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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第四章 夢の国ミステリーツアー
34/140

手招き逝く先

「ねぇ、メリー。一つ提案があるんだけどいいかな?」


 あれはそう、霧手浦での冒険を経て、正式に渡リ烏倶楽部が発足した夜。

 終電もなくなり、僕の部屋にメリーが初めてお泊まりすることになった時の事だ。

 何だかコンビっぽい要素が欲しいわ。ハンドサインとかどうだろう。という風にお互い冗談混じりに話しているうちに、僕はふとあることを思い立ち、そんな言葉を口にしていた。


「……? 何かしら?」


 お風呂上がりに僕の貸したジャージとポロシャツに着替えた彼女は、ベッドにちょこんと腰掛けたまま、何だか落ち着かないようにシャツの裾を引っ張っていた。

 曰く「普段はネグリジェだし。これ、貴方のいい匂いがするんだもの」とのこと。……その発言で僕まで落ち着かなくなったのは内緒である。ついでに慌てて思考を切り替えようとして、今度はネグリジェ姿のメリーを想像し、余計に収拾がつかなくなったのは黒歴史だ。

 そんな彼女の方へ向き直りながら、僕はちょっとだけ深呼吸。そのまま、そっと彼女の手を取った。


「コンビっぽいの。もし、君がよかったらだけど……、今後怪奇と対峙するときは、こうやってはぐれないように、互いを捕まえているのはどうだろう?」

「…………え?」


 欠片も予想してなかった。そんな顔で、メリーはぼんやりと僕を見上げる。が、次の瞬間、彼女はそっと顔を伏せた。


「……手を繋ごう。そう言ってるの?」

「手を組むなんて言葉もある。言うだろう? 〝ひとりよりふたりが良い〟って」

「旧約聖書コヘレトの言葉ね。第四章九から十節だったかしら? 〝共に労苦すれば、その報いは良い〟ああ、そうね。私達が分断されてる間に、片方が死んじゃったりしたら……洒落にならないわね」


 そんな縁起でもないことを言いながら、メリーは顔を上げ、僕の手を握り返す。指をしっかり絡ませて組む繋ぎ方。……何て言うんだっけこれ。まぁいいか。

 ともかく、今後ああして分断されないように。気休めながらおまじないの効果を期待しよう。ついでにさっきのハンドサインも採用するのもいいのでは。そう提案すれば、彼女は少しだけ考えてから、小さく頷いた。


「いいわ。決まりね。辰は危なっかしいし。こうやってればはぐれないわよね」

「もしかして……さっきちょっと心細かったりしたかい?」


 はにかんだメリーの表情の中に、気になる色を見つけて、僕は悪戯半分。冗談半分で問う。するとメリーは、儚く。少し寂しげな笑みを浮かべて。


「ええ。そうよ。隣にいた人が急にいなくなるんだもの。心細くて……死ぬかと思ったわ」


 ……不意討ちだった。これ以上にないほどに。

 暫く何とも言えない微妙な空気が流れる中で、僕らの手は離れる事がなかったのだが……それはどうでもいい話だろう。

 そんな形で、僕らが非日常に触れる時のスタイルは確立した。

 霊的に干渉できる僕の手と触れているからか、こうしてると、ここぞという時にメリーの幻視(ヴィジョン)が冴え渡ると僕らが気づく事になるのは、暫く経ってからの話である。



 ※


 目を開けると、僕はツリーハウスの入り口に立っていた。ついさっきまでツリーハウスの中にいたのにも拘わらずだ。

 自分でも、さっき何が起きたかわからない。

 急に手を引かれ、視界が暗転し。気がついたらここにいた。

 何でだったか……。


「お兄ちゃん。どーしたの?」


 ぼやける思考と視界に目をショボショボさせていると、ふと斜め下。〝左側〟から、鈴を鳴らしたかのような、可愛らしい声がする。見れば、栗色の髪を赤いリボンで緩くおさげにした女の子が、僕を見上げていた。

 小学生くらいだろうか。僕の腰元位までしかない自分の身長が不満なのか、ピョコピョコとその場で跳ねていた。

 ……誰だっけ?


