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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第三章 霧手浦の腕無し少女
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親友と変態の定義

 人身事故が起こる度に心を痛める人は、果たしてこの日本にどれ程いるだろうか。

 ある漫画で、ニュースの自爆テロに悲痛な表情を浮かべる主人公へ、中東出身の男が、「何故嘆く?」と、問うシーンがあった。その後に続く台詞は、大体こんな感じだった。


「日本でも毎日のように起きているだろう? 人身事故が。君はその度に心を痛めるのか?」


 比べちゃいけないのだろうし、規模も死者も違う。けれど、妙に納得してしまった自分がいた。

 人が死んでいる事には変わりなくて、連鎖的に多くの人間が巻き添えに遭うという点では共通と言えなくもないだろう。


 今日もどこかの路線で、人が死んでいる。それを非日常と思えないのは、それが僕らの日常に組み込まれてしまっているからか。

 だとしたらそれは、考えようによっては下手なホラー小説よりも、恐ろしくはないだろうか?


 ……そんな妙な考えを浮かべてしまうのは、本日人身事故により、大学の講義に間に合わなかったからなのではあるが……。今考えるのはよしておこう。遅刻は十五分まで。それ以降は入るのも認めないとされた講義だった為、僕はやりきれぬ思いのまま、大学のラウンジカフェ。そのテラス席に陣取っていた。

 ゴールデンウィークを終えた五月。晴天ではあるけど、カフェに人影はまばらだった。

 追い討ちをかけるように夕方の授業がつい先程、教授病欠の為休講になり、晴れて夕方十五時――、サークル活動開始まで、僕は暇を持て余すことになってしまった。のだが……。


「……親友って、どの辺から言えるレベルなんだろ?」

『いや、私に聞かれても……』


 僕の問いに対して受話器の向こうから、呆れたような声がする。クールさと可愛さが内包されたそれは、幼馴染みのものだった。

 本日、地元の大学に通う彼女もまた、偶然に授業がヒトコマ潰れたらしく『暇ーっ!』というトークアプリのスタンプが届いたのが全ての始まり。

 奇遇だね。僕も暇なんだ。と返した瞬間にスマホが鳴動し、暇潰しという名の無料通話が始まった。


 まずは文句や質問のオンパレード。

『何でこっちが連絡しない限り音沙汰なしなのよ!』とか、『ちゃんとおばさんやおじさんに声聞かせてる?』や、『ララちゃん(妹の名前)も寂しがってたよ!』といった具合に、僕が反論する余地もないマシンガン。その後に『変な人に騙されてない? ……お、女の人とか』と、何故か恐る恐る聞いてきたりと、我が幼馴染みは心配性というべきか何というか。今日も忙しく、可愛らしいようだ。


 そこから近況報告や、他愛ない雑談をする。

 元々社交的な幼馴染みは、新しい友人もそれなりに出来た上に、大学で写真サークルに入ったらしい。サークルの活動では勿論、休日にお散歩する合間にも、色々な日常の象徴にカメラを向けている。……何故か自分が被写体にされる事もあり、根は恥ずかしがり屋なのも手伝って微妙に困ってるとか。

 可愛いから仕方がないが、変な虫がつかないかお兄さん心配だ。

 もっとも、身の危険に関してはそんなに心配はしていない。実家暮らしだし。彼女を溺愛するお父さんもいるし、彼女自身もある理由から凄く強い。何より繰り返すが、お父さんもいる。

 だから僕は、純粋に安堵していた。幼馴染みの声が、心底楽しそうなのに。……出来ればもう二度と、彼女の泣き顔は見たくないのである。


『え? てか、本当に親友? 辰に?』


 話は戻る。そんな雑談の果てに辿り着いたのが、僕にも大学ではそれなりに友達や知り合いが出来て。その中に今までになく気が合う人がいる。という話題だった。何を隠そうメリーのこと。もしかして、これが……親友? なんて事を口にしたら、幼馴染みには『冗談でしょ』と、大笑いされ、結果出てきた哲学的な疑問が、先の僕がした発言である。

 あまりにも信じてくれないので、僕はメリーの事を彼女に少しだけ打ち明けた。

 繰り返しになるが、今までにない位、気の合う奴だと思うこと。

 結構自分と性質は似ているかもしれない。

 一緒にいて、気がついたら面白いと思ってしまう自分がいる。

 何より、安心するというか、楽。

 そういった話をした。……オカルトだとか、その他荒唐無稽な内容は勿論伏せている。というか、彼女にだけは絶対に聞かせてはならない。


『……えー』

(あや)? どしたの?」


 まるで珍獣にでも遭遇したかのような声に、僕の方が不安になってくる。そんなにおかしな事を言っただろうか。慌てそう問えば、『違うよ。ちょっと本当に凄くビックリしてるだけ』と返された。


