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渡リ烏のオカルト日誌  作者: 黒木京也
第二章 D校舎の秘密
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エピローグ: SAN値の危機的な確認

「弱い……ね。まぁ、生きてる人間がそれだけで強いのは当たり前よね。肉体があるんだもの。持っていても弱い人はいるけど」

「うん、まぁそうなんだけどさ」


 帰りの新幹線は明日の朝なので、僕とメリーはほぼ二十四時間営業なファミリーレストランで、少し遅めの夕食を摂っていた。

 語るのはついさっきの出来事。大きめなテーブルには、互いが食べ終えたセットプレート。後はドリンクバーとスープバーで暫くは居座れるだろう。店からしたら堪ったものではないかもしれない。……後でデザートでも注文しよう。


「で……どうするの? それ。警察に持ってく?」

「いや、いらないでしょ? 本人自首するって言ってるし」


 そう言って、僕は手元の小さな機械を指で弄ぶ。

 ボイスレコーダー。先生の言っていた事は一応全部録音済み。ついでにあの時、スマートフォンも胸ポケットに入れて通話状態にしていたりもした。つまり、メリーも少し離れたカフェで僕と先生の会話をリアルタイムで聞いていて、もしもの時に備えていたのだ。


「先生にも、それほど強い霊感は感じなかった。多分あれは……」

「殺人により、限定的な霊感を得た?」

「うん、それ。よくあるだろう? 殺された人の霊が、写真や絵に現れて、犯人を告発するやつ。あれと似たようなものじゃないかな。でなければ……」


 一口。ドリンクバーのバニララテを口にしてから、僕は先生の部屋に入った時の事を思い出す。

 強張り、凝り固まった肩。ああなっても仕方ない。何故ならば。


「肩に組み憑いていた女の子の霊にも気づく筈だよ。本当に霊感があったのなら……ね」

「……ま、そうよね」


 二人で視たそれを思い出し、僕らはため息をつく。彼女はそう、学校に僕らが初めて辿り着いた時から、先生の肩に乗っていた。以前小学校に通っていた僕が、先生の傍で見なかったというのが気になるところだが、もしかしたら僕の年齢が関係していたのかもしれない。霊感があって、雪村浩典に近い歳の子ども。彼女にとっては、恐怖以外の何物でもないだろう。

 目の抉られた、全裸の血塗れな女の子。ギリギリと歯軋りする様。先生が見たらどんな反応をするだろうか。


「でも、何でその子までいたのかしら?」

「取り憑きたいだろう相手は死んでるからね。必然的に……死体を隠した先生に行ってたのかも」

「な~るほど。女の子からしたらあの男の子も中道先生も変わらなかった……と」


 口をすぼめ、レタススープをフーッ、フーッ。と冷ますメリーを見ながら、僕は首を振る。

 色々な道が交わって今回の悲劇は起き、十年間蓋をされていた。

 母さんが僕に旧校舎の話をしなかったら……どんな結末を迎えていただろうか?


「旧校舎を壊したら死体が見つかって大騒ぎ。じゃない? そのまま真実は闇の中。中道先生は哀れノイローゼになりました。とか?」

「いや、でも……」

「辰。ねぇ、辰? 貴方も目を背けるべきじゃないわ。あの先生が自首するって言ったのは、辰が来たから。貴方に危害を加えなかったのは、もうどうにもならないレベルまで知られてて、貴方を殺して口を塞いでも、悪戯に罪が増えるからよ」


 そもそも貴方単品で先生の部屋に送るのだって私反対だったのよ! どうして肝心の時だけ貴方じゃんけん強いのよ! と、メリーはプリプリ怒り始めた。

 因みにメリーが勝ったら彼女も同行。負けたら裏方という勝負。当然ながら彼女を単独で行かせる道など最初からありはしない。


「……正直、ホームセンターでバットを買うか真剣に悩んだわ」

「たまにだけど、無駄に男前だよね君」

「……普段は?」

「……凄く魅力的な女の子?」

「それで誤魔化されるとは思わないで欲しいわね。大体、先生の癖に殺人犯とはいえ子ども殺して、保身で被害者の死体まで十年以上隠すなんて……良心って言葉を辞書で引いて頂きたいわ」