「ほら、早く行こうよ。私と一緒に行こう! ね? ね?」


 キャッキャと騒ぎながら、女の子は僕の手を引く。指差すは、さっきまで僕がいたツリーハウス。だけれども……。


「……あれ?」


 思わず首を傾げる。何だろう。違和感がある。何だかさっきまで見ていたツリーハウスと違うような……。


「滑り台! 行きたいって言ってたよ? だから行こう! 一緒に滑ろうよ。滑っていこうよ!」


 滑り台? まさか。さっきも話したじゃないか。それは撤去されたって。

 そんな事を考えながらツリーハウスを見上げた僕は……。そこで思わず、「あっ!」と、叫んでしまった。

 それは、確かにツリーハウスだった。だが、明らかに違う点が一つ。僕らが思案するために滞在した場所が。トゥーンタウンを一望できる大きめの展望台と言っていい窓枠から……。恐らくは木製であろう茶色い滑り台が、地面に向かって下ろされていた。


「……うっそだぁ~」


 思わずそんな一言が口から飛び出した。豊臣秀吉の一夜城もビックリな、しっかりとした造りの滑り台。まるで悪い夢でも見てるかのようだった。夢の国だけに。


「お兄ちゃん! ねぇ。ねぇってば! 行こう! イこうよ! 一緒に……早く!」


 ぐいぐいと、今や全身を使って、女の子は僕を滑り台に誘う。

 何でこんなに必死なんだ? と思いつつも、一回滑る位なら付き合ってあげようか。そんな気持ちも芽生え始めた。

 せっかく滑り台があるんだ。遊ばないなんてもったいない。

 そう思い、僕が女の子に促されるままに、一歩踏み出そうとした時だった。不意に反対――。右側の手が、きゅっと。誰かに握り締められる。


 はて……〝誰だ?〟


 そんな事を思いながら、右手を見る。そこで思わず「うわっ!」という声を上げてしまった。


 手だ。白い女の手が、しっかりと五本の指を組む形で、僕の手を握っていた。


「――っ! ダメっ! 離して! 早く!」


 女の子が、悲鳴をあげる。あまりにも大きく、切羽詰まったようなそれに驚き、僕は右手を動かそうとして……。


「あ……れ?」


 そこで、違和感に気がついた。

 女の手は、離れない。同時に……。僕の手もまた、動かなかった。


「なん……で、だ?」


 まるでそこだけ違う意志をもっているかのようだった。まるで手を離すことを僕自身が無意識に拒否しているかのような……。


「やだ! 取らないで! 見つけないで! 行くの! イクの! このお兄ちゃんと逝くの! やっと見つけたの!」


 涙を流しながら、女の子は僕にしがみつく。

 チクリとするような胸の痛みを覚えたのは、必然だろう。こんな子どもが、身を裂くような泣き声をあげていたら?

 震え、怯えていたら?

 普通ならば、力になりたいと感じる。僕だってそうだ。だから……。


「僕は、何も取らないよ。大丈夫。大丈夫だから」


 安心させるように、女の子に話しかける。すると女の子は、鼻水をすすり上げながら、潤んだ目で僕を見上げてくる。

 濡れた鳶色の瞳には明らかな恐怖の色が見てとれた。なので一先ず、「何が怖いの?」と、問いかけてみる。


「その手。怖いの。離して。それで、一緒に来て! 寂しいのが怖いの。誰も私と遊んでくれないの。滑り台があれば、一緒に遊べるの。一緒に行って欲しいの……滑り台」


 矢継ぎ早にまくしたてられ、困惑しつつも、僕は静かに。噛み砕くように女の子の話を聞く。

 寂しい。怖い。そんな負の感情が、繋がれた手を通して伝わってくる。ああ、だからか。だから滑り台が現れたのか。

 ここが夢の国だから。


「わかった。じゃあ遊ぼう。一緒に滑りに行こう」

「本当に? 一緒に逝ってくれるの?」


 なら、彼女の望みを叶えてあげよう。

 そこまで考えた時。

 本当にそれでいいのか? そんな声が聞こえた気がした。


 待て、待つんだ。どうして……。僕は何しに、ここに来たんだっけ。

 自分の格好を省みる。

 緑色。ロビンフッドの衣装。それは……都市伝説を探すために纏った装束だ。

 探しに来て、どうした?

