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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第三章 霧手浦の腕無し少女
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裏エピローグ:メリーさんの滝沢辰観察日記

メリーさん視点の裏エピローグとは名ばかりの日常話。

肩の力を抜いてどうぞ

 昔の話を少ししよう。

 それは、私が〝自覚〟した日でもある。

 大学受験から現在にいたるまでを語ろうとすると結構な長さになる為、ここは私の趣味の一つでもある、日記を使って語ろうと思う。


 私、メリーさん。今、ちょっとだけ日記を読み返してるの。


 日記をつけ始めた切っ掛けは、よく覚えていない。

 自分自身の体質に気づき、それを記録して検証しようという目的が一つ。単純に日々の記録を付けるのに、幼少の頃の私は楽しさを覚えたから。というのがもう一つ。多分有力なのはそんな所だ。

 小学生の頃に始めて、一年に一冊。四月にリセットするから単純計算で現在十二冊目となる。

 振り返ってみると、一行で終わる日もあれば、幻視を細かく書いたために長くなってる日など実にまちまち。ただ、読んでいると分かるのは、私は所謂灰色の青春というやつを歩んできたようである。

 それもまぁ、仕方がないといえば仕方がない。

 まず性格がこれだ。

 胡散臭い。何を考えているか分からない。お高くとまってそう。人を見下してそう。壁を感じる。冷血そう。話してみると意外にいい人。

 全部、中学から高校の間に言われた事である。こういった容赦ない采配は、女の子特有だ。でも実は、個人的に罵倒より一番グサリとくるのは、意外にいい人。という評価だったりする。

 小学校? 容姿のお陰で余裕でいじめられていた。一番辛かった時期でもある。

 人と違うのが悪。という風潮が小さい子どもにはよくあるもので、場合によっては保護者の面々からも珍妙な目で見られる始末。だが、お陰で私は強かさや鋼の心。そして本質を見抜く力がそこで備わったから、結果オーライである。……負け惜しみなんかじゃない。


 寂しくはなかった。だって私は他の同級生が騒ぐものに一欠片も興味が持てなかったし、逆に私が興味を持つものについてこれる人などいなかった。

 皆がキャーキャー騒ぐ恋なんてもっての他。あの日の私にとって男の子とは意地悪する人。薄っぺらい人。普通の人。で、見事に三分割されていた。そのどれかと私が恋だの愛だのを交わすなど、想像もつかない。

 そもそも私は体質のお陰で、当時自分は人間じゃない。多分本質は別なのだ。と、大真面目に思っていた。

 幽霊が視えて、ついでにお化けレーダーモドキ。そんなのを理解してくれる人などいなかったのだ。


 だから私は、自分の世界に没頭した。

 深淵を覗き見し、それを記録した夢日記。私だけが知る非日常風景を一つ一つ増やし、掘り下げていくのが楽しくて。少なくとも退屈とは無縁だった。


 そうして、きっと私が思うに運命の日。私は彼と出会った。





 二月某日。晴れ。幻視はなし。

 受験で東京に行く。変なのがいた。



 笑えることに、あの時ホテルで書いた日記の内容がこれだ。もう少し何かあるだろう私。と思うが、多分最大限に警戒していたのだろう。今までになかった出会いだったし。

 それにしても夢の中に入ったあの事件だが、どこからがこの世から外れていたのかは、今も謎のまま。だが、こうして文で残っているのが不思議だ。寝ながら書いたとでもいうのだろうか。凄いぞ私。


 さて、ともかく紆余曲折ありながら、私と彼はホテルでの騒動を終息させることに成功した。

 聞いたところ、彼は受験の後日、実際に遊園地へ侵入し、女の子の成仏もしっかり行ったらしい。一連の流れがやはり小説の一編のようで、柄にもなくワクワクしたのを覚えている。


 そんな素敵な彼と行動を共にした四日間はといえば。



 一日目、晴れ。幻視なし。

 第二希望受験。問題なく終了。むしろその前の騒動の方が色々と濃すぎて、印象が薄い。後で個人的に纏めよう。夢だから夢日記なんだろうけど、私自身が関わり、行動したから実に曖昧である。

 あと、例の変な男との縁も、夢だと思わせて夢ではなかった。てか、何だアイツ。デメリットがあるとか言うけど、それを差し引いてもあの体質はなかなかに人の域を越えている。私は人間じゃないなんて宣っていた過去の自分を省みたら、少し恥ずかしい。滝沢辰。一体なんなのかしら、貴方は。



 二日目、晴れ。幻視なし。

 第一希望受験。多分大丈夫だ。寧ろテスト問題以上に驚いたのは、辰もまた、学部は違えど同じ大学を希望していたことか。

 二人とも上手く行けば、学舎が同じになるだろう。なかなか興味深い観察対象なので、これっきりは少し惜しく感じていた。上手く行くといいのだけれど。その日はせっかくなので、外食をご一緒した。彼は神経質というか、丁寧な食べ方だった。ナイフとフォークの手捌きやら、口への運び方とか。女子かお前は』