 容赦ないなぁ何て思いながらも、メリーが言ってることも先生の中では少なからずあったんだろうな。そう思ってしまう辺りは、僕も結構薄情なのかもしれない。

 そのまま僕は、暫くメリーの文句に耳を傾ける。罵倒は甘んじて受けるけど一応僕にも言い分がある。万が一があって、中道先生がメリーに襲いかかったら? それは出来れば避けたかった。

 だからメリーには裏方を……。と言ったら、何故か思いっきり頬をつねられた。両手で捻りまで入れる徹底ぶり。我が相棒ながら本当に容赦ない。

 彼女曰く罰から解放され、僕が地味に痛む両頬を擦っていると、メリーは不意にテーブルに突っ伏し、ふぅ……と、溜め息をついた。そして……。


「私、メリーさん。今、心底ホッとしてるの」

「そ、そんなに心配だったの?」


 お決まりな彼女の口上。それに僕は苦笑いで返すと、彼女はキッ! と、こっちを睨む。


「当たり前よ! クトゥルフよ? 私のSAN値が削られるかと思ったわよ! SAN値! ピンチ! よ? それに……そうね。それらしい用語を使うならば……中道先生は多分、とっくに精神崩壊していたか。狂気に囚われていたと思うわ」

「……え?」


 怒りの表情から一転。こっちを神妙な顔で見つめながら、メリーはそんな爆弾を落とした。

 僕が目をしばたかせているのを見て、メリーは気をよくしたのだろうか。たまに見せる蠱惑的な笑みを浮かべながら、そっと手を伸ばし、白い指を僕の頬へ這わせた。


「〝テケリ・リ、テケリ・リ〟」


 囁くように、その言葉を口にする。それは、微妙に発音が違えど、中道先生が僕に教えた言葉だ。


「調べてみたのよ。これ、ショゴスって存在の鳴き声なんですって。黒いタールのような生き物らしいけど。雪村浩典は、儀式で〝何か〟を召喚しようとしていたのよね? 中途半端ながら、〝何か〟を。……先生が雪村浩典を殺した理由、おかしいと思わない? 殺人現場を見ただけで、いくら小学校で騒がれていたからって、誰かを殺そう。何て狂気染みた思考が起きるかしら?」

「え……あ……」


 そうだ。正義感があるにしろ、行き過ぎだ。それはまさに、狂気とは言えないだろうか?

 唾を飲む僕。メリーもまた、興奮したように舌舐めずりしながら、僕に顔を近づけていく。


「本当にあの場は、中道先生と、雪村浩典と、被害者の女の子だけだったのかしら? 本当に中道先生は、それだけを見たのかしら? いいえ、そもそも……そこにいたのは、〝本当に〟雪村浩典だったのかしら?」

「……っ、〝何か〟が実は既に召喚されていた?」

「中途半端に。だろうけどね。怖いわー。こっくりさん然り。一人かくれんぼ然り。こういうのは中途半端にやってしまうと、必ず手痛いしっぺ返しがくるのに」


 メリーはそう言いながら、青紫の瞳を細める。キス出来そうな位近くで、僕らは見つめ合っていた。


「メリー。まさか……視た?」


 彼女は、殺害現場を俯瞰的に見ている。ならば、〝何か〟を見ていても不思議ではない。が、彼女は静かに。いいえ。と、首を横に振る。


「私が視たのは女の子と中道先生だけ。把握してしまっていたら私も狂っていたのかしら? いいえ、もしかしたら……。私が見たのは、その〝何か〟の視界だったのかも」

「……笑えないな。君が狂ったら、僕はまた一人になるじゃないか」


 彼女の頬を、僕もまた、指でなぞる。そっと上までスライドさせて、彼女の涼やかな目元に触れる。僕と同じ、幽霊を視れる目がそこにある。宝石を思わせる青紫。それを眺めていると、不意にメリーは顔を綻ばせた。