 女の手が、少しだけ動く。薬指が優しくひっかかれて、再び、慈しむかのように柔らかな指が絡んでくる。

 ああ、知っている。

 この感触も、指の細さも。込められた合図の意味でさえ。

 どうやら彼女は有言実行してくれたらしい。本当に頼もしい〝相棒〟だ。


 変なツアーに巻き込まれて。なし崩し的に僕らの目的も果たされて……。で、僕は何を思った。

 気持ち悪い。

 そう、気持ち悪いのだ。あまりにも話や世界が出来すぎていて、気持ちが悪い。

 違和感を感じたのだ。誰かにいいように利用されているかのような。まるで、そう……。


「お兄ちゃん?」


 女の子が立ち止まり。僕を泣きそうな顔で見上げる。その小さな頭を撫でながら。〝何もかも思い出した〟僕は静かに、語りかけた。

 相棒は、きっと動いてくれている。手が繋がっているから、何となく分かる。なら、是非もない。

 彼女が受信し、僕が干渉する。

 だから本質と対峙している今は、僕が頑張るのだ。


「滑り台滑って……何処に逝くんだい?」

「……あっ!」


 核心を突く僕の言葉に、女の子は悪いことがバレたような顔で、言葉を詰まらせる。

 純粋な引き込み。言い換えれば取り憑き。そういった幽霊達は、無意識に言葉を……言霊を利用し、相手を縛る。


 彼女にとっては、キーワードは遊ぶことであり、滑り台だったのだ。

 子どもの遊びは唐突ではあるが、ルールはある。それに僕とメリーの会話が、不幸にも当てはまってしまった。

 遊びの誘いに、乗ったと見なされてしまった。


 後は事を為すだけだ。ただし、遊びに〝行く〟訳ではない。イク。逝く。練られた言霊で、僕を憑き殺す。

 幽霊がよくやる手であり、そして僕が、何度も遭遇してきた事だ。

 そして、こういう現象にも、人間の殺人と同様に動機が存在する。

 殺してみたかった。憎かった。何らかの欲望。そんな〝生易しい〟ものではない。


 寂しいから憑き殺す。

 寒いから憑き殺す。

 男だから。あるいは、女だから憑き殺す。

 髪を切ったばかりの人だから憑き殺す。

 空が蒼いから憑き殺す。

 視える人だから憑き殺す。

 触りたいから。近くに来たから。パーカーがダサいから。車が嫌いだから。

 小さな子を。通りすがりの人を。御坊さんを。運転手を憑き殺す。


 そこには、害意があるときも無いときもある。故に幽霊は時に恐怖で人に勝り。悪意で人に劣る。

 だけどその恐怖の源泉たる感情を理解して、話が出来れば。説得は可能なのだ。勿論ケースバイケースだけど。


「怖いの?」

「うん……寂しい」

「どうして?」

「ずっと私だけだから。」

「そっか……誰も気づかなかったんだもんね」

「見つけて欲しかった。私は……私だけでは……」

「逝きたくない?」

「……うん。だから、お兄ちゃん逝こ。触れる人はじめて。これで忘れられない」

「そうだね。けど、僕と逝っても、君は忘れられるよ?」


 僕の言葉を欠片も予想していなかったのか。女の子は目を見開く。


「どうし、て……?」

「だって、君の思いを知っているのは、今は僕だけだから。僕も逝ったら、それも消えちゃう」

「…………あ」


 女の子が、目に見えて狼狽し始める。僕はその手を一度離し、そっと、小さな頭に乗せる。

