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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第四章 夢の国ミステリーツアー
40/140

笑い溢れる現実へ

 スプラッシュマウンテン。

 ディズニーランドのアトラクションの中でも、有名かつ人気のあるアトラクションだ。

 とあるディズニー映画の世界に入り込み、丸太のボートで運河を進みながら、そのストーリーの流れを楽しむというもの。

 可愛らしい主人公のウサギや、悪役だが何処か憎めない狐と熊の追いかけっこを追いながら、最後は物語通りに滝壺へ凄まじい速度で急降下する。というもの。

 どんな物語だ。と、思われそうだが、本当の話だ。


「――着いた」


 光の剣を杖がわりに地面へ突き立てながら、僕は程々の疲労感に身を震わせながら、小さく息を吐いた。

 ディズニーランドの果てに存在する一角、三大マウンテンと謳われる絶叫コースターは、僕らが通るそばから落ちていく照明も手伝って、暗闇の中で最低限のライトアップを受け、不気味にそびえ立っていた。

 耳に聞こえるは、轟々と音を立てて水が下に勢いよく流れる音。そして……。


「に、さん、ご。なな、じゅーいち、じゅーさん。じゅうなな……」


 僕の片手を痛いくらいに握り締め、何故か素数を数え始めた、相棒の震え声だった。

 普段はクールでミステリアスな印象がある彼女が、今や顔面蒼白になり、プルプルと小鹿のように震えていた。メリーのこんな姿は正直初めてみる。アリスの姿もあり、今後滅多にみれない光景になるだろう。


「あの、メリー?」

「よんじゅーいち……なに? 今落ち着こうとしてるのよ。冷やかしは受け付けないわ」

「……そんな酷い奴になるつもりはないさ」

「……本当かしらね?」


 ごめんなさい嘘です。ちょっと面白いなんて思ってる僕がいます。

 本来ならば、そのままからかいたいところなのだが、その怯えっぷりが尋常ではないので、僕は苦笑い気味に彼女の手を軽く握る。離さないよと主張しつつ、どれ程効果があるか分からないが、彼女が安心するように。

 メリーは僕を少しだけ半目で睨みつつ、軈て開き直ったようにその手を両手で握り締めた。


「さっきも言ったけど、ここがハズレだったら私は確実に動けなくなるわよ」

「さっき言ったけど、確信はある。大丈夫さ。安心して落ちようか」


 手の甲がギリギリつねられたが、必要経費だ。少しは気が和らいだか、メリーは静かに来た道を振り返る。骸骨は追ってこない。園内は、不自然なくらい静寂に包まれていた。


「……スプラッシュマウンテンも、変な感じがするわ。怖いって感情とは別に」

「……まさか、ここにも何かいるとかいわないよね?」

「都市伝説上では、幽霊が出るなんて話はあったけど……」


 実際どうなのかしらね? と、メリーは首を傾げた。正直ここでまた足止めを食らえば、本当に閉園時間ギリギリになってしまう。スムーズに帰してくれればいいのだけれど。


「ともかく、行こう。時間はそんなに残されていないし」

「り、了解よ」

「……歩ける?」

「無理って言ったら?」

「ご所望通りお姫様抱っこで乗り場まで運ぶけど」

「結局乗せるからマイナス五百点ね。どうせならベッドか教会がいいわ」

「OK、なら歩こうか」

「……相棒が鬼畜だわ」

「君を骨なんかに渡したくないからね」


 わりと本気で。とは口に出さず、僕は足取りが重いメリーを引っ張る形で、乗り場に続く道を行く。

 スプラッシュマウンテンの乗り場は、天然の洞窟に少しだけ手を加えたかのような、いかにもディズニーらしい内装だった。

 流れる運河にポツンと一つある、丸太のボート。まるで僕らを待ちわびるように浮かんでいたそれは、僕らが乗ると意志が込められたかのように、ゆっくりと運河を下り始めた。


「ね、ねぇ?」

「手は離さないから、安心して」

「ん、ありがと。って違うわよ。おかしい。おかしいわこれ!」


 乗って三十秒もしないうちに、となりに座るメリーは僕の袖を物凄い勢いで引っ張ってくる。

 どうしたの? と、僕が問えば、メリーは小さく、自分の肩を指差して……。


「こういうのって、シートベルトがある筈じゃない? 上から降りてくるタイプの」

「……あ、そういえば」


 このボートにはそれがない。というか、今気付いたのだが、このスプラッシュマウンテン……。


「こ、これ……アトラクション処か、コースターですらないじゃないか!」


 いつからだ? そんな問いは意味をなさない。僕らは本当に、山の中を流れる運河を、本物の丸太で出来た船で進んでいた。今になって気づいたのは、周りが薄暗いからか、はたまた脱出口は目の前だと逸ってしまったからか。