『辰にとって、私は何?』

「可愛い幼馴染み」

『か、かわっ……! もー。じゃあ、浜田君や松本君。あと山崎君は?』

「え? ……まぁ、友達だよ。多分一番よく一緒にいた」


 もー。から後が随分と嬉しそうな声色になった幼馴染みに心をぽかぽかさせながら答える。三人は、高校の頃よく一緒にいた友人だった。正確には引っ張り回された。が、正しいかもしれないけど。


『じゃあ、ちーちゃんに、結衣ちゃんは?』

「君繋がりだけど、……うん、友人だよ。きっと」


 遠藤(えんどう)千鶴(ちづる)と、田中(たなか)結衣(ゆい)。どちらも幼馴染みの友人であり、そこから僕とも交流があった。

 高校の卒業式後、最後の思い出に遊んだメンバーが揃い踏みした事に少し感慨深さを覚えていると、受話器の向こうで幼馴染みが深呼吸するのがわかった。


『辰はさ。来る人拒まず、去る人追わずだよね。昔から。関われば親しくするし、友達だって言えば友達。……けど、一定のラインは絶対に越えさせない』

「凄いめんどくさい奴か、コミュ障みたいに聞こえるなぁ」


 否定はしないけど。それに、越えさせないって思われているのは、きっとオカルト関連だ。これは小さい頃以来、誰にも話さなかったし、今も話せないと決めた事。だから僕がどうしたものかと思いながら笑えば、電話の向こうで幼馴染みは溜め息をついた。


『だから、ビックリしてたの。私、悔しいけど個人的に辰に一番思考が近かったのは、結衣ちゃんだと思ってた。そんな彼女が言ってたの。滝沢くんは多分、ボクたちと話すとき、無意識に話の話題をコントロールしてるって』

「話題の、コントロール?」

『ボクらに話しても意味がない。必要ないって思ってるんだよ。しかもそういう思考にありがちな悪意や嘲りがなく、純粋な気遣い……かな? そんな感情から本質を見せないんだ。タチが悪いことだよ。何を隠してるのか知らないけどね……って』

「お、おう」


 昔からやたら鋭いなぁ。と感じていた友人の慧眼(けいがん)

、思わず嫌な汗が流れた。自分では思っていなかったけど、見つめ直すと気づく。そんな一面を他の人に指摘されるのは、結構胸に迫るものがあったのだ。


『……何か、隠してるの?』

「隠してないよ?」


 やましいことではないのは確かだ。吹聴出来ないだけで。

『ウソツキ』と、何度聞いたか分からない幼馴染みの呟きが小さく聞こえた。 


『浜田君や松本君は、実は物凄いドSかドMで、そんな変態性を必死に隠してるんじゃないかって。会話もプレイの一貫で……』

「いや、それはない。てか、女の子がプレイとか言うんじゃありません」

『山崎君とか、案外ロリコンだったりしてね……とか』

「それはもっとない」

『ちーちゃんなんて、アイツもしかしてゲイなんじゃねーのって』

「有り得ないってば。なんなの君ら、僕をどうしても変態にしたいの?」

『……だって辰が話してくれないんだもん』


 探るような質問の果ての拗ねるような声色に、僕はたじたじになるしかない。愛すべき妹然り、こういう反応が実は一番困るのだ。

 僕が頬を掻いてどう話を落とそうか思案しているうちに、幼馴染みの話は続く。


『私はね。辰がどんな変態でも受け入れられるよ。幼馴染みだもん。だから、その人にちょっとだけ嫉妬しちゃう。気が合うとか、ましてや一緒にいて楽。だなんて、私達に思ってくれたことあった?』

「……君らといるの。僕は少なくとも好きだったよ。それは勘違いしないで」


 僕が変態なのは確定かい。と思いつつ、真剣に本心を語る。すると彼女は『うん。それは知ってる』とだけ短く答えた。

 チャイムがわりの旋律が、大学の敷地内に流れる。二限目が終わったらしい。『そろそろサークル棟行かなきゃ』と、幼馴染みは呟く。いつも昼食はサークルの友人達と食べるんだとか。必然的に暇潰しの電話に、終わりが近づいてきた。

 ふと、視界の端。少し遠くに見慣れた亜麻色が見えた。真っ直ぐ此方に近づいてくる彼女は、僕に気づいたのか、小さく手を振ってくる。


『親友の定義だったっけ。私にはわかんない。友達の範囲だって人それぞれだし。ただ、何となく、そうだって辰が思ったら。自分の本質だとかも話せるんだったら、そうなんじゃないかな』

「そういう、もんかな?」

『うん、きっと。因みに私は十八年幼馴染みをやってますが、辰が必死になったり、取り乱したり。泣いたりしてるのを一度も見たことないです。……この惨状をどうお考えでしょうか?』

「可愛い幼馴染みにそんなとこ見せられるわけないでしょうが」


 それに本質見せる見せないはさておき。彼女達が友達であるのに変わりないではないか。それを伝えると『やっぱりタチ悪い』と、呟いて『辰のばか。……また電話してもいい?』という罵倒からの甘え声なんて高度な攻撃に晒される。あざとい。流石僕の幼馴染みあざとい。