「〝愛には常に幾分かの狂気があるが、狂気の中には常に幾分かの理性がある〟……安心して。私が狂ったとしても、貴方は離さないから。……貴方だけは、ね」

「ニーチェかい? 怖い怖い。〝青春とは、狂気と燃ゆる熱の時代である〟とは、よく言ったものだね」

「フフッ、フランソワ・フェヌロンね。そう来ると思ったわ」


 互いに笑みを浮かべながら、そっと顔を離す。何故か店員の女の子が……高校生だろうか? 顔を紅潮させながら、こっちを見ていた。どうしたんだろう?


「ああ、そうだ。もう一つ。重大な事を忘れていたわ。ショゴスってね。知能を得たものは、人間に化ける事もあるんですって。あと、スライム的な存在だから分裂もするのかしら?」

「……わお。もしかしたら、貴方の近くに。ってやつかい?」

「そ。……反応薄いわね」

「うーん。まぁ、実感わかないし」


 仮に雪村浩典がショゴス的な何かだった。あるいはそれに近いものを召喚していたとして、十年前に事件は止まっているのだ。そこまで脅威には……。


「あら、忘れたの? 辰のお母さんに、旧校舎の話が舞い込んできて、これが貴方まで伝わり、中道先生の秘密が暴かれる。……私には、これが偶然とは思えないわ」

「…………ぁ」


 気がつけば、僕は焦燥と共にスマホを取り出していた。通話先は、当然母さんに。数コールの後に電話が繋がり、「珍しいじゃない」と、母さんの驚いたような声がした。

 僕は早鐘を鳴らす心臓を抑えながら、恐る恐る質問した。


「ねぇ、母さん。学校の改装と、D校舎の取り壊し……誰から聞いたの?」

「へ? ああ、それはスーパーで……あら?」


 少しだけ母さんが唸るような声が受話器の向こうからする。そして……。



「誰だったかしら? おかしいわねぇ……顔が思い出せないわ」



 それはまさに冒涜的な響きを持って、僕の耳を侵食した。メリーの目が妖しい輝きを放ち、小さく言葉が紡がれる。

 声に出した訳ではない。ただ、口の動きだけ。柔らかそうな彼女の唇から、僕は目が離せなくて。その意味に気づいた時、背筋が凍りつくような錯覚を感じた。


『ね? 偶然じゃなかったデショ?』


 ※


 数週間後、D校舎は取り壊された。その際、首が折れた男の子の白骨死体が、瓦礫の中から見つかったそうだ。死体のすぐ下には、黒い固形物が絨毯のようになっていたらしいが、警察では古い粘土か劣化したアスファルトに血が混ざり、そのまま固まったものだと判断したとのこと。


 そのさらに数日後。今度は中道先生が自宅奥にある倉庫にて遺体で発見された。頭は何かに噛み砕かれ、腹部からは内臓が無造作に引きずり出された、哀れな姿で。

 部屋は荒らされ、酷い状態だったようだ。そして……。何よりも警察の首を傾げさせたのは、事件現場の異様さだったらしい。

 死体の脇にはまるで魔方陣のようないびつな模様が描かれ、蜂蜜酒が盃から床にぶちまけられていた。それに加えて、中道先生の部屋中と、その身体の至るところには、何とも形容しがたい、黒いタールのようなものがベットリとこびりついていたのだそうだ。


 犯人は、まだ捕まってはいない。恐らく、人間では捕まえられないだろう。

 余談だが近辺の小学校では、子ども達がしきりに「てけり・り!」と、騒ぐのが流行り始めたらしい。

 事件との関連は……ないと思いたい。

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