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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第三章 霧手浦の腕無し少女
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山の手線、怪異逝き

「山手線。って思ったのは、電車の内装を見たからなのよね。時刻は多分夕方。いいえ、窓から見える景色は黒一色だったから、既に日が沈んでいたのかも。で、驚くべき事にね。そこには私以外の乗客がいなかったのよ」


 VIP待遇ね。と、おちゃらけるように肩を竦め、メリーは話を続ける。


「まぁ、人がいない位は、まだ有り得るんだけど。そこから先がおかしいの。山手線って、一駅間は二分弱じゃない? でもその車両は、いつまで経っても駅に着かない。ただ延々と走り続けるのよ。回っているのか。直進しているのかもわからないままに」

「……君を疑う訳じゃないけど、山手線が見間違いで、別の電車だった可能性は? それなら一駅に何分もかかる路線があるかもしれない」

「ノンよ。間違いなく山手線だったわ」

「成る程ね。延々と走り続ける。いや、回り続ける電車……かぁ」


 無限ループや、輪廻だとか、そういう言葉が浮かぶ。死は個人的に旅だと思っている。必然的に同じように旅を連想させる電車を繋げた瞬間、今日起きた人身事故を思い出してしまった。

 山菜そばを啜る。蕎麦は鴨蕎麦が好きなんだけど、生憎大学の食堂にはない。あったとして、今は肉類を食べる気にはならないが。


 メリーの視た話は、そこで終わり。再び授業に向かう彼女を見送って、僕は再び彼女の話を整理しようとして……。止めた。

 結局全ては、現地に行けば分かることなのだ。


 ※


 そんな訳で本日の調査場所は、田舎から上京したてな僕にとって、ようやく馴染み始めた場所だった。


 電車。


 都会では、当たり前のように利用され。

 田舎では、場所にもよるがあまり利用されない。

 ガタンゴトンと断続的なリズムを刻む電車の一席に、今僕らは並んで座っている。大学の最寄り駅から乗り継ぐこと二十分弱。辿り着いた回り続ける路線こそ、僕らの今回の目的地――。山手線だった。


「メリーの受信ってさ。脈絡もなく、内容もランダムで来るんだよね?」

「ええ。寝てる間。講義中。お風呂に入ってる時。読書してる時とかね。横断歩道を歩いてる時に来たときは、流石に酷いと思ったわ。危うくひかれる所だったもの」


 本人曰く、白昼夢を見ているような感じらしい。

 オカルト現象を知覚する、アンテナ的なもの。そう僕は捉えている故に、受信で、幻視なのだ。


 僕はそのまま背もたれに深く寄りかかり、一度目を閉じて、感覚を巡らせた。霊的な探査能力は、メリーの方が優れている。だから僕が集中した所でどうにもならないのだが、ものは試しだ。が、残念ながら、やはり僕は何も感じなかった。


 しばらく会話が途切れる。けど苦痛とは思わなかった。今は探索の真っ最中であり、ここは足を使う場所でもない。なので僕らはその沈黙に身を委ね、ただそこで寄り添っていた。

 瞼を上げれば、メリーは相変わらず、向かいの窓を眺めている。黄昏に沈みゆく町を映す青紫の瞳に、燃えるような朱色が混ざっていた。宝石みたい。そう思いながら、僕は目を細め、ざわめきの中に意識を置く。

 電車の音と人の群れ。都会特有の喧騒は、どうしてこうも謎の諦感に似た衝動をもたらすのか。そんな無意味な感傷に浸る。やがて、無機質なアナウンスが東京駅への到着を告げたころ。沈黙を破ったのはメリーの方だった。


「〝僕たちと一緒に乗って行こう。僕たちどこまでだって行ける切符持っているんだ〟……電車に乗るとね。このフレーズが浮かぶの」

「……宮沢賢治。『銀河鉄道の夜』だね。初めて読んだときは、子どもながらに胸が震えたよ」


 幽霊のような少年が、親友と共に旅をする。共に行こうと誓いあった後の離別。真実と旅の意味。おかしいと思っていた自分との決別。そして少年は現実に帰る。どうしてか、心が惹かれたのだ。


「あれは、異世界渡航にあたるのかしら? それとも、この世とあの世の狭間の旅?」

「僕としては両方の要素を孕んだ後者だと思うな。〝約束した場所に赴く巡礼者のように、現世は宿屋であり、死は旅の終わりだ〟カムパネルラが旅を終えたから、ジョバンニは宿屋に戻っていったのさ」