 考えてみれば、ローテーションするように滝壺に落ちるコースターを僕らは一度も見ていない。他のアトラクションには、必ず無人の乗り物があったにも関わらずだ。


「ね、ねぇ! 戻りましょう! 嫌な予感がするわ……!」

「僕もそうしたいけど……」


 岸からは完全に離れていて、しかもオールの類いはない。あるのは互いに身一つと、SF的なレプリカ武器のみ。更に。


「……っ、進むしかないみたいだ」


 遥か遠くから、バシャン。バシャン。と、立て続けに水に何かが飛び込む音がする。からだを捻り、後方を確認すると、暗い洞窟の中、唯一灯りが灯っていた船着き場に、人だかりならぬ、骨だかりが出来ていた。

 追い付いてきたか。あるいは、洞窟内に多数潜んでいたのか。

 運河に入った骸骨の群れは音を立てずに頭蓋骨だけ水面から少し覗かせて、僕らを追走し始めた。

 運河の深さは分からない。だが、数に任せてこの丸太ボートに組み付かれたら……。


「……っ」


 ブルリと、寒気を感じて身体が震えだす。そのまま無言で光の剣を握り締めていると、メリーは無言で僕に半ばしがみつくように身を寄せてきた。


「……う、運河だし。このボートが高いとこに引き上げられる事は……な、ないわよね?」

「残念ながら、夢の国だ。ボートを高いとこまで持っていくだなんて、お手のものだろうさ」


 事実、今僕らの丸太ボートは、坂を昇っていた。水流に強烈な力があるのか、別の要因か。ともかく……。


「奴等が追い付いてこないことを祈ろう。滝に落ちれたなら、アイツらも無事では済まない。そもそも推測が正しいなら、落ちた先がゴールの筈だ」


 その結論を出した瞬間、メリーの声なき悲鳴を聞いた気がした。今や僕の腕を抱き締める形でイヤイヤするように身体を揺する始末。

 僕はといえば……。それで逆に冷静になっていた。

 メリーが取り乱せば取り乱す程、僕の頭は冷えていく。

 護らなきゃ。だとか、色んな感情が浮かんでくるのだ。きっといつかの霧手浦では、メリーがそうだったに違いない。

 僕らは相棒。片方が弱ったならば、もう片方が頑張ればいい。それが苦にならないから、僕らはこうして並び立てるのだ。

 ……あと。


「……私、メリーさん。今……死にそうなの。短い人生だったわ……」


 とうとう完全に涙目になったメリーが可愛らしいやら、気の毒やら。そんな中でも腕を抱き締める力は緩めないから、僕はもう色々と一杯一杯で、心を無にするより他になかった。

 何度か不本意で顔を埋めたり、当たったりはした事はある。けれども……。


「……うぅ」

「メ、メリー。あの、もう少しだけ離れ……」

「……貴方の血は何色かしら?」

「ごめん、何でもないよ」


 今、鼻血が出そうだから確かめてみる? とは返せない。彼女も無意識なのだろう。

 でもそれにしたって、押し付けて挟んでぐりぐりは……役得だけども正直ダメだと思うのだ。……何がとは言わないけど。


 

 ※


 スプラッシュマウンテンは、最後に盛大に落ちる。……と、思われがちだが、実際はそうではない。

 道中で何度か、短い距離ながら急降下する場面があり、この無駄にリアルな運河にも、それは存在した。結果、メリーは何度も悲鳴やら声を失い、現在ぐったりと僕に身を預けていた。


「決めたわ。裏ディズニー訴えてやる。訴訟で勝てなくたって構うもんですか」

「メリー、落ち着いて。普段の君はどこ行った」

「船着き場に置いてきたわ。今ごろ骸骨にズタボロにされてるでしょうよ」

「確かに今の君、身も心もボロボロだけどさぁ」


 ポンポンと、メリーの肩を優しく叩く。これで落ち着くのか甚だ疑問だが、僕のアリスは潤んだ瞳で僕を見上げながらも、心地よさそうに目を閉じた。


「……落ちる系が苦手になったの、スプラッシュマウンテンが原因なのよね」


 不意にメリーが、ポツリポツリと話し始める。忌々しげに。だがそれでいて、何処か懐かしむような。不思議な声色だった。


「小さい頃よ。お姉ちゃん……みたいな人に連れられて、オススメよって言われて一緒に乗って。途中はね。楽しかったわ。途中は」


 溜め息を漏らしながら、メリーは目を開ける。丸太ボートは、ゆっくりと上向きに傾いている。三十度から四十五度。四十五度から六十度。その体感角度の変化は、いよいよ来るべき時が来たことを示していた。


