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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第一章 オカルティック・ホテル
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不吉な歓迎

『Ladies and gentlemen, welcome aboard the……』


 滑らかな英語のアナウンスが流れる中、僕はゆっくりと目を開けた。


 随分と懐かしい夢を見たものだ。

 寝起きの胡乱(うろん)な意識でそんな感慨に浸っていると、唸り声じみた機械的な重低音が耳に届く。直後に鼻を刺激した普段の環境とは違う空気の匂い。僕は今、新幹線にて故郷を離れている旅の途中だった。

 シートも倒さずに寝たせいか、身体の節々が痛む。腕時計を見れば、十一時少し過ぎ。下車する駅はもうすぐそこらしい。

 首を捻り、骨を鳴らせば、小気味いい刺激が突き抜けて、そのまま何の気なしに車窓から外の景色に目を向ければ、ビルが乱立する都会の街並みが視界一杯に広がっていた。


「……わお」


 そんな声が口から漏れる。

 高層ビルよりも、山や海の方が馴染み深い僕にとって、そこはまさしく別世界だった。

 東京。

 響きからして特別な印象を受けてしまうのは、僕が田舎者だからだろう。そんな地に降り立つことを思うと、恐れとも興奮ともつかぬ想いで身が震えるようで。暫しの間、自分がどうしてここへやってきたのかを忘れかけ、僕は慌てて頭を振った。

 気を引き締めねばならない。そう言い聞かせる。

 伊達や酔狂。ましてや観光の為に来たのではない。

 僕はここに、戦争をしにきたのだ。

 番号は42219。大学受験を控えた僕は、栄えあるキャンパスライフを手にすべく降り立った、しがない兵士(ソルジャー)なのだから。


『まもなく、東京。東京です』


 無機質な駅員さんの声が到着を告げる。僕はキャリーバックを持ち直し、そのまま新幹線の乗車口から、想像以上に広い駅のホームへと躍り出た。

 人の波に思わず圧倒されかかるが、それも一瞬で。立ち止まりかけた僕の横を、見知らぬ人が足早に通り抜けて行くのを見て、僕もまた慌てて歩き出す。

 ショルダーバックがしっかり肩にかかっていることを確認しつつ、次の目的地である渋谷まで。そこに僕が滞在するホテルがある筈だ。

 回りをキョロキョロ見渡して、案内板も頼りにしながら、蟻の巣を思わせる枝分かれした駅の通路を行く。

 どうにかして探し求めていた番線の看板を見つけ出した時は、ようやく肩の力が抜けるようだった。

 都会の駅はちょっとした迷宮だ。なんて噂を聞いた時は冗談だろうと思っていたが、あながち間違いでもなかったらしい。勿論、僕にとってはただ道が複雑という比喩だけで終わらない。〝別の意味〟も含まれてしまうのだけど。例えば……。


「……げ」


 違和感に気づいた僕は、不覚にも〝ソレ〟と目を合わせてしまっていた。

 ヤバイ。と、思った時には電車が警告音を鳴らしながら、ホームへ入ってきていた。開かれた数多のドアに、僕を含めた人が一丸となって入り込む。ままよとばかりに僕も流れに続けば、ソレは何かを確かめるように僕に近寄ってきて……。

 刹那。ゾワリとした冷たい空気が身体を通り抜けた。


「……っ」


 湿った視線が僕に絡み付く。それでも冷静に知らぬ存ぜぬを装っていると、発車の合図がホームに鳴り響き。そこでようやく、僕は景色を見るフリをして顔をあげた。

 視界の端には、さっき感じた冷たさの正体がいる。ボロボロに引き千切れた血染めの上着。その裾からは、ピンクとも紫ともつかぬ、ヌラヌラした肉が覗いていた。


『……ねぇ』


 耳に残るようなアルトボイスが響く。閉ざされたドアの向こう側には、上半身だけで浮遊する少年が、此方をじっと見つめていた。


『視えるの? ねぇ……』


 少年がもう一度問いかける。

 疲れたようにつり革にぶら下がる中年男性。優先席で談笑する初老の女性達。暗記テキストとにらめっこしている学生。誰もが少年には気づかない。聞こえているのは間違いなく僕だけだった。

 電車が走り出す。寂しげな少年の視線は、僕に向けられたままだった。

 いつもの僕ならば関わるだろう。だけれども、今は世知辛い事に受験生。文字通り、引っ張られている訳にも行かないのだ。


『今日だけで〝二人〟もいたのに……』


 電車が発進し、少年の姿は遥か彼方へ消えていく。窓が流れ行く景色しか映さなくなった所で、僕は深くため息をついた。

 思うことはただ一つ。都会は思っていた以上に〝魔的〟だった。広大な東京駅のほんの一部だけで、少なくとも三ヶ所。幽霊の類いがさ迷っているのが確認できた。短時間でこれだけの遭遇率を叩き出したのは、初めてかもしれない。