 とある詩人兼劇作家の言葉を引用すると、メリーは脳内検索をかけているのだろうか。暫し考えてから、ああ。と可笑しそうに口元を綻ばせた。


「ジョン・ドライデンね。死を旅に見立てる手法は、昔からあったという訳……。そういえば、死装束も旅支度なのだものね」

「だから、あの世もある意味では異世界って事だね。よくあるだろう? トラックに轢き殺されて、生まれ変わる話」


 アニメ好きな大学の友人が、量産され過ぎ! と嘆いていたのを思い出す。それを言ったら、結構な作品はありとあらゆる原形に影響を受けているとは思うけど。

 それぞれにオリジナリティーがあり、意外性があり。一つの揺るぎない価値観を出す。何とかモノの言葉の由縁だ。


「思うんだけど、何でトラックなのかしらね? 普通の自動車じゃ駄目なの?」

「完膚なきまでに肉体が叩き潰される事に意味があるんじゃないかな」


 その辺は分からないので適当な仮説を提唱してみたら、そんなに今生きる自分が嫌いなのかしら? と、冷笑を浮かべるメリー。

 見も蓋もないなぁなんて思いつつ、僕の考えは真逆だよと付け加える。

 嫌いではないんだと思う。ただ、そういった物語が、このままで終わりたくないという誰かの叫びに取れるのだ。誰もが主人公になりたくて、単純に強くありたいと思うのだろう。だから捉えようによっては、エネルギーに満ちているとはいえないだろうか? そんな考えを述べたら、「それでも、自分を捨てたいって思ってるのには変わりないけどね」なんて皮肉が返ってくる。

 たまにメリーは容赦がないと思うのだ。わりと切実に。


 そんな雑談で時間は更に流れていく。

 気がつけば何周目かの日暮里駅にたどり着く所だった。今日は外れかな? という空気が流れ始め、二人揃って苦笑いする。

 霊感があり、更に僕らのそれがシナジーを有するからといって、必ずしも毎日のように視るわけではない。こんな日もある。どうやら今日は、山の手線をぐるぐるするだけで終わる活動になりそうだ。


「帰り、どこかで食べていかない?」

「名案だ。何が食べたい?」

「そうねぇ……ハンバーグ?」

「男らしいなぁ」

「乙女になんてこと言うのよ」


 電車が停車する。外には人の行列が見えた。これではドアが空いた途端に、電車が人でごった返しになることだろう。それを見て思うことがあったのか、メリーは何処か拗ねたように肩を竦めた。


「誰かしら。ガラガラの電車なんて言った奴」

「さてね。大体、人っ子一人乗ってない電車ってのに無理がある。とんだお伽噺……」


 そこまで考えて、僕の思考は中断した。何かが引っかかる。人が乗らない電車。異世界。死後の旅。止まらない電車。


 バラバラのピースが集まっていくような感覚に、僕は思わず眉を潜めた。妙な既視感。何だったろうか?

 そう、トラックに轢かれて始まる物語のように。

 死を旅に見立てたように。ある程度の形というか、様式美的な形。それは……。


 その瞬間、僕はのし掛かるような威圧感に身を震わせた。これには覚えがある。

 幽霊に出会った時。超常現象に触れた時。感じ方は状況にもよるが、総じて理由は一つ。


 こういった尋常ではない空気は、間違いなく非日常の気配だ。


「辰……!」


 人が入り込んでくるその直前、僕とメリーは見た。電車の天井近く。そこに……明らかに人の顔が……。こちらを嘲笑うかのようなネットりとした笑みを浮かべる、男とも女ともつかぬ、能面のような生首が浮かんでいるのを。


 刹那、モヤモヤとした黒い霧が、人混みと共に立ち込めて……。僕らの世界は、暗転した。


 ※


 引っ掛かってたいた言葉が、ようやく引きずり出せたように思う。


 それっぽい話をしていたら、それっぽい話がよってくる。

 怖い話をしていれば幽霊が。

 悪口を言っていたら本人が。

 僕、結婚するんだ。といえば死が。

 そう、古くからある使い古されたシチュエーション。所謂テンプレートというべきもの。


 誰も乗ってない無人の電車。気がつけば僕はそこにいた。

 周囲を見渡せば、さっきまで街灯などで明るかった筈の窓が完全に黒一色に染まっている。

 耳に届くのは、電車が動く機械的な音だけ。

 それを見た時、僕の中で渦巻いた既視感は確かなものだったと実感する。

 