 それに対して「勿論だよ。またね」と答えて、暇潰しは終了した。

 その直後。ふわりと甘い蜂蜜を思わせる香りがしたかと思うと、背後に人の気配がした。


「私、メリーさん。今、貴方の後ろにいるの」


 聞き慣れた口上。僕が電話中なのをいい事に、わざわざ背後に回ったらしい。

 振り向けばそこには、一応、相棒(バディ)を組んだ女性、メリーがにこやかに佇んでいた。


「こんにちは、辰。……待った訳ではなさそうね。電話してたもの」

「それがなかったら、待ちぼうけになってたけどね……お昼、行くかい?」


 コクンと頷くメリーの傍らに立ち、僕らは連れだって歩き出す。今にして思えば、食堂の席位は取っておけばよかったかな。そう思いながら。


「ああ、そうそう。今日の活動どうしようかって思ってたんだけど。ついさっき、〝受信〟があったわ」

「お、本当かい? 近め?」


 僕の問いにメリーは頷きながら、トントンとこめかみを指差した。好奇心が、鼓動を早くする。今日は果たして、どんなものと遭遇するのだろうか。対するメリーもまた、ちょっとだけ興奮したように、青紫の瞳を輝かせていた。


「ええ。キーワードは、電車と山の手線。午後の授業が終わったら、早速見に行きましょう」


 ※

  

 トークアプリに新着メッセージが来ていた事に気づいたのは、食堂に着いた時だった。どうにも幼馴染みが、電話の直後に寄越したものらしい。


『今気付いたけど、結局また私の質問には正面から答えないで煙に撒いた件について釈明は?』


 正直、どれについてか検討がつかなくて、自分でも苦笑いする。謝罪も兼ねておちゃらけたキャラクターの絵を送れば。


『変態。もう辰は変態って私の中で位置付けてやります。ざまーみろ』


 なんて言葉と一緒に、激おこプンプン! といったスタンプがアプリに押されてしまう。やることがいちいち可愛い妹分だ。そんな事を思いながら逃走する絵を送り、僕は昼食の山菜そばを食堂のおばさんから受け取った。

 そういえば、友達とは言ったけど、メリーが女の子とは言わなかったなぁ。と今更ながら思い出す。……まぁいいか。特に問題はないだろう。

 席に戻るとメリーの方が受け取りが早かったらしく、彼女は既に座っていた。


「変態、か……」

「……何の話?」


 座りながら漏らした僕の呟きに、メリーが訝しげな顔を見せる。僕はそれに苦笑いしながら、友達にそんなレッテル貼られちゃって。と答えた。

 するとメリーは目をパチパチさせてから、やがて楽しげに「間違ってはいないじゃない」と笑った。


「変態にも定義があるわ。一つ。形や状態が変わること。ヤゴからトンボみたいに、動物的なやつ。二つ。変態性欲の略。性的な行為や対象が倒錯しており、悪趣味・異常な形をとって現れるさま。またはその傾向のある人。単に……そう、エッチな人の事も指すかもね。最後。普通の状態と大きく違うこと。あるいは、異常な状態」

「辞書でも引いた気分だよ」

「辞書の内容を参考にしたもの」


 しれっと答えるメリーに、思わず苦笑いしつつ、僕は話の続きを促した。


「貴方がエッチかどうかはともかく。一つは該当するでしょ?」

「……最後?」


 僕がそう言えば、メリーは満足気に頷いた。


「私達は、人間だわ。でも、普通と違う一面を持っているのも、紛れもない事実。しかも、片やその一面で変なの追うことを。片やそれを覗き見するのに、楽しみを見出だしている。これを変態と言わずに何と言うのよ」


 否定できない。それどころか、おかしな話だが楽しくなってしまう。

 幼馴染み曰く、僕が作ってるらしい壁。それが変態という間違ったレッテルだと思っていたが、それがひっくり返って正しいものになる。それが妙に嬉しかった。


「〝異常も、日々続くと、正常になる〟らしいよ?」

「……然りね。私達が行くのは戦場ではないけど」


 僕が口笛を吹けば、メリーは口元に手を当てながら、得意気に笑う。視線が交差する。密かに思考の中へ忍ばせた部分を引きずり出し合うのは、結構な楽しさを伴った。

 出会って数ヵ月。相棒(バディ)として組んで。実はまだ微妙に警戒して一ヶ月弱。親友って? と考え始めたのがつい最近。

 不思議な感情に、今はまだ名前が付けられなかった。


「本題に、入りましょうか。私達が今回行く場所について」

「……そうだね。じゃあ、聞かせておくれ。今日は君の素敵な脳細胞と視神経で、何を視たんだい?」


 思考が。身体が、日常から非日常へと切り替わる。

 その瞬間、二人の変態。もとい、オカルト研究サークル(仮)は、今日もどこかで起きているだろう心霊現象に想いを馳せるのだ。


「そうね。言うなれば、この世に有り得ない路線を行く、山の手線の車両を視たの」


 紡がれるメリーの言葉と共に、幕が上がる音を聞いた気がした。

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