歌うような、静かな響きだった。柔らかな感触と、甘いハチミツみたいな匂い。メリーとまた、抱き締めあって寝てしまったらしい。……許せ、メリー。セクハラではないんだ。事故だ。

 あと、眠かった。故に頭など回らずに、何を思ったか、僕は「んぁ……」何て気の効かぬ台詞しか漏らせず。眠りと現実の間を浮き沈みしていた。


「〝骸骨に親しみを感じたのは否定しないわ。でも何よりも驚いたのは、全力で襲ってきたからこと〟普通の霊が全員あんなに好戦的になる……。他の幽霊達とは違う。私達個人に対するに執着が、奴等にはあった」


 故にメリーの声が、意味のない単語の羅列にしか聞こえなくて……。耳にはいっても、確実に反対側から抜けていたのは疑いようがなかった。

 骸骨か……まるで型にはめて量産したかのように、〝同じ背格好〟の奴等ばかりだっなぁ。

 そういえば、一体だけ、妙な雰囲気のある奴がいた気がする。

 あれは……何だったのだろう?


「平行世界の幽霊が、所謂可能性だとしたら? 過去、未来、今のうち、彼らは過去だった。成長する前に、死ぬという可能性があって、それらが道案内として選ばれた。かき集められたにしては、あの骨は全て、同一人物なようにしか見えなかった。アトラクションに囚われない、私達に執着を見せた、自由な数多もの霊」


 そう、もしかしたら、あの骸骨の正体は――。



 ぬるい痺れを感じたような気がして、僕は静かに微睡みから目を覚ました。


「あれ? 起きたの?」なんて声が、目の前からする。メリーだ。いつの間にか、向い合わせで寝ていたらしい。

 さっきの抱き合って寝ていたのは夢……か?

 少しだけ、唇に湿り気というか、変なぬくもりがある。寝言でも、漏らしたか。いや、話していたのはメリーで。あれ? でもそれは夢で……あれ? あれあれあれ?


 混乱する僕を、メリーの青紫の瞳が静かに見据える。薄暗い中でも、それは確かに爛々とした光を灯していて。それを見てるうちに、僕はそのまま、思った事を口に出してみようか。そんな事を思った。


「ねぇ、メリー。さっき何か、話してた? あるいは、何かした?」


 気のせいならば、それでいいのだ。ついさっきメリーが「もしかしたらあれは、平行世界で死んだ、数多の私と貴方なのかも」なんて、縁起でもない事を口走ったような気がしたから。

 確かに、こんな生き方だ。有り得なくもないけれど、それなら平行世界で僕らは高い確率で死んでいるという話になるわけで。そうなると、僕らもまた……。


「話しては、いないわ」


 あ、そうなんだ。

 一先ず僕は安堵する。どうやらそんな夢も希望もない話はなかったらしく……。


「でも、そうね。悪戯はしたかも」

「へ?」


 変わりに謎だけが残った。

 悪戯? 落書きか? てか、何故に悪戯?

 僕が目を白黒させていると、メリーは不意に僕の耳元に顔を寄せて。「でも、辰が気づかないんじゃ悪戯にならないわよね」と言い……。


「もう一度。ねぇ、辰……Trick or Treat」


 蠱惑的な笑みを浮かべながら、そう囁いた。

 不吉な真実は暴かれず。残ったのは、悪戯予告だけ。

 そういえば、ハロウィンだった。

 ついでに僕はお菓子なんて持ち合わせていなくて。


「悪戯って……何するのさ?」

「さて……ね。ナニして欲しい?」


 いつの間にか僕に馬乗りになった、黒いアリスがそこにいた。

 柔らかそうな唇が、「甘いのがいい」と、挑発的に弧を作る。だから僕は……。


 意を決して、彼女の手を引き寄せた。


 ※


 ちょっと大胆になりすぎたかしら。そんな事を思う。

 けど、沈みかけた心に少しの高揚感を得られたからよしとしよう。考えてみれば、不吉な推測は、あくまでも推測。真実ではない。

 誰もが明日死ぬかもしれないのだ。怖がる必要なんてないではないか。そう思ったら、不安を覚え、安心を得ようとした自分がバカみたいで……。

 直後に引かれた手によって、「冗談よ」の声は打ち消された。


「……あれ?」

「じゃ、行こうか」


 ……へ?


「ど、どこに……」

「悪戯。するんでしょ?」


 …………んんっ?


「え、えっと、辰?」

「大丈夫。すぐ着くよ」


 あれ、これってもしかして。

 誘ったら、乗ってきた?


 ……よし、落ち着きなさい。落ち着くのよメリー。えまーじぇんしー。えまーじぇんしー。

 すぐ着くって……多分あれだろう。ラで始まってルで終わる連れ込み宿的な。なんで調べてるんだ我が相棒! 隠れ場所には最適かも知れないけども! い、いや。それにしたって話が飛躍しすぎだ。出来ればちょっとくらい段階を踏んで?

 というか、どうしよう。下着は……大丈夫だ。いや、でもまだ心の準備ぎゃ……。

 脳内ですら噛み噛みで、一向に動かない私を不思議に思ったのだろう。彼は首をかしげて。


「……行かないの?」

「い、イクわ。イ、イキまひゅ……」


 また噛んだ。それにしても辰ってば、そんな真剣な顔で行かないの? だなんて……。なんて強引な。


「お菓子になればいいんだけど」

「……そ、そんな言い方っ……」


 彼に手を引かれるまま、フラフラついていく。そりゃあ私にとってはこれ以上にない甘味だけれども。何かもっとこう……「着いたよ」……はい?


 驚きを隠せなかった。

 彼が私を連れてきたのは、ネットカフェのドリンクバーやスープバーが立ち並ぶコーナーで。そのまま私に手渡されたのは……。剣の柄を思わせる、黄土色のスナック。……あれ? これって。


「今のネカフェ凄いよね。ソフトクリームバーにて、アイスが食べ放題。ソフトクリーム食べたくてネカフェが癖になったって人もいるらしいよ」

「……あ、はい」


 ……もしかしなくても、とんでもない勘違いしてた?


「僕は、チョコ味にしよう。メリーは?」

「……バニラがいい」


 鼻唄混じりにソフトクリームを作る辰。あら上手。なんてコメントをいつもなら漏らすのだろうけど……。


「私、メリーさん。やっぱりこうなるの? って泣きたいの……」


 深夜のソフトクリームは、何故かしょっぱかった。塩バニラに違いない。



「〝人生ってソフトクリームみたいなもんさ。なめてかかることを学ばないとね!〟」

「スヌーピーかしら? 〝お茶はまずは甘い、それから渋くなって、そのあと苦くなります。……人生ですね〟今の私の心境よ」

「永六輔だね。つまり抹茶ソフトクリームが最強か。……苦いって、あの……ソフトクリームもしかして嫌いだった?」


 違う。そうじゃない。けど一から私の勘違いを話すのは拷問に等しい。ので。


「大好きよ。けど、チョコとバニラのミックスの方が、もっと好き」


 やり方は、お任せしよう。だから、貴方の手で、甘くして?


「OK。スプーン持ってくる」


 ……ですよねー。

 それでも甘く感じたのは、辰がスプーンを二本持ってきてくれたから。ギリギリセーフで勝った気分になれたので、よしとしよう。

 結局二人とも、バニラチョコミックスになる。甘いハロウィンの夜を過ごせたのには、変わりないのだ。


 


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― 新着の感想 ―
[一言] 裏エピローグが驚くほど綺麗で、ディズニーランド編の締めくくりに、とても良い気持ちになりました!
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