 大学生二人によるしがないオカルト研究サークルにより、非日常の扉が開かれた瞬間だった。ただし……。


「……メリー?」


 つい先程まで隣にいた存在は、跡形もなく消失していた。

 明らかに普通でない不思議な電車の中。僕は一人で佇んでいたのである。



 ※


「……携帯は、安定の圏外か」


 お昼に幼馴染みと交わしたメッセージの名残を見ながら、僕は肝心な時にはお約束を守るスマホの使えなさに溜め息をついた。

 情報社会から隔離されているのは、もう今更驚かない。この領域はすでに、常識から外れている。外れているならば、そう踏まえた上で考えればいい。

 今一番気になるのは、メリーはどこに行ったか……だ。


 分断。という二文字が頭をよぎったまま、無人の電車は今も進み続けていた。メリーが視たヴィジョンのままに。途中停車もなく、ただ延々と。

 そのまま数十分は経っただろうか。相変わらず車窓から写るのは、真っ黒な景色のまま。ただガタンゴトンというリズムだけが断続して続き、そして……。急激に響く、悲鳴にも似た甲高い音。それと共に臍が引っ張られるような慣性の力を感じた。

 電車が減速しているのだ。体感する力は大きくなり、完全に沈黙した鉄の揺り籠は、最後に一息。空気が抜けるような音を何処か遠くで捻り出した。


 どうやら止まったようだ。


 だが、ドアが開く音はしたものの、手近な入り口は閉ざされたまま。それ以上はウンともスンとも言わなくなった電車は、停車したまま再び動く気配など匂わせなかった。

 アナウンスもなく、静寂だけがその場を支配する。これ以上は進展が無いことを察した僕は、小さく、浅く息を吐いた。


「あー……、こちら辰。メリー、メリー。応答願います。僕はここだよー」


 空間に働きかけるイメージを浮かべながら、出来もしない念を飛ばす。一応ここがオカルト的な空間ならば、探査能力に優れたメリーが見つけてくれるかもしれない。そんな淡い期待を込めた、テレパシーもどきの独白は、閑散とした社内に虚しく木霊するだけだった。

 反応無し。仕方なく立ち上がり、僕は列車の中を散策することにした。


「……誰かいませんか~」


 小さな声で囁くようにして、ひたすら進む。ドアを開け、次の車両。ドアを開け、また次の車両。延々と続く繰返しな行動の間、やはり電車の中に誰か他の人がいる様子は皆無だった。

 そして……。

 何枚目かの手動ドアを開けると、ついに行き止まりにかち合った。運転席らしき部屋が奥に見える事から、電車の先頭に来たようだ。その手前のドアだけが開かれて、まるで僕を呼んでいるかのように、ヒューヒューと空気が通り抜けるような音を放っていた。


 運転手はいないらしい。メリーならば「JRを訴えてやろうかしら?」なんてジョークを飛ばすところだろうか。

 何となく笑えて、少しだけ明るい気分になりつつ。僕は早鐘を鳴らす心臓を抑えるようにして、電車から降りた。プラットフォームのコンクリートを踏み締める音が嫌になるくらい仰々しく反響し。僕は外の少しだけすえたような空気を吸い込んだ。

 正直にもの申せば、少しの不安があった。


 普通の人にはない体質があったとしても、外れた存在と接触する時に、僕らはただワクワクするだけではない。何故ならそれら全てが友好的であるとは限らないからである。

 だからこそ、メリーがいない今が少し心細いと共に、彼女が心配だった。僕一人がこの胡散臭い世界に迷い込んだならばいい。けど、彼女も、また何処かに……。例えば反対のホームに飛ばされていたら?

 恐らく彼女も僕と同じようにおっかなびっくり進んでいる事だろう。故に心配だ。彼女は僕と違い、自衛の手段は持ち合わせていないのだ。先手〝必走〟で逃げ回るならばお手のものだろうけど。


「……暗いな。それに、寒い」


 電車から降りたそこは、見たこともない駅だった。だが、もっとも異様に思えるのは……。

 乗っていたのが山手線であるのに、明らかにそこが、地下鉄の駅だという事だ。都内を回るようにしてレールの敷かれた山手線が地下へ行く事はない。この時点で、ここが現実では有り得ない場所であることは証明されたようなものだった。

