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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第四章 夢の国ミステリーツアー
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夢の国へ

「……これはまた何と言うか、凄いなぁ」


 JR舞浜駅を降りてすぐ。僕はただ度胆を抜かれる思いだった。道行く人、人、人。それらの六割以上は、独特の外見をしていた。


 白雪姫。髪長姫(ラプンツェル)灰被り姫(シンデレラ)人魚姫(アリエル)といった見たことのあるキャラクターから、ジャックオーランタン。ドラキュラにフランケンシュタイン。個性溢れる幽霊や、狼男やミイラ男といった、所謂スタンダードなお化け達等、実に多種多様。皆すべからく、夢の国へ行かんとしている人々だ。

 期間限定で仮装して入園できる時期なだけあって、その気合いの入れようも尋常ではない。もっとも、僕も今回ばかりは人の事は言えないが。


 改めて己の格好を省みる。今僕が身に纏う衣装は、大学のとある先輩が気合いを入れ、何と三日で作ってくれた逸品だ。

 深緑の外套(マント)に緑の服。下はシンプルなジーンズと、編み上げのブーツ。

 色々と多趣味で有名な先輩に、「ディズニーハロウィンに仮装して行く」何て言ったら、ノリノリで用意してくれたのである。……仮装して行くので、簡単な衣装を売っている店を知らないか? と、聞こうとしたのだけど、そこは先輩に聞こえなかったらしい。

 ともかく、晴れてロビン・フッドと化した(ちゃんとなれているかは置いといて)僕は、待ち合わせ場所として定めていたカフェに足を運び、適当な席に陣取った。

 着替える時間も見積もった結果、約束の時刻より早くたどり着いてしまったが……。まぁ問題はないだろう。せっかくだし、コーヒーでも頼もうか。そう思った僕は席を立ち、カウンターの列に並ぶ。

 このカフェも、仮装した人で溢れていた。まるで別世界だな。何て考えた瞬間。不意に視界が真っ暗になった。

 柔らかい何かが、目を優しく覆っている。フワリと鼻を擽るのは、ハチミツみたいな甘い香り。そして――。


「私、メリーさん。今、貴方の後ろにいるの」

「そこでだ~れだ? って言わない辺りが君らしいよ」


 待ち人もやってきた。そっと目を塞いでいた手が離れ、僕はそのまま振り返り……。


「やぁ、メリ……」


 そこで完全に、思考が停止した。


「あら、貴方はロビン・フッドなのね。とっても素敵よ。というか、折角仮装するんだから、互いに格好合わせるべきだったかしらね」


 背後には、相棒のメリーがいる。ここまではいい。ただ僕は、そんな当たり前な状況で挨拶を交わすのも忘れ、その場で立ち尽くしていた。


「私もマリアンにでも仮装すべきだったかしら? 互いに出てくる作品が違うのになりきるのも、クロスオーバーじみてていいけれどね。……何かディズニーでそれをうりにしたゲームがあった気がするけと、名前が出てこないわ」


 キングダムハーツだっけ? と、口にするのも忘れていた。余りにも反応が返ってこない事を訝しんだのか、メリーは少しだけ屈むようにして、上目遣いで僕の顔を覗き見る。


「ねぇ、辰? 固まってどうしたの? 私がこんなにしゃべるのは……その、色々とあるからなんだけど?」


 例えば感想とか。例えば挨拶とか。もしかしたら照れくささもあったのか。結論から言えば、互いに取り決めた通り、メリーも仮装していた。だから僕も何か気の効いたことを言えたらよかったんだけど。


「綺麗だ」

「……へ?」

「いや、だから……メリー、凄く綺麗で、可愛い。僕なんかより君の方が、何万倍も素敵だよ」


 結局出てきたのは、そんな捻りも何にもない。在り来たりな誉め言葉だけだった。

 薄青のワンピースに、フリルのついた白いエプロンドレス。黒いリボンタイに、白黒ボーダーのニーハイソックス。頭には紺のリボン。

 ルイス・キャロル。『不思議な国のアリス』より、アリスの仮装……なんだろうけど、もはや仮装なんて言葉で締めるにはもったいない。まるで絵画から飛び出してきたかのような姿となったメリーが、そこにいた。