 柔らかな髪。ふと、唐突に、実家の妹を思い出した。お転婆で皮肉屋で、けど、甘えん坊なアイツ。元気にしてるだろうか。


「……向かえに来てくれないの。忘れられちゃったの。ここに来る子は……みんな誰かと一緒なのに」

「一人でそれでも頑張ってたんだね。偉かったね。いい子だったんだね」

「うん……お兄ちゃんは……」

「ん~?」


 すがるように。怯えるように。それでいて祈るように、女の子は僕の手に触れる。握り締めるでなく、触れるだけ。


「私が、いい子に見える?」

「見えるよ。だってこうして、僕の話も聞いてくれるからね」

「……怖くない?」

「もっと怖い人に会ったことあるんだ。へっちゃらだよ」

「私を……私を……。忘れない? 私がどんなにちっぽけでも、忘れないでいてくれる?」

「勿論だよ。相棒にも紹介する。僕と彼女で、君の事を覚えていてあげられる」


 そこではじめて、女の子は花咲くような笑顔を見せた。涙を滲ませながらも、その表情は美しかった。


「約束だよ?」

「ああ、約束。だから、行くのはそっちじゃない。僕と来て欲しい」

「……私の事も、離さないでいてくれる? 私が……私が……」


 まだ怖いのだろう。小刻みに震える女の子の頭から手を離し。今度は僕の方から、女の子の手を握る。


「大丈夫。見守ってるよ。君が何であれね。君が逝くまで。僕がついてるから。だから……僕も還して欲しい」


 右側の、僕と手を繋ぐ彼女の手を、女の子はじっと見つめ。やがて、わかった。と頷いた。

 唐突に、ガラガラと何かが崩れるような音がする。

 見ると、ツリーハウスの滑り台が砕けて、地面に倒れていくところだった。途端、それらはまるで砂の城であったかのように風化し、塵へと帰結していき……やがて、何もなくなった。

 同時に空が割れていく。今更ながら、そこは茜色の夕焼け空だった。それがパリパリと、茹で玉子の殻が剥けるようにひっぺがされて、その奥から、満点の星が輝く、夜空が顔を出す。

 僕はそれを女の子と、相棒の手と一緒に眺めていた。

 ディズニーランドでは、星が見えない。見えても、ここまで荘厳には輝かないだろう。奇しくも忘れ去られた光景で、夢の国の裏側だからこそ見れた奇跡だったのかもしれない。


「魔法みたいだ」


 そんな言葉だけが僕の口から漏れたのを最後に。再び僕の世界は暗転した。


 ※


 最初に認識したのは、土の匂いだった。そこから続けて、懐かしいハチミツの香りと。暖かい手の感触。そして、もう片方の手に乗る何か。


「おはよ。凄いお寝坊さんだったわね」


 聞き慣れた声が、すぐ上からする。メリーだった。またしても彼女の膝枕のご厄介になっていたらしい。


「……ここ、は?」

「あの手が最初にいた場所よ」


 チカチカする視界の片隅でメリーは簡単に説明した。

 まだ朦朧とする思考を追い付かせるように、目だけで周りを見渡してみる。今いるのは、入口看板の前らしい。が……ここは住人たる二匹のリスと、オブジェが置かれてはいなかったか?


「ああ、私が撤去したの」

「何故に!?」

「必要だったからよ」


 訳が分からない。見れば、唯一コンクリートによる硬化を免れていた場所だったらしく、青々とした芝生が覗いている。もっとも、その芝生もズタズタになり、無惨な有り様だ。これ……土の匂いするあたり、メリーが掘り返したのだろうか?