 古びたような空気が鼻をつく。かなり老朽した造りなのは間違い無さそうだ。

 規則的に並ぶ柱の一つに、駅の名前が記されている。


『霧手浦』


 頭の中で検索するが、少なくとも山手線にそんな駅はない。同様に都内の駅を思い浮かべるが、やはり該当しそうな駅はない。


「……駅名は違うけどさぁ……止めてくれよ」


 思わずそんなぼやきが漏れる。該当しそうな都市伝説が、頭に思い浮かんだからだ。

 電車に乗っていたら、知らない駅に着いてしまう話。

 寝過ごして自分が降りたことのない駅に行く。といった話ではない。この世に存在しない筈の駅に降りてしまう。そんな物語。

 異世界に巻き込まれた。と、取ることも出来るその話は、僕の置かれた状況に酷似していた。


「……っ、メリー! おぉーい! メリー! いたら返事~っ!」


 嫌な予感が加速して、相棒の名を叫ぶ。

 オカルトに対峙したら、メリーが受信して、僕が干渉する。つまり、こういった妙なものやら空間にぶち当たった時は、僕が頑張る。何をどう頑張るかと言われたら曖昧で説明しづらいのだが、何かに干渉することで結果的に帰ってこれたり、よくないものを退けたり。僕の手は、それが出来る。

 幽霊と、この世にあらざるものと触れ合える手。

 だけれども、今この場で振るう前に優先すべきは、相棒の安否の確認だった。

 エコーする呼び声。返事は……なかった。


「……探すか」


 意を決して歩き出す。

 カツンカツンと、靴の音が地下空間に反響した。

 どこまでも続くプラットホーム。人の気配もしない中、自動販売機の光と朧気な外灯だけが唯一の光源だった。

 喉は乾いたが、飲み物を買う勇気はない。こういった所のものを口にしていいか悪いかはケースバイケースだけれども、少なくとも今はマズイという漠然とした予感があったのだ。そもそも。


「……見たことのない飲み物ばかりだ」


 自販機の前を通る度に立ち止まっているうちに、いつしかそんな感想が漏れる。

 それなりに有名な炭酸飲料もあるけれど、狐にでもつままれたか、過去にタイムスリップしたような気分だった。

 そこにあるパッケージというか、缶のデザインは、明らかに古いものだったのだ。

 考えてみれば、駅の質感といい、置かれているベンチといい。何処と無く古くさいものばかりに思えた。

 まるで時代に取り残されたかのような。いや、違う。強いていうならば、昭和っぽいというか、古き良き日本というか……。


 何て事を思ったその時だ。少し離れた場所から、「ジャリ」と、コンクリートを踏み締める音がした。


 全身が、一瞬で強張るのを感じ、僕は辺りを見回す。

 今僕は、自販機の前で立ち止まっているのだ。足音などする筈がない。

 ……では、この音は何だ?


 カツンカツン。シャリッシャリッ。と、独特の旋律を奏でながら、それは此方に近づいてくる。僕らはその場に固まったまま、ただそれの姿を捕捉しようと、暗がりの奥に目を凝らす。メリーか? いや、違う。脚を引きずるような音が、僕にそんな確信をもたらす。彼女では……ない。ならば……。


 やがて、それは現れた。


 脚を引き摺るようにして現れたのは小さな女の子だった。

 真っ白な長袖のワンピースを身に纏い、ざんばらんに乱れた長い髪の奥からは、落ち窪んだ眼窩が覗いている。

 たゆたうように歩む姿は、幽鬼を思わせた。


 女の子は、僕のすぐ近くまで来ると、無言で自販機を。そこから周りを一望し、最後に僕へと視線を滑らせる。その氷のような目に僕が戦慄した時、そこで初めて、違和感に気がついた。バランス悪く歩くとは思っていが、それも仕方がない事だった。少女の左腕は肩口から先がなく、ワンピースの袖はヒラヒラと頼りなさげに揺れていたのだ。


 冷たい風が吹き抜けるような錯覚。やがて、スローモーションのように動いたのは腕無し少女の方だった。


「…………だい。…………を。……に、ち…………だい」


 モゴモゴとした、うわ言を思わせる小さな声。もっとよく聞こえるよう、僕は屈み込んで耳をすます。


「ねぇ、……だい。お兄さんの……。ちょうだい」


 聞こえたのは、そんな声。


「何を?」


 と、僕が思わず問えば、女の子はそこで初めて顔を上げて。


「欲しいの。ねぇ、手を貸して欲しいな」


 そう言って、にぃい。と、不気味な笑みを浮かべた。

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