 前々から密かにこの手の服は似合うとは思ってたけど、メリーが着ると魅力が凄いことになっていた。


「……そう。そう言って貰えるなら、気合い入れてよかったわ」


 何処と無くホッとしたように、メリーは微笑む。

 店員さんが惚けたように彼女を、見ていたのは……見なかった事にして、僕らは適当な注文を済ませ、席に着く。

 着いてすぐに目的地に向かうよりは、少し寄り道する。これもまた、いつもの事だ。


「で、都市伝説追うって言ってたけどさ。具体的にはどうするの?」

「え? 特に決めてないわよ? 取り敢えず噂があった場所を適当に回りましょう」

「……まさかのノープランですか」


 因みに、渡リ烏倶楽部の活動が始まるのはいつも唐突だけど、そのきっかけは大きく分ければ二つ。


 一つはメリーのお化けレーダーによる受信。

 本人は感覚(センス)と言い張る白昼夢もどきによって、彼女は無差別かつ唐突に幽霊やオカルトの現象を感じ、視界に収めうる。これが活動のきっかけになるパターン。

 もう一つは、僕か彼女の思い付きによる曖昧な興味によって、調査対象や活動方針を決めるパターン。

 今回はどうにも後者だったらしい。


「〝無計画とは失敗のための計画だ〟って、何処かのバスケット選手は言ってたけど?」

「……誰だったかしら? それ」

「僕もうろ覚えなんだよね。これが。まぁ、考えてみたらノープランだなんて、僕らにはよくある事か」


 活動パターンに思い付きなんて事実がある時点で、それは御察しだ。


「〝最高の計画は、鼠が立てても人間が立てても、殆ど同じ〟らしいわよ? つまり私達ごときが変に計画を立てたところで、鼠と同レベル。ならノープランの方がいいわ」

「〝計画どおりにいくものはない〟と? 君も酷いことを言う。マーフィー少佐も夢の国で鼠を貶める事になろうとは思わなかっただろうね。……そんな言動、大丈夫かい?」

「大丈夫。問題ないわ。まだ入国前よ。……最後の。ゲームの、エルシャダイだったかしら?」

「うん。こうやって乗ってくれる君が大好きだよ」

「あら、奇遇ね。私も貴方が大好きよ?」


 いつもの軽口とジョークを交わしているうちに、寄り道先で頂いたコーヒーと紅茶のカップは晴れて空になる。そうして僕らは腰を上げた。

 さて、行こうか。何て立ち上がると、不意に服の袖を引っ張られた。


「これから行くは夢の国で、追うのはそこに眠る、数多の都市伝説よ。どこでかち合うかわからない。おまけに……人も多いわ」

「……ああ、そうだね。それはそうだ」


 恥ずかしげに視線をそらし、か細い声でそう宣うメリー。何が言いたいか察して、僕はそっと彼女に手を差し出す。


「ではお手を。時計ウサギでなくて申し訳ないけど」

「ありがとう。ウサギがいたら、貴方が射止めてくれるんでしょう? ロビン・フッドは弓の名手だもの」

「時計ウサギ仕留めてどうするのさ」


 指を絡めるようにして、手を繋ぐ。

 いつかの霧手浦の怪奇以来、僕とメリーは非日常と対峙するときは決まってこうしている。

 手を組む。指を結ぶ。迷信と侮ることなかれ。こうした事で窮地を脱した事が、そこはかとなくあった気もする。

 柔らかくてスベスベした手に触れると、条件反射で心臓が跳ね上がるのだが、それは一瞬。まるでそうしているのが当たり前のように体温を共有し、僕らは並び立つ。


「取り敢えず色々回ってみましょうか。まずは……そうね。スペースマウンテンか、ビッグサンダーマウンテンで」

「……お手柔らかに頼むよ」


 ……実は絶叫系が苦手だなんて、今更言える訳もなかった。

 かくして僕らは、幻想(ファンタジー)住人(キャラクター)の姿を借りるようにして、夢の国へ入国した。

 仮装したものや小道具によっては注意や足止めを食らうと聞いていたが、僕らは問題なく通してもらえた。のだが……。


「なんだろう? 上手く口で言えないけど……何だか、妙だ」


 微妙な違和感というか、視線というか。説明が難しい不思議な感覚が、僕をざわつかせていたのだけが……どうにも気になった。


気づいた方は心に違和感の答えをそっと秘めて、先の物語をお楽しみください。

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