『三日目、曇り。幻視あり。下水道を泳ぐ、ワニの幽霊を視た。

 滑り止め受験。突飛な設問が飛び出してきて一番焦る。滑り止めなのに。その後、細やかながら受験のお疲れ様会を彼とする。その際に、少しだけ、お互いの領域へ踏み込んだ。――何となく予想は出来ていたが、私と彼は結構な似た者同士らしかった。今までの彼の体験談。私の見聞録。それを照合しながらのオカルト談義。それは予想以上に楽しかった。というか、こんなに長く男の子と話したのは初めてだったかもしれない。

 気がついたら、明日は東京観光になっていた。



 四日目、晴れ。幻視あり。街の何気ない場所から。何度も幽霊の視界を拝借していたように思う。

 辰も表現していたが、東京はまさに魔境だった。有名なところから、マイナーな場所。誰にも知られてない一角。実に様々だ。キャンパスライフを手にしたら、是非とも回りたい。幻視したいホラースポットの目白押し。日記を埋めるのが楽しみだ。

 ついでに互いの連絡先を交換する。スマホが互いにイカれてしまったので、後日電話はするとして。

 縁があったらまた会おうという言葉を交わし、私達は別れた。

 帰りの電車にて、日記に彼と奔走した記録を記していく。

 楽しかったな。自然にそんな感想が漏れた。



 ファーストコンタクトは大体こんな感じ。

 この頃はそう、観察対象だった。見ていて面白さが勝ったのだ。

 その後、Skypeや無料通話といったツールを利用した交流が、大学入学位まで続く事になる。離れながら声だけのやり取りは何だか一昔前のドラマでいう文通を思わせて、私に不思議な高揚をもたらした。

 色々な事を考える。

 彼と共にならば、もっと深くまで、オカルトの事を知れるのではないか。

 私が今まで視てきたものに、思いもよらない解釈を付け足してくれるのではないだろうか。

 もっと楽しくて新しい世界を見れるのではないか。


 本当に、彼が私と似た存在ならば……。


 関わった期間は短い。彼の本質なんてまだちゃんと見えてこないから、怖いという気持ちはある。だがやってみる価値を私は感じていた。

 オカルト研究会。

 これまた小説の中に出てきそうなその集まりを自分が発足してみようと思う日が来るだなんて、夢にも思わなかったけど、ともかく私は決意した。



 四月某日。晴れ。幻視なし。

 大学の入学式。そして、彼との再会。幸いというか、予想は少しだけしていたが、彼もまた、あまり興味があるサークルはなかった模様。斯くして私と彼は相棒(バディ)となった。いつか、心からそう呼べる日が来るのを願う。



 思えば、少しずつ予兆はあったのだ。

 大学生活が始まった。そして……。



 月曜日、晴れ。幻視あり。まさかの大学内にホラースポットがあるらしい。

 彼と昼食を共にする傍ら、今朝視た事を話す。早速大学内を調査。映画研究会なる十五年前に無くなったサークルに所属していた幽霊に、とある学棟のベランダで出会う。

 とあるアニメ映画が完結するまではこの世に留まるのだとか。俗っぽい幽霊がいたものである。

 続編が出たら、憑いていっていいかなんて言い出すので、二人でやんわりと断ったら、舌打ちしながら消えていった。

「時期が合わないよなぁ」と、彼は笑う。私もまた、肯定した。彼が観たがっていた映画は、十五年前には存在していない。単に取り憑く口実を探していたのだろう。

 数日後、大学の生徒が件のベランダから飛び降りて、怪我をしたという話を聞いたが、私達はあれ以来あの一角には近づいていないので、原因を確かめる術はない。



 火曜日、曇り。幻視は桜並木を見上げている誰か。

 大学の授業はなかなかに楽しい。昼食にその事について彼と話す。学部は違えど互いに持ったイメージや偏見を提示し、それを純粋な学徒として払拭したり肯定するのも中々に乙なものだ。

 本日のサークル活動は大学近くにある、満開の桜並木。いかにも何かありそう……と見せかけて何もなかった。

 その夜。再び夜桜の花見がてらに訪れてみたが、やっぱり何もない。冷やかしに彼が買ってきた花見団子を食べて帰宅。休もうとした矢先、メッセージアプリに彼から連絡が入る。


「ハンカチありがとう。服の甘酒は何とか取れました」

 彼が何を言っているのか最初は分からなかった。

「……甘酒? 貴方が買ってきたのは花見団子でしょう? てか、ハンカチなんか貸してないわよ?」


 私がそう返すと、画像が送られてくる。……確かに私のハンカチだった。更に――。


「僕、花見団子なんて買ってないんですが……。てか、甘酒はメリーが買ってきてくれたんだよ?」


 嫌な汗が流れた。……じゃあ、あの時袋を片手に笑っていた貴方は何だったの?