「色々説明が欲しいな。まず場所だけど、もしかして、君が運んだの?」

「ご名答。あの後、辰の手を取り、引っ張り合いの取り合いになったの。けど、人間に力じゃ叶わないって悟ったのかしらね。あの手、早々に貴方に延髄チョップかましてくれたの。貴方は即気絶。肉体は私が確保してても、精神は取られちゃって……参ったわ」

「お、おう」


 コミカルなようで凄まじい攻防が行われていたらしい。てか我が相棒よ。君、素の腕力で幽霊に勝ったのか。

 そんな感動半分。畏怖半分でメリーを見ていると、彼女は不意にクスクスと笑い出しながら、そっと、僕の左手を指差した。

 何だ? と、思いながらその視線を辿る。そこに……。


「……ああ、成る程。ちっぽけでもって、そういう事か」


 納得しながら、そこを見る。

 僕の手に乗せられていたのは、骨。いや、ミイラと言った方がいいだろうか。

 落ち窪んだ眼窩。小さな骨組み。そこにいたのは、ボロボロの色が抜けたリボンを首元に巻いた、鼠を思わせる小動物だった。


「箸より重いけど、それに負けるほどか弱くもないつもりよ」

「箸持てないのにリスに勝てるとか、もう絶対その女の子演技してると思うんだ」

「言ったでしょう? 女は謀り、化かし。たまに物理も行使するかもしれないわ」

「女の子怖すぎ」


 おどけたような顔で笑うメリーを受け流しつつ、僕は一旦、メリーに握られていた手を離す。

 そうしてそのまま、リスのミイラにそっと手を重ねた。


「約束だからね。覚えてるよ。これからも。だから、安心して」


 それが合図となった。ミイラはポロポロと、初めて時間が動き出したかのように自壊していき。やがて僕の手には何も残らなかった。

 無事成仏出来たのだろう。


「ツリーハウスには、人骨なんてなかった。何もないけど、僕は覚えてる」


 最後以外はわざとらしくそう言えば、メリーのエプロンドレスのポケットが震え出す。取り出された招待状には、三つ目のチェックボックスにマークがされていた。これにてミッションクリアらしい。

 それを見た僕は、安堵と共に、益々確信を固めつつあった。


「幽霊や怪異に触れ、干渉できる。裏を返せば、成仏させることすら可能な手……。いつ見ても、凄いわね。指フェチな私からすれば、惚れ惚れしちゃうわ」

「君の素敵な脳細胞と視神経には負けるさ。……君が指フェチとか初耳だぞ」

「言ったことなかったもの」


 そんな事を言い合いながら、僕はため息と共に全身を弛緩させ、暫し身体をメリーに預ける。

 葬送は、意外と疲れるのだ。

 チラリと、メリーのもう片方の手を見る。土やら芝生で、綺麗な手指はあんまりな程に汚れていた。何があったかは察することしか出来ないが、頑張ってくれていたのだろう。


「手……離したらもっと楽だったんじゃないかい? ここまで運ぶのだってさ」

「あら、逆の立場なら、貴方は離すの?」


 可愛らしく首を傾げるメリー。僕はといえば、少しだけ口ごもりつつも、「まぁ、離さないか」とだけ返した。ちょっとだけ照れ臭くなったというのもある。

 なまじ付き合いが濃いと、この後彼女が何を言うかすら、何となく分かってしまう。繰り返すが、彼女はただ、有言実行しただけに

過ぎないのだ。


「だって、言ったでしょう? 引っ張られても離さないわって。貴方は私の相棒よ? 盗られちゃうのは……()なの」


 少しだけ頬を染め、そっぽを向きながら、メリーはそれだけ告げる。柄にもなく、僕の頬も熱かった。

 汚れた彼女の手を、労るようにそっと包む。優しく土を指で落とせば、メリーはピクンと身体を少しだけ強張らせてから、何処と無く心地良さそうに目を閉じた。


「近くに水道あるだろうから、洗いに行こうか。綺麗な手なんだ。泥塗れは忍びない」

「……汚いと、手も握りたくないかしら?」

「怒るよ?」

「冗談よ。ありがと」


 軽く手が握り返される。それが少しだけ照れ臭かった。けど、彼女が手を離さないでいてくれたから、僕は助かったのだ。だからこの照れも、甘んじて受けることにしよう。


 残るは後二つ。

 時刻は既に、八時を回っていた。

 

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