インターミッション3~結成秘話とデスゲーム~
メリーと並んでファイルを読んでいたら、僕は知らず知らずのうちにため息をついていた。
「……どうしたの?」
「いやぁ、この怪異と対峙した時……僕いいとこなしだったなぁ、なんて」
振り返ってみれば、一人で探索し、遭遇。だが、ホイホイ餌食になりそうになって、そこをメリーが救出。
一緒に逃げたら僕は精神攻撃受けて役立たずだわ、罠がさりげなく張られていたが、それはメリーが看破して。間一髪。
あまつさえ、当の腕無し少女と幽霊達を追い払ったのもメリーの手腕。これをいいとこなしと言わずしてなんと言うのか。
僕がそんなことを言うと、メリーはクスクス笑いながら、僕の手の甲をちょんとつついた。
「何言ってるの? 貴方が動き回って、動揺して。色んなのに干渉してくれたから、私は冷静に分析できたのよ」
「……毒味役みたいだ」
「切り込み隊長って言いましょうよ」
「二人だけどね。てか、思うんだけどさ。僕ら二人だからサークル名じゃなくてコンビ名でも良かったんじゃないかって最近思うんだけど」
「……嫌だった?」
「え、本気で僕がそう思ってるとでも?」
「こうも見透かし合ってると、からかいがいがないわ」
口を尖らせながらも、メリーは何だか嬉しそうに、記録の一文を指でなぞる。それを見ていたら、僕は何となく、いつかのサークル名決めの論争を思い出した。
「そういえば、結局僕分からずじまいだったけど、何でワタリガラスなの?」
僕がそう聞けば、メリーは少しだけ目をしばたかせ、含み笑いを見せた。「深い意味はないわ」本人はそう言うが、絶対にそれはないだろう。あれはそう、僕の中で未だに謎なのだ……。
※
当時を振り返ると、まずは横文字か和名か。これは満場一致で和名に決まった。
続けて過去に放送していたと聞くホラー番組に習い、倶楽部をつけよう。までは淀みなく決まったが、その上に何を付けるかが難敵だった。
出来れば聞いただけでは何のサークルか分からない方がいい。
ならば、動物はどうか。
そこで僕は爬虫類を。
メリーは鳥類を推した。
僕自身そのチョイスは特に考えないで選んだのだが、メリーは自由にどこまでも行けるから。という、何とも僕の心をくすぐる言い回しをしてくれて、晴れて鳥類から付けよう。そんな流れになった。
ここまではよかったのだ。
「鳥、鳥かぁ。何がいるかなぁ……オシドリとか?」
いや、ないか。と、僕はすぐに否定したのだが、メリーは盛大にコーヒーで噎せていた。
「な、なんでそのチョイス?」
「いや、二人しかいないし。でも、これ名乗るのは何か恥ずかしいし却下だね」
そもそも僕ら相棒だし。そう告げたら、メリーは暫く沈黙し、やがてそうね。と、無表情で頷いた。
「それに私、オシドリ夫婦とか言われるの嫌よ。あ、夫婦がいやとかじゃなくて。オシドリはダメって意味ね」
「う、うん?」
嫌に続けてあたふたと訂正するメリー。に、僕は首をかしげるより他になかった。夫婦がよくて、オシドリ夫婦がダメな理由が正直分からない。オシドリ夫婦って褒め言葉じゃないのかな?
……さりげなく大胆な発言をされた気もするが、メリーは天然なとこもあるから、変に気にしない事にした。
「オシドリ却下ね。じゃあ他に……うーん、ウグイス?」
「却下」
「早くない!?」
綺麗じゃないかウグイス! と、僕が言えば、雄が派手な鳥は止めておきましょう。縁起が悪いわ。と言う始末。
そんな話初めて聞くよ? と僕が言っても、メリーは「とにかくウグイスはダメ!」の一点張り。
ほとほと困った僕が、じゃあ君推しの鳥は? と、何処かのアイドルグループの好みを聞くように問うてみれば、メリーは暫く考えて。
「個人的なイチオシはカラスね。あとはキジバトとか、ハクトウワシとか」
「統一性が全くないんですが?」
そう僕が言うと、メリーは何故かモジモジしながら、「あると言えばある……のよ」と、小さく呟いた。
僕はといえば、ますます混乱していた。
オシドリやウグイスがダメで、カラスにキジバト、ハクトウ、ワシがOK? 何だそれワケがわからん。
だが、メリーは最後まで理由は語らず。何だからしくもなく強引に、選択を迫ってきた。
「ほ、ほら。決めましょう! どれにする?」
「えー、もうかい? ……じゃ、オオフクロウ追加で」
「……何で追加するのよ」
「いや、僕ら夜動く事もあるし? あと、ほら。何か格好いいじゃないか」
烏倶楽部。
雉鳩倶楽部。
白頭鷲倶楽部。
大梟倶楽部。
一番最後が、何だか響きが良くないだろうか?
「……じゃあ、渡り烏倶楽部とかどう? これなら大梟に負けてないわ」
「カラス推しがよく分かるね。よろしい。ならばじゃん拳だ」
結局、メリーの気迫が勝り、僕らは正式に『渡リ烏倶楽部』を名乗る事になった。リがカタカナなのがポイントらしい。メリーの感性は時々よく分からない。だから、現在に至るまで彼女がどうしてあんなにも奇妙な選択肢を提示してきたのかは、僕の中で永遠に謎なのである。
※
「ねぇ、いい加減教えてくれよ」
「却下」
「そこをなんとか」
「エッチ」
「いや、なんでさ」
軽口を交えたつつ、僕は首の骨を鳴らし、時計を確認する。大分話し込んでいたらしい。そろそろいい時間だ。昼食にした方がいいだろうか。そんな事を思っていたら、ふと何の気なしにつけていた、テレビの特集が切り替わった。
取り上げられているのは、有名なテーマパークのアニバーサリーだった。
チラリと横目でメリーを観察する。心なしか、目が輝いているように見えた。しっかり見ないと分からないレベルで。
「……次の休日にでも行こうか?」
「あら、デートのお誘い?」
「そうだね。どっかの誰かさんみたいに僕は遊びに行く為に回りくどい事は……」
言い切る前にベッドバットが飛んできた。顎を正確に狙ったそれは、僕の脳を揺らし、床にのたうち回らせるには充分すぎる威力を持っている。
「顎はダメだよ」
「乙女に恥をかかせた罰よ」
「ああ、成る程、そりゃ重罪だ。そんな奴は酷い目に遭えばいい。顎なんて安いね」
「……まぁ、辰はわりと酷い目にあってる気もするけどね」
主に怪異で。と付け足すメリーに、それは君もだろうとは言いはしない。そんなの今さらで、そんな時折来る非日常が、僕らの日常なのだ。
「……あれは、ハロウィンだったね」
「そうね。ある意味で酷い悪戯だったわ」
そう言って目を細め、テレビに映るテーマパークを見つめるメリー。それに習い、僕も視線をテレビへ戻す。
回想するのは、とある秋の収穫祭。
夢の国にて、僕らの命を懸けた奇妙なデスゲームに興じる事になってしまった。そんなエピソード。
アトラクション風に題するならば、それは……。