 東京、とんでもないな。

 空いている席に陣取ったところでそんな風に思う。人が集まるということは、それだけの営みが存在して。様々な思念が飛び交うということ。

 そして必然的に、生きた死んだという出来事が当たり前のように多い。だからこそ。ふとした場所に幽霊が出る。

 電車に乗ったサラリーマンの幽霊が、自分は死んだことに気づかぬまま職場へ通い。

 もう買い物など出来ないのに、女の子の幽霊がお店のショーウインドウを楽しげに眺める。

 すぐ傍にいる、この世から逸脱したものに気づかずに、人々はただ通り過ぎる。視える立場からすれば、ちょっとしたホラー小説みたいな現象が、日常には静かに寄り添っているのだ。


『次は、品川。品川です――』


 何度目かになる事務的な電車内アナウンスがして、次で降りるらしい人達が、わずかに揺らめいた。数えてあと五駅。遠いのか近いのか、初めて乗る僕にはいまいち分からない。

 どうしたものか困り果てた僕は、結局道行く人や座る人をぼんやりと観察していた。

 ゆっくりと電車内を見渡してみる。

 ドア付近にはモヒカンにサングラスという、中々に情熱的な格好をした男が立っていた。その反対側にはピンク色に髪を染め、ミニスカートを吐いた中年女性が立っていて、僕は思わず天井を仰ぎ見そうになる。

 正面にあるシートの端では電車の席で堂々といちゃつく、大学生と思わしきカップル。

 そのすぐ隣には老夫婦に席を譲る、小学生位の男の子と女の子姿がいて。

 それを眩しげに見るギターを背負った青年は、出遅れた自分を恥じるように頬を掻いていた。ちょっとしたミニドラマみたいだ。そんな感想が思い浮かんで……。


「……あ」


 そこで無意識に声が漏れた。カップルとは反対側の端の席に女の子がいたからだ。

 それだけならば、だからどうしたで終わるような話だが、僕は今、彼女に目を奪われていた。

 奇抜な格好や、いかにもな出で立ちの人は、ついさっき確認したばかり。だがそこにいた女の子は、それに輪をかけて異質だった。


 整った顔立ちは、まるでお人形さんのよう。女の子をそんな風に喩えるのは本や映画の中だけの話だと勝手に思っていたのだが、彼女に関しては間違いなく。それが一番しっくりくる表現だった。

 まずは髪。見事な亜麻色のそれは、肩ほどまでのセミロングで、ゆるくふんわりとしたウエーブがかかっている。

 肌は白い。色白とかそういうレベルではなく、本当に日本人離れした、ビスクドールを思わせる白さ。

 極めつけは、目だ。青紫の宝石を思わせる瞳は、不思議な輝きを放つようで。総じて異国の血が流れているか、あるいは完全な外国人なのだろう。そんな子が……文庫本を片手に、どこかの高校のものであろう、ブレザー姿で座っていた。


 思わず二度見した僕を、誰が責められようか。

 事実、他にいた一部の乗客も、チラチラと女の子に好奇や畏怖の混じった目を向けていた。

 一方、当の彼女は歴戦のナンパ師でも尻込みするような、近寄りがたい、私に関わるなという雰囲気を醸し出していた。

 話したこともない相手に随分と失礼だけれども、そこまで的外れではないだろう。

 他者の視線は完全に無視。壁を作る人特有の匂いがそこにはあった。僕も不本意ながら似たような評価を学友に下された事があるからこそ、分かるものがある。……僕が作っているらしい壁はここまで分厚いものではないと信じたいけども。

 親近感(シンパシー)というには随分とドライな感情のまま、僕は彼女の手元を見る。

 文庫本のタイトルは、コナン・ドイルの『シャーロックホームズの冒険』だった。 

 中学生の時に、シリーズを読破した覚えがある。長編なら『四つの署名』短編なら『青い紅玉』辺りが一番面白かったっけ。

 そんな懐かしい思い出に浸っているうちに、電車は幾駅かを越えて。人の往来が激しくなる頃には、彼女の姿は完全に人ごみへ覆い隠されていく。

 ほんの一瞬だけ、彼女の視線が此方に向いた気もしたが、多分勘違いだろう。観察するには些か増え過ぎた人に少しだけうんざりしながら、僕は暇潰しを打ち切った。電車はあっという間に渋谷へと差し掛かろうとしている。


「……お?」


 その時だ。ズボンのポケットが軽く振動した。

 メールかな。そう当たりを付けながらスマホを取り出すと、案の定、母さんからだった。内容は宿泊するホテルと、その場所。予約などは金銭の関係上親に任せていて、着く頃に連絡すると言われていたのだ。

 だが、そこに記されていた一文を見た時、僕は眉を潜めずにはいられなかった。

『ホテル・〝ウッドピア〟』

 それが、僕の今夜からの拠点らしい。

 ……勿論、ホテルの名称など星の数ほどあるだろう。これだって、ありふれた中の一つかもしれない。けれど、あんな夢を見た後というのが、不気味なほどに出来すぎだと思う。


「……受験だよ? やめてくれよ、本当に」


 猛烈に嫌な予感が僕を襲う。こういう時の不安は、悲しいほどによく当たるものだ。

 もう一度、メールを確認する。やはり見間違いではないらしい。過去を回想した直後に告げられたその名前は、身構えたくなる程に不吉な響きだった。

 

 

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