 ボートが、昇り始めたのだ。


「……っ、ここ。この昇っている最中。ほぼ頂上につく直前で、列が詰まっていたのか、あるいはアクシデントかしらね。コースターがその場で停止したの」


 当時のメリーは、このまま帰れないのでは? あるいは逆さまに落ちるのでは? と、随分不安になったらしい。後ろに集中を裂かれていたからだろう。そこからいきなりアトラクションが再開し、不意討ちのように一気に急落下。

 ……余談だが、スプラッシュマウンテンの落下距離は十六メートル。数字だけ見れば大したことないと思うだろうが、その実この高さは、ビルの四階位に相当する。

 そこを時速六十二キロというディズニーランドのアトラクション内、他の二大マウンテンを抑えた最速のスピードで傾斜四十五度の坂を下る。

 幼いメリーには絶大なトラウマを与えた事だろう。


 腕がますます強く引き寄せられる。僕もメリーも、心臓が酷いことになっていた。

 シートベルトがない恐怖。

 本当にこの道は正しかったのかという恐怖。

 あと、僕も何気に絶叫マシンが苦手という側面からくる恐怖。

 そして……。


「……お願い、辰。今だけ。っ、――抱き締めて?」


 少しだけ迷いながら、メリーは「怖いの」そう呟いた。

 今までにない、死ぬかも知れぬ恐怖。アトラクション効果もあるだろうが、それは嫌になるほどリアルに僕らの心を包囲していく。

 暗い運河の先に、夜空が見える。その下に元の世界がある筈だ。


「っ、あ……」


 コースターの角度は急だが、シートベルトがない以上、彼女の要求に応えるのは容易だった。けど、何故だろうか。僕はおずおずと彼女に腕を回しかけて、その身体は雷でも受けたかのように硬直した。

 すぐ近くに、メリーがいる。そんないつもは当たり前な事だというのに、僕はそのまま行動に移せなかった。


 互いの部屋を行き来した事はある。

 お泊まりだってしたし、背中合わせながら同じベッドに入ったこともあった。

 朝起きたら寝相の関係か抱き合っていた、なんて状況もあったし、アリス姿以外にも、色んな意味で凄い格好の彼女を見たことだってある。

 だけど……。不本意や偶然を除けば、今まさに僕がやろうとしているのは全くの初体験。

 真っ正面から何の意味もなく、ただメリーを抱き寄せる。だなんて、普段は絶対にやらない事ではないだろうか。

 そう思ったら。意識してしまったら……僕は謎の緊張に襲われていた。


「は、はやくぅ……おちちゃうわ……」

「え、あ……う、うん……!」


 おかしい。おかしいぞ?

 よし、僕。クールになれ。

 落ち着け。僕、落ち着いて。ダメだ。やっぱり変だ。こんな状況だからか、思考まで変に……!


 綺麗な青紫の瞳が、薄暗い中で涙と共に光っている。見惚れてますます緊張しそうで、僕はつい視線を逸らし……。


 運河の天井に、骸骨が一体、張り付いているのを目撃した。


『……。今、貴方ヲ、ミツケタ……。……長かった……』


 底冷えするような。だが、何処と無く既視感があるようにも感じられる、冷たい毒の声。

 髑髏(しゃれこうべ)の暗い眼窩。その奥にある筈がない鈍い光を見た瞬間――。不意に動いていた筈の丸太ボートが急停止した。


「……え?」

「――っ、しまっ!」


 予想は出来ていた筈だった。

 ボートが昇る関係上、こちらはどうしても減速せざるを得ない。つまり、後ろから迫っていた骸骨達が、追い付いてくるやもしれぬ可能性を。

 