 水曜日、雨。幻視なし。

 生憎の雨。授業が終わった後は特にやることもなく。購買で適当に購入した文庫本を片手に読書に勤しむ。雨足が弱くなるのを期待したが、外を見る限りそんな気配はなし。「仕方ない。多少濡れるのは覚悟しようか」という彼の一言で、横殴りな雨の中を行く。パシャパシャパシャ。という三人分の足音が帰り道に響いて……。三人分?

 謀らずも同時に、彼と一緒に後ろを振り向く。そこには誰もいなくて、かわりに、誰かの笑い声が聞こえた気がした。



 木曜日、晴れ。幻視は湯気の向こうにある人影。

 課題に終われていた。彼も同じだったらしく、パソコン室に二人陣取る。やることも分野も違うが、隣に誰かいるのは安心する。

 結局、夜遅くになってしまった。暗いから部屋の前まで送るという彼の好意に甘え、帰路につく。途中でチャルメラの音がして、郷愁にも似た感情を覚えた。気がつけば、二人で顔を見合わせている。

「探そうか」

「探しましょう」

 考えのシンクロが嬉しかったのは、私だけの秘密だ。

 屋台は程なくして見つかった。

 暖簾をくぐり、二人ならんで席に着く。

 店主は狸だった。


 店主は狸だった。

 二人揃って固まるが、向こうはそんな事気にも留めずに注文をとってくる。

 ご自慢という焦がし醤油ラーメンを頂く。笑えるくらい美味しかった。

「またいらっしゃい、不思議なカップルさん」

 そう言って笑う狸の親父さんは、ポンポコお腹を叩きながら私達を見送った。頬が熱くなったが、ラーメンのせいだ。それを聞いた辰が、お釣りを盛大に取りこぼしたから、気づかれてはいないのが救いだった。

 帰り道。満腹感に腹部を撫でながらも、一抹の不安があった。


「変なもの入ってないわよね?」

「化かす気だったなら、最初から姿は現さないさ」


 また来ようよ。と、屈託なく笑いながら辰は言う。私の不安が消滅し、二つ返事で賛成したのは言うまでもない。

 以来そこは、私と辰だけの秘密のお店。狸なら蕎麦じゃないの? という突っ込みは、胸に今も仕舞っている。



 金曜、晴れ。幻視なし。

 終電を逃し、辰とネットカフェにて一夜を越す。

 彼はネットカフェ自体初めてだったらしく、異様にはしゃいでいた。もっとも、私も数えるくらいしか利用したことがないから、この隠れ家的な雰囲気にワクワクしたのは否めないけど。

 先に寝落ちしたのは辰の方。寝顔はなかなか可愛らしかった。

 背中合わせで隣で寝る。今にして思えば、少し不用心ではと思わなくもないけど。何となく、辰は大丈夫かな。なんて思った。

 二人分の鼓動がダイレクトに伝わる。

 自分のが、速くなっている。

 釣られるように、辰のも速い。


 何だろう。くすぐったい夜だった。



 以上。日記の一週間分を抜粋。……お分かり頂けるだろうか?

 この異様なまでの怪奇遭遇率。

 そして、気がついたら辰といる件。

 事実、入学してから辰の日記への登場頻度がおかしい。

 それ以前には登場する人すらいなかっただろう。というのは目を向けまいとして。

 ともかく、私達はゴールデンウィークまでで、自分達のシナジーに気づいていて。私はといえば、気づいたのはもう一つ。


 それをはっきり自覚したのは、今日だ。


「……ちょっとだけ、昔話をしてもいいかな? 幽霊が視える男の子がやらかした、大失敗」


 らしくない彼を見たその日、私は彼のトラウマに触れた。

 その瞬間だ。私が自分の気持ちにはっきりと気づいたのは。

 男の子は、意地悪する人、薄っぺらい人、普通の人だけだった。けど、目の前にいる男は私にとって全部該当しなくて。

 寧ろ日々を重ねるごとに新たな発見が沢山ある。

 その発見は、今日もあった。多分普段は弱音なんて吐かないのだろう。涙すら見せないと見た。それでも、例え迷惑をかけたと思ったから話してくれたのだとしても、私は嬉しかった。

 バカだと思われるかもしれない。けど、愛しく感じてしまったのだ。震えながら、私に弱いとこも見せてくれた彼に。誰にも言えない互いの体質を知り、共有するこの関係を……。

 それは奇しくも、あの駅にいた腕無し幽霊たちにぶつけた念と同じ気持ち。

 彼には結局内緒にした。あの状況で引きずり出した、私の偽り無い心。それは……。



 ――私の辰を、取らないで……!――


 咄嗟にそんな気持ちを思い浮かべた時。私は多分自覚しちゃったのだと思う。


 ※



 五月某日、晴れ。幻視は不思議な山手線。

 本日、正式にサークル名が決定した。


『渡リ烏倶楽部』


 それがこれからの私達。名前の意味を彼が知る日は来るのやら。

 そう、いい機会だからここに書いておこう。観察対象から、友人へ。友人から、相棒へ。だけどここに、私だけはもう一つ。内緒の感情がある事を記そう。



 私、メリーさん。今……彼に恋してるみたいなの。

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