 後ろを振り向けば、やはり骸骨が何体か、ボートの縁に手をかけていた。


「――っ、そぉい!」


 勢いよく、光の剣を突き立てる。先頭の骸骨は転がり落ちて運河の底に沈んだが、すぐに次の骸骨がボートにへばりつく。

 目を凝らせば、運河の坂は骸骨で大渋滞していた。後ろの奴の肩に足をかけ、奴等はまるで組体操のような形で僕らのボートを引き戻さんとしていた。

 奇しくも、メリーが幼少期に体験した、昇る途中でボートが停止するというおまけ付きで。


「……っうぁ……」


 メリーは顔をひきつらせ、後ろを見ないように目を逸らす。そのままなけなしの勇気を振り絞ったのだろう。牽制にと光の剣をメリーも突き出すが、それはあっさりと骸骨に先端を掴まれて、あれよという間に骨貯まりな運河の底へ投げ込まれた。

 パキン。ポキン。カリカリガリ。という、プラスチックが痛め付けられる音は、数秒後の僕らの末路を暗示させる不吉な響きを持って、暗闇の中へ反響する。

 ボートは完全に動きを止めていた。いや、それどころか嫌な軋みを上げながら、ゆっくり、ゆっくりと、後ろへ傾いていく。


「く――、のっ!」


 焦りは加速し、がむしゃらに剣で骸骨らを突き飛ばすが、焼け石に水。下で蠢く亡者達は、その動きは鈍重ながら確実に力を込め、僕らを死の底へ引きずり込まんと歯をカチカチと鳴らしてせせら笑う。


 船が、ひっくり返されていく。白い骨の手が何本も僕らの身体を掴み取り始めた。短い悲鳴を上げるメリーを、何本もの手を振り払いながらしっかりと引き寄せ、無駄な抵抗と知りながら迷いも躊躇いもなく、彼女を胸の中にし舞い込む。


「――っ!? だ、ダメ、ダメよ! 辰! んっ、あ……!」


 暴れるメリーを強く抱き締める。顔を胸板に押し付ける形になってしまったので、メリーが苦しげに喘ぐのが聞こえたが、ここまで来たら意地だった。


「ぎっ……!」


 背中に骸骨らの歯や、爪が突き立てられる。痛みは弱い。が、数を増していくそれらに強張った身体が恐怖を覚える。


 こんなとこで終わり?

 ふざけるな! 滝にいけば助かるのに……!

 せっかく、これから純粋に楽しもうと思っていたのに。

 どうにかして、上にまで……。滝?


 不意に脳裏に電流が走る。


 思い出せ。ここはスプラッシュマウンテン。

 そのモチーフをもう一度……。

 物語はどんなものだった?

 思い出せ。ウサギは逃げて。

 でも最後に意地悪な狐や熊に捕まって。

 そして……!



「――っ、お願いだ! 僕もメリーも、高いとこが駄目なんだ! 滝にだけは! 滝にだけは落とさないでくれ!」


 声を張り上げる。端から見れば、命乞いに聞こえるだろう。だが、このスプラッシュマウンテンの背景を考えれば……。


 骨達の動きが、ピタリと止まる。かと思いきや、次の瞬間――彼らは嬉々として〝僕の狙いと読み通り〟ボートを運河の上へと押し上げ始めた。


「ふぇ? へ? え……? 何が……」

「メリー。いい報せと悪い報せがある」


 訳も分からず、腕の中で目を白黒させている相棒に、達成感と爽快感。そして少しの高揚を含んだ明るい声で話しかける。


「いい方は……。まず、僕ら助かるっぽい。悪い方は……。シートベルト無しで。しかも、ほぼ投げ込まれるような形で滝壺に落ちるらしい」


 こりゃ参った。と、僕が笑うと、メリーは半分恐怖。半分安堵という、実に味がある混沌とした顔になった。


「貴方が今言ったの……ああ、成る程」


 流石の相棒は、僕の起死回生の一手を悟ったらしい。「助かるのね。ハハハ……」と、乾いた笑いを浮かべながら、次の瞬間。涙目憤怒の表情で僕の両頬をつねり上げた。

 ボートが外に投げ出される。滝なんて超越した骸骨達のスーパーフリースローは、僕らをボートごと裏ディズニーランドの夜空に打ち上げた。


「伝えたいことがあるわ」

「ふぇ? ふぁに?」


 わーキレー。と、ヤケクソ気味に呟きながら、メリーは僕と目を合わせた。バチン! と、つねられていた頬肉が元に戻り……。


「でかしたわ、辰! 貴方、キスしちゃいたいくらい最高よ! でも、ごめんなさい! 戻ったら絶対に……絶対にビンタしてやるんだからぁ!」


 やぁだぁああ! という、普段からは想像もつかない可愛らしい悲鳴をBGMに、垂直自由落下が始まって。

 冗談みたいに大きな水飛沫と一緒に、僕らの視界は暗